32 最後の戦いへ
「いったい何だったのだ、今のは!? まるで時間ごと凍らされたかのようだった……! だが失敗したようだな、アバン! 俺はこの通り――健在ッ!!」
イオナズンを放ちながら、魔王ハドラーは猛る。
極大の爆裂光は、爆裂すべきその地点を目掛けて、3人分のヒャド系呪文による冷気の奔流を押し返していく。
1対3だというのに、1の側が圧倒しているのだ。勇者たちが完全に押し切られるまで、あと何秒あるのか。
もしその場から身をかわそうとすれば、冷気の放出が途絶え、かわし切る前に着弾し吹き飛ばされるハメになるだろう。
いつかのアークデーモンのイオナズンなど、まるで足元にも及ばぬ威力。
ハドラーは顔こそアバンに向けたまま、視線のみを動かし周囲を探った。
「部下どもは……おらんな。そこそこの時間が経ったようだ。あの猿のようなジジイも……」ブロキーナのことか。「しかし代わりの助っ人がいるようじゃないか、アバン! ええ? そのような子供に頼るとは……! 勇者も堕ちたものよッ!」
ハドラーの気勢に応じてか、イオナズンの進みが勢いを増す。
冷気は押され、最早、陥落寸前。
「堕ちた――と、思うか……! ハドラー!」
だがアバンは、決然と。
「私の頼もしい仲間を侮辱される筋合いはない……!」
アバンは放っていたヒャダルコを消した。
素早く右手に剣を抜き、逆手に構えて、身を捻るように振り被る。
抱き付いていたリュンナは、マヒャドを放つまま地に伏せ、刃の通り道を作った。
ヒャダルコが消えた分だけ迫りくるイオナズンは、
「アバンストラッシュ!!」
しかし、光り輝く斬撃に割られた。
リュンナとマトリフの冷気呪文が押されながらも支えていたから、ギリギリまで気合を溜めることができたのだ。
「ぬう、……!」
イオナズンは斬り裂かれたその時点で誘爆、大爆発が巻き起こるが、その位置では直撃にならない。
あまつさえリュンナとマトリフが呪文をヒャド系からバギマに切り替え、爆風を斬り裂き散らし、身を守る。
ダメージは互いにゼロ。
荒野の冷たい風が、すぐに煙を浚っていく。
「ふんッ……。この俺のイオナズンを防ぐとは生意気だが、確かに人間にしてはやるようだ。もっとも、それもすぐに意味のなくなることだがな……!」
ハドラーが不可解なことを述べた。
すぐにアバンが問う。
「何を言っている……!?」
「今回俺が地底魔城から出陣した理由は、単に目障りな貴様を排除するためだけではない、ということだ。この荒野と……ホルキア大陸の残り5か所! 『起点』を仕掛けた。その意味が分かるか?」
ここと5か所。計6か所。
「邪悪の六芒星……!?」
「そういうことだ! 中心には我が地底魔城! 六芒星範囲内のあらゆる人間から力を吸収し俺に還元する結界呪法が、次の満月の日には発動する……!
ああ、起点を探し出して破壊しても意味はないぞ。俺が生きている限り6つの起点同士は支え合い、修復し合う性質がある……。全てを同時に破壊でもすれば話は別だが……。
何しろこれまで、そこそこの期間をかけて世界を血に染め、準備してきたのだからな。生半可な代物ではない」
無理だ。どんな達人でも、互いに目も耳も届かない超遠距離で、全く同時に目標物を破壊することなど。
ましてや次の満月と言えば――
「おっと、どうやら俺は封印されていたんだったな。次の満月と言ってもいつだか分からんが――ククッ、どの道1か月以内には必ずその日は来る」
ハドラーはそう言うが、実際には、既にして1週間もない。
アバンはともかく、リュンナとマトリフはそれを理解していた。
その戦慄の表情から、猶予期間の短さをハドラーも察したか。いよいよ笑みを深くする。
「六芒星飢餓結界呪法が発動すれば、最早俺に勝ち得る者はいなくなる。たかが人間の力でも、大陸ひとつ分を集めれば膨大よ。それを俺に上乗せするのだからな……! やがては結界の範囲を広げ、地上全ての人間を我が家畜としてやろう!」
それは正真正銘、魔王の所業。
バーンの地上消滅に決して見劣りしない、地上支配の策。
この策の優れている点は、ハドラーが強くなるのみではなく、人間は弱くなるところにある。
一度結界を張ってしまえば、あとはもし危なくなったときには、その中に逃げればいい。それだけでもう、誰もハドラーに手出しできない。
結界に踏み入った者は、力を吸われて弱り果てる――ハドラーに対抗できる戦力など残らないのだから、攻め入る選択肢が完全に消滅するのだ。
「なぜ」
知らず、リュンナは口を開いていた。
「なぜ、そんなことを言うんです?」
「黙って実行すればいいのに――か?」
ハドラーは凶悪に笑んだまま、ぎょろりとリュンナを睨んだ。
「知れたこと。アバンを逃がさぬためよ!
そうだろうアバン、貴様は来るだろう? 最早結界が発動する前に俺を殺すしか、人間を守る道はないのだからな! そして決着の場はここではない――地底魔城で、たっぷりと歓迎の準備をして待ってるぞ! クッハッハッハッハッハ……!」
「ま、待て……ッ!」
言いたいだけ言うと、魔王はルーラで飛び去った。
あとにはただ、沈黙する勇者のパーティーのみ。
やがてアバンが剣を鞘へ収めると共に、静寂を破って言葉を紡ぐ。
「大変なことになりました」
「本当、なんでしょうか……先輩。結界呪法って……」
リュンナが呆然と問う。頷きが返る。
「ハドラーは残酷ですが、どこか正々堂々としたところのある男です。余計な嘘はつかない……! 私を誘き出して始末しようということも、それを私が避ければこの大陸が犠牲になることも、どちらも真実でしょう。
ならば選択肢はひとつです」
勇者に迷いはなかった。
どんな罠が待っているかも分からないのに。本当に正々堂々としているのなら、まず誘き寄せるということをせず、自分から挑みに来るハズだ。もし罠が特にないとしても、それはそれで無限めいた魔物の群れが待つだろう。
そしてダンジョン内ではルーラが使えない。リレミトも場所によっては掻き消されることがある――魔王の本拠地なら、恐らく。
つまり、十中八九逃げられない。死にに行くようなものだ。
それでも。
それでもあなたは、きっと。
リュンナが思考に沈むうち、アバンはマトリフから、この半年近くのことを聞き出していた。
「ロカとレイラの子は、時期的にちょうど今頃生まれたかどうか、というトコロですか。流石にそんな子供から両親を奪うワケにはいきません。ふたりの協力は望めない……」
「ブロキーナの大将も、体力の問題がある。俺と同じジジイだが、呪文と格闘じゃあ体力の減りが違い過ぎる。いきなり決戦だったこの場所ならともかく、地底魔城になんぞとてもな……」
「となると、私とマトリフと――」
「わたし」
名乗りを上げるのは当然、リュンナだ。
ふたりを見上げ、暗黒闘気を漲らせるのは――それは、無意識な闘志の高まり。
「リュンナ姫」
「おいおい……」
「まさか今更、断らないですよね?」
自然な顔で微笑めたと思う。
ふたりは、力強く頷いてくれた。
「ええ、リュンナ姫。共にハドラーを討ち、真の平和を取り戻しましょう!」
「ヘッ! 俺もよくよく運のねえ奴だぜ。最後のパーティーに美女がひとりもいねえとは……! ま、美女よりお前がいた方が嬉しいがな」
アバンは直球で。マトリフは捻くれているのか直球なのか。
思わず噴き出してしまった。人間、笑えば何とかなるものだ。何とかなる気がしてくる。
アルキード王国に出た魔物の退治を、アバンは手伝ってくれた。国に尽くしてくれたのだ。ならば今度こそ、アバンに尽くす。
それは愛国心か? 半ばは。もう半ばは――愛では、ない。
「――ふふっ、良かったです。ああでも、その前に一度アルキードに戻らせてください。ベルベルかリバストか、せめてどっちかは連れて行きたいですし」
「もちろん構いませんよ、頼れる仲間は多い方がいい。と言うより、満月まで数日あるなら修行に費やしましょう。ギリギリまでレベルを上げたいところです」
「だったら俺たちもアルキードだな。組手の相手に事欠かねえ」
そうして3人はアルキードに飛んだ。
決戦が近い。