暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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41 王

 首筋に食い込むハドラーの牙――が、魔氷気で凍り止まる。

 だが、

 

「メラゾーマ……!」

 

 自分自身を地獄の炎に包み込み、氷を解かしてしまう。

 ゼロストラッシュで渾身の闘気を打ち込んだ呪いの氷はともかく、それ以外の氷は地獄の炎に耐えられないようだ。

 腕が完全に解凍される前に身を沈め脱出、首から剣を抜きながら距離を取った。

 

「ぐ、はあ……はあ……。おのれ……!」

「ハドラー……」

 

 リュンナは竜眼を開いたが、肝心の体がボロボロでベホイミでは追い付かず、体力の余裕が少ない。

 ハドラーは左腕を失い、呪いの氷が更に胸へ、腹へと広がりつつある。だがそれ以外の物理ダメージは自然回復してしまう。ただし回復したところで、魔氷気の膜を無傷では突破できない。

 互い、決め手に欠ける。

 

 膠着状態を、言葉で繋ぐ。

 

「魔王だから戦うって……。魔王って、何なんですか。どうして地上を侵略するんですか」

「魔王とは、俺だ。このハドラーこそが魔王!! 必ずや地上を支配してくれる……!」

 

 なぜ地上を支配しようとするのか。今更のように、リュンナは気になっていた。命を懸けて戦う理由。『ドラクエの魔王だから』――で済む領域では、最早ない。

 支配する必要があるから、ではないのか。

 支配する必要とは?

 これは侵略戦争だ。人間同士なら、土地や資源が欲しくて仕掛けるモノ。

 

 ハドラーは魔族だ。魔界から来たのだろう。

 魔界は太陽がなく、マグマの海が広がる、不毛の大地。

 土地があっても資源がない。

 資源――具体的には?

 まず思いつくのは。

 

「食べ物ですか?」

「……!」

 

 ハドラーが、息を呑んだ。

 

「魔界では、太陽がなくて、ロクな作物が育たないから……。家畜も……。そうなんですね?」

「黙れッ!」

 

 叫びながら右拳で床を叩き砕く、その時点で、それが答えだ。

 野心でも、嗜虐心でも、支配欲でも、権力欲でもなく。

 

「ハドラー、あなたは……あなたも……!」

「黙れと言っているッ!」

 

 魔王が更に闘気弾を床に叩き付けた。

 建材が弾け飛んで瓦礫が飛ぶ――散弾めいて。

 

「うぐ、ッ……!」

 

 ただ単純に飛来してくるだけの物体に、未熟な氷魔傀儡掌で滞らせるべき力の流れは乏しい。暴発させて防ぐことができない――剣で打ち払い切れず被弾し、蹲った。

 

「やっと攻略法が見付かったな……! クハハ! 今すぐ、その小うるさい口を聞けなくしてやろう……!」

 

 ハドラーは足元に転がる瓦礫の中から、一際大きな――人の頭ほどもあるそれを拾い上げた。

 ゼロストラッシュの後遺症、呪いの氷は既に彼の左脚にも及んでいて、屈むためにハドラーは凍った脚を自らへし折りすらした。

 笑う顔も、左半分に霜が降りている。

 

「国のため……なんですね……。自分の国民に、食べさせてあげるために……。自然の恵み豊かな……地上を……」

「だったらどうした……!?」

 

 振り被る。

 身を捻ると、凍った部位に亀裂が走り、彼の破片が散った。

 

「俺が何のために戦っていようと、貴様ら人間どもの敵であることに変わりはない……! そもそも、あんな役立たずどものために戦っているツモリもないがな!」

「ウチに来ませんか」

「はあ……?」

 

 流石に呆けた顔で止まった。

 

「土地を用意します。あなたも……あなたの民も……。あまり広くはないかも知れませんけど。わたしは勇者でなく、勇者姫ですから……そういうことも、できます」

 

 もちろん、相当な無茶だ。魔王に土地を明け渡すなど、常軌を逸した国策である――いや、たとえ人間同士だったとしてもだ。

 

「ふん、くだらん……」

 

 しかしハドラーが拒んだ理由は、もっと感情的なモノのように思えた。

 

「俺が欲しいのは地上全てよ! 小娘のママゴトに付き合えるかあーッ!!」

 

 ハドラーが瓦礫を投擲する――リュンナの頭部を微塵に砕く威力――その寸前だった。

 

「アバンストラッシュ!!!」

 

 彼が背後から両断され、床に倒れ転がったのは。

 

「ア……バ……ン……!?」

 

 悲しげな顔をした勇者を、彼は見上げた。

 

「ハドラー、貴方にも貴方の正義があったのですね。しかしそのために、誰かの平穏な幸せを踏み躙っていいことには……なりません……!」

「い、いつの間に……!」

 

 リュンナと会話しているうちに、だ。

 竜眼でアバンの接近を感じていたから、会話で気を引きながら時間を稼いでいた。

 そして皆殺しの剣のルカナンがかかったままのハドラーでは、不意打ちのストラッシュに耐えることはできなかったのだ。

 

「くッ……!」

 

 それでも死なぬ魔族の生命力。

 闘気弾を放つ――間際、空裂斬で右の心臓を撃ち抜かれ、暗黒闘気の操作が不全となり霧散。

 それは単なる心臓の破壊よりも深刻な――暗黒の生命力の源泉を光の闘気で撃ち抜く行為は、まるで魂ごと破壊するかのような、決定的な致命傷。

 

「勇者ども……! 忘れん、決して忘れんぞ、この恨み!! たとえ死すとも蘇り、必ずや――!!」

 

 逆側の左心臓も、呪いの氷に呑まれて。

 

「リュンナ……!! アバン……! 必ず復讐してやる! 必ず! 必ずだ……首を洗って待っていろ……! ――ぐふっ!!」

 

 内臓の損傷によるものか、最後に激しく鮮血を吐き、ハドラーは息絶えた。

 リュンナは知っている。この後、本当に蘇ってくることを。15年か16年か後まで自分が生きていれば、再び会うだろうことを。

 ――またね。

 唇すら動かさず、心の中のみで思った。

 

「リュンナ姫……。遅れてすみませんでした」アバンが頭を下げる。「しかし流石ですね。本当に斃す寸前まで追い詰めてしまうとは……! その額は――ええ、気になりますが」

 

 額。

 縦に開いた眼窩に嵌る、縦に割れた瞳孔の第三の目。

 

「これは竜眼です」

「竜眼」

 

 自己の内側から生じたものであること、高い感知能力と、高い闘気生成及び操作能力を持つこと、これは竜眼であると直感的に何となく理解したこと、あとは分からないことを伝える。

 

「そうですか……ふーむ。私の方でも、あとで文献などを漁ってみようと思いますが……。発生原因に心当たりはないのですか?」

「瞑想するとき、第三の目をイメージするじゃないですか。それがそのまま現実になったような感覚……ですね」

 

 本当に何が何だか分からないため、会話もどこかボヤけていた。

 とりあえずといった風情で、アバンが顎を撫でながら述べる。

 

「普段は隠しておいた方がいいかも知れませんね。隠せますか?」

 

 ずっと閉じていた肉眼を開けると、入れ替わるように竜眼は閉じ、額に1本の縦線が刻まれているような外見となった。

 アバンはまじまじと見て、

 

「うーん、それなら斬られた傷痕のように……見えなくも……。まあ大丈夫でしょうか……」

 

 自信なさげに首を傾げた。

 その下に竜眼があると知っていればともかく、知らないなら、実際、傷痕だとしか思わないだろう。

 

 隠すか、開示するか。

 隠せば何かの拍子にバレたときに詰む。

 開示すれば、その時点で詰まないように言い訳が必要だ。

 

「それはともかく……先輩」

「ええ、ともかくで片付けていい事ではありませんが……ともかく、ですね。ハドラーの骸を……」

 

 話している間に、ハドラーは遂に全身を呪いの氷に蝕まれ――氷に無数の亀裂が走り、粉々に砕け散るところだった。 

 

「ニフラム」

 

 それをアバンは、聖なる光の呪文で浄化する。

 二度と蘇らぬように、という対策だろう――実際にはバーンから新しい肉体を与えられてしまうため、意味はないのだが。

 新しい肉体……。

 

 そうだ、バルトスは無事か?

 原作では、ハドラーの断末魔の声からバルトス粛清までは、ほぼ間がなかったハズ。竜眼を開き、暗黒闘気の繋がりを確かめる――バルトスの感覚を共有する。

 ハドラーの気配はない。アバンが念入りに葬ったからか?

 しかし、一瞬後には来るかも知れない。

 

「先輩、バルトスが心配です。マトリフさんもそうですけど……。戻りましょう」

「ええ。――ベルベルは心配ではないのですか?」

 

 共に地獄の間を出て、階段を駆け下りていく。

 呪文治療を施し施されながら。

 だいぶ内股気味なのは気にしないでほしい。

 

「あの子は生きてますから。竜眼で見えました」

 

 そう、見えた。

 あのマグマの落とし床の次の部屋で、ぐったりと壁に凭れつつも、自分に呪文治療を施している姿が。

 傍らには、何か長いワイヤーのようなモノ。途中で焼き切れていて、その辺りの端に、大きな手が炎上しながら握ったような跡がある。

 

 ベルベルは何度も、そのときの記憶を想起していた。感覚共有に伴い、ふと知る。

 マグマに落としてやったキラーマシンが、そのままならベルベルを道連れにできたものを、勝者を称えて助けたのだ。ワイヤー、いやクロスボウの弦をマグマで焼き切り、掴み振り回し、上の無事な床に投げた。

 敵が騎士道精神の持ち主で助かった。

 

「なるほど、仲間にした魔物の様子を窺えるのですか。……じゃあバルトスのことも見えるのでは?」

「……そうですね?」

 

 笑って誤魔化した。

 

 バルトスもキラーマシンも、ハドラーの作品だ。作品は作者の精神性の影響を受ける。

 ハドラー、本当はあなた、高潔なんじゃないの……?

 地獄の間を振り返ったところで、もう誰もいない。

 


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