暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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37 地獄の騎士バルトス その2

 バルトスの攻撃はヌルかった。必殺の気迫がないのだから当然だ。

 それでも彼は、己にできる範囲で真摯に戦った。もはや愚弄するまい。

 八つ裂きよりも遥かに多い数になって落ちるバルトスを振り向きながら、そう思う。

 

「ワシが死ねば……門は開く……。トドメを、刺すがいい……」

 

 手足と分断されたシャレコウベが語る。

 戦いは終わった。そう、あとはトドメのみ。

 しかし、気になることがある。

 

 先ほども確認したのだが、バルトスの首に星の首飾りがないのだ。ヒュンケルが手ずから作った贈り物が。

 それが何を意味するのか? ヒュンケルを拾って育てていないのか。拾ったが、首飾りを作る前だったのか。地底魔城突入のタイミングは、原作と比べて半年以上前倒しになっている。

 

 最悪なのは、ヒュンケルはいて、アバンが本当にバルトスの仇になってしまう場合だ。

 トドメを刺す役目をリュンナが担ったところで、単に復讐対象がふたりに増えるのみだろう。

 そもそもトドメを刺さずに放置しても、あとでハドラーに処分される可能性が高い。結局は地獄門を守れていないので、そこをヒュンケルにウツツを抜かしていたからだ、とでもされて。そうすれば、めでたくヒュンケルの復讐リスト入りだ。

 或いはハドラーがバーンに拾われず、バルトスも普通に死ぬかも知れない。

 かと言って首飾りがない以上、彼に子供がいることを指摘できない。和解の道を目指すには……。まずは探りを入れる。

 

「何か言い残したいことがあれば聞きますよ」

「……ワシは……」

 

 例えば、息子を頼む、とか。

 

「今までどれだけ、女を苦しめて来たのだろうな……」

「……」

 

 黙って先を促す。

 

「ハドラーさまの指示で、部隊を率いて町々を襲ったこともある。ワシが直接手を下さずとも、父を、夫を、息子を、兄弟を……失った女たちは……どれだけ……」

「働き手がいなくなるワケですからね。別の町に逃げても、お金を稼げず路頭に迷うか……」

 

 アバンが後を継ぎ、しかしそこで言葉を切った。

 リュンナを気遣うような心気。

 だが、無用だ。

 

「あるいは不本意な仕事に就くか、自殺に至るか、ってトコロですか」

「リュンナ姫」

「こちとら第二とは言え王女ですよ。社会の闇なんて、いくらでもね……」

 

 転生者でもある。かつて成人していたのだ。

 

「その闇に、ワシが女たちを突き落としたのだな……」

「そうです。まあ、悪いのは全部ハドラーですけど」

「いや違う。ハドラーさまが命じられたのは、町を制圧すること。方法はワシに一任されていた。ワシが……ワシが、生き地獄を……」

 

 それだけ信頼された騎士なのだ。

 性格的に、ハドラーとは反りが合いそうにないが……。

 

「あの子の親も……今思えば……」

 

 おっと。

 

「あの子とは?」

「ヒュンケルという……。赤子のころに拾って、育ててきた――ワシの息子よ。親に見捨てられてしまったらしいのを、哀れに思って拾った……が……今、気付いた。見捨てさせたのは他でもない、町に攻め入ったワシなのだ……」

 

 そう、それだ。リュンナは原作で、ずっとそこが引っかかっていた。

 いかにも美談のように語られていたが、事実はどう考えてもただのマッチポンプである。

 女を殺さないことにも似て。

 

「アバンどの、リュンナどの……! 恥を忍んでお頼み申す……! ワシが奪ってしまった、本当の人間の温もりを……どうか、あの子に……」

 

 アバンは――頷きながらも、困惑の様子だった。

 例の首飾りがなく、バルトスとヒュンケルとの絆を見ていないのだから、仕方がない。

 だがリュンナは知っている。ふたりがどれだけ想い合っているかを。

 

「どうか……どうか……」

「ええ、任せてください。ヒュンケルはわたしたちが保護します。そして伝えましょう――あなたの父は、最期まで立派に戦った、騎士の中の騎士だったと……」

「フフッ……この冷たい骸の身に、そのような……望外の、名誉が……」

 

 騎士の中の騎士と評されたことが、ではない。

 ヒュンケルの中で、そう尊敬される父で在れるだろうことが、だ。

 わざわざ心気を読まずとも、それくらいは分かる。

 

 バルトスの身が急速に崩滅を始め、

 

「ありがとう、リュンナどの……ワシの曇った目を、覚まさせて……くれて。そして、ああ、ヒュンケル……想い出を……あ……り……が――」

 

 最後まで言い切る前に、灰の山と化した。

 

「まさか地獄の騎士が人間の子を育てていたとは、まだ飲み込み切れていない部分もありますが……。彼を高潔な騎士とその子に伝えることに、私も否やはありませんね」

 

 アバンは黙祷し、そして再び目を開けたとき、バルトスだった灰の山が蠢いているのを見た。

 

「これは……!? リュンナ姫、離れてください!」

「大丈夫ですよ」

「どういうことです……?」

 

 灰は渦を巻き、盛り上がり、異形の人型を形作っていく。

 6本腕の、褐色の骸骨を。

 

「地獄の騎士!? しかしこの暗黒闘気は――」

「はい、わたしのです」

 

 暗黒闘気による攻撃でトドメを刺し、相手がリュンナに対して心底から『感謝』の気持ちを持ったとき、その魔物は新生する。ベルベルとリバストから聞き取り調査をして得た結論だ。

 バルトスが崩滅したのは、仮初の生命力がストラッシュで尽きたからではない。リュンナが鍔迫り合いで肩を裂いたとき、剣を介して暗黒闘気を感染させていた――それによる攻撃である。ダメージ原理としては、恐らく闘魔最終掌に近い。死に際まで弱って初めて効果が出るような弱攻撃だが。

 感謝の気持ちを確認してから、トドメを刺したのだ。

 

 バルトスが気が付いた。

 

「……? こ、ここは……ワシは!? バカな、ヒュンケルを託して……死んだハズでは……!?」

 

 彼を正面から見上げる。

 

「ええ、あなたは死にました。でもね、あなたにもう一度機会をあげる。分かるよね? 暗黒闘気の繋がり……」

「リュ、リュンナどの……!? 確かに……この感じは、ハドラーさまの気ではない……。もっと安らかで、心地良いものだ……」

 

 流石にそうまで言われると照れる。

 バルトスから目を逸らす――その先にアバンがいて、ようやく得心の顔をしていた。

 

「なるほど、ベルベルやリバストと同じなのですね? 斃した魔物を、新たな仲間として再び起き上がらせる能力……!」

「そういうことです」

 

 どや顔。

 これがリュンナの策――力技だ。バルトスが死ぬことでヒュンケルに狙われるなら、バルトスが生きていればいい。

 

「魔物と人間とは言え、ヒュンケルはバルトスを慕っているハズ。でなければバルトスの方だって、今際の際にあんなに必死に頼み込まないでしょう」

「確かに」

「父の仇! とか言ってヒュンケルに狙われるのは御免ですよ、わたしは。これから保護する相手なんですから。そういうわけで、バルトスにはわたしに鞍替えしてもらいました。

 非生物系の魔物は基本的に創造主が死ぬと道連れですが、今はわたしが『親』です。これで心置きなくハドラーを斃せます」

「お、おおお……! つまり! リュンナどの……! ワシは、ワシは、まだヒュンケルと一緒に……!?」

 

 バルトスが熱い涙を流す。骨の身でどうやって……。

 

「女を殺すのは嫌いなんでしょ。じゃあ、好きなことは? 騎士として魔王に忠誠を誓うこと?」

 

 バルトスは膝を折り、座り込んで、嗚咽をこぼした。

 

「違う、違う……! 本当は違った! 女を殺さぬのも、『せめて』と思っただけだ。人間を襲わねばならぬなら、せめて女だけでもと……!

 ワシは不死者! 元は人間……! 生前の記憶などほとんどないが、それでも、それでも……騎士として、せめて……ワシは……!

 そして、だが、今はそれより……ああ……ヒュンケル……!

 ワシの好きなことは! ヒュンケルと共に生きることです……! リュンナさま!」

 

 座り込んだ姿勢から、美しく跪く姿勢へ。臣下の礼。

 その肩を、リュンナは剣の腹で叩いた。

 叙勲の儀。

 

「ならば、バルトス。これからはわたしの騎士となりなさい。わたしの仲間には、既にホイミスライムとオークキングがいる――今更地獄の騎士くらいどうってことないから。そしたらわたしの国で、ヒュンケルと暮らせるから」

「おお、おおお……! 誓います! ヒュンケルと、そしてリュンナさまのために生きると!」

 

 剣を引くと、バルトスは決然と立ち上がり――よろめいて再び座り込んだ。

 

「ううッ!? 力が入らぬ……!」

「新生したばっかりだもの。無理しないで、ここで休んでなさい。――先輩」

「ええ」

 

 アバンと視線をかわす。

 

「まったく驚きの展開ですが、重要なのはやはり魔王ハドラーの討伐! 遂に大詰めというワケです……」

 

 バルトスが死に、新生したとは言えハドラーの眷属でもなくなったことで、地獄門は既に錠が外れていた。

 押して、開く。その先へ。

 地獄をも踏破するために。

 

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