暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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36 地獄の騎士バルトス その1

 リュンナとアバン、ふたりの勇者は地底魔城を駆け抜けた。

 死霊の騎士を斬り捨て、ギガンテスを撃ち抜き、ゴールドオークを砕いて。

 無限回廊の謎を解き、落とし穴を跳び越え、マグマの噴き出す罠を避け、暗闇の道を仮想第三の目で踏破して。

 

 ――地獄門。やがて辿り着いたそこは、ハドラーの待つ地獄の間へと通ずる、最後の障害。

 門の前には地獄の騎士。6本の腕に6本の刀、異形の褐色骸骨。

 

「来たか……勇者ども……」

 

 骸骨は口を利いた。

 

「ワシは地獄の騎士、バルトス……! この地獄門を守る最後の砦よ」

「アバンです」

「リュンナ」

 

 名乗られたら名乗り返す。

 勇者2名は距離を置いて止まり、身構えた。

 そしてリュンナがアバンにささやく。

 

「強力な呪法の門です。あのバルトスを斃すか許可を貰うかしない限り、決して開くことはない……。ここはわたしに任せて先に行け、は無理っぽいです」

「そのようですね……。ならば彼には悪いですが――」

 

 一気に決めようとした、そのときだ。

 バルトスの言葉には続きがあったらしい。

 

「勇者アバン! ワシと一騎討ちの決闘だ!」

「おっと、そう来ましたか……。いいでしょう――と言いたいところですが」

 

 アバンは傍らのリュンナを一瞥し、それから再びバルトスに向き直る。

 

「事は私と貴方だけでは済まないのです。互いに自由な身分の剣士ならばいざ知らず、私は勇者で、貴方は地獄門の門番だ。ハドラーを斃すため、ここは押し通らせてもらいますよ……!」

 

 アバンが鋼鉄(はがね)の剣を抜く。

 その横でリュンナも皆殺しの剣を。――ほっと一息つきながら。

 

「良かった」

「何がです? リュンナ姫」

「いえ、変な騎士道精神を発揮して、決闘を受けたりするんじゃないかと……ちょっとした危惧を」

 

 アバンは苦笑した。

 

「本当はそうしたいんですがね。あと数時間で満月が昇り、ハドラーの結界呪法が発動してしまいます。ここは正義のため、個人の主義主張は曲げるとき……!」

 

 理想的な騎士道精神が普通に罷り通ってしまいがちなこの世界で、リュンナは本当にそこを危うく思っていたのだ。いくらアバンとは言え、と。

 現実は流石の大勇者、柔軟である。

 

 ふたりで闘気を高めていく。

 と、バルトスが慌てて待ったをかけた。

 

「ま、待て! 本当にその小娘を戦わせるつもりなのか!?」

「リュンナです。よろしくお願いします」

 

 リュンナは半ギレで述べた。

 

「そのリュンナを……! 戦わせるのか?」

 

 言い直すバルトスは、そこはなるほど紳士だったかも知れない。

 だが言っている内容がいただけない。

 アバンも小首を傾げた。

 

「戦わせると言いますか、一緒に戦うのですよ。彼女はアルキード王国の勇者姫、私と並ぶ勇者ですから」

「勇者……! このような……!」

 

 このような女子供が、か?

 あまりに的外れな物言いに、緊張感を削がれてしまう。

 

「ここまで辿り着いた相手に、何を今更、って感じなんですけど……」

「だとしてもだ。たとえ敵でも女を殺したくはない……! 武人として最低限の礼儀ではないか。下がっていろ」

 

 こいつは。

 こいつは、何を、言っている?

 

「卑怯者」

 

 思わず口をついて出た。

 魔氷気のように冷たい声音。

 

「リュンナ姫?」

「なッ……! 言うに事欠いて卑怯!? リュンナ、貴様、ワシを愚弄するのか!?」

「はい」

「……ッ」

 

 流石に絶句の様子。

 

「むしろ愚弄されないとでも思ったんですか? そんな露骨な差別……。しかもそれを高潔だと思ってるからタチが悪い」

「さ、差別……! そんなつもりはないが……」

「つもりがなくても差別でしょうが。いえ、非戦闘員の女ならまだ分かりますよ。だいたい抵抗する力もなくて、それを一方的に殺すのはさぞ後味が悪いでしょう。

 しかしわたしには力があり、行動もある。女は殺したくないから仕方ないって、今から負けたときの言い訳ですか?」

 

 バルトスは最早言葉がない。カタカタと骸骨の顎が震え歯が鳴るのは、怒りによるものだろう。

 怒りたいのはこっちの方だ。リュンナは唾を吐き捨てたい衝動にかられた――品がないからやめた。

 

「そもそも女を殺さずにおいて、そのとき何が起こるか考えたことないんですか? 貴方以外の誰かが殺すんですよ。貴方は自分の手を汚したくないだけのクズ野郎です」

「ワシは地獄門を守る最強の騎士だぞ! 貴様を殺さぬよう、魔王軍に通達することができる! ハドラーさまも、そのくらいはお赦しになる」

 

 原作で実際にヒュンケルを育てる酔狂を赦されていたからか、その言葉には説得力がある。

 いや、この世界ではどうなのだろうか。あの手作りの星形首飾りが見当たらない。

 どちらであれ、関係はないが。

 

「だから? 私以外は殺すってことでしょう。アバン先輩も、マトリフさんも。ベルベルは女の子だから別だとしても……。頼れる仲間を失って、機を逸して、最早人間には絶望しかなくなる。

 そういう生き地獄を……。死ぬよりツラい苦境に叩き落とすことが、あなたの望みですか。そこまでされなきゃいけない咎を、女という生き物は負いましたか? 『現実』に『心を殺される』ことを……」

「そ、それは……!」

 

 バルトスが狼狽えた。

 考えたことがなかったのだろう。考えたことがあれば、そんな戯言は言えたものではないからだ。

 少なくともリュンナはそう考える。

 

「礼儀とは、相手のためのモノのハズ。相手に失礼がないように、と注意すべきモノ。なのにあなたは、自分の信じる礼儀を優先して、わたしを軽んじる。これだけ罵倒してもまだ、わたしに対する殺意がまるで湧いてこない……」

 

 分かる。殺気がない。

 アバンに対してはあるのに。

 

「そういうのを礼儀とは言わないんですよ。『個人的な好き嫌い』と言うんです。或いは『信念』と。なのにあなたは、それをさも相手のためのように、礼儀と称した。こんな……こんな卑怯者が最強の騎士をやってるような軍……」

 

 それを突破するために、マトリフは、ベルベルは、独り残っていったのに。

 バカバカしくなってしまいそうだ。そんな場合ではないのに。

 目の奥がツンと熱くなった。

 

「貴様の言いたいことは分かった……。しかしワシは、やはり女を殺すことはできぬ。たとえ敵でも……」

 

 バルトスは静かに、しかし確かに、微笑んだ。

 

「嫌いだからだ。女を殺すのは」

「じゃあわたしが前ですね。先輩は隙を見てストラッシュでも打ち込んでください」

「手厳しいですねえ、リュンナ姫……」

 

 途端に涙が引っ込むリュンナに、アバンが苦笑する。

 だって、嫌いと言うなら仕方ない。礼儀ならともかく、それは否定できない。

 そしてしかし、こちらは地上の人間全ての命運を背負っているのだ、やはり決闘には応じられない。そして相手に欠点があるなら、そこを突くのは当然だろう。

 

「そういう布陣で、文句はないですね? バルトスさん」

「ああ。ワシは地獄門の門番! 死んでもここを守るが務め……。しかし死のうがどうしようが、女を殺すのは性に合わん。ならば殺さず勝つまでよ!」

 

 清々しい顔をしていた。

 ああ、それなら、いい。

 

「いざ――勝負ッ!」

 

 リュンナが皆殺しの剣をその場で振り抜いた。全体攻撃の呪力――間合という概念を超え、斬撃がバルトスの眼前に直接発生する。

 しかし地獄の騎士は3本の刀であっさりと受け流すと、前進疾駆、刀を返して峰打ちを仕掛けてくる。

 

「知ってましたか、皆殺しの剣……!」

「もとは魔王軍のモノゆえ、当然に!」

 

 リュンナからも踏み込んだ。魔神斬り――防御意識の集中箇所を誘導し、生じた隙を、自在に曲がる雷光の太刀筋で突く。

 だが地獄の騎士は視野が広く、殺傷圏も濃かった。どれだけ意識を誘導しても、どの刀にもカバーされていない部位、というモノが発生しない。6刀流の強み。防がれた。

 

 ならば逆に剣1本の強みとは、そこに全力を集中できること。鍔迫り合いに持ち込む。

 小柄な童女のリュンナだが、暗黒闘気を全身に漲らせることで、侮れない力を発揮するのだ。バルトスは刀を重ねて防御するが、それでは力のロスが大きかろう。押し込まれていく。

 

 一方で地獄の騎士の強みももうひとつ、それは不死者であること。痛みがなく、怯みも恐怖もない。

 押し込まれて肩を裂かれるのも構わず、刀の1本を鍔迫り合いから外し、リュンナの胴へ峰打ちを叩き込む――

 

 ふわり、羽毛の防御。無刀陣とまではいかないが、脱力による『受け流し』の技。

 流した力の先は剣。鍔で相手の刀を絡め取るようにしながら、後ろへ倒れる――巴投げに引き摺り込んだ。

 

「うおお……ッ!?」

 

 もともと小柄なリュンナが重心の下に潜り込んでいて、バルトスが上から体重をかけていたこともあり、彼は堪らず宙を舞った。

 

「――アバンストラッシュ!」

 

 そして光の斬撃が、全てを断つ。

 バルトスはバラバラになり、散らばり落ちた。

 

「む、無念……!」

 

 ただしストラッシュが完全には入らないコースで投げた――辛うじて、まだ、彼は。

 

 


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