暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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39 戦いのとき その2

 皆殺しの剣をその場で振り抜く――全体攻撃の呪力。

 バルトスにも防がれたモノだ、ハドラーに通じるとは思えないが、防御させることで肉薄の隙を作り出す。

 その予定だった。そうなるハズだった。

 

「カァァッ!」

 

 彼の眼前に直接発生する斬撃が、防御どころか、気合の一声で吹き飛ばされた。

 それは魔法力の放出だった――魔剣の魔力は跳ね返され、斬撃の発生がリュンナと重なる位置にまで後退してくる。

 

「うう、ッ……!」

 

 魔剣本体で打ち払って防ぐ。

 だがそれは、

 

「イオラッ!」

 

 魔王の放つ爆裂光弾を、剣で打ち払えない間ということ。

 剣持つ右とは逆、左手を光弾に向け、自身も呪文を唱える。

 

「ヒャド!」

 

 呪文の位階を落として速射性を上げた。

 冷気に生じた氷の礫が光弾を撃ち抜き、被害の少ない手前で誘爆させる。

 爆風に煽られる中、しかしその範囲を素早く後退して抜け出す――身軽さを増す身かわしの服の加護。

 

「上手いこと防ぐじゃないか小娘……! リュンナだったか? なら、これはどうかな!」

 

 真空斬りの剣圧は煙を斬り裂き、しかし魔王の纏う炎熱の渦に散らされた。

 彼は渦を左手に集約し、それを右拳で打ち抜くようにして放つ。

 

「ベギラマッ!」

 

 閃熱の奔流。

 リュンナは既に接近を試みていた。攻撃をすれ違って回避し、行動直後のハドラーの隙を突くために。

 だがベギラマ――閃熱の範囲が広い。敢えて収束度を緩め、命中率を重視してきた。ベギラマほどの呪文なら、それでも充分な火力が出る。

 尊大な態度だが、意外と戦い方が利口だ。

 

 これを避けていては、いつまで経っても接近できない。真空斬りで防ぐのも敵本体まで剣圧が届かず、すぐに次の攻撃が来てしまう。

 そして遠距離で呪文の撃ち合いになれば、極大呪文を擁する魔王相手に勝ち目はない。

 リュンナが選んだのは、

 

「ベタンッ!」

 

 マトリフ直伝、重圧呪文。

 

「俺の知らん呪文を……!? う、おおおッ……!?」

 

 重圧がベギラマを床に叩き付けた、足裏のみ魔氷気で防御しながら駆け抜けていく。

 更にハドラー本体さえも重圧は捉え、膝をついてこそいないものの動きが鈍っていた――いやダメだ、呪文が破られる!

 

「ああああああああああッ!」

 

 叫ぶ。絶叫する。ウォークライ。

 わたしは獣だ。魔王を殺す魔獣だ!

 剣速ではなく間合を詰める速度において最速の剣技、疾風突き――ここまでの生涯で最高の速度。

 

 その脇腹を抉るように斬りつけ、しかし、より深くまで突き込む前に拳で打ち払われてしまう。

 そこでベタンも破られた。吹き抜ける余波衝撃を素手のかまいたちで斬り裂いて、近い間合を維持。

 

「接近戦が望みか? だが今の呪文なしで、どこまでやれるか!」

 

 一足一刀。

 大上段に構えた皆殺しの剣を、袈裟懸けに振り下ろす。

 

「ふん!」

 

 拳で打ち払われた――その勢いすら吸収し、折り返し迫る雷光の太刀筋、魔神斬り。

 

「おおッ!?」

 

 これにはハドラーも驚いたか。

 だがリュンナは、剣を振りながら、既に失敗を認識していた。

 完全な魔神斬りは意識の虚を突くため、相手は斬られてから気付くのだ。先に驚ける時点で――ああ、やはり!

 

「惜しかったな!」

 

 ハドラーの反応が間に合い、逆の手の2本指で挟み止められた。

 やはりベタンがなくてはハドラーの素早さに追いつけないのか。だがあれだけ集中の重い呪文を、この間合ではもう使えない。

 

 それに剣を引こうにもビクともしない――何たる力か!

 だが魔剣の呪力はまだある。

 

「蝕め、皆殺しの剣!」

 

 魔剣から青い光が放たれる。浴びた敵を物体としてあまりにも脆くしてしまう、ルカナンの魔法効果。

 ハドラーはまともに浴び――しかし彼の首飾りの宝石が、反応するように怪しい光を放つ。

 ルカナンが掻き消された。

 

「あ――」

「メラゾーマ!」

 

 火炎が、まるで導火線を走るように剣を伝ってくる。全身を包まれる――大丈夫、全身に纏った魔氷気の膜がある! 防げる。

 事実、防げた。リュンナは燃えない。

 

「妙な闘気を……! ククッ、しかし――」

 

 ハドラーは挟み止めた剣を振り上げた。

 そのまま剣を握り続けていては、体ごと振り回されてしまう――咄嗟に剣を手放し、だから、ハドラーの左拳を剣で打ち払えない。

 だが魔氷気がある――全開の気を右拳に集中、正拳突きにて迎撃!

 

 膨大な衝撃に弾かれながらも、打撃の威力は殆ど相殺できた。代償に、集中した魔氷気はおよそ吹き飛ばされてしまったが――

 ――熱い。

 

「う、あ……、ああぐう……!?」

 

 気付けば火達磨。のたうち回る。

 魔氷気が吹き飛ばされてしまった分、メラゾーマの火炎を防げなくなったのだ。

 だがベギラマの炎熱でさえ突っ切れたのに、上級呪文とは言え、たかがメラゾーマの炎、魔氷気で掻き消し切れるハズだったのに。

 

「――俺のメラは地獄の炎。相手を焼き尽くすまでは決して消えん! そら、妙な闘気はもう出せんのか? 出せたところで、いつまで持つか、だがな……!」

 

 そうだ、原作でも殆ど使われていない能力だから忘れていた。

 ベギラマより、イオナズンよりも、ハドラーのメラゾーマだけは絶対に受けてはならなかったのだ。

 

 何とか気を入れ直し、魔氷気を再び纏って防いだころには、身かわしの服は燃え尽きていた。

 下に着ていた魔法の鎧が露――ミラーアーマーの残骸を宮廷錬金術師が研究、呪文を反射は出来ないが大きく軽減は出来る、劣化模造品の製造に成功していたモノだ。

 これがあってこそ、リュンナは未だ戦闘力を失わずにいることができている。

 

「なかなか上等な装備をしているじゃないか。脆弱な人間の涙ぐましい努力よな」

 

 ハドラーは既に皆殺しの剣を後ろに放り捨て、リュンナに肉薄してきていた。掬い上げるような蹴りが迫る。

 脱力、受け流しの特技――蹴りのダメージは避けた、しかし爪先に乗せて投げるようにして、身を宙に浮かされてしまう。

 

「そうらッ!」

 

 そこにハドラー渾身の右拳。最早かわせない。

 せめてものクロスアームブロックを挟むが、その両腕を諸共にへし折られ、鎧の胴がひしゃげ、内臓がかき回され、身ごと吹き飛ばされた。

 咄嗟に防御しなければ、吹き飛ぶことも出来ず、腹で上下に分断されていたか。

 飛ばされた先で柱に激突、倒壊させ、その向こうの壁でようやく止まりながらそう思う。

 

「ご――ほッ、お、――ぇぇッ! ひっ、ひぐっ……」

 

 呼吸が上手くできない。腹の中身が丸ごと飛んでいったような衝撃。視界は涙よりも、散る火花で塞がる。どちらが上でどちらが下か分からない――ああ、こっちが下だ、嘔吐物の流れる方向。殆ど胃液しかないが。

 魔氷気もまた吹き飛ばされ、改めて纏い直す、その間にメラゾーマにまた蝕まれた。

 

 凍てつく波動で消せるか? 消せるハズ。

 ハドラーが丁寧に魔法力を高めてイオナズンの構えを取っている今、ようやくその余裕ができた。

 

 凍てつく波動がリュンナの全身から迸る。

 リュンナを害し続けるメラゾーマの効き目がなくなった。

 鎮火。

 

「むッ? 俺の地獄の炎を……。思ったよりは危険な存在かも知れんな。

 良かろう、遊びは終わりだ。喰らえィ!!」

 

 ハドラーが両手を前方に繰り出す。

 リュンナはベホイミで、折れた腕の骨を辛うじて繋ぎながら――

 

「イオナズンッ!!」

「ルーラ!」

 

 ルーラの高速移動による回避。

 行先は――皆殺しの剣が放り捨てられたその地点!

 

「剣を……!?」

「五月雨剣ッ!」

 

 剣を拾い上げざま、そのまま振り上げ振り抜いた。

 自在に曲がる雷光の太刀筋、そのジグザグの頂点で真空斬りを放っていく―― 一振り四斬、つるぎのさみだれ。

 四つの剣圧のうち、ハドラーは両手でふたつを、蹴りでひとつを防いだが、残りひとつが首飾りを打ち砕いた。

 

「ッ!? おのれ……!」

「蝕め、皆殺しの剣!」

 

 今ならルカナンが通るか。青い光。

 ハドラーは魔法力の放出で防ごうとしたが、流石に極大呪文を使った直後だ、圧力が弱い。ルカナンの光が咆哮を貫通した。

 リュンナは脆くなったその身へ斬りかかろうとして、

 

「うッ、……!」

 

 痛みに呻き、剣を取り落とした。

 腕の骨の繋ぎは、完全ではなかったのだ。

 魔氷気の膜も、力尽きたように消えていく。

 

 ハドラーはそれを好機とばかり、疾駆し踏み込んでくる。

 

「少々驚いたが! もはや闘気もないらしい……! これで終わりだ、小娘ェーッ!!」

 

 再び渾身の右拳、狙うのは顔面。直撃すれば首から上が吹き飛ぶ。

 リュンナは避けない、動かない。目が霞み、フラつく所作。

 

 だからハドラーは、疑いもせずに右拳を突き刺し――羽毛の感触、リュンナは鼻が潰れて血を噴き出すものの、それ以外の損傷はなく、拳に押された分だけ後退した。

 

「――ッ!?」

 

 無刀陣。

 

 あとは刹那。

 ぬるり、拳とすれ違い踏み込んで、落とした剣を踏んだ反動で跳ね上げ右手へ回帰。逆手、身を捻って大きく振り被り――あらん限りの魔氷気を集約、命中と合わせて爆発させよう。

 

 先輩の名を冠するには、闇の使い手の自分は相応しくない、とリュンナは思う。

 あれは光の技であるべきだ。だから、この一手は――

 

「――ゼロストラッシュ!」

 

 絶対零度の斬撃が、敵の命運をゼロに導く。

 


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