バランの表情は苦渋。
既に告げられていたからだろう――
「やれるな? 『勇者バラン』。やれぬと言うなら、お前も結局魔物だったという事になるが……」
――との言葉を。
リュンナは思わず笑いそうになってしまった。
もう、誰にも、何が何だか分かっていないのかも知れない。
「父上」
「……」
「父上?」
「……うむ……」
今のお前に父と呼ばれたくはない、とでも考えているのだろうか。
反応が鈍い。
「そもそもバランを拾ったのはわたしなんですけど。その辺りはどうお考えに?」
「本当のお前からの救難信号だろう。バランの力で助けてほしいとな」
「もしバランが魔物だったら」
「お前たちが結託して国の乗っ取りを企んだ、というだけだろう」
「あは」
もう耐えられなかった。
笑ってしまった。
「……何がおかしい?」
「随分と危険な賭けをなさるモノだなと。わたしたちが結託していたなら、もう、誰にも止められないのに……」
「なら考える必要はあるまい。どうしようもない事を考えても、どうしようもないのだからな。それに、彼は勇者だ。ライデインの使い手だぞ。先ほどのは言葉の綾だ」
人は信じたいモノしか信じない。
ああ、まったく、それに尽きる。
メチャクチャだ。
暗黒闘気の繋がりを介し、遠くアバンと共にいるバルトスの感覚を乗っ取った。
魔物を作ってバランに退治させるマッチポンプを思いつく――その前に呼んでおけば良かったと後悔する。マッチポンプを始めた以降には、あまりにも後ろめたくて呼べなかったのだ。
もう、それを気にしている場合ではない。
だがアバンは、ヒュンケルの修練中、弟子の思わぬ強烈な攻撃にうっかり本気で反撃し、彼を川に落としてしまったという。あまつさえ流されてしまったらしく、まだ発見できていない――と。
バルトスが生存している以上、ヒュンケルに闇堕ちの要素はないから、そこをミストバーンに拾われるということもないとは思うが……。
どの道、ヒュンケルを発見するまで、アバンはアルキードには来られない。
運命を感じる。イヤな気分だ。
「バラン」
「リュンナ……」
バランに決断できるワケがない。
彼はマッチポンプを理解しているのだ。
自分が誰のお蔭で、ソアラの故郷で共に暮らせるのかを。ソアラを家族から引き離さずに済んだのかを。
なのに――その家族と、妹と、王は戦えと言う。
だが戦わないことを決断するのも無理そうだ。
竜の神の啓示を受けた勇者――竜眼のその触れ込みは、真っ赤な嘘だったのだから。そう示された。
彼の中には間違いなく、リュンナに騙された衝撃、恨み、落胆、失望、疑念がある。
とは言えそれは、しかし、死ぬほど痛めつける理由に足り得るモノでもあるまい。
「……構いませんよ」
緩やかに両腕を広げた。迎え入れるように。
「リュンナ?」
「
マッチポンプ用の魔物越しにでなく、直に、本物を。
後のバーン軍に対して、自分の今の実力がどの程度なのかを計るひとつの物差しとして。
「いつやります?」
「今だ」
王が即答した。
「中庭で――」
続けて何か言ったようだが、それは――皆殺しの剣が襲い掛かり、真魔剛竜剣が防御する、その激突轟音に呑まれて掻き消された。
リュンナは肉眼を閉じ竜眼を開いて、魔氷気を全開に。それは剣越しですら触れた相手を凍てつかせる極寒の権化。
だがバランもまた
その上で魔氷気による闇の衣は呪文を吸収してしまい、
故に剣戟。
剣圧余波が壁を斬り刻み、床を斬り崩し、天井を斬り飛ばす。
王も騎士たちも、ほぼ抵抗できずに吹き飛ばされ、転がり、城に開いた大穴からふたりが空中へ飛び出していくのを見守るしかない。
飛び出してなお着地せず、虚空を自在に飛び回り剣を交わし合うふたりを。トベルーラ。
「あはははははっはははっ!」
「リュンナ……お前は……!」
リュンナが攻め、バランが守る。
バランから攻めるときは、それも対処行動を取らせることでリュンナの攻め手を弱めるための、防御の一環としての攻撃だった。
未だ両者に傷はないものの、それも時間の問題だろう攻め手の威勢。
「どうしたんですバラン? もっとやる気を出しましょうよ!」
常人では見ているのみで呼吸さえできなくなるような戦いの中、平気で言葉を紡ぐ。
「そんなワケに行くか! 私とお前ほどのレベルでは、本気でぶつかり合えばどちらが死ぬか分からんのだぞ!」
「姉上と一緒にいられなくなりますよ」
「ソアラといるために、ソアラから妹を奪えと言うのかッ!?」
皆殺しの剣が唸りを上げて迫り、真魔剛竜剣が堅実に防ぐ。
その度に刃毀れが起こる――皆殺しの剣のみが、一方的に削れていく。
如何な魔界の魔剣でも、神が創りしオリハルコンの剣に強度で敵うモノではないのだ。
バランはそこに希望を見い出した――そんな顔をしていた。
「何も奪えとまでは言いませんよ。わたしをズタボロにしてくれれば……。それが父上のお望みなんですし」
「それで解決するのか!? その竜眼は……! 本当に魔物の憑依によるモノで、弱れば出ていくモノだと!?」
「違いますけど」
「だろうな!」
バランが一転攻勢をかけてくる。
それはリュンナ本体ではなく、皆殺しの剣を狙ったモノ。
剣が削られ、へし曲がっていく。
「分かるんですか? 竜眼のこと!」
「恐らく――伝説にいう『第三の目』! 異常極まる精神修行や精神体験により、ごく稀に開く者が現れるという。数百年か……数千年にひとりの事だが……! そうして常軌を逸した力を得る、と、
転生を自覚して以来日常的に続けている無の瞑想を、異常極まる精神修行呼ばわりされてしまった。
ともすれば転生に伴う再誕の感覚、それ自体も異常な精神体験なのだろう。
なぜ『竜』眼なのかは分からないが。
「詳しいことは私も知らぬ……! だが第三の目は、あくまでも内因的なモノ! 何かに取り憑かれたワケではないし――仮に取り憑かれたのだとしても、それは魔物ではなく、むしろ神憑り的な何かだろう!
だから竜の神の啓示というのも、少なくとも本人にとっては事実なのだろうと思っていた!」
「それを聞いて安心しました」
ああ――わたしはちゃんと、わたしだった。微笑む。
皆殺しの剣が半ばから折れ飛んだ。
「安心している場合かッ! 最早どうしたところで、王を納得させる事は出来んという事だぞ!」
それでも戦う。
剣身が半ば減ったということは、半ばは残ったということ。短剣の間合で真魔剛竜剣を受け流していく、どうせ先方に本人を攻撃する気はないのだ。
「先輩でも呼びましょうかね。マホカトールを使ってもらって……。いっそ国全体を、こう、覆ってもらって。破邪結界の中なら、わたしの潔白を証明できるでしょう?」
「それで竜眼は消えない……! ただの言い訳だ!」
「まあそうなんですけど」
「分かっているなら……! 通用するとはお前も思っていないだろう!」
その短剣分の長ささえ破壊された。
共に魔王ハドラーと戦った皆殺しの剣は、今、死んだのだ。
武器を奪ったことで、バランの闘気が緩む。
そこをリュンナの剣が薙ぎ払い、胴を斬り裂いた。
「……?!
「はい」
魔剣の残った柄から魔氷気が伸び、剣を形成していた。
剣心一如。深い瞑想と度重なる戦いの果てに、剣とひとつになる境地へと至ったリュンナなら、最早物品としての剣はなくてもいいのだ。
剣の応酬が再開。
だが最早リュンナの武器は破壊不能――たとえ柄さえ消し飛ばされたところで、その手に架空の剣を握って現実に斬りつけることが、今のリュンナには可能だった。それをバランも察している。それほどの剣術階梯。
そして
それはオリハルコンさえ打ち抜き得る威力。バランは
「ベホイミ!」
「あははははっ! それなら無効化されないですもんね!」
リュンナの魔氷気剣は
「何がおかしい……! 何が! 何を笑う、リュンナ!」
「国に尽くされ、国に尽くすのがわたしですよ! あなたに倒されることが、今、国への貢献なんです! 『勇者バランが邪悪な魔物を退治した!』 ここでもう一回やっておきましょ!? ねっ?
そしたら国民は安心! 国は安泰! これからも姉上と王国を頼みますよ、ねえ、バラン! あっは!」
「死ぬ気か……! リュンナッ! こんな、こんな、人間どものために……!?」
鍔迫り合いから、互いに弾き合い、距離が空いた。
「そんな広く括るのは乱暴ですよ。姉上だって人間でしょう? ね」
その距離を使って、力を溜めた。
剣は右逆手、身を捻り大きく振り被る。
星の海めいて無数の輝きを孕んだ常闇――魔氷気が渦巻き、逆巻き、剣そのものとして集約されていく。
それは、バランですら、全力の必殺技で相殺せねば防御できない暴威。
それは、バランがもし避ければ、王城が丸ごと凍て死ぬ災厄。
ソアラも、そこにいるのに。
ベルベルもリバストも、そこにいるのに。
それでも。
あなたなら、ちゃんと。
バランは咄嗟に呪文を唱えた。
「ギガデイン!」
真魔剛竜剣に轟雷が落ち――だがそのままバランへ感電するのではなく、剣が雷を溜め込み一体化する。
天を操る
両者の激突が、
「ゼロストラッシュ!!!」
「――ギガブレイク!!!」
今。
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