暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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3 勇者姫

 リュンナと近衛騎士たちは、プレーシの町に切り込み、魔物どもを打ち倒して町民を救っていく。

 戦闘力のない侍女ですら、ホイミの呪文や応急手当の心得により、怪我人の助けとなる。

 

 敵はベビーサタンやグレムリンといった悪魔系、ガーゴイルやキメラといった飛行系、パワーと頑丈さに優れたゴーレム、スライムつむりやそれに呼ばれてくるホイミスライムなど――多数。

 

 この場の最強戦力であるリュンナを最大限に活かすため、近衛の陣形は彼女を中心とした円陣ではなく、リュンナを先頭に、その側面や背後を固めるもの。

 

 炎を噴きかけられればヒャド系呪文で、冷気を浴びせられればメラ系呪文で防ぐ。

 或いはどちらであろうと、イオ系呪文やバギ系呪文で散らすか、リュンナの真空斬りで斬り裂く場面もあった。近衛らの盾で受け止めることも。

 飛行系も呪文攻撃や真空斬り、或いは近衛らの石つぶてなどで落とし、硬いゴーレムやスライムつむりはリュンナの剣が打ち砕く。

 

 リュンナの使う剣は近衛が予備で持っていた言わば脇差であり、大人には短いがリュンナにはちょうどいい長さだった。手の大きさに対して柄がやや太いため、両手持ちは必須だが。

 

 無の瞑想の感覚を呼び起こし、精神を統一。心身一如、剣心一如。肉体の理想的な駆動が、人体の出し得る最大限の威力を剣に集中。真っ向唐竹割り――

 ――と見せかけてガードを上げさせ、剣は雷光めいた鋭角の太刀筋を一切の力のロスなく描く。防御意識が逸れて脆くなった下段を薙ぎ払い、ゴーレムの脚を爆砕。

 

「――魔神斬り」

 

 狙って繰り出された会心の一撃に、脚を失ったゴーレムの上半身は地に倒れる。

 そこへ近衛やプレーシの町の兵隊、更には斧や銛を手にした町民たちさえもが群がり、袋叩きにすることでトドメを刺していく。

 

 そうしてゴーレムに戦力が集中してしまう間に、小回りの利くグレムリンやキメラに囲まれていた。

 一斉に口から炎を吹くその寸前、

 

「ヒャダルコッ!」

 

 リュンナの広域凍結呪文が、冷気を爆発的に広げた。

 魔物どもは炎を吐こうとした口を氷漬けにされて塞がれ、炎が口内で暴発、頭部が内から吹き飛んで死ぬ。

 

 呪文を撃つために剣から放した片手を再び柄にやりながら、リュンナは一息をつく。

 気付けば、今いる区画周辺の魔物は粗方が片付いたようだ。

 

 町民らは涙を流して抱き合って喜び、近衛らも残心しつつも一旦気を緩め、まだ続く戦いに備えていた。

 

 リュンナの側近でもある近衛第三部隊隊長、この場の近衛を指揮する女騎士が、剣の血脂を拭き取りながら、主へと駆け寄ってきた。

 

「リュンナさま! お怪我は」

「ありません」

「ではベホイミを」

 

 怪我はないと言っているのに、問答無用で回復呪文をかけてきた。とは言え、体力の回復は助かる。温かい。

 何しろ初の実戦が、無数の魔物との連戦なのだ。町民も助けなくてはならない。生き物を殺すことの心理的衝撃にも慣れていないのに、ここまで数十分、息つく暇もなかった。

 逆にそのおかげで、途中で立ち止まらずに済んだのかも知れないが……。

 ともあれ思ったよりも心身が疲れていたことを、隊長のベホイミを受けて自覚する。

 

「ありがとうございます。皆さんがいてくれて良かった」

 

「何を仰いますか。リュンナさまの一騎当千のお強さがあってこそ、我らも誰ひとり欠けることなく戦えております。

 しかし流石にそろそろ限界が近いかと。リュンナさまは初陣で昂ぶっておられ、お気付きでないかも知れませぬが……その、お顔色が」

 

 隊長は見るのもツラそうに目を伏せた。

 自分では分からないものの、なるほど酷い顔色をしているのだろう。返り血で染まった、純白だったドレスのありさまとも相俟って。

 剣を鏡代わりに顔を見てみようとして――やめた。自覚すれば心が折れてしまいそうだ。こんな所で動けなくなるワケにはいかない。

 撤収するなら撤収するで、町の入口に置いてきた馬車までは、自力で歩いて戻らねば。

 

「では……落ち着くために、少しだけ瞑想をしますね。それから休みます」

「それがよろしいでしょう。では瞑想の間は、不肖我々がお傍で警護を。お前たち!」

 

 隊長が部下を呼び、リュンナを囲む形を取る。

 囲まれた当人は剣を彼らのひとりに渡すと、座すことをせず、立ち姿勢のままで瞑想に入った。少しだけならこれで充分だ。

 

 死の感覚――無の境地――全てが消え去れば、全てが見える。

 今――物陰から気配を消して、巨躯の魔物がこちらを狙っていることも。

 

「イオラ……!」

 

 囁くような静かな呪文。誰も気付かぬ間に、魔物の手から放たれた爆裂光球が、矢のような速度で飛んでくる。

 

「どきなさい!」

 

 リュンナは慌てて近衛を押しのけた。剣を取っていては間に合わない。

 素手の手刀で真空斬りを放つ――『かまいたち』と呼ぶべきか?――初めてだが、上手くいった。思わぬ重い負荷に手首が折れたことを除けば。

 真空の衝撃は爆裂光球と衝突、虚空の誰もいない位置で誘爆させる。

 

 響く爆音、広がる爆炎に、ようやく人々は不意打ちに気付いた。

 町の兵隊が民を誘導して避難させ、近衛らは再び気を入れる。

 

「ぐっふっふっふ……!」

 

 重くも嫌らしい笑い声と共に、煙を突っ切って現れたのは、二足歩行の牛に似る姿をした巨漢の悪魔だ。手にしたフォーク槍は、その体躯同様、ベビーサタンが持つそれとは比にならぬほどに大きい。

 

「げえっ!」

「あ、あの姿は……まさか……!?」

「アークデーモン!?」

 

 アークデーモン――その名の通りの上級悪魔である。

 近衛らに動揺が広がった。その威容と知名度とに相応しく、弱さとは無縁の怪物。

 背後に魔物の群れを引き連れながら、悪魔は口元を笑みに歪め、ねっとりと語った。

 

「ハドラーさまにお預かりした軍団が、気付けばあっと言う間に半壊だ。まあ焦ったがな……。まさかまさか……この国の第二王女さまがいらしていたとは……!

 貴様の首を取れば、ハドラーさまも寧ろお褒めくださるだろう!

 この俺と勝負といこうじゃあないか……。お姫さまの割にはやるようだが、果たして人間の身でどこまで動ける? なあリュンナ姫……!」

 

 アークデーモンはフォーク槍を構え、

 

「ぐははははー!」

 

 歩数にして20歩分以上はあった距離を、一息で詰めてきた。速い!

 それでも辛うじて反応できる。近衛に預けていた剣を取り、フォーク槍の刺突を受け止めた。

 打ち払うことはできなかった――利き手の右が、手首が折れている。渾身の力を込められない、添えて支えることしかできないから。

 そもそも受け止められたこと自体、アークデーモンの手抜きでしかない。

 

「おっと!」

「う、ッ……!」

 

 フォーク槍の穂先、3本の歯の隙間に入った剣を、アークデーモンは槍を捻って巻き取ろうとしてくる。

 逆にその勢いに乗って跳躍、剣を槍から引き抜いて、脳天に真空斬りを放った。

 

「カァッ!」

 

 まさかの吐息で掻き消された。その肺活量の暴風。

 両手が万全であれば、それでも突き抜ける威力があっただろうものだが……!

 そして跳躍後の空中、そこに再びの刺突が迫る。

 

「リュンナさまをお守りしろ!」

 

 近衛たちがようやく反応し、動き出した。

 片手に剣、もう片手に盾を持つ剣騎士が前。杖を手にした魔法騎士が後ろの布陣。

 

 しかし剣騎士たちは構えた盾ごとフォーク槍に薙ぎ倒され、魔法騎士たちの放ったメラミやヒャダルコ、バギマは、アークデーモンのイオラに吹き散らされた。

 基礎的な筋力も魔法力も、桁が違うのだ。

 

 あまつさえ引き連れられていた魔物の群れが、先行したアークデーモンに追いつき、近衛らに襲い掛かりリュンナから引き剥がしていく。

 乱戦の流れの中、リュンナとアークデーモンのふたりだけが、ぽっかりと穴の開いたような間隙にいた。

 

「ぐっふっふっふ……! どれリュンナ姫、大将同士の一騎打ちと洒落込もうじゃあないか! その勇気があればな……!」

「勇気――とか言われても……ッ」

 

 雑魚を蹴散らしているうちは良かった。だが今眼前にいるのは、本物の強敵なのだ。

 リュンナは剣を構えながらも、今にも零れそうな涙を目に浮かべていた。

 

 剣が震えているのは、手が震えているから。

 手が震えているのは、心が震えているから。

 

 悪魔はそれを見て、鷹揚に笑った。

 

「おおスマンスマン、王女とは言え小娘には刺激が強過ぎたか? 分かった分かった。なるべく痛くないように―― 一撃で首を飛ばしてやろう!」

 

 悪魔がフォーク槍を振り被る、薙ぎ払いの構え。

 

 リュンナは――目を閉じた。

 

「諦めたか、潔いぞ! そうらッ!」

 

 瞑想――死の感覚――無の境地――全てが消え去れば、全てが見える。

 震えが消え去り、太刀筋が見えた。

 恐怖は消えずとも、未来を捉えた。

 

「魔神斬り――ッ!」

 

 それをこそ勇気と呼ぶのなら、

 

「バ――カ、な!?」

 

 振るわれたフォーク槍を弾きながら踏み込み、直後に悪魔の腹部を深く斬り裂いた第二王女を見て、近衛隊長は叫んだ。

 

「勇者……! 我らには勇者姫がついているッ! 負けるなッ!」

「うおおおおお!」

「リュンナさま万歳!」

「勇者姫万歳!」

「かかってこいやああああああ!」

 

 今、リュンナは、勇者だ。

 

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