皆殺しの剣をその場で振り抜く――全体攻撃の呪力。
バルトスにも防がれたモノだ、ハドラーに通じるとは思えないが、防御させることで肉薄の隙を作り出す。
その予定だった。そうなるハズだった。
「カァァッ!」
彼の眼前に直接発生する斬撃が、防御どころか、気合の一声で吹き飛ばされた。
それは魔法力の放出だった――魔剣の魔力は跳ね返され、斬撃の発生がリュンナと重なる位置にまで後退してくる。
「うう、ッ……!」
魔剣本体で打ち払って防ぐ。
だがそれは、
「イオラッ!」
魔王の放つ爆裂光弾を、剣で打ち払えない間ということ。
剣持つ右とは逆、左手を光弾に向け、自身も呪文を唱える。
「ヒャド!」
呪文の位階を落として速射性を上げた。
冷気に生じた氷の礫が光弾を撃ち抜き、被害の少ない手前で誘爆させる。
爆風に煽られる中、しかしその範囲を素早く後退して抜け出す――身軽さを増す身かわしの服の加護。
「上手いこと防ぐじゃないか小娘……! リュンナだったか? なら、これはどうかな!」
真空斬りの剣圧は煙を斬り裂き、しかし魔王の纏う炎熱の渦に散らされた。
彼は渦を左手に集約し、それを右拳で打ち抜くようにして放つ。
「ベギラマッ!」
閃熱の奔流。
リュンナは既に接近を試みていた。攻撃をすれ違って回避し、行動直後のハドラーの隙を突くために。
だがベギラマ――閃熱の範囲が広い。敢えて収束度を緩め、命中率を重視してきた。ベギラマほどの呪文なら、それでも充分な火力が出る。
尊大な態度だが、意外と戦い方が利口だ。
これを避けていては、いつまで経っても接近できない。真空斬りで防ぐのも敵本体まで剣圧が届かず、すぐに次の攻撃が来てしまう。
そして遠距離で呪文の撃ち合いになれば、極大呪文を擁する魔王相手に勝ち目はない。
リュンナが選んだのは、
「ベタンッ!」
マトリフ直伝、重圧呪文。
「俺の知らん呪文を……!? う、おおおッ……!?」
重圧がベギラマを床に叩き付けた、足裏のみ魔氷気で防御しながら駆け抜けていく。
更にハドラー本体さえも重圧は捉え、膝をついてこそいないものの動きが鈍っていた――いやダメだ、呪文が破られる!
「ああああああああああッ!」
叫ぶ。絶叫する。ウォークライ。
わたしは獣だ。魔王を殺す魔獣だ!
剣速ではなく間合を詰める速度において最速の剣技、疾風突き――ここまでの生涯で最高の速度。
その脇腹を抉るように斬りつけ、しかし、より深くまで突き込む前に拳で打ち払われてしまう。
そこでベタンも破られた。吹き抜ける余波衝撃を素手のかまいたちで斬り裂いて、近い間合を維持。
「接近戦が望みか? だが今の呪文なしで、どこまでやれるか!」
一足一刀。
大上段に構えた皆殺しの剣を、袈裟懸けに振り下ろす。
「ふん!」
拳で打ち払われた――その勢いすら吸収し、折り返し迫る雷光の太刀筋、魔神斬り。
「おおッ!?」
これにはハドラーも驚いたか。
だがリュンナは、剣を振りながら、既に失敗を認識していた。
完全な魔神斬りは意識の虚を突くため、相手は斬られてから気付くのだ。先に驚ける時点で――ああ、やはり!
「惜しかったな!」
ハドラーの反応が間に合い、逆の手の2本指で挟み止められた。
やはりベタンがなくてはハドラーの素早さに追いつけないのか。だがあれだけ集中の重い呪文を、この間合ではもう使えない。
それに剣を引こうにもビクともしない――何たる力か!
だが魔剣の呪力はまだある。
「蝕め、皆殺しの剣!」
魔剣から青い光が放たれる。浴びた敵を物体としてあまりにも脆くしてしまう、ルカナンの魔法効果。
ハドラーはまともに浴び――しかし彼の首飾りの宝石が、反応するように怪しい光を放つ。
ルカナンが掻き消された。
「あ――」
「メラゾーマ!」
火炎が、まるで導火線を走るように剣を伝ってくる。全身を包まれる――大丈夫、全身に纏った魔氷気の膜がある! 防げる。
事実、防げた。リュンナは燃えない。
「妙な闘気を……! ククッ、しかし――」
ハドラーは挟み止めた剣を振り上げた。
そのまま剣を握り続けていては、体ごと振り回されてしまう――咄嗟に剣を手放し、だから、ハドラーの左拳を剣で打ち払えない。
だが魔氷気がある――全開の気を右拳に集中、正拳突きにて迎撃!
膨大な衝撃に弾かれながらも、打撃の威力は殆ど相殺できた。代償に、集中した魔氷気はおよそ吹き飛ばされてしまったが――
――熱い。
「う、あ……、ああぐう……!?」
気付けば火達磨。のたうち回る。
魔氷気が吹き飛ばされてしまった分、メラゾーマの火炎を防げなくなったのだ。
だがベギラマの炎熱でさえ突っ切れたのに、上級呪文とは言え、たかがメラゾーマの炎、魔氷気で掻き消し切れるハズだったのに。
「――俺のメラは地獄の炎。相手を焼き尽くすまでは決して消えん! そら、妙な闘気はもう出せんのか? 出せたところで、いつまで持つか、だがな……!」
そうだ、原作でも殆ど使われていない能力だから忘れていた。
ベギラマより、イオナズンよりも、ハドラーのメラゾーマだけは絶対に受けてはならなかったのだ。
何とか気を入れ直し、魔氷気を再び纏って防いだころには、身かわしの服は燃え尽きていた。
下に着ていた魔法の鎧が露――ミラーアーマーの残骸を宮廷錬金術師が研究、呪文を反射は出来ないが大きく軽減は出来る、劣化模造品の製造に成功していたモノだ。
これがあってこそ、リュンナは未だ戦闘力を失わずにいることができている。
「なかなか上等な装備をしているじゃないか。脆弱な人間の涙ぐましい努力よな」
ハドラーは既に皆殺しの剣を後ろに放り捨て、リュンナに肉薄してきていた。掬い上げるような蹴りが迫る。
脱力、受け流しの特技――蹴りのダメージは避けた、しかし爪先に乗せて投げるようにして、身を宙に浮かされてしまう。
「そうらッ!」
そこにハドラー渾身の右拳。最早かわせない。
せめてものクロスアームブロックを挟むが、その両腕を諸共にへし折られ、鎧の胴がひしゃげ、内臓がかき回され、身ごと吹き飛ばされた。
咄嗟に防御しなければ、吹き飛ぶことも出来ず、腹で上下に分断されていたか。
飛ばされた先で柱に激突、倒壊させ、その向こうの壁でようやく止まりながらそう思う。
「ご――ほッ、お、――ぇぇッ! ひっ、ひぐっ……」
呼吸が上手くできない。腹の中身が丸ごと飛んでいったような衝撃。視界は涙よりも、散る火花で塞がる。どちらが上でどちらが下か分からない――ああ、こっちが下だ、嘔吐物の流れる方向。殆ど胃液しかないが。
魔氷気もまた吹き飛ばされ、改めて纏い直す、その間にメラゾーマにまた蝕まれた。
凍てつく波動で消せるか? 消せるハズ。
ハドラーが丁寧に魔法力を高めてイオナズンの構えを取っている今、ようやくその余裕ができた。
凍てつく波動がリュンナの全身から迸る。
リュンナを害し続けるメラゾーマの効き目がなくなった。
鎮火。
「むッ? 俺の地獄の炎を……。思ったよりは危険な存在かも知れんな。
良かろう、遊びは終わりだ。喰らえィ!!」
ハドラーが両手を前方に繰り出す。
リュンナはベホイミで、折れた腕の骨を辛うじて繋ぎながら――
「イオナズンッ!!」
「ルーラ!」
ルーラの高速移動による回避。
行先は――皆殺しの剣が放り捨てられたその地点!
「剣を……!?」
「五月雨剣ッ!」
剣を拾い上げざま、そのまま振り上げ振り抜いた。
自在に曲がる雷光の太刀筋、そのジグザグの頂点で真空斬りを放っていく―― 一振り四斬、つるぎのさみだれ。
四つの剣圧のうち、ハドラーは両手でふたつを、蹴りでひとつを防いだが、残りひとつが首飾りを打ち砕いた。
「ッ!? おのれ……!」
「蝕め、皆殺しの剣!」
今ならルカナンが通るか。青い光。
ハドラーは魔法力の放出で防ごうとしたが、流石に極大呪文を使った直後だ、圧力が弱い。ルカナンの光が咆哮を貫通した。
リュンナは脆くなったその身へ斬りかかろうとして、
「うッ、……!」
痛みに呻き、剣を取り落とした。
腕の骨の繋ぎは、完全ではなかったのだ。
魔氷気の膜も、力尽きたように消えていく。
ハドラーはそれを好機とばかり、疾駆し踏み込んでくる。
「少々驚いたが! もはや闘気もないらしい……! これで終わりだ、小娘ェーッ!!」
再び渾身の右拳、狙うのは顔面。直撃すれば首から上が吹き飛ぶ。
リュンナは避けない、動かない。目が霞み、フラつく所作。
だからハドラーは、疑いもせずに右拳を突き刺し――羽毛の感触、リュンナは鼻が潰れて血を噴き出すものの、それ以外の損傷はなく、拳に押された分だけ後退した。
「――ッ!?」
無刀陣。
あとは刹那。
ぬるり、拳とすれ違い踏み込んで、落とした剣を踏んだ反動で跳ね上げ右手へ回帰。逆手、身を捻って大きく振り被り――あらん限りの魔氷気を集約、命中と合わせて爆発させよう。
先輩の名を冠するには、闇の使い手の自分は相応しくない、とリュンナは思う。
あれは光の技であるべきだ。だから、この一手は――
「――ゼロストラッシュ!」
絶対零度の斬撃が、敵の命運をゼロに導く。