暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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全8話。
ちょっとダイジェスト気味なところがある章です。(駆け抜けたい)
今日のうちは平和です。


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バラン編
43 予言


 運命は変えられる。まず運命の強度が低い、という感触。

 アバンが凍れる時間の秘法でハドラー諸共に凍ることは変わらなかったが、その解放は半年以上前倒しされた。ともすれば、アバンがここで死ぬ目もあった。

 ハドラーが倒されることは変わらなかったが、討伐メンバーはアバンのみならずリュンナが加わった。ともすれば、今後のハドラーの動きも変わる。

 手を加えれば、運命は変わるのだ。

 

 ならばバラン事件をそもそも起こさないことも出来るだろう。

 ソアラとバラン、ふたりの出会いは原作では偶然だ。示し合わせたワケではなく、偶然に同じタイミングで、同じ奇跡の泉を訪れたのみ。ほんの少しのズレで成立しなくなる出会いである。

 だから、ほんの少しズラしてやればいい。むしろ勝手にズレるかも知れない――リュンナの存在で、ソアラの行動は自然と変わっているから。

 

 その場合、バランは死ぬ。ダイが生まれず、次の(ドラゴン)の騎士も生まれないか、生まれても成長が間に合わないかで、バーン相手に詰む。

 つまり、バランを引き入れ、ソアラと子供を作ってもらいつつ、国も守る――これがベストの道。

 でないと半島どころか、地上ごとアルキード王国を吹き飛ばされる結末になってしまう。

 

 もちろん、バーンは来ないという可能性もある。

 だがそれに賭けて楽観するのは、愚かに過ぎるだろう。

 

 生まれてくるのがディーノではない可能性もある。

 だがどの道、(ドラゴン)の騎士ハーフは生まれるのだ。汚い考え方だが、戦力的にはひとまず充分だろう。

 

 だからリュンナは奇跡の泉を見付け出すと、いずれかの眷属を置いて見張らせ続けた。

 確実にバランを拾うために。未来を得る代償に、災厄の可能性を自ら引き込むのだ。

 

 そして遂に、その日、満身創痍のバランが奇跡の泉に出現した。

 魔王ハドラー討伐から、およそ3年後のことであった。

 

 13歳に成長した――歳の割には小柄だが――リュンナは、その日の見張りであったベルベルから念話連絡を受けると、ルーラで急行。

 傷だらけのバランは仰向けに寝かされ、ベルベルのベホマを受けていた。口元には濡れた跡、奇跡の泉の水も飲んだのか。

 

「お……お前は……」

 

 それでもなお立ち上がる余力はない様子。

 目だけを動かして、下り立ったリュンナを見上げてくる。

 

 案の定、このタイミングでソアラには別の用事が入っていた。泉に来ることはない。

 太陽でなくて悪いね。

 

「アルキード王国第二王女、リュンナです。魔王軍の残党辺りと戦ったと見受けますが……」

 

 バランは目を逸らした。

 地上の人間に魔界での戦いのことを言っても仕方ない、とでも思ったのか。

 

「ならばそれは、民を危険から救ってくれたということ。ウチへどうぞ。休んでいってください」

「く……お、恩に……」

「無理に喋らない方がいいです。ベルベル、帰るよ」

「ぷる」

 

 王城へルーラ。

 医務室へと連れ込み、宮廷医師と協力して、身を支えながらベッドに座らせる。血で汚れるが、構うことはない。

 

「この男が、リュンナさまの予言なさっていた……」

「ええ」

「予言……?」

 

 宮廷医師との会話にバランが引っかかりを見せた。

 が、今はそれよりも治療だ。まず鎧を脱がせ、

 

「ま、待て……」

 

 バランが弱々しく抵抗した。

 

「女が、みだりに……」

「医療行為ですよ。怪我人は大人しくするように」

「だが……」

 

 リュンナは右手にラリホーを、左手にメダパニの魔法力を灯した。

 手を合わせ魔法力を合成、ひとつの別の魔法へと昇華する。

 

「ラリパニ~」

「!?」

 

 眠らせる魔法力と、現実認識を歪め混乱に陥れる魔法力――合わせて『現実認識の一部を眠らせる』ことで、苦痛を感じる身体機能を麻痺させる合体魔法。

 麻酔呪文だ。

 

「これは……痛みが……」

「痛くないだけで怪我はそのままですから、早く治療しないといけないんですよ。大人しくしてくれますね? ラリホーマで完全に眠らされるのと、どっちがいいです?」

「ぬ、……分かった、頼む」

「はい」

 

 鎧と服を脱がせ、半裸へ。まず身を綺麗にしたい気もあるが、そんな暇はないかも知れない。

 泉で倒れているのを発見してからリュンナが来るまで、ベルベルはベホマをかけていた――その効果がロクに現れていないのだ。

 触れて探れば、なるほど、大量の暗黒闘気が傷に蟠っている。呪文治療を拒む魔性。

 万全の彼ならば竜闘気(ドラゴニックオーラ)で吹き飛ばせそうなモノだが、その余力もないのか。

 

 呪文以外は効くとすれば――奇跡の泉の水は汲んできてあるから、これを投与し続けてもいい。

 原作の歴史では恐らくそれで回復し切ったが、この世界でもそうなるとは限らない。

 そしてもっと手っ取り早い方法がある。

 

 リュンナは深呼吸をひとつ。

 バランには第二王女の権威も、ハドラー討伐の実績も通じない。

 果たして受け容れてもらえるか……。

 

 雰囲気の変化を察したか、バランが訝しげに首を傾げた。

 

「どうした……?」

「あんまり驚かないでもらえると助かります」

「……?」

 

 肉眼を閉じる――入れ替わるように、額の竜眼が開いた。

 

「なにッ!? 人間――では、ない……!?」

 

 バランは身構えようとするが、体がついて来ないようだ。

 むしろ痛みがないだけ、どこがどう負傷しているのかを忘れ、かえって身を動かしにくい様子。震えて呻いただけだった。

 

「失礼な。この国の第二王女さまは、れっきとした人間だぞ。その上で竜の神の啓示を受け魔王を討伐した、真の勇者でもある。額の竜眼はその証……!」

 

 宮廷医師が猛る。

 そういうことになっている――と、リュンナは心中のみで思う。

 

 第二王女の権威を笠に着れば反発を生む。

 魔王討伐の実績を盾にすれば恐怖を生む。

 竜眼、人外の様相。隠してもいずれは。

 ならばそれを、信仰にすり替えた。

 

 竜眼を開けば、全てが見える。

 自分の心がよく見えて、その求める先にある闘気をより大量に生成できる。

 自分の闘気がよく見えて、その操作をより精緻に行える。

 相手の状態がよく見えて、強大な相手でもより的確に隙を突いていける。

 

 バランを透視し、体内に残留する暗黒闘気を捕捉。

 魔氷気を活性化し、凍てつく波動として放つ――病魔めいて傷に残る暗黒闘気を『自殺』させ、残りカスすらも触れた指から吸い取ってしまう。

 そうして回復呪文を阻害する暗黒闘気がなくなったところで、ベルベルや宮廷医師が呪文治療を施していくのだ。

 

 バランは癒えていく我が身を信じられない面持ちで見下ろしながら、困惑と感心の表情を浮かべていた。

 

「これは、魔氷気による凍てつく波動か。実物を見たのは初めてだな……。氷の気で相手の気の精神性を凍てつかせ、無力化してしまう技……」

「あらご存知」

 

 闘いの遺伝子の為せる業だろう。

 

「何者なのだ? お前は」

「アルキード王国第二王女、リュンナです」

「そうではなく……」

 

 宮廷医師が割って入る。

 

「さっきも述べたであろうが。このお方は、竜の神の啓示を受けた勇者姫なのだと……! その暗黒闘気は、民の安からな眠りを守る月夜の気。護国の気、正義の暗黒闘気なのだ」

「正義の暗黒闘気」

 

 聞いたことがない、という顔をするバラン。

 わたしも余所では聞いたことないです。

 

「だいたい先ほどから、王女さまに対して礼儀というモノがなっておらん。どこの田舎者なのだ」

「ちょっと、言い過ぎですよ」

 

 宮廷医師をリュンナが窘めるが、彼は不満を隠せていない。

 当然と言えば当然なのだが。

 

「しかしですな……! こんな男が、本当にリュンナさまの予言の……?」

「それだ」

 

 バランが指摘する。

 

「先ほども言っていたな。予言とは何だ? 私が何だと言うのだ」

「竜眼は多少の未来も見通せるんです」

 

 捉えた情報から高精度の未来予測をすることができる――のは、本当だ。

 それは数秒から十数秒ほどの近未来であって、バラン来訪は原作知識だが。

 

「あなたの存在が、運命の転換点となる……。我が国に幸いをもたらすハズだと」

「私が――幸いを? フッ、この血塗られた戦鬼がか……」

 

 自嘲の笑み。

 (ドラゴン)の騎士の使命だから戦っているのみで、心底から納得しているワケではないのかも知れない。

 彼はベッドから立ち上がり、

 

「世話になったな。いずれ礼はするが、今日のところは――うッ!?」

 

 そしてすぐに崩れ落ちた。

 身を支える。

 

「あれだけの重傷、いくらベホマでもそうすぐには治らないでしょ……。しばらく療養してください」

「だが……! 分かるハズだ。お前も竜の神の啓示を受けたなら……! 私と関わることは……」

 

 ごめんなさい、啓示とか受けてないです。国民向けの言い訳です……。

 とはとても言えない。

 代わりに、意味深に微笑んでおく。

 

 それをどう受け取ったのか、それでも力の入らぬ腕でリュンナを振り払おうとしたときだった――医務室の扉が外から開いた。

 

「リュンナ? ここにいるって聞いたけれど……」

 

 ソアラだ。用事は済んだのか。

 そっと部屋を覗き込み――血まみれのバランを見付けるや否や、慌てて駆け寄っていった。

 呪文治療を受けたところで、傷は消えても、流れた血や浴びた返り血が消えるワケではないのだ。瀕死にも見えるだろう。

 

「大丈夫!? ベホマ!」

「いや、それなら先ほど既に――」

「座って。こんなに酷いダメージ……いったいどんな……」

 

 固辞しかけたバランが、しかし止まる。

 大人しくソアラのベホマを受けた――直前まで、あれほど立ち去りたがっていたのに。

 

 然もありなん、とリュンナは思う。バランに打算なく優しさを見せたのは、ここではソアラが初めてだからだ。

 ベルベルはリュンナに命じられたのみで作業的、宮廷医師は居丈高、リュンナもどこか淡々としていた。

 バランの生命を助けようとはしていたが、彼の人格を慮っていなかったのだ。

 

 ソアラだけが、彼の心と向き合った。

 

「温かい――」

 

 バランが思わず呟いた言葉は、太陽のように、とでも心の中で修飾されているのだろうか。

 

 経緯は違えど、ソアラとバランは出会った。

 ここからだ。

 


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