暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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 正しく想像できないことは、正しく実行できない。

 魔法力が想像的生命エネルギーである以上、魔法に関しても同じことが言える。理解していない呪文を使うことはできないのだ。

 

 メドローア――未だ誰も見たことのない呪文を正しく想像することなど、いったい誰にできよう? マトリフは苦戦していた。

 メラ系とヒャド系を全く同じパワーでスパークさせ、それでなお上手くいかないのは、想像が足りていないからに他ならない。消滅エネルギーの光の球体を作っても、それがすぐに崩壊してしまうのだ。

 

「弓矢みたいにして放ったら?」

 

 と、最早ヒントどころか直球で言ってしまうリュンナだが、それでも効果はなかった。

 まずマトリフ自身に弓矢の心得がないのに、それを想像のネタにしても仕方ないのだ。

 とは言え弓矢にしっくり来るものを感じはしたらしく、マトリフは実物の弓矢を手に取って練習を始めた。

 

「手応えはある……」

 

 訓練場で的を射ながら、マトリフはぽつりと呟いた。

 

「形を与えることで魔法力を安定させ崩壊を遅らせつつ、しっかりと狙いをつけて高速で撃つ――弓矢のイメージは、確かに理想的だ。俺も少しは弓矢ってもんが分かってきた。もっと練習すれば、メドローアに応用できるだろう。

 そして弓矢が分かってきたから、間に合わねえ、ってことも分かる……。あと2カ月、いや、1か月あれば……」

 

 アバンを巻き込んだ凍れる時間の秘法が半端に解けるまで――すなわちアバンの死までの猶予は、既に2週間を切っていた。

 

「誰かが完璧なメドローアを使ってるのを見りゃあ、一発でモノにできる自信はあるんだがな……。自分で開発するとなると、まったく難度が桁違いに上がりやがる。

 もちろん、諦めはしねえ。ギリギリまで足掻いてやる。2週間で1カ月分の成果が必要だってんなら、2倍3倍の密度で修練してやるよ。だがリュンナ姫……」

 

 滴る汗を拭いもせずに、乱れる息を必死に整えながら。

 

「たぶん、お前が、頼りだ。……そっちはどうだ……?」

 

 傍らで瞑想をするリュンナは、彼に視線を向けないどころか目を閉じていた――肉眼に限っては。

 額に第三の目があって、彼を向いているイメージ。彼の痛みも苦しみも見抜く目。

 その身は星の海の光景めいた魔氷気に覆われ、皆殺しの剣で自分にルカナンをかけては、それを魔氷気で解除しようと試行錯誤している。

 

 魔法力に闘気の強さを相乗できるようになったため、魔法耐性が上がっており、ルカナンは放っておいても勝手に解けてしまう。

 そうではない、そんな力技では、皆既日食の力を利用した秘法の強大な魔法力に対抗できない。

 相手の力を引くのではなく、ゼロをかけるような規格外の技が必要なのだ。それこそメドローアめいた……。 

 

「あまり順調とは言えないですね。思いついたことを片っ端から試してる段階です。どれが正解の道なのか分からないから、どの道にも全力を投入できない……」

「そうか……」

 

 傍らにはベルベルが浮き、魔氷気を纏ってすらなお噴き出るリュンナの汗を拭い、飲み物を口元に運び、体力補填にベホイミをかけ――と、触手を総動員して甲斐甲斐しく世話を焼いていた。

 リバストはこの場にいない。最悪、アバンが死ぬなら蘇生させれば良かろう、と述べ、ザオラルの熟達に励んでいる――魔王の邪気が消えたとは言えもとから狂暴な魔物はいて、それと戦い、殺して蘇生させる、を繰り返しているのだ。

 ザオリクの魔法陣が不明で契約ができない以上、死からの復活は絶対ではない。ベルベルを臨死から救い上げた時でさえ、実は成功率は2割程度と見積もっていたという。いわんや、完全な死から救おうとなれば――とても、頼れるものではない。

 

 しばし、リュンナは瞑想に、マトリフは弓を引くことに集中した。

 まるで的に中らない。やがて腕が震え、マトリフは弓を取り落とすに至る。

 

「ちッ……これだから歳は取りたくねえ……。おいベルベル、」

 

 俺にも回復呪文を、と続けようとした彼の背に、別人のホイミが当てられた。

 

「あんたは……」

「リュンナもマトリフも、根を詰め過ぎよ。少しくらい休んだらいいのに」

 

 ソアラだった。呆れつつも困り果てた顔。

 その心配を一顧だにせず、ふたりは即答した。

 

「そんな暇はねえ」

「そんな暇ないです」

 

 何しろ時間がないのだ。あと2週間を切ったというその猶予自体、そもそもマトリフの計算と推測によるものに過ぎない。

 毎日のようにルーラでアバンのもとに飛んではインパスで状態を調べて再計算しているものの、対象の秘法が未知数過ぎる。実際には3週間かも知れないし、1週間かも知れないのだ。

 ソアラは深い溜息をついたが、そんなことをされても変わらない。

 再び修練に集中しようとし、

 

「もう……。ラリホー」

「えっ」

「あ……?」

 

 マトリフが倒れた。

 疲れ切って抵抗力が落ちているところに、ホイミの心地よい温かさで緊張状態も弛緩させられてしまった――決定的な間隙に、その入眠呪文はよく刺さった。

 およそ大魔道士とは思えぬ、呆気ない陥落。兵士がタンカを使い、彼を部屋に運搬していく。

 

 その光景を、呆然と眺めた。

 

「ちょ……。姉上?」

「こんなになるまで疲れ切って、能率なんてもうゼロも同然でしょう。休まなきゃダメ」

 

 言いながら鋼鉄(はがね)の剣を抜くのはなぜなのか?

 マトリフにしたように、優しく眠らせてはくれないのか。

 

「避けちゃうじゃない」

 

 顔に出ていたらしく、指摘された。

 いや、それはそうだが。

 

「普段ならあなたの方が強いけど、今はわたしの方が強いのよ。リュンナ。ほら立って、お姉ちゃんが相手してあげるから」

「お姉ちゃんなんて呼んだことないんですけど。姉上」

「そうだったわね」

 

 クスリ、余裕の笑み。

 仕方がないので立ち上がる――その動作中の隙に、ソアラが合わせてきた。予備動作のないあまりにも迅速な攻め、『疾風突き』。

 だが純粋に反応速度の差で防ぐ。皆殺しの剣で突きを打ち払い、同時に『全体攻撃』――皆殺しの剣の呪力、精確に位置を捉えている相手に対して、攻撃をそこに発生させる――彼女の胴体を剣身の腹で打つ。

 ボディーを打てば内臓に利く、悶絶の苦しみだ。悪いが……

 

 ――鈍い音と共に跳ね返された。

 

「は?」

「リバストにスカラもらってから来たの」

「えぇ……」

 

 ガチだ。ガチで物理的に眠らせに来ている。

 慌てて後退し、それをまた疾風突きで追ってくる、距離が空かない。

 ベルベルはいつの間にか離れ、どちらの味方もせずに傍観。本当は休んでもらいたいけど、リュンナの気持ちも分かる――といったところか。責めまい。

 

 肉薄してくる足を魔氷気で凍らせようとして、不発した。

 ここに来て疲労が重い。どれだけ呪文で体力を確保してもらっても、精神疲労までは抜けないのだ。闘気を操る力が落ちている。

 ならば呪文だと思えど、ずっと魔氷気に集中していたせいで、ヒャド系以外の魔法陣を上手く認識できず発動できない。ならばとヒャド系を使おうとしても、魔氷気に混ざったまま上手く魔法力を取り出せず、これも不発。

 

 故に剣戟へと至る。

 ソアラの鋼鉄の剣を、皆殺しの剣で打ち払う、受け止める、跳ね返す、受け流す。

 足元がおぼつかない。ステップで避ける余裕がない。剣と、剣だ。

 

 足を止めてのタイマンでの斬り合いなど初めてだ、それも姉と、真剣で。

 何だかおかしな気持ちになってきて、笑えてきて、そうしたら楽しくなってきた。

 

 ソアラは情け容赦なく刃を向けてくる。この疲れ切った状態で、当たれば死。リュンナの防御を信頼しているのだ。

 ならば応えないのも失礼だろう。リュンナはソアラの防御を信じて、心臓を狙って突き、首を刎ねようと薙ぎ払い、頭を割ろうと振り下ろした。全て防がれた。

 

 ああ、この姉なら、火炎呪文からバランを庇っても死なない。呪文攻撃などあっさり斬り払って、恥晒しと呼ばれたら自分の手で父を殴って、バランが激昂する前に全てを決着させてしまう。

 国が救われる、明るい未来を信じられる。

 

 ソアラも似たことを感じている、と感じられる。

 これだけ強いリュンナがいれば、たとえ新たな魔王などの脅威が現れても、きっと国を守ってくれると、心から感じてくれている。

 

 互いに信じているから、剣を振るえる。

 剣さえもそれに応えて、決して折れず曲がらず、この剣戟を続けさせてくれている。

 

「まるで――」

「――そうね」

 

 まるで、剣とひとつになったような。

 まるで、姉妹ひとつになったような。

 いや、ようなではないのか?

 

 交差する剣、螺旋の力、ソアラの剣を巻き取ろうとする一瞬――ソアラもまた巻きを仕掛けてくる、その瞬間、何かが繋がった。

 

「あっ」

「あら」

 

 皆殺しの剣の回転が鋼鉄の剣のそれを飲み込み、上回り、剣から腕へと伝達して――ソアラはまるで自分がそうしたかったかのように、全身が宙を回り、引っくり返って、地面に叩きつけられた。

 スカラのおかげかダメージはない様子で、すぐに立ったが――

 

「これだ」

 

 リュンナの呟きで、反撃が止まる。

 

「相手とひとつになる感覚。ひとつになって、ひとつだから、操れる感覚。流し込む力を『そうなるように』流し込めば、『そうなる』んだ」

 

 リュンナは剣を持たぬ徒手の左をソアラに向け――その指先から、凍てつく波動が迸る。

 ソアラにかかっている全ての魔法の効き目がなくなった。

 本人もそれを感じたのだろう、驚きの様子。

 

「これは……スカラが……!?」

 

 理屈を述べるなら――それは、放たれた魔氷気の波動が他者の魔法力に染み込み、ヒャド系の力で想像の原動力となる情熱を冷却、加工構造を消し去って無効化してしまう技術。

 理念を述べるなら――それは、相手の魔法力とひとつになり、まるで『相手自身がそうしたいかのように』操り、魔法に自殺させる行為。

 

「ありがと――姉上……」

「リュンナ!?」

 

 力が抜けて、倒れて、支えられた気がする。

 

「これで……助かる……」

 

 今は眠る。

 そして。

 


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