ソアラとバランの仲は、あっと言う間に縮まっていった。
まさに運命的という言葉が相応しい。単に性格的な相性が抜群だった気配もあるが。
食客扱いで王城に逗留するうち、その出で立ちと覇気からか、バランが凄腕の騎士であるらしい、との噂も立った。
王女ふたりがふたりとも高い戦闘力を持つ国だ、いつの間にか武を尊ぶ国風となっており――バランもまた、騎士兵士たちからはおよそ好意的に迎えられている。
そのうち傷が癒えると、兵の訓練にも顔を出すようになり、凄腕との噂が証明されていく。ますます人気が高まる。
ソアラとバラン、仲睦まじい様子はお似合いではないか、と言われるようにも。
しかしアルキードは男系の国である。王の子が王女のみならば、王女本人でなく、その婿が次の王となるのだ。
どこの誰とも知れぬ男が次期国王でいいのか? と疑問を持つ家臣たちも出始めた。
「リュンナさま……」年嵩の大臣が言う、「あのバランめのことですが」
場所はリュンナの私室、他には誰もいない。
しかも扉に鍵をかけさせてきた。
密談の構えだ。声も密やか。
「本当にあれが、リュンナさまの予言の……? この国に幸いを齎すという」
「信じられませんか?」
「いえ……確かに彼奴は現れました。予言通りに……。ならば幸いもまた齎されましょう。しかしそれは、彼奴が王になることによってではないと愚考いたします」
大臣は企みを持った顔で笑んだ。
「我が孫はご存知の通り、この城で騎士をしておりますが……言っておりましたよ。バランの闘気には人間味を感じない、と。私もそう思います。まるで魔獣……。彼奴め、人間ではないのかも知れませぬ」
実際に人間ではないだけに、反論はできないが……。
「つまり、何を言いたいんです?」
「リュンナさま、貴方が次の王妃となられませ。バランを選ぶようでは、ソアラさまも相応しくはない……。魔物に国を明け渡してはなりませぬ。姉君を追い落とし、リュンナさまこそが!」
「相手がいませんけど」
「ウチの孫などいかがですか」
結局はそこか。リュンナは静かに嘆息した。
なんて浅はかな策だ。
これまでにも、そういう話は何度も出た――その度に蹴ってきた。
特別な理由がない限り、長子相続が原則だろう。それが最も無難で、混乱がない。
そもそもリュンナは戦闘以外は凡人だ。ソアラの方が遥かに王妃に向いている――今となっては、そう感じられる。
それにバランが王になれば、アルキードは
「わたしは第二王女です。次の王は姉上の婿ですよ」
「しかし、それではバランめが! あの魔物が……!」
「どう見ても魔物じゃないでしょ、あの人は……」
見た目は普通に人間だ。確かに並外れた凄みはあるが……。
しかし大臣は、まるで取り憑かれたかのように語気を強めた。
「どう見ても魔物ですぞ! リュンナさまが広めなさった闘気の技術……。ここ数年、私も多数の人間の闘気を見て参りました。あの輝きは人間ではない……確実に……!」
悪くない勘をしている。
が、それなら、彼を取り込んだ方が得だということも直感してほしいモノだ。
それに――
「それならわたしの闘気だって、人間じゃないでしょうに……。竜眼も」
「リュンナさまは護国の鬼。多少の人間離れもございましょう――人間故にこそです」
信仰にすり替えたのが裏目に出たか。このダブルスタンダードよ。説得は無理か?
バランが
ともあれ、いずれにせよ、大臣の提案には頷けない。
「魔王ハドラー討伐の英雄であるリュンナさまが、次代を担う……! 国のためですぞ」
「いいえ、わたしはこれ以上の権力の座に立つことを望みません。大臣、あなたには申し訳ないですが……」
「くっ! さようですか。しかし必ず、必ずお考え直しいただきますぞ……!」
大臣はとりあえず引き下がっていった。
見送りつつ、リュンナは考える――やはりバランと話すべきだろう。
原作でのバラン事件は、そもそもバランのコミュ力が圧倒的に不足していたことで起きた気配もある。
方法は考えてある。
この時間なら、バランは訓練場だろうか。
足を向けてみる――と、いた。
ギガブレイクの存在から比類なき剛剣使いのイメージがあるが、繊細な剣技も会得しているらしく、兵士らに教導している。
こういうところではしっかり人気を取っているのだが、どうやら無自覚らしい。
ソアラとは天然同士、やはり相性がいいのか。
「バラン」
「リュンナ……」
声をかけると、もともと気配に気付いていたのだろう、指導を一段落してから振り向こうとした――が、先に相手の兵士がリュンナにかしこまったことで、指導は中断された。
そこでバランも振り向いた。
その様子に、兵士らは複雑な表情を浮かべる。
バランはその強さから兵士の間では人気があるが、王女に対して敬語を使わない点でマイナス評価をも受けている空気。
外面を取り繕うということをしないのだ、この男は。
常に自然体、思うがままに動く。良くも悪くも。
だからリュンナも、あまり丁寧に接する気は起きない。呼び捨てだ。
眷属たちに親しみを込めて砕けた言葉で話すのとは正反対に。
「話が」
「あとではダメか? もう少しキリのいいところまで訓練を……」
「構いません」
急ぐ話ではない。
あの大臣が暴走したとしても、バランが追放されるのは、まだまだ先だろう。
と、そこにソアラが駆け寄ってきた。
「バラン! リュンナも。そろそろ昼食の時間よ、一緒に食べましょう」
「今行く」
「……」
バランは一も二もなく道具を片付け、小走りでソアラに寄っていった。
勢い良く振られる犬尻尾すら幻視しそうだ。
もう少しキリのいいところまで訓練するんじゃなかったのか。
それを微笑ましそうに見送り、一方でリュンナを気の毒そうに窺う兵士たちも、少々純朴が過ぎる。
嘆息し、肩を竦めた。
「どうしたの? リュンナ」
「いえ、特には」
昼食の席を共にした。
ソアラはよく笑った。
リュンナに話しかけ、バランに話しかけ、それは一見まるで昔と変わらないのに――リュンナに向ける顔と、バランに向ける顔が、明らかに違う。
バランに向けるのは、他の誰にも向けたことのない顔。
恋をする女の顔だ。
ソアラはどこか天然で超然としたところがあり、それが魅力ではあるのだが、恋愛には興味のない印象もどこかにあった。
心に刺さる出会いがなかっただけなのか。
素性も知れぬ男を第一王女が愛することの危うさを、ソアラは――分かっている、ように思える。
自分と第二王女の命を比べたときにどちらが重いのか、ハドラー戦役で学んだからか。
ただそれでも、溢れ出す感情を抑えることができないのだろう。
ここまでに初恋を済ませておけば、その熱を御する手腕もあったろうに。
そういう策も実際に考えた。先にソアラが別の誰かと結婚していれば、と。まさか浮気はすまい。
しかしソアラに釣り合う男など、そうそういるモノではない。
また戦力的にディーノは欲しい。我ながらエゲツナイ思考だと、嘆息した。
そして同時に、姉には、心のままに幸せになってほしい――そう思う面もある。
バランが『運命の人』なら、バランと。
だからバランと対話せねばならない。
彼に宛がわれた部屋へと共に赴き、向かい合って座る。
隣にソアラもいるが……。
「それで、話とは?」
「
「やはり知っていたか」
バランは然もありなんと頷いた。
リュンナもまた、竜の神の使いである――と認識されているからだろう。
竜眼に尤もらしい説明をつけるのは、本当に苦労した。
「公表しないんです?」
「するワケがあるまい。人間どもを無駄に怯えさせるだけだ」
「
ソアラが疑問を呈した。
彼女のみには既に打ち明けている可能性も考えていたが……。
「遥かかつて、人間の神、魔族の神、竜の神――三柱が創った最強の生物ですよ、姉上。天地魔界のバランスを崩さんとする者が現れたとき、それを討ち果たす――この世の均衡を守るモノです」
「つまり――勇者ということ?」
「違う」
バランが即座に否定した。
「魔族や竜が地上侵略を企めば潰すが、逆に人間が魔界侵略を企んでも潰すのだ。必ずしも人間に味方する勇者ではない」
「人間が魔界侵略を企むことなんてあるのかしら」
「いや……」
「じゃあやっぱり勇者よ。リュンナと一緒ね」
「いや……」
リュンナとバラン、ふたり揃って否定。
互いに「こんなのと一緒にするな」の顔。
ソアラはそれを見比べて、噴き出すように笑んだ。
何がおかしい。
「とにかくね、人間じゃあないワケですよ、バランは。人間も混じってはいますけど」
「だからソアラから離れろ――か?」
剣呑な雰囲気。
気が早い。
「そう述べる者もいる、って話ですよ。ある人は魔物扱いでしたよ、闘気が人間じゃないって。慧眼ですよね」
意趣返しに半笑いで述べてくれる。
バランは苦悩の顔へ移った。
「ソアラを――不幸にする気はない」
「バラン……! 早まらないで!」
「所詮、私は
「バラン!」
咳払い。
「えー盛り上がってるところ悪いんですけど、そーゆー話じゃないんですよ。違うの。姉上が早まるなっつってんでしょうに……」
ふたりが目を丸くしてリュンナを見た。
「テラン王に協力を頼みましょう。神話伝承に詳しく、竜信仰のあるかの国のお墨付きがあれば――認めさせることができるハズ。
「な、仲って……リュンナ……」
ソアラが目を泳がせ、サッと頬を染めた。
「違うんですか?」
「ち……違わないけれど」
「う、む……」
バランもまた戸惑い、だが、温かみがそこにある。
いっそこの時間が、ずっと続いたらいいのに。