リュンナとアバン、ふたりの勇者は地底魔城を駆け抜けた。
死霊の騎士を斬り捨て、ギガンテスを撃ち抜き、ゴールドオークを砕いて。
無限回廊の謎を解き、落とし穴を跳び越え、マグマの噴き出す罠を避け、暗闇の道を仮想第三の目で踏破して。
――地獄門。やがて辿り着いたそこは、ハドラーの待つ地獄の間へと通ずる、最後の障害。
門の前には地獄の騎士。6本の腕に6本の刀、異形の褐色骸骨。
「来たか……勇者ども……」
骸骨は口を利いた。
「ワシは地獄の騎士、バルトス……! この地獄門を守る最後の砦よ」
「アバンです」
「リュンナ」
名乗られたら名乗り返す。
勇者2名は距離を置いて止まり、身構えた。
そしてリュンナがアバンにささやく。
「強力な呪法の門です。あのバルトスを斃すか許可を貰うかしない限り、決して開くことはない……。ここはわたしに任せて先に行け、は無理っぽいです」
「そのようですね……。ならば彼には悪いですが――」
一気に決めようとした、そのときだ。
バルトスの言葉には続きがあったらしい。
「勇者アバン! ワシと一騎討ちの決闘だ!」
「おっと、そう来ましたか……。いいでしょう――と言いたいところですが」
アバンは傍らのリュンナを一瞥し、それから再びバルトスに向き直る。
「事は私と貴方だけでは済まないのです。互いに自由な身分の剣士ならばいざ知らず、私は勇者で、貴方は地獄門の門番だ。ハドラーを斃すため、ここは押し通らせてもらいますよ……!」
アバンが
その横でリュンナも皆殺しの剣を。――ほっと一息つきながら。
「良かった」
「何がです? リュンナ姫」
「いえ、変な騎士道精神を発揮して、決闘を受けたりするんじゃないかと……ちょっとした危惧を」
アバンは苦笑した。
「本当はそうしたいんですがね。あと数時間で満月が昇り、ハドラーの結界呪法が発動してしまいます。ここは正義のため、個人の主義主張は曲げるとき……!」
理想的な騎士道精神が普通に罷り通ってしまいがちなこの世界で、リュンナは本当にそこを危うく思っていたのだ。いくらアバンとは言え、と。
現実は流石の大勇者、柔軟である。
ふたりで闘気を高めていく。
と、バルトスが慌てて待ったをかけた。
「ま、待て! 本当にその小娘を戦わせるつもりなのか!?」
「リュンナです。よろしくお願いします」
リュンナは半ギレで述べた。
「そのリュンナを……! 戦わせるのか?」
言い直すバルトスは、そこはなるほど紳士だったかも知れない。
だが言っている内容がいただけない。
アバンも小首を傾げた。
「戦わせると言いますか、一緒に戦うのですよ。彼女はアルキード王国の勇者姫、私と並ぶ勇者ですから」
「勇者……! このような……!」
このような女子供が、か?
あまりに的外れな物言いに、緊張感を削がれてしまう。
「ここまで辿り着いた相手に、何を今更、って感じなんですけど……」
「だとしてもだ。たとえ敵でも女を殺したくはない……! 武人として最低限の礼儀ではないか。下がっていろ」
こいつは。
こいつは、何を、言っている?
「卑怯者」
思わず口をついて出た。
魔氷気のように冷たい声音。
「リュンナ姫?」
「なッ……! 言うに事欠いて卑怯!? リュンナ、貴様、ワシを愚弄するのか!?」
「はい」
「……ッ」
流石に絶句の様子。
「むしろ愚弄されないとでも思ったんですか? そんな露骨な差別……。しかもそれを高潔だと思ってるからタチが悪い」
「さ、差別……! そんなつもりはないが……」
「つもりがなくても差別でしょうが。いえ、非戦闘員の女ならまだ分かりますよ。だいたい抵抗する力もなくて、それを一方的に殺すのはさぞ後味が悪いでしょう。
しかしわたしには力があり、行動もある。女は殺したくないから仕方ないって、今から負けたときの言い訳ですか?」
バルトスは最早言葉がない。カタカタと骸骨の顎が震え歯が鳴るのは、怒りによるものだろう。
怒りたいのはこっちの方だ。リュンナは唾を吐き捨てたい衝動にかられた――品がないからやめた。
「そもそも女を殺さずにおいて、そのとき何が起こるか考えたことないんですか? 貴方以外の誰かが殺すんですよ。貴方は自分の手を汚したくないだけのクズ野郎です」
「ワシは地獄門を守る最強の騎士だぞ! 貴様を殺さぬよう、魔王軍に通達することができる! ハドラーさまも、そのくらいはお赦しになる」
原作で実際にヒュンケルを育てる酔狂を赦されていたからか、その言葉には説得力がある。
いや、この世界ではどうなのだろうか。あの手作りの星形首飾りが見当たらない。
どちらであれ、関係はないが。
「だから? 私以外は殺すってことでしょう。アバン先輩も、マトリフさんも。ベルベルは女の子だから別だとしても……。頼れる仲間を失って、機を逸して、最早人間には絶望しかなくなる。
そういう生き地獄を……。死ぬよりツラい苦境に叩き落とすことが、あなたの望みですか。そこまでされなきゃいけない咎を、女という生き物は負いましたか? 『現実』に『心を殺される』ことを……」
「そ、それは……!」
バルトスが狼狽えた。
考えたことがなかったのだろう。考えたことがあれば、そんな戯言は言えたものではないからだ。
少なくともリュンナはそう考える。
「礼儀とは、相手のためのモノのハズ。相手に失礼がないように、と注意すべきモノ。なのにあなたは、自分の信じる礼儀を優先して、わたしを軽んじる。これだけ罵倒してもまだ、わたしに対する殺意がまるで湧いてこない……」
分かる。殺気がない。
アバンに対してはあるのに。
「そういうのを礼儀とは言わないんですよ。『個人的な好き嫌い』と言うんです。或いは『信念』と。なのにあなたは、それをさも相手のためのように、礼儀と称した。こんな……こんな卑怯者が最強の騎士をやってるような軍……」
それを突破するために、マトリフは、ベルベルは、独り残っていったのに。
バカバカしくなってしまいそうだ。そんな場合ではないのに。
目の奥がツンと熱くなった。
「貴様の言いたいことは分かった……。しかしワシは、やはり女を殺すことはできぬ。たとえ敵でも……」
バルトスは静かに、しかし確かに、微笑んだ。
「嫌いだからだ。女を殺すのは」
「じゃあわたしが前ですね。先輩は隙を見てストラッシュでも打ち込んでください」
「手厳しいですねえ、リュンナ姫……」
途端に涙が引っ込むリュンナに、アバンが苦笑する。
だって、嫌いと言うなら仕方ない。礼儀ならともかく、それは否定できない。
そしてしかし、こちらは地上の人間全ての命運を背負っているのだ、やはり決闘には応じられない。そして相手に欠点があるなら、そこを突くのは当然だろう。
「そういう布陣で、文句はないですね? バルトスさん」
「ああ。ワシは地獄門の門番! 死んでもここを守るが務め……。しかし死のうがどうしようが、女を殺すのは性に合わん。ならば殺さず勝つまでよ!」
清々しい顔をしていた。
ああ、それなら、いい。
「いざ――勝負ッ!」
リュンナが皆殺しの剣をその場で振り抜いた。全体攻撃の呪力――間合という概念を超え、斬撃がバルトスの眼前に直接発生する。
しかし地獄の騎士は3本の刀であっさりと受け流すと、前進疾駆、刀を返して峰打ちを仕掛けてくる。
「知ってましたか、皆殺しの剣……!」
「もとは魔王軍のモノゆえ、当然に!」
リュンナからも踏み込んだ。魔神斬り――防御意識の集中箇所を誘導し、生じた隙を、自在に曲がる雷光の太刀筋で突く。
だが地獄の騎士は視野が広く、殺傷圏も濃かった。どれだけ意識を誘導しても、どの刀にもカバーされていない部位、というモノが発生しない。6刀流の強み。防がれた。
ならば逆に剣1本の強みとは、そこに全力を集中できること。鍔迫り合いに持ち込む。
小柄な童女のリュンナだが、暗黒闘気を全身に漲らせることで、侮れない力を発揮するのだ。バルトスは刀を重ねて防御するが、それでは力のロスが大きかろう。押し込まれていく。
一方で地獄の騎士の強みももうひとつ、それは不死者であること。痛みがなく、怯みも恐怖もない。
押し込まれて肩を裂かれるのも構わず、刀の1本を鍔迫り合いから外し、リュンナの胴へ峰打ちを叩き込む――
ふわり、羽毛の防御。無刀陣とまではいかないが、脱力による『受け流し』の技。
流した力の先は剣。鍔で相手の刀を絡め取るようにしながら、後ろへ倒れる――巴投げに引き摺り込んだ。
「うおお……ッ!?」
もともと小柄なリュンナが重心の下に潜り込んでいて、バルトスが上から体重をかけていたこともあり、彼は堪らず宙を舞った。
「――アバンストラッシュ!」
そして光の斬撃が、全てを断つ。
バルトスはバラバラになり、散らばり落ちた。
「む、無念……!」
ただしストラッシュが完全には入らないコースで投げた――辛うじて、まだ、彼は。