暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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42 星月夜

 結局、バルトスは無事だった。ハドラーは現れないまま。

 どの行動がどう作用してそうなったのかは分からないが、とにかくそうなったのだ。

 

 となれば次は、バルトスの案内でヒュンケルを回収することである――と思うや否や、当のヒュンケル少年の叫ぶ声が聞こえてきた。

 

「父さん! 父さーん!」

「おお、ヒュンケル! ここだ、父さんは無事だよ」

「父さん!」

 

 地獄門前。

 銀髪の男の子が通路の先に現れ、あっと言う間に駆け寄り、地獄の騎士に抱き付いた。

 

「父さん! 良かった……! 勇者をやっつけたんだね!」

「いや、そういうワケではないのだが……」

 

 バルトスがチラリと動かした視線をヒュンケルは追い、そこでようやく勇者2名に気付いた反応を見せる。

 彼の表情にまず浮かんだのは、強い警戒心だった。バルトスを庇うように前に出るそのさまは、幼くとも戦士の素養充分か。

 

「初めまして。アルキード王国第二王女、リュンナです」

「アバンです」

 

 とりあえず挨拶をすると、ヒュンケルはポカンとした。

 

「これ、お前も挨拶をしなさい」

「え、あ、うん。えっと、ヒュンケル、です……」

 

 父に促され、戸惑いながらも名乗りを返すヒュンケルに、勇者たちは満足げに頷いた。

 

「ヒュンケルくん。ハドラーはわたしたちが斃しました」

「えっ……? 嘘でしょ。ハドラーが死んだなら、父さんが――無事なハズがない……!」

 

 振り向く彼の目に、バルトスは健在だ。

 触って確かめても、結果は同じ。

 

「それはバルトスがハドラーの眷属である限りのことです。そこで、新しくわたしの眷属になってもらいました」

「そ、そんなことが……!? じゃあ、アンタも魔王なのか!?」

 

 ヒュンケルが驚愕を見せる。

 なるほど、そういう解釈もあるのか。竜眼は今は閉じているが。

 しかし否定する前に、バルトスがヒュンケルを窘めた。

 

「これ、アンタじゃない、『リュンナさま』だ。ワシは魔物の身だが、本当は殺戮など嫌いだった……ヒュンケル、お前を拾って育ててしまうほどにな。

 リュンナさまは、ハドラーの呪縛からワシを解放してくださったのだ。そしてワシらを自国にお招きくださるという。

 分かるかヒュンケル。お前は人間の中で暮らせるようになるのだよ」

「人間の中で――って言われても……」

 

 困惑の様子。

 それはそうだろう。そもそも、今初めて自分以外の人間と会ったほどではあるまいか。

 ずっと魔物の中で育ってきたのだ。人間と暮らせることをさも幸せかのように語られても、そんなモノより父さんがいればいい、という感想が関の山に違いない。

 

「まあまあ……」アバンが取り成しの声と手つき。「いきなり言われても、はいそうですか、とはならないでしょう。ともかく、まずはこの地底魔城を出ませんか? ヒュンケルは出たことがないんでしたね?」

「えっ、うん。ハドラーが出るなって言ってたって、父さんが」

 

 そこで見せた柔らかい笑みは、流石アバン、と言うべき代物だった。

 一切の敵意を持たず、一切の敵意を持たせない、純粋な笑み。

 

「我が家に別れを告げるのは寂しいでしょうが、一度は外を見てみましょう。広い景色、太陽の光……。一見の価値がありますよ。ねえバルトス」

「そうだな……。特に太陽は美しいモノだ」

 

 地獄の騎士がしみじみと頷いた。

 魔王として太陽を――陽の光を浴びる土地を求めていたハドラー、彼の創造した魔物であるバルトスは、創造主の影響を受けているのだろう。太陽への憧れ。

 父がそう言うならと、ヒュンケルも少し乗り気になったようだ。表情から硬さが取れた。

 

「では……」

 

 そうして4人は、勇者たちが進んできた道を逆に辿っていく。

 魔物の死骸が転がる凄惨な光景だが。生きている魔物は、魔王の邪気から解放され、既に逃げ去ったのだろう。

 

 途中でベルベルを拾って抱き上げ、ベホマで再生を促しながら進み、更にマトリフと合流――戦闘の痕跡を辿り、勇者たちに追いつこうと進んできていた。

 互いに事の顛末を説明しながら、更に入口へと。

 

「やれやれ……。地獄の騎士を眷属にした上に、そいつが人間のガキを育てていたとはな。珍妙なこともあるもんだぜ。どうするんだ、そんなの」

 

 マトリフが呆れた声を出し、父子を眺める。

 ヒュンケルがバルトスの陰に隠れた。骨なので、ロクに陰はないのだが。

 

「ウチに連れて帰りますよ。バルトスはもうわたしの騎士で、ヒュンケルはその息子ですからね」

「おいおい、そこのベルベルや、オークキングのリバストとはワケが違うだろ。地獄の騎士だぞ、地獄の騎士。アンデッドだ。いくらオメエが王女でも、相当な反発がだな……」

「そこは魔王討伐の功績で黙ってもらって」

「それでいいのかよ……」

 

 国に尽くされたから、国に尽くす。それがリュンナである。

 ならば国に尽くした以上、国からも尽くしてもらう。それもリュンナだ。

 

「ぷるる~ん」

「いや楽観し過ぎだろ! 人間、皆が皆お人好しじゃねえんだ……!」

「ベルベルの言葉分かるんですか?」

「半年も一緒にいりゃ、何となくな」

 

 人語を理解はするが発声できないベルベルと、平気で会話するマトリフ。

 その様子を見て、ヒュンケルのマトリフへの態度は軟化した。バルトスの陰から出てきただけだが。

 そしてベルベルをチラ見する。

 

「ぷるる?」

 

 気付いたベルベルがリュンナの腕を抜け、ヒュンケルの方へと浮いていった。

 

「わっ……」

 

 ヒュンケルは慌ててそっと抱き締めた。鈴が鳴る。

 ひんやりぷにぷにのスライムボディーは、さぞ可愛くて気持ち良かろう。思わず嬉しそうに笑ってから、恥ずかしげに顔を引き締めるさま。

 微笑ましい。

 

 やがて地底魔城を出た。火口の出入口。

 頭上に広がるのは、満天の星月夜だった。満月。

 

「あちゃ~」アバンが額に手を当てる。「とっくに陽が沈んでいましたか……! 呪法の阻止は間に合ったみたいですが、脱出にも時間がかかりましたからねえ……」

「太陽はまた明日ですね」

 

 苦笑する勇者たちを後目に、ヒュンケルはキラキラ輝く目で夜空を見上げていた。

 釣られてリュンナも改めて仰ぐ。

 太陽ではないが――なるほど確かに、美しい。さながら空いっぱいの宝石の海。

 

「スゲエ……! ねえ父さん、あのデッカイのが月ってやつ!?」

「そう、あれが月だよ。満月だ。しかしこんな見事な満月……いつ振りに見るのか……」

 

 父子揃っての月見、邪魔するのも悪い。

 勇者たちはしばらく思い思いにその場で休み、ヒュンケルが飽きるまで待とうとしたが――結局彼は、飽きる前に笑顔のまま眠ってしまった。

 バルトスが多腕を使い、安定感抜群の抱き方で持ち上げる。

 

 ルーラの加速負荷や着地衝撃で起こすのも忍びない。

 その夜はそこで野宿を取り、翌日にルーラでアルキード王国に帰還した。

 

 魔王討伐の報告を受け、王はその日を祝日に制定。更に盛大な宴を開き、国を上げてのお祭り騒ぎとなった。

 祖国カールへ報告に飛んだアバンも、恐らく似たような激しい歓迎を受けているだろう。

 

 それはそれとして、当然、地獄の騎士バルトスの受け容れは容易いことではなかった。

 一も二もなく「流石はリュンナさま! 不死者にすら新たな生きる喜びを!」と納得したのは、側近の近衛隊長くらいだ。

 ソアラですら、一度は「うーん」と悩んだ。2秒後には「ではバルトス、よろしくお願いね」だったが。

 

「リュンナ、我が娘よ」

 

 そして今は、まず父王を説得する段である。

 

「流石に骨は……何とかならなかったか」

「やはり難しいですか」

「うむ……。ホイミスライムはよく見れば愛らしいし、オークキングも逞しくて精悍だ。人間に受け容れられやすい、と言える。だが骨は……。骨はな……」

「骨ですからね……」

「うむ……」

 

 何しろ骨である。性格や立場云々の前に、まず見た目が強烈に過ぎる。

 

「腐った死体でないだけマシだがな……」

「はい」

 

 そうだ、前向きに考えよう。

 骨だから悪臭まではない、と。

 

 ともあれ、ここで諦めるワケにはいかない。

 ベルベルとリバストに次いでバルトスをも受け容れさせることで、この国に『人外にも味方はいる』と印象付けたい。

 すると――バランが受け容れられやすくなるから。彼が人間でないのは事実なのだが、かと言って悪い人物でもないのだ。

 むしろ竜の騎士を――ともすればその血筋を王家に取り込めれば、最早アルキード王国は地上最強である。バランとダイ(ディーノ?)に加えて、更にダイの兄弟が増えれば、それはもうバーンにも勝てるのではないか。

 

 結局、バルトスには実績を作ってもらうことになった。

 魔王の邪気が晴れて魔物の狂暴化が解け、ハドラーを創造主とする非生物系の魔物は全滅し、魔王軍は瓦解した――が、元から狂暴だった魔物は、変わらず人を襲うことがある。

 それを探し出し、お忍びで出ていたリュンナかソアラが適当に襲われて、そこをバルトスが颯爽と助ける筋書きである。

 半ばマッチポンプだが、仕方ないことだろう。

 

 何だかんだ言ってベルベルとリバストで魔物に慣れている、バルトスも少しずつ受け容れられていくハズだ。

 

 ハドラーを倒したのはアバンだが、バルトスは生存し、これならヒュンケルが闇堕ちする要素はない。

 歴史の変わる手応え。ほんの少し――だがきっと、確実に。

 

 ならば次の時代も変えていこう。

 魔王ハドラーの時代は終わった。

 

 遂に現れるのだ。

 バランが。

 

「ところで父上」

「うむ」

「その……目がですね……」

「目……?」

 

 その前に言い訳が必要だが。

 





【あとがき】

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
明日から始まるバラン編には、欝展開が含まれます。予めご承知おきください。
 

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