暗黒闘気とヒャド系魔法力を合成した魔氷気を、心技体の完全に一致した剣と共に繰り出し、一気に爆発させる――絶対零度の斬撃、ゼロストラッシュ。
剣を介してギガデインの魔法力と
技の原理がおよそ似通っている以上、ならば勝敗を分けるのは、それ以外の要素だ。
構えが決まっているために太刀筋も限定されるゼロストラッシュと違い、ギガブレイクの太刀筋は自由だった。
リュンナの薙ぎ払いに対し、重力を味方につける大上段からの振り下ろしを選択する決断がバランにはあった。
体格も違う。
小柄な少女のリュンナは、相手の懐に飛び込まねばならない。一方大柄な成人男性のバランは、相手の剣は自分の体に届かないが、自分の剣は相手の体に届く間合がある。
剣圧は届くが、その威力は剣本体には劣る――剣本体を当てるバランが有利。
そして魔王ハドラー以来に強敵と戦っていないリュンナよりも、魔界で冥竜王ヴェルザーの勢力と死闘を繰り広げてきたバランの方が、レベルにおいても上だ。
そう大きな差ではないが。バランとそこまで差を縮めている竜眼の力の異常さ。とは言えそれでも、バランの方が上なことは間違いない。
――結論、勝つのはバランだ。それは互いに、ぶつかる前にもう分かっていた。
だからリュンナは呪文を唱えた。
「ベタン」
収束された重圧呪文が、重さのない
「魔法剣だと……!? 人間が!?」
これは魔法剣なのか?
単に
だが意表を突くには充分だったか。
激突の瞬間、バランの計算が狂った感触。
魔氷気の爆発に伴い、凍てつく波動の原理が強烈に作用してギガデインオーラを掻き消し、しかしそれで魔氷気も
超威力同士の激突としては意外なほど静かに、爆発も起きず、ただ剣の衝突音のみが響き渡る。
そして最後に残った、体の純粋な『ちから』で、バランが一方的に押し切る――ハズだったのだ。
ベタンが生んだ重みが、バランの剣の進みを押し留める。
鍔迫り合い。
バランにもう手はない。
竜の騎士の魔法剣は、デイン系呪文のみではない――それが最も安定して強力だから多用されるが、それ以外の呪文で魔法剣を行うこともできる。リュンナが
マトリフから伝授された、彼の独自呪文。
だからバランは鍔迫り合いに応じるしかない。
そして互いの闘気と魔法力の殆どが吹き飛んだ今、最低限の
オリハルコンは確かに他のどんな素材よりも強靭だが、それでも裸では意外と脆いのだ。
リュンナが押し切る。剛竜剣ごとバランを斬り裂く――
「……あれっ……?」
――鮮血を噴いて落ちるのは、リュンナだ。
全ては一瞬だった。バランが鍔迫り合いに応じたのは一瞬だ。
彼は剣同士の接触点を支点に剣を回転させ振り下ろすことで、押し込んでくるリュンナの力を、剛竜剣の回転力へと吸収して反撃した。
左手は柄にあるまま、右手は刀身の峰を押さえ、回転をより効率的に行う形。
同時に鍔で
闘気も魔法も、
リュンナは左肩から右腰までをバッサリと斬られ、真っ赤な血の華を咲かせながら、トベルーラの浮力さえ失って墜落に至る。
「リュンナ……!」
「あ、は……」
中庭の花畑に。花々がクッションになったのか、落下ダメージは小さい。
だが気力体力を使い果たし、真魔剛竜剣に深く斬られたのだ、戦闘不能の重傷だった。
潰れた花々が、赤く染まっていく。
「すまない、今、回復呪文を……!」
激突の結果――バランが生き残るには、リュンナを斬るしかなかった。
そうなるように、本気の殺気と全力を注ぎ込んだのだ。
バランの実力を信頼して――実力が足りなかったならそのまま殺してしまっても構わない、とばかりに。
バランが降下、傍らへと下り立つ。
「ベホマ!」
治癒の光が灯る。
だが
大技の激突のあとで闘気の吹き飛んだ体を袈裟懸けにされては、ベホマとは言え治りが遅くて当然だが。
「リュンナ……! リュンナ! 目を開けろ!」
頬を叩かれる。
目なら開いている――竜眼なら。
肉眼を開ければ竜眼は閉じてしまう。今、竜眼の高度な闘気生成操作能力を失うワケにはいかない。なけなしの暗黒闘気で自己回復を行っているのだ。
だから顔に落ちてくる熱い雫も、その源泉が何なのか、見えている。
そんなに声を抑えなくてもいいのに。バラン。
無理して笑う必要も。
「お前のゼロストラッシュ……! あれはいい技だ。お蔭でギガブレイクの威力が、殆ど殺された……。普通に斬っただけで済んだ。助かるハズだ!」
そこに王や騎士らが、恐る恐る、しかし駆け足で訪れた。
「おお、勇者バラン! やったか!? 魔物は――ダメか……」
彼らはリュンナの額に未だ開き続ける竜眼を見て、肩を落とす。
傷よりも先に、そちらを見るのか。
「だがこれだけ弱れば……!」
騎士に混じっていた宮廷神官が前に出る。
気合を入れて魔法力を溜め――
「何をする!」
バランがそれを制した。
宮廷神官は驚いて尻餅をつき、魔法力が霧散。
「た、ただのニフラムです……! 聖光呪文! 人間に害はありませんぞ!」
「そうとは限らん。聖なる光は暗黒闘気にダメージを与えてしまう。今リュンナの闘気が減れば、助かる命も助からんのだ!」
一喝に神官は騎士らと顔を見合わせ、最後に王を見上げた。
王は動揺していなかった。
「思えば暗黒闘気を使う時点で、おかしかったのかも知れんな……。いや、それで魔物に目をつけられたのか? もう何も分からぬ。だがリュンナが苦しんでいるのは分かる……!」
「ならば!」
「神官。ニフラムだ」
「やめろ……ッ!」
バランが体を張って止めようとするが、彼も疲労が重い。
人間を傷付けないようにと注意するあまり動きも硬くなり、騎士らの人の波で押し退けられてしまう。
激昂して殺人に走ることはないか。良かった。
「くっ、放せ……! リュンナ! 逃げろ、逃げるんだ! 聞こえないのか!」
「我が娘を慮ってくれるのは嬉しいが、魔物を祓うためだ。仕方がない。もちろん同時に回復呪文もかける」
リュンナに立ち上がる余力はなかった。
今すぐにでも意識を落としてしまいたいほど。
意識を落とすと言えば、今、ベルベルとリバストは眠っている――暗黒闘気の繋がりで分かる。戦闘中には見る余裕がなかったが。道理で飛び出して来ないワケだ。
なぜこの昼に眠っている? ラリホーでも受けたか。ソアラも一緒に眠っている様子。
ソアラの看護に訪れたとでも言って、部屋に入った誰かが、か。
バランから迷いと魔法力の気配。
その構成はバシルーラ。しかしどこへ飛ばすべきかと迷っているのか。どこへ飛ばしたところで、その先で死ぬのみだ。
何もしなくていい。
宮廷神官のニフラムを受けた。普段なら何ともないが、この消耗では流石に効く。
なけなしの暗黒闘気が祓われ、騎士や神官たちの呪文治療が命綱となった。
それをぼんやりと認識しながら、心が、無に沈んでいく。
果ては追放か、いや、幽閉だろうか……?
追放なら、名を変えて先輩と旅をしようかな。
幽閉でも、姉上やバランに原作知識を伝えることは……。バーンに察知されて逆利用されるのが怖いけど……。
或いは。