暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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40 開眼 その2

「どうして逆手持ちなんですか?」

 

 以前、そう問いかけたことがある。

 アバンは悪戯っぽく笑み、逆に問い返してきた。

 

「どうしてだと思います?」

「えぇ……。カッコいいから、とか? いえ、あり得ないですね……」

「そうでもありませんよ。カッコいい技は、自分や味方を鼓舞し、敵を威圧することができます」

 

 確かに、アバンストラッシュはカッコいい。

 如何にもな必殺技感がある。

 

「もちろん、それだけではありません。

 人体の力の出しやすさや刃物の性質などの要素から、この逆手の構えの方が、実はよく斬れる面もあるのです。まあ人それぞれ体格や癖など違いますし、場合によりけりな面もありますから、一概には言えませんが……。

 つまり心身両面で、私という人間に合致している。そういう技だということです」

 

 必殺技に自らの名を冠するのは、何よりも自分に合った技だから、という背景もあるのか。

 

「じゃあ、もしわたしが使うなら」

「おっ、リュンナストラッシュにします?」

「えぇ……ヤです……」

 

 アバンストラッシュはカッコいい。だがリュンナストラッシュはちょっと……。

 そのアバンストラッシュにしても、アバン自身やその使徒が使うからカッコいいのだ。リュンナには荷が重い。

 暗黒闘気版の空裂斬を会得した以上、闇のストラッシュは撃てるハズだが、どうにも気が乗らなかった。

 

 ――だが今、全ての力と闘気を一瞬で爆発させる技として、これより相応しい技はないと思った。

 光の闘気ではなく魔氷気を込めた、ゼロストラッシュ。

 

「ぐおッ、おッあああああああ! バカなッ! こんな!」

 

 ハドラーがよろめき、後退する。その身には左腕がなかった。

 無刀陣ですら反応防御された、ということだ。剣の前に左腕を差し込まれた――だがルカナンで脆くなっていた腕は、耐えられず、斬り裂かれながら魔氷気に凍てつき、粉々に砕け散った。

 

 腕を失った左肩口も凍って、出血がない――代わりに、氷の範囲がじわじわと呪いのように広がっていく。

 これでは魔族特有の再生力も働くまい。

 

 だがリュンナにも、追撃をする余裕はなかった。

 闘気を消耗し過ぎた。視界が暗い。音が遠い。

 打撃で拉げた魔法の鎧に内臓が圧迫され、呼吸が浅い。

 

 そうだ、鎧を脱げばいい。しかし留め金や紐をひとつひとつ外していくのは大変だ。

 リュンナは魔氷気を鎧に作用させ――結露から凍結へ――氷の膨張力で鎧を内側から破壊し、ガラガラと部品を足元に落としていく。

 あとに残るのは、鎧下の布の服のみ。

 

 これで呼吸ができる。呪文にも集中しやすい。ベホイミ。気分が楽になってくる。

 

「メラゾーマ! メラゾーマァァ! 解けん、なぜだ、この俺の呪文で……! あり得ん……!」

 

 ハドラーは左肩の凍結を火炎呪文で排除しようとしているが、凍結の広がりを遅らせる効果しかないようだ。

 暗黒闘気によるダメージは回復呪文を受け付けない、という話があったが、その現象の親戚だろうか。

 好都合だ。

 

「もはや女子供と侮らんぞ! リュンナッ! 全身が凍りつく前に――バラバラにしてやるッ!!」

 

 ハドラーは左肩の直接解凍を諦め、殴りかかってきた。闘気の源であるリュンナが死ねば、氷も解けると考えたのだろう――リュンナ自身にも確証はないが、恐らくそれは正しい。

 対してリュンナは満身創痍。ベホイミでは焼け石に水。

 だから剣を捨てた。

 

「バカめ! 勝負を捨てよったかああーッ!!」

 

 暗黒闘気を込めた右拳。

 純粋な肉体の力のみなら先ほどから既に全力だったが、それを超える本気の本気。

 なけなしの闘気では防ぎ切れない。

 ならば無刀陣しかない。

 

「……ッ」

「くっ、さっきと同じか! 面妖な動きを……ッ!」

 

 頬を打ち抜く拳を受け流し、それでもなお首が折れそうに軋んだ。

 反撃はハドラーの手首への手刀。

 闘気はゼロのまま、しかし、敵の威力を吸収反射する諸刃斬りの術理、その手首をへし折る。

 

「うがあああー!?」

 

 ハドラーが絶叫を上げて苦しむ。

 やはり無刀陣は効く。だがアバンほどの才人でないリュンナでは技が不完全なのか、トドメを刺すに至らない。

 ここまでのダメージで体力が足りないのもあるだろう。

 

 そして次の一撃で死ぬ。

 受け流しも100%ではないからだ。流し切れなかった僅かな威力でも、もう充分に死んでしまう。

 

「ならばこうだ! 喰らえッ!」

 

 後退したハドラーの闘気弾。イオラめいて飛び来る暗黒の塊。

 受け流したところで距離がある、これでは最後に反撃もできない。

 

 せめて。

 せめてもう一撃。

 追い付いてくるアバンが、ほんの少しでも楽になるように。

 

 既に役に立たない目を閉じた。濃密な死を感じる。

 瞑想――死の感覚――無の境地――全てが消え去れば、全てが見える。

 全てを見通す第三の目、額に開く。

 

 闘気弾。迫る。見る。

 なにか隙は、弱点は、突破口は。

 

 暗黒闘気。負の感情。

 ハドラーは何に怒り、何を憎んでいる?

 或いは力を振るって我を通し、弱者を虐げて愉しむこと、それもまた負の感情なのか。

 

 違う。見える。

 怒りの裏返しの、使命感。憎しみの裏返しの、愛。

 同じだ。

 

 なら、ひとつになれる。

 闘気弾を受け――リュンナは、小揺るぎもしなかった。

 耐えたのではない、弾いたのでもない。

 闘気弾は消えた。リュンナの中に吸い込まれて。

 

「な――に?」

 

 ハドラーが困惑する。

 狼狽えて仰け反っている。

 

「何だ……それは……。貴様、本当に人間なのか!?」

「自他一如、凍てつく波動に開眼したわたしなら、闘気の吸収も――」

「違う、違う!」

 

 魔王の声が、不自然に震えた。

 

「そんなことを言ってるんじゃあない! き、気付いて……いないのか……?」

 

 ハドラーが鼻水を垂らしながら指さした先は、リュンナの額だった。

 第三の目が開く――イメージに過ぎない、彼に見えるワケではない。ただの額があるのみだ。

 そのハズだった。

 

 第三の目が、ある。

 瞬きできるし、肉眼と同じ感覚で視線をあちこちに向けることもできた。

 動かす度に、ハドラーがビクリと反応する。

 

 鷹の目――視点移動の特技。自分を見た。

 最早イメージではなかった。そこにあった。

 縦に開いた眼窩、縦に割れた瞳孔。

 竜の瞳の様相。

 竜眼――という言葉が、自然と浮かんだ。

 

「人間……ではない……! 貴様は! だが魔族でもない……血は赤い……。いったい何なんだ!?」

「人間ですけど」

「人間の目はふたつだ!」

 

 そう、人間の目はふたつだ。リュンナにもふたつのみ。

 新たに生じたのは、竜の目なのだから。

 

 瞑想。死を想うこと。だが、それのみではなかった。転生に伴う再誕の感覚。『生まれ変わる』瞑想。

 それが積み重なるうちに、後天的に人から竜へと生まれ変わったというのか?

 

 正確なところはリュンナ自身にも分からない――分かるのは、それが外的な何かが宿った結果ではなく、あくまでも自己の内に起因しているということだ。

 竜眼の使い方が分かる。その力が理解できる。

 著しく体力の減っている今、それも万全ではないが。

 

「くっ……! しかし! だからどうした……!? たかが気味の悪い目がひとつ増えただけ! この俺の勝ちに変わりはない!!」

 

 ハドラーが気を取り直し、

 

「イオラ!」

 

 爆裂光弾を撃ち放ってくる。

 竜眼。呪文の構造がよく見える。どこにどう隙があるか。竜眼から湧き出す魔氷気の膜は、光弾が触れたとき、隙に染み入って感染、掌握、呪文に自殺させ――残った魔法力を吸い取った。

 闇の衣――と呼べようか。

 

 回復した魔法力でベホイミを唱え、体力を補っていく。

 

「と、闘気のみならず呪文までをも……!」

 

 ハドラーは忌々しげに歯軋りをすると、右腕を振って調子を確かめた。

 魔族の再生力、先ほどの無刀陣からの手刀で折った骨が治ったらしい。

 逆に左の肩から胸、脇腹にかけては、氷に覆われていたが。

 

「ならばこの身で直接! 打ち殺してくれるわーッ!」

 

 ハドラーは暗黒闘気を漲らせると、瞬く間に距離を詰め、右拳を繰り出してきた。

 その右拳にそっと手を触れる。流し込んだ魔氷気で力の流れを滞らせた――ハドラー自身が込めた力が暴発し、右拳が炸裂する。

 

「げえッ……!?」

 

 高速で動くべき部位に無理やりブレーキをかければ、そこで力は暴発し負傷に繋がる。まるで相手自身がそうしたいかのように、ブレーキをかけさせる操作。

 凍てつく波動の親戚――いや、むしろ未熟な闘魔傀儡掌か。今は一度に一部位を一瞬だけしか操作できず、操作内容も魔氷気の性質を利用して自爆させる以外にはないが。

 言うなれば氷魔傀儡掌。

 

 膝蹴りを入れれば膝が、肘打ちを入れれば肘が、回し蹴りを入れれば脛が、頭突きを入れれば額が、肩から突進すれば肩が、力の暴発で内から弾け飛んでいく。

 リュンナはその全てに、ただ手で触れていくのみ。物理的な力を込める必要はなく、ただ素早く触れればいい。

 

「バカな……! バカなバカなバカなバカな……! かっ、完全無欠――なのか!?」

 

 魔王は立つ力を失って座り込み、それでも襲い掛かってくる。

 

「いやそんなハズはない! 俺は魔王ハドラーだぞーッ!!」

 

 組みついたその右腕は、破裂しなかった。

 

「はッ! ク、ククッ……! 読めたぞ! 理解したぞ! 俺自身の力を使って反撃していたなら、力を一気に爆発させなければいい……! こうして!」

 

 リュンナの後ろに回り込み、右腕のみで首を絞める構え。

 

「ゆっくりと圧迫してやれば……! 思った通りだ! もはや貴様には、自分自身の力で戦う余力は――」

 

 魔氷気がその腕を物理的に凍らせ、扼殺を阻害した。

 

「うおおおおああああ!? こんな、こんな余力あるハズが……!」

 

 ハドラーの闘気や魔法力を吸収したのだ、これくらいはできる。

 

 それでも魔王は諦めなかった。

 必死に首を捻り、こちらの首を噛み千切ろうと試みてくる。

 

 どうして。

 

「どうして、そうまでするんです?」

「知れたこと! 俺は魔王――」

「止まって」

 

 再び踏んで跳ね上げ手に戻した皆殺しの剣、その切先を、すぐ背後のハドラーの喉に突きつけ、

 

「止まらんッ!」

 

 貫いた。

 いやダメだ、骨が硬くて逸れた。延髄を断てていない!

 

「かはァーッ!」

 

 ハドラーの牙が、首筋に食い込む――

 


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