リュンナと近衛騎士たちは、プレーシの町に切り込み、魔物どもを打ち倒して町民を救っていく。
戦闘力のない侍女ですら、ホイミの呪文や応急手当の心得により、怪我人の助けとなる。
敵はベビーサタンやグレムリンといった悪魔系、ガーゴイルやキメラといった飛行系、パワーと頑丈さに優れたゴーレム、スライムつむりやそれに呼ばれてくるホイミスライムなど――多数。
この場の最強戦力であるリュンナを最大限に活かすため、近衛の陣形は彼女を中心とした円陣ではなく、リュンナを先頭に、その側面や背後を固めるもの。
炎を噴きかけられればヒャド系呪文で、冷気を浴びせられればメラ系呪文で防ぐ。
或いはどちらであろうと、イオ系呪文やバギ系呪文で散らすか、リュンナの真空斬りで斬り裂く場面もあった。近衛らの盾で受け止めることも。
飛行系も呪文攻撃や真空斬り、或いは近衛らの石つぶてなどで落とし、硬いゴーレムやスライムつむりはリュンナの剣が打ち砕く。
リュンナの使う剣は近衛が予備で持っていた言わば脇差であり、大人には短いがリュンナにはちょうどいい長さだった。手の大きさに対して柄がやや太いため、両手持ちは必須だが。
無の瞑想の感覚を呼び起こし、精神を統一。心身一如、剣心一如。肉体の理想的な駆動が、人体の出し得る最大限の威力を剣に集中。真っ向唐竹割り――
――と見せかけてガードを上げさせ、剣は雷光めいた鋭角の太刀筋を一切の力のロスなく描く。防御意識が逸れて脆くなった下段を薙ぎ払い、ゴーレムの脚を爆砕。
「――魔神斬り」
狙って繰り出された会心の一撃に、脚を失ったゴーレムの上半身は地に倒れる。
そこへ近衛やプレーシの町の兵隊、更には斧や銛を手にした町民たちさえもが群がり、袋叩きにすることでトドメを刺していく。
そうしてゴーレムに戦力が集中してしまう間に、小回りの利くグレムリンやキメラに囲まれていた。
一斉に口から炎を吹くその寸前、
「ヒャダルコッ!」
リュンナの広域凍結呪文が、冷気を爆発的に広げた。
魔物どもは炎を吐こうとした口を氷漬けにされて塞がれ、炎が口内で暴発、頭部が内から吹き飛んで死ぬ。
呪文を撃つために剣から放した片手を再び柄にやりながら、リュンナは一息をつく。
気付けば、今いる区画周辺の魔物は粗方が片付いたようだ。
町民らは涙を流して抱き合って喜び、近衛らも残心しつつも一旦気を緩め、まだ続く戦いに備えていた。
リュンナの側近でもある近衛第三部隊隊長、この場の近衛を指揮する女騎士が、剣の血脂を拭き取りながら、主へと駆け寄ってきた。
「リュンナさま! お怪我は」
「ありません」
「ではベホイミを」
怪我はないと言っているのに、問答無用で回復呪文をかけてきた。とは言え、体力の回復は助かる。温かい。
何しろ初の実戦が、無数の魔物との連戦なのだ。町民も助けなくてはならない。生き物を殺すことの心理的衝撃にも慣れていないのに、ここまで数十分、息つく暇もなかった。
逆にそのおかげで、途中で立ち止まらずに済んだのかも知れないが……。
ともあれ思ったよりも心身が疲れていたことを、隊長のベホイミを受けて自覚する。
「ありがとうございます。皆さんがいてくれて良かった」
「何を仰いますか。リュンナさまの一騎当千のお強さがあってこそ、我らも誰ひとり欠けることなく戦えております。
しかし流石にそろそろ限界が近いかと。リュンナさまは初陣で昂ぶっておられ、お気付きでないかも知れませぬが……その、お顔色が」
隊長は見るのもツラそうに目を伏せた。
自分では分からないものの、なるほど酷い顔色をしているのだろう。返り血で染まった、純白だったドレスのありさまとも相俟って。
剣を鏡代わりに顔を見てみようとして――やめた。自覚すれば心が折れてしまいそうだ。こんな所で動けなくなるワケにはいかない。
撤収するなら撤収するで、町の入口に置いてきた馬車までは、自力で歩いて戻らねば。
「では……落ち着くために、少しだけ瞑想をしますね。それから休みます」
「それがよろしいでしょう。では瞑想の間は、不肖我々がお傍で警護を。お前たち!」
隊長が部下を呼び、リュンナを囲む形を取る。
囲まれた当人は剣を彼らのひとりに渡すと、座すことをせず、立ち姿勢のままで瞑想に入った。少しだけならこれで充分だ。
死の感覚――無の境地――全てが消え去れば、全てが見える。
今――物陰から気配を消して、巨躯の魔物がこちらを狙っていることも。
「イオラ……!」
囁くような静かな呪文。誰も気付かぬ間に、魔物の手から放たれた爆裂光球が、矢のような速度で飛んでくる。
「どきなさい!」
リュンナは慌てて近衛を押しのけた。剣を取っていては間に合わない。
素手の手刀で真空斬りを放つ――『かまいたち』と呼ぶべきか?――初めてだが、上手くいった。思わぬ重い負荷に手首が折れたことを除けば。
真空の衝撃は爆裂光球と衝突、虚空の誰もいない位置で誘爆させる。
響く爆音、広がる爆炎に、ようやく人々は不意打ちに気付いた。
町の兵隊が民を誘導して避難させ、近衛らは再び気を入れる。
「ぐっふっふっふ……!」
重くも嫌らしい笑い声と共に、煙を突っ切って現れたのは、二足歩行の牛に似る姿をした巨漢の悪魔だ。手にしたフォーク槍は、その体躯同様、ベビーサタンが持つそれとは比にならぬほどに大きい。
「げえっ!」
「あ、あの姿は……まさか……!?」
「アークデーモン!?」
アークデーモン――その名の通りの上級悪魔である。
近衛らに動揺が広がった。その威容と知名度とに相応しく、弱さとは無縁の怪物。
背後に魔物の群れを引き連れながら、悪魔は口元を笑みに歪め、ねっとりと語った。
「ハドラーさまにお預かりした軍団が、気付けばあっと言う間に半壊だ。まあ焦ったがな……。まさかまさか……この国の第二王女さまがいらしていたとは……!
貴様の首を取れば、ハドラーさまも寧ろお褒めくださるだろう!
この俺と勝負といこうじゃあないか……。お姫さまの割にはやるようだが、果たして人間の身でどこまで動ける? なあリュンナ姫……!」
アークデーモンはフォーク槍を構え、
「ぐははははー!」
歩数にして20歩分以上はあった距離を、一息で詰めてきた。速い!
それでも辛うじて反応できる。近衛に預けていた剣を取り、フォーク槍の刺突を受け止めた。
打ち払うことはできなかった――利き手の右が、手首が折れている。渾身の力を込められない、添えて支えることしかできないから。
そもそも受け止められたこと自体、アークデーモンの手抜きでしかない。
「おっと!」
「う、ッ……!」
フォーク槍の穂先、3本の歯の隙間に入った剣を、アークデーモンは槍を捻って巻き取ろうとしてくる。
逆にその勢いに乗って跳躍、剣を槍から引き抜いて、脳天に真空斬りを放った。
「カァッ!」
まさかの吐息で掻き消された。その肺活量の暴風。
両手が万全であれば、それでも突き抜ける威力があっただろうものだが……!
そして跳躍後の空中、そこに再びの刺突が迫る。
「リュンナさまをお守りしろ!」
近衛たちがようやく反応し、動き出した。
片手に剣、もう片手に盾を持つ剣騎士が前。杖を手にした魔法騎士が後ろの布陣。
しかし剣騎士たちは構えた盾ごとフォーク槍に薙ぎ倒され、魔法騎士たちの放ったメラミやヒャダルコ、バギマは、アークデーモンのイオラに吹き散らされた。
基礎的な筋力も魔法力も、桁が違うのだ。
あまつさえ引き連れられていた魔物の群れが、先行したアークデーモンに追いつき、近衛らに襲い掛かりリュンナから引き剥がしていく。
乱戦の流れの中、リュンナとアークデーモンのふたりだけが、ぽっかりと穴の開いたような間隙にいた。
「ぐっふっふっふ……! どれリュンナ姫、大将同士の一騎打ちと洒落込もうじゃあないか! その勇気があればな……!」
「勇気――とか言われても……ッ」
雑魚を蹴散らしているうちは良かった。だが今眼前にいるのは、本物の強敵なのだ。
リュンナは剣を構えながらも、今にも零れそうな涙を目に浮かべていた。
剣が震えているのは、手が震えているから。
手が震えているのは、心が震えているから。
悪魔はそれを見て、鷹揚に笑った。
「おおスマンスマン、王女とは言え小娘には刺激が強過ぎたか? 分かった分かった。なるべく痛くないように―― 一撃で首を飛ばしてやろう!」
悪魔がフォーク槍を振り被る、薙ぎ払いの構え。
リュンナは――目を閉じた。
「諦めたか、潔いぞ! そうらッ!」
瞑想――死の感覚――無の境地――全てが消え去れば、全てが見える。
震えが消え去り、太刀筋が見えた。
恐怖は消えずとも、未来を捉えた。
「魔神斬り――ッ!」
それをこそ勇気と呼ぶのなら、
「バ――カ、な!?」
振るわれたフォーク槍を弾きながら踏み込み、直後に悪魔の腹部を深く斬り裂いた第二王女を見て、近衛隊長は叫んだ。
「勇者……! 我らには勇者姫がついているッ! 負けるなッ!」
「うおおおおお!」
「リュンナさま万歳!」
「勇者姫万歳!」
「かかってこいやああああああ!」
今、リュンナは、勇者だ。