暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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46 背中合わせのプラスとマイナス

 そしてバランは帰ってきた。

 自ら傷を受けながらも、同行したアルキード騎士に死者を出さず、拉致された村人も取りこぼさず救い、逆に魔物の群れは全てを討ち滅ぼして。

 

 騎士や村人たちは、口々に述べたという。

 

「鬼神の如き強さ――だとばかり思ってた。あの人も人間だったんだ」「ストーンマンに殴られて血を流してたよな」「ああ、血が赤かった。魔族じゃないらしい」「剣捌きは凄かったけどな」「あたしが人質に取られたとき、抵抗せずに魔物にやられてたの。気にしないで蹴散らすこともできたハズなのに……」「あの人は高潔な騎士だ」「て言うかライデインが使えるなら、もっと早く言ってほしかったよな」「つまり勇者じゃんね!? ビビるわ」「でもハドラーのときいなかったよな? どこで何してたんだ」「別の敵と戦ってた、とか?」「あり得る」「なんか額が光ってたって」「神々しさでそう見えたのかな」――

 

 反応はおおよそ友好的なモノに切り替わっていた。

 それもそのハズ、そうなるように行動しろと言い含めたのだ。

 (ドラゴン)の騎士特有の能力はなるべく使うな。魔法剣や竜魔人化は、不要だろうが間違っても以てのほか。ただし逆にライデインは必ず使って。適度にダメージを受けて。戦闘力の配分は剣技と呪文半々で。常に味方を気にして、守って。攫われた村人の安全は自分自身よりも優先、などなど――。

 

 つまり、理想的な人間の勇者像である。

 弱いところも見せて、意外と身近な存在なのだと印象付けもする。

 

 人は見たいモノしか見ず、信じたいモノしか信じない生き物だが――ならば見たくなるモノを見せ、信じたくなるモノを信じさせてやればいい。

 強く華麗な勇者を。正義の光ライデインを。傷付いても立ち上がる騎士を。身を挺して人々を守る献身を。

 特にライデインは、真実は(ドラゴン)の騎士の呪文だが、一般には勇者の呪文として認識されている。それを最高の舞台で放つのだ。

 

 リュンナの策は成功した。

 連日王城を取り囲んでいたデモ集団は散発的になり、やがて消えるまでに1週間もかからなかった。王城内も落ち着いた。

 

 (ドラゴン)の騎士は分からないが、勇者なら分かる――そんな人々の純朴な認識もあり、バランはリュンナと同様に竜の神の啓示を受けた勇者だ、と噂されるようになっていった。

 そうして勇者だと認識したから、(ドラゴン)の騎士という名前も、そういう称号、『竜のように強い』勇者という意味なのだと解釈されていく。

 

 これでもはやバランは排斥されまい。

 ――勝った。今度こそ勝った!

 一時はどうなることか思ったが、もう心配はない。

 

 だからリュンナは、転生してから初めて酒を飲んだ。浴びるように飲んだ。祝杯だ。

 ソアラもバランも巻き込んだ。何時間も騒ぎ、歌い、踊り、吐き、それでも飲んだ。

 

 そして深夜、酔い覚ましに王城の屋根上へと上った。

 明るい月夜――柔らかな夜風が心地よい。

 三角屋根に腰を下ろし、尻が汚れるのも厭わず、ひとり。

 

「あー……」

 

 阿呆のように口を開け、ただ、今を実感する。

 王女に生まれた。国に尽くされた。だから、国に尽くした。

 魔王ハドラーを倒し、バランを平和裏に取り込んだ。

 勇者同士、ソアラではなくリュンナがバランと婚姻を結ぶべきでは、という派閥も生じてしまっているが、そんなモノは愛には勝てないだろう。ゆっくりと解体していけばいい。

 

 もちろん、懸念は幾らもある。

 例の大臣は失脚し、尋問の結果、バランの悪性の噂を広めたのも彼自身だと自白した。しかし噂の広がる速度が速過ぎた点は不可解だった。

 竜眼に全力を注ぎ込み透視して、それでようやく大臣に取り憑いたシャドーを発見、捕縛したのがつい昨日のこと。

 

 案の定、バーンが裏工作を仕掛けてきていたのだ。

 いや、シャドーならミストバーンか? それともキルバーン辺りがシャドーを借りて……? そこまでは分からない。シャドーの中で、主に関する記憶は消されていた。

 だがそれ以外の記憶は残っていた。竜眼で頭の中を覗き込んだ。

 どうやら小さなシャドーを無数に生み出し、人から人へと渡り歩かせ、暗示によって人々を噂と不安へと駆り立てたらしい。それらは、もう寿命で残っていないようだったが。

 道理で気付けなかったワケだ。そんな小さなモノが、しかも人々が動き出したときにはもう消滅していたのでは。

 その後、捕縛したシャドーも自害した。

 

 これからも、こういった攻撃はあるかも知れない。

 しかし、魔王軍のシャドーの気配は覚えた。次はもっと早く楽に気付ける手応えだ。

 

 一方で、ソアラとバランが駆け落ちする流れそのものを断ってしまったから、『ディーノ』は産まれても『ダイ』は生まれない、という不安もある。

 もはや原作の流れなどあってなきが如し。

 

 それでも何とかなるだろうと楽観的に思えてしまうのは、酒の力なのだろうか。

 

「こんな所にいたのか」

「バラン」

 

 ふとトベルーラで、彼が背後に下り立ってきた。

 

「姉上が心配してました?」

「いや、もう眠っている。私が勝手に探しに来ただけだ」

「そうですか」

 

 どこかぎこちない会話。

 互いに背を向け空を見上げ、視線は絡まない。

 

「お前のお蔭だ、リュンナ。確かにあの魔物たちは凶悪だった。この時勢で魔王が復活などすれば、なるほど、世界のバランスは崩れよう。(ドラゴン)の騎士に相応しい仕事――それをこなすことで、ソアラとの平穏を得られるとは、な」

 

 少し笑った気がする。

 鷹の目で見てなどいなかった。

 気のせいかも知れない。

 

「リュンナ」

「はい」

「お前なのだろう?」

「はい」

 

 肯定した。

 バレているのなら、迷う必要もない。

 取り繕える相手ではない。

 

「そうか……やはりな……」

 

 バランは深く深く息をついた。

 しばしの沈黙。

 

「人間は魔物を恐れてはいても、魔物を詳しくは知らないモノなのだな。誰も疑問に思っていなかった。それも見越してのことか?」

「まあ、はい」

「そこまで計算したならば、私を騙せぬことも分かっていたハズだが……?」

 

 そうだ。分かっていた。きっとこうなるのだろう、とは。

 

「非生物系の魔物しかいなかった。創造主が死ねば道連れになる魔物しかいなかったのだ。シャドー、フロストギズモ、氷河魔人、ストーンマン、マドハンド……。どれもそうだ。親玉さえキラーアーマーだった。

 ならば、ほかに黒幕がいる、ということ」

「それがわたしだ、と」

 

 その通りだ。

 殆どの魔物の材料は、その辺の自然物を使った。影、水、石、泥……。

 キラーアーマーだけは、ハドラーとの戦いで破壊された魔法の鎧の残骸を使ったが。思い入れのせいか、大本がミラーアーマーの鎧兵士だったからか、なかなか強力に仕上がった。

 

 そして闘気を見慣れた騎士たちでも、それがリュンナの眷属だとは気付けない。

 そこにあるのは最早リュンナの闘気ではなく、それぞれのその魔物の闘気に変質しているからだ。

 

「あまりにも都合が良過ぎた。最早いるハズのない『魔王軍の残党』が、あんなたった数日で見付かり――しかも村を襲って脅威を演出しつつも、儀式の生贄に使う名目で攫い、誰も殺さずに終わるなど……。

 どう考えても仕組まれているだろう。

 では誰が仕組んだのか? この企みで最も得をするのは私――つまり、私の味方だ。ソアラか、お前。……お前しかおるまい」

「ですね……」

 

 笑う。

 思ったより乾いた笑いが出てしまった。

 

「愛国心なんですよ」

「なに?」

「わたしの闘気。わたしの暗黒闘気……。源泉は、愛国心です。愛を裏返せば、国を害する者への憎しみですから。

 もとが愛だろうと何だろうと、闇の力に変わりはないんですけどね……。竜眼で闘気の操作能力も上がってますし、できることは分かってました」

 

 魔物を創造することが。

 既存の魔物を眷属に加える、他者の眷属を奪うのではなく――自らの眷属をゼロから作ることが。

 

「暗黒闘気の魔力か……」

「はい。まあ初めてでしたから、加減を間違えたりして、ちょっと寝込みましたけどね。

 ――どうします?」

「私は(ドラゴン)の騎士だ。天地魔界の秩序を保つが役目」

 

 だから殺す?

 だから見逃す?

 

「貴様の力は危険だ。しかし、だからと排除するなら、(ドラゴン)の騎士はまず自分自身を排除しなければならん。それは……おかしなことだ……」

 

 迷い――いや、戸惑いの雰囲気。

 

「二度と作るな」

「そうします」

 

 実際、作る必要性など最早発生しないだろう。

 それからはもう、会話はなかった。感謝も糾弾も。

 バラン自身、自分がどんな感情を持っているのか分からないのかも知れない。

 

 しかし決して、不愉快な沈黙ではなかった。

 少なくともリュンナはそう感じた。

 


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