暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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 数日後に判明した。

 処刑だった。

 

「あは」

 

 追放か幽閉か、と思っていた。

 原作でバランが処刑されたのは、然もありなん――結局は素性不明の余所者で、彼らの認識では魔物だ。

 だがリュンナは、この国の第二王女である。魔物疑惑も、本人が魔物なのではなく、取り憑かれているという話だったハズ。

 

「リュンナ姫……」

 

 急遽用意された座敷牢の扉――嵌った鉄格子の向こうに、アバンの姿が窺えた。

 あまりにも沈痛な面持ちだった。

 

「私のせいで……。本当に……」

「いいえ」

 

 バルトス越しに連絡を取った――リュンナとバランが戦った翌日には、アバンはルーラで駆けつけてくれた。ヒュンケルは無事見付かったらしい。良かった。

 そしてアバンはマホカトールを使った。五芒星魔法陣で破邪の結界を張る呪文。闇を祓うのでなく邪悪を破るため、正義を為すリュンナの暗黒闘気にはダメージを与えず、しかし魔物は祓えたと言い訳できる――つもりだった。

 

 結局、竜眼そのものが消えるワケではない。

 何の誤魔化しにもならなかった――むしろ、伝説的破邪呪文でさえ祓えない魔物なら、最早殺すしかないのだ、と。

 

「先輩のせいじゃないです」

 

 定期的に何度もニフラムをかけられ、暗黒闘気は回復した傍から削られていく環境。

 その弱った身に、更にマホトーンとラリホーをかけられ、呪文は使えず、眠気で体の動きも鈍い。

 何重にも封印されている状態。

 

 原作ではバランを縄で縛るのみでロクに対策を取っていなかったアルキード王国が、リュンナの発想と指導でここまで改善されたのだ。

 敵を捕まえるなら、徹底的に封じること。

 

 ベルベルとリバストも、同様に囚われているそうだ。ふたりは機を窺うためか、大人しくしている気配。

 アバンと共に来たバルトスも捕まりそうになったが、こちらはヒュンケルごと逃げ出したらしい。

 

「しかし、リュンナ姫……。せっかく貴方が頼ってくれたというのに……!」

「頼るのが遅過ぎましたね……。だから、自業自得なんです。わたしの」

 

 王は最後の手段として、遂に竜眼を物理的に摘出しようとしたが、試みた者は道具ごと手が凍り付いてしまって不可能だった。

 自己防衛本能が、生命力を削って魔氷気を作り出したようだった。

 

 自己防衛本能! この期に及んで、わたしにそんなものが? リュンナは自嘲した。

 我が身可愛さを無意識レベルで捨てられなかった――自業自得。

 

「もっと早くに頼ってほしかった――確かにそれは、そう思います。こうまで状況が出来上がってしまう前に……! しかしそれは決して怠惰ではなく、自分自身で何とかしようと努力したのでしょう。それを責めることは、私には出来ません……」

 

 本当に善良な人だ。リュンナは苦く笑んだ。

 自分もこんな性格なら良かった。正義のために、で動ける人間なら。

 

 現実は違う。国難を避けるのはいいとして、(ドラゴン)の騎士を取り込むという国益に目が眩んでいた。

 そもそもそれを国益だと思うこと自体が間違っていたのか。

 

 あれもこれもと欲張って、結果がこれだ。

 バラン処刑に至るまで放置して、最後の最後でふたりを攫うくらいで良かったのに。

 どこまでも自業自得。

 

「ヒュンケルのこと――頼んでいいですか。わたしが死ねば、バルトスも……」

「もちろんです。彼らには非常にツラいでしょうが……。こんなことなら、私も暗黒闘気を身に付けておけば……!」

「いや……無理でしょ」

 

 こんな眩しい人間に、闇の力を使えるワケがない。

 笑ってしまった。楽しい気分だ。

 しばらく笑い転げた――いや、転げてはいない、そんな体力はなかった。気持ちだけ笑い転げた。

 

「ああー……。はあ。おっかしい……」

「リュンナ姫……」

「助けようとは、しないでくださいね」

「……」

 

 アバンは答えない――口に出しては。

 必ず助け出す、と心気のみで語っていた。

 しかし処刑を止めることは出来まいし、出来たとしても、実行すること自体が問題だ。やはり寸前に連れ去る形になるだろうか。

 

 何にしても、リュンナという人外の異形がのうのうと生きているから、国民は不安なのだ。

 しっかりと処分され、安心できる結末を提示しなくてはならない。

 たとえ行きつく先が死でも。

 

 いつの間にか呪文を更新する時間が来た。

 彼らはアバンを押しのけ、リュンナに、ニフラム、マホトーン、ラリホーをかけていく。

 

 そうして気付けば眠っていた。

 目を覚ましたのは――これはもう、いつなのだろう? 処刑の日。

 

 リュンナは手枷をかけられ、刑場に移送された。

 縄で柱に縛り付けられた。

 眼前には魔法騎士たち。

 そして王と、民衆。

 公開処刑。

 

「我が娘リュンナは、魔物に成り代わられてしまったのだ。本物を探し出さねばならぬ! そしてその前に――この偽物を処刑する!」

 

 最終的に、父王としてはそういう事になったらしい。

 娘が異形と化したと、最早手の施しようがないと、そう思いたくないのだろう。

 どこかに本物がいて、探し出せば再び娘は帰ってくるのだと、そう思いたいのだろう。

 自分の心を守るために。

 

「魔物とは言え、リュンナさまの姿をしたモノを……」「だからこそ赦しちゃおけねえだろ! 俺たちの勇者姫を!」「魔王軍の残党なんだって?」「ずっと騙されていたなんて……本物のリュンナさまだとばかり……」「そうして最後に我々を絶望させる手口だったのだろう」「じゃあ本当のリュンナさまはどこに?」「ハドラーが何かしたのか」――

 

 ざわめく声、無数。

 バーンの工作はもうないのに、マッチポンプもバレていないのに、このありさま。

 

 いわゆる原作の修正力だろうか。過程は違っても、役者が違っても、同じことは起きる――という運命?

 そんなモノで片付けるのは、冒涜だ。

 

 これから死ぬというのに、心は凪だった。落ち着いている。

 アバンが助けてくれると信じているから? それともベルベルが、リバストが、或いはバランが、ソアラが?

 助けてくれなくていい、と思っている。

 ここで死ぬことが、国に尽くすことなのだ。

 

 瞑想で死の感覚を想い続けるうちに、死が怖くなくなってしまったのか。それも多少はあるだろう。多少だ。全てではない。

 

 ベルベルとリバストは、魔物リュンナの配下として、その後に処刑されるのだそうだ。

 アバンには彼らの方をこそ逃がしてほしい。リュンナが死んでも、ふたりの生は続くのだから。

 

 逆にバルトスは道連れになってしまう。ヒュンケルには申し訳ないが、どうにかする手段がない。

 どうか人間を憎まずに生きてほしい。バルトスが世界の全てだった頃に失うよりは、ダメージが小さく済むだろうか。アバンもいる。

 

 バランはソアラとの関係を盾にされて動けないだろう。それを責めようとは思わない。

 ふたりが幸せになれば、それで勝ちだ。

 

 大好きな妹を失って、ソアラが幸せになれるか? 難しいだろう。しかしバランが上手く支えてくれれば。

 結局彼女は、一度しか面会に来なかった――リュンナを脱走させようとして扉を斬ったところで、兵士たちに寄ってたかって押さえられて、それ以来、姿を見せない。軟禁でもされたか。

 

 アバンはどう動くだろうか。今どこにいるのだろうか。

 近くに気配はない――余力がなくて、感知できる範囲が狭過ぎる。

 

 以前バルトスから貰った魂の貝殻を、部屋に隠してある。

 そのときソアラには場所を教えておいた。見付けてくれるハズ。

 そこに原作知識を込めれば、もう、いい。

 

「何か――」

 

 アルキード王が言う。

 

「言い残すことはあるか?」

 

 合わせて処刑人の魔法騎士たちが、メラゾーマをその手に灯していく。

 

 息を吸って、吐く。

 ゆっくり。

 

「わたしのことは、要らないのですね? 父上」

「貴様の父ではないが――そうだ。お前は要らぬ。この国に不要な存在だ」

 

 そうか。

 

「たとえこの先、新たな魔王がまた襲ってくるとしても?」

「勇者バランがいる。だからお前は要らぬ。リュンナ……ワシのリュンナ……どこへ消えてしまった……」

 

 ごめんなさい。

 ここにいます。

 あなたの目の前に。

 

 どこで間違ってしまったのだろう。きっと数え切れないくらいに間違ったのだろう。

 でも、いい。

 国は続く。バランはアルキード王国を滅ぼすまい。ソアラがいるのだから。

 最悪滅ぼすとしても、ソアラは残る。せめてその血は残るのだ。

 

 ああ。

 

「さらばだ、我が娘に成り代わった魔物よ。

 撃て……。

 撃てェーッ!!」

 

 要らないと言われた。

 国に尽くす必要がなくなった。

 国に尽くされることも最早ない。

 

 尽くされたなら、尽くすべし。

 じゃあ、尽くされ終えたなら、尽くし終えていいよね。

 

 戦い抜いたんだから。

 戦い抜こうと思って。

 いつか心折れ力尽きるか、或いは――要らなくなるまで。

 

 もう、頑張らなくて、いいんだ。

 だからこんなに、安らかなんだ。

 

 メラゾーマの火炎。いくつも、いくつも。

 燃える。熱い。

 でも、どこか感覚が遠い。

 思ったよりは苦しくない。

 温かみすらある。

 

 死んでいく。

 心が、色褪せていく。

 愛国心が、崩れ落ちていく。

 

 どうして、こんな人たちのために、こんなに一生懸命に。

 弱くて、愚かで、流されやすくて、信じたいモノしか信じない人たちの。

 

 いや……。

 わたしも、同じか……。

 

 疑心に勝てないほど弱くて。

 先を見通せないほど愚かで。

 国益のためと思って余計なことをしてしまうほど、流されやすくて。

 信じたいモノ――それでも何とかなるという甘い希望しか、信じなかった。

 

 これが――人間――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に、音が止んだ。

 火炎の揺らめく音が消えた。

 風を感じる。焼け爛れた皮膚を蝕む風。

 

「こやつ、リュンナ……。貴様らが要らんと言うのなら、この俺が貰ってやろう」

 

 声が聞こえる。

 太い腕で、わたしを抱いている。

 拘束が引き千切られた。

 

「ふん、忘れたか? このハドラーの名を!」

 

 ハドラー?

 え?

 ああ、先輩のモシャスか。

 先輩自身が攫ったら、カールとの国際問題になりかねないもんね。

 

「無様なことだ……。リュンナ、この俺をああまで追い詰めた貴様が……」

 

 先輩、迫真過ぎ……。

 

 腕の感触。胸板の感触。

 浮遊感。

 魔法力の高まり――

 

「待って、処刑は待ってください! 見付かりましたよ、竜眼を消す方法が! この古文書にあった伝説の破邪呪文マジャスティスで――」

 

 えっ? 先輩?

 先輩の声?

 

「ハ、ハドラー!? バカな……!」

「アバンか……。だが今は、貴様に構っている暇はない」

 

 このハドラー、先輩のモシャスじゃ、ないの?

 はあ……?

 

 直後、ハドラーの魔法力が作用する気配。

 人々の声が一瞬で消え去って、静寂。

 消した?

 違う、わたしたちが移動した。

 

 ああ。

 そろそろ、気を、失う……。

 


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