「魔物めっ! 覚悟!」
突然のことだった。
日課の訓練を終えて訓練場を出ようとしたそのとき、兵士のひとりが不意に槍で攻撃してきたのだ。
寸前には殺気が見え見えとなったため軽く避け、槍は虚空を突くのみで、その兵士も周囲の兵士らにすぐに取り押さえられた――が、第二王女を狙ったのだ、ただで済むハズがない。
しかも王女に向かって魔物呼ばわりである。尋常ではない。
尋問の結果、彼はリュンナ排斥派の中でも更なる過激派の人間だと分かった。
穏健派は政治的な派閥で、ソアラこそが次期王妃に相応しいとし、その地位を揺るがすことのないようにリュンナを抑えたい、という立場。
過激派は思想的な派閥だ。リュンナは魔物、もしくは魔物に憑かれているから排除するべき――という立場。
「おかしいと思わないのか、お前ら!? 竜眼……! 額にもうひとつ目がある人間なんているわけねえだろ!」
例の兵士は、取り調べを受けながらそう叫んだ。
ごもっとも。
しかしだからと言って、生まれが人間なことは間違いないのだ。
リュンナは自分が人間だと思っている――少し、揺らいではいるが。
「いるわけないってお前……リュンナさまという実例が」
「実例があること自体がおかしいんだよッ! 洗脳でもされてんのかッ!」
犯人兵士は唾を飛ばして叫び、尋問兵士は困惑する。
「しかし竜の神の啓示を受けて……」
「啓示を受けたから何だ? 勇者バランみてーに、それでライデインの呪文を授かるってんなら分かるよ。スゲーよく分かる。でも目が増えるって何だ……!? 何なんだよッ!?」
本当に何なんだろうね。隣の部屋で聞きながら、リュンナは思う。
それは瞑想の果て、死と再誕の先、生きながらに死んで再誕したことの産物。人間の限界を超えた成長。自己進化。
ならば最早、人間ではないのだろうか。
尋問兵士は書記官と顔を見合わせ、眉根を寄せた。
それから再び犯人兵士に向き直る。
「いや、まあ……うーん。そりゃな、確かにな。目が増えるってのは不思議だよ。とても不思議だ。しかしだからって、王女さまを槍で突いていいってことには、ならない。そうだろ?」
「王女さまならな」
「と言うと?」
犯人兵士は顔を引き攣らせた。笑ったらしい。
直後に激昂した。
「『と言うと?』じゃねえよ盆暗がッ!! 何度も言ってんだろ……! あれは、魔物だ。リュンナさまじゃねえ」
「偽物って言いたいのか?」
「知るかよ。とにかく魔物だ。魔物が王女さまのフリしてたら殺すだろ。違うのか?」
その数日後のことだ。
リュンナが中庭を散策していると、上階の窓から花瓶が降ってきた。
問題なく回避したため怪我はなかったが、犯人の侍女は捕えられ、間もなくリュンナ排斥過激派だと判明した。
「リュンナさまは取り憑かれてるんです。魔物に取り憑かれてる……。竜眼です、あれが魔物です。だって同じ勇者のハズなのに、バランさまと全然違うじゃないですか。頭、頭なんです。だから頭を砕かなきゃ……頭を砕いてお助けしなきゃ……」
「いや……頭砕いたら死ぬから」
尋問兵士は困惑し、侍女は猛った。
「リュンナさまが死ぬワケないじゃないですか!!!」
その数日後のことだ。
リュンナの食事に毒が混じっていた。
別段キアリーで済んだが、料理人は捕えられ、調査の結果、リュンナ排斥過激派だと判明した。
「地底魔城に行くまでは普通だったでしょう、リュンナさま。そして帰ってきたら、目がおひとつ増えていた……。僕も最近やっと思い至りましたよ。あれは魔王ハドラーに取り憑かれちまったんだってね。
きっとハドラーは悪霊の神みたいな存在で、自分を斃した相手に取り憑いて復活するんだ。そうなる前に……僕たちのリュンナさまを、せめて、お止めしなければと! ううッ……」
その数日後、夜、眠っているリュンナの部屋に賊が侵入した。
抱かれて眠っていたベルベルが触手の鋭敏さで気付き、結果、賊はヒャダルコを受けて凍死した。
遺体を調べた結果、裏稼業の人間と見られた。
その数日後、訓練中のベルベルとリバストが、魔法騎士のベギラマに狙われた。
リバストの真空斬りが、閃熱ごと下手人を斬殺した。
死に際の言葉は「魔物死すべし」だった。
その数日後、廊下を渡っていたリュンナの前に宮廷神官が突如として立ちはだかり、ニフラムを唱えた。リュンナに憑いた魔物を払うために、と。
闇の使い手であるリュンナには原理上効くハズだが、レベル差によるものか、効果は特になかった。
その数日後、リュンナの側近、近衛第三部隊隊長の女騎士が、リュンナとの組手中に本気で斬りかかってきた。思わず斬り伏せてしまったが、辛うじて生命は助かった。
「死は禊だ。リュンナさまは復活なさるだろう。そのときこそリュンナさまは一切の悪性を喪失して純化し、真なる救世主として再誕されるのだ。死は禊……禊なのだ……」
隊長は陶酔した顔でそう語った。
彼女は狂っていた。
その数日後――
その数日後――
その翌日に――
その日再び――
リュンナが、或いは将を射んと欲すればなのか、ベルベルとリバストも、狙われる頻度が上がっていった。
その全ては撃退され、死亡或いは捕縛へと至り、捕縛された者は皆がリュンナ排斥過激派だと判明した。隊長はともかく。
リュンナはバーンの工作を疑った。
厄介な
だがどれだけ竜眼で見通しても、怪しい影は窺えない。
シャドーの気配は覚えたのに。いれば分かるのに。
マッチポンプもバレた気配がない。
だから全ては、ただの自壊だ。
正義の光ライデインを擁する『真の勇者』バランの出現により、ライデインを使えず、人外の様相の強いリュンナが再認識された。
実はこちらが魔物ではないのか、と。
信仰が裏返った。
信仰が深かった分だけ、今、疑惑も深い。
「これは……わたしが出ていく形かな……。駆け落ちする相手いないけど」
「ぷるるっ……」
「我が姫……どこまでもお供させてもらう」
ああ、ベルベルとリバストがいた。
ふたりを抱き寄せて、ぷるぷるボディーと毛皮を撫でる。
リュンナの私室、今は3人のみ。静かだ。
「まあ、上々の結果だよね。凡人が一生懸命頑張って、この国の消滅を防いだんだから……」
「ぷる……?」
原作知識のことを、そろそろ言ってしまってもいいのかも知れない。
特に自分の眷属には。ああ、それとアバンだ。バーンに対抗する準備をしてもらわないと。いやバランもか、ディーノを強く育ててもらおう。
しかしバーンに原作知識を奪われるのが怖い。
でも。
「未来がね、ちょっとだけ分かるの。もしわたしがいなかったら……バランは姉上と駆け落ちして……連れ戻されて……処刑される運びになって。姉上が庇って、バランは逆上して……竜の騎士の全力で、この国は、半島ごと消し飛ぶ」
「ぷるるっ!?」
「なんと……。そのようなことが!?」
ふたりが素直過ぎて、思わず笑ってしまった。
どれだけ信頼されているのか。
「それを防いだんだから、わたし、頑張ったよね?」
「ぷるん」
ベルベルが顔に触手を絡めてきた。
そのまま頭に乗せる。
「我が姫の心中、察して余りある。己のみが知ることのできる未来を変えようなど、誰にも相談できずツラかったろう……。我々には話してほしかったが」
「ぷる~ん」
リバストが苦笑し、ベルベルは締め付けてきた。痛い。
「我が姫は――どこで何をしようと……たとえ王女でなくなっても、我が姫だ。必ずついていく。ベルベルもだ」
「ぷるん!」
「だから、何も心配しなくていい。これから先、どうするにしてもな……」
「うん……。ありがと……」
ベルベルを頭に乗せたまま、リバストの青い毛皮に顔を埋めた。
思い切り吸い込む――石鹸の匂いの中に、獣臭さが微かにある。心地良い。
暫しそのまま――そしてふと離れた。人が来た気配。
「リュンナ」
ソアラの声。
「姉上」
扉を開けて迎え入れようとするが、彼女は硬い顔で立ち尽くすばかり。
顔色は青白く、酷く憔悴して見える。
昼前に会ったときは、こんな状態ではなかったが……。
「姉上……?」
「父上が……」
か細い声。
「父上がお呼びよ。執務室で待ってるって」
まるで死刑宣告のようにソアラは言い、フラついて倒れそうになった。
慌てて身を支える。
「ちょっと……! どうしたんですか姉上!」
「ごめんなさい、休ませてもらって……いいかしら。このまま、この部屋で……」
「それはもちろん……。わたしの部屋なら、それは姉上の部屋も同然です。ベルベル、リバスト、姉上のことよろしく。わたしは行くから」
「ぷるるん」
「承知した」
そして執務室へ辿り着く――と、そこには父王の他に、多数の騎士が詰めていた。物々しい。
王は険しい表情を浮かべ、しかしそれを隠したいかのように、顔の前で両手を組む形。
「……リュンナ」
「はい」
執務机を挟んで向かい合う。
「お前が魔物に取り憑かれている、という噂だが」
「はい」
「真か」
「いいえ」
静寂。
破ったのはリュンナだった。
「まさか父上にそのようなことを聞かれるとは……。わたし、そんなに豹変しました?」
「いや。お前は昔からお前のままだよ」
「ならば」
「竜眼だ」
やはり、そこなのか。
「もう3年以上昔になるか……。ハドラー討伐から帰ったお前は、ワシに言ったな。竜眼は突然生えてきたモノで、自分でもよく分からないが、悪いモノではないと。だが詳細不明では周囲が納得しないから、竜の神の啓示を受けたことにする、と」
「それは……」
騎士が多数集まっている――集められたこの場所でそれを口にすれば、欺瞞は瓦解してしまう。
なぜ、なぜそれを言ってしまった? 父上。
「ワシはお前を失いたくなかった。だからそれで自分を納得させ、頷いた……。しかし――それでいいワケがない! そんな得体の知れぬモノを害がないと思う時点で、お前の意識がそれに乗っ取られているのは明白ではないか!」
拳が机を叩く。インク壺が揺れた。
「そう思いながらも、手は出せなかった。我が娘は強い。その気になれば、恐らく、たったひとりでこの国の全てを敵に回して戦えるほどに……。諦めかけていた……。
だが天はワシを見放さなかった! 『勇者バラン』ッ! 彼なら対抗できる……! お前の中から魔物を追い出してくれるだけの力があるッ!」
父の視線を追って振り向く。
バランが、そこにいた。
「戦え! 傷付いて弱れば、魔物も堪らず出ていくだろう。そのときこそ、我が娘は助かるのだ……ッ!」