「知ればきっと後悔するぞ。貴様は相変わらず俺が魔王だと思っているらしいからな……」
そしてハドラーは不敵に笑んだ。
眼前には、ベギラマを防ぎ切れず膝をつくアバン。
彼の弟子だという少年やその他は、洞窟の外に逃げていた。
その圧倒的な力、存在感。もはやハドラーの独壇場だ。
彼は陶酔するように大仰に両腕を広げ、自らの立場を語る。
大魔王バーンの力で復活し、その軍を任されたことを。
「今の俺はバーンさまの全軍を束ねる総司令官……! 魔軍司令ハドラーだ!!」
「なんということだ……!」
ハドラーはアバンを上回り、そのハドラーすら上回る巨悪が存在する――なるほど、絶望するには充分だろう。
だがアバンは立ち上がった。それこそが勇者の精神。
「ならば私は、尚更ここで倒れるワケにはいかない……! 弟子たちを強く育て、必ずバーンの野望を打ち砕くために……!
ハドラー! お前はここで倒す!」
ああ。
相変わらずですね?
「流石は勇者アバンよ……! 少しの衰えも見えぬわ。これは俺も負けてしまうかも知れん」
微塵もそんなことを思っていない顔で、ハドラーはおどけてみせる。
当然、アバンは怪訝。
「助っ人を呼ばせてもらおう。なあ、アバン……。頼もしい助っ人をだ」
「それは――魔法の筒!?」
ハドラーの手にしたその筒は、特定の呪文に反応し、生物を大きさに関係なく閉じ込め、或いは解放する魔法のアイテム。
「デルパッ!」
煙が爆ぜ、すぐに晴れる。
そうして現れたのは、流れるような銀髪、深い赤の双眸、額に第三の眼を持つ小柄な少女。
竜の顔を模す胸当てのついたドラゴンローブを纏い、腰には吹雪の剣を下げている。
アバンが、震えた。
この登場のためだけに魔法の筒に入れられた甲斐がある。
あは。
「――リュ、リュンナ姫……!」
「はい、先輩。お久し振りです」
ごく薄く微笑んだ。
装備はともかく、背格好、外見年齢は最後に会った頃とおよそ変わっていない。
13年前と同じ――13歳の小柄な身。
異なるのは肉眼と竜眼が同時に開いていることと、その内に秘めた膨大な暗黒闘気の禍々しさ。
アバンは絶句し、ハドラーを一瞥。
魔軍司令は心底から愉快げに肩を揺らしていた。
「無事――では、なかったのですね……。ハドラーに何かされたのですか?」
「残念ながら、手は出されてないですね」
「おい! 俺はその手の冗談は嫌いだ」
「これはしたり」
上司からの叱責に、リュンナは肩を竦めた。
「リュンナ――姫? アバン先生の知り合いなの? ポップ知ってる?」
「いや、知らねえ……。でも知り合いだとしてもだぜ、ハドラーが助っ人って言って呼んだんだ! 見た目子供だけど、強いに違いねえ。
ど、どうすんだよ……ただでさえハドラーがヤバいのに、1対2なんて……!」
アバンの後方、洞窟のすぐ外で、弟子たちが言う。
ダイとポップ。
やはりダイはここにいた。アバンがデルムリン島で発見された時点で、そうだろうとは思っていたが。
アルキード王国は滅びていない――が、秘密裏に調査した結果によると、ソアラは第一子ディーノを死産し、以後出産していないという。
死産だったハズのディーノがダイとなってここにいるなら、それは運命の悪戯か、それとも誰かの策謀なのか?
或いはディーノではない全くの別人が漂着し、ダイと名付けられる偶然があったのか……。
確かめる必要がありそうだ。
いや、十中八九ディーノなのだろうが。面影がある。
「おれも戦えば2対2だ!」
「ダメだって! やめろダイ! 先生の足手纏いになっちまうだろ……!」
ポップがダイにしがみつき、必死に押さえる。
その光景に、アバンは振り向かなかった。
「クククッ……。どうしたアバン。懐かしのリュンナ姫に会えて嬉しいだろう? 存分に殺し合うといい……!
やれッ! リュンナ!」
「はい」
吹雪の剣を抜き放った。
アバンも慌てて構える――その剣へと一気に踏み込んで鍔迫り合い。
「先輩――先輩っていうのも変ですね、勇者の先輩って意味だったんですから」
「構いませんよ、先輩で……!」
吹雪の剣の宿す冷気が、アバンの剣を蝕む。
相変わらずの
冷気に蝕まれた剣は靱性を失い脆化、接触点からヒビが入っていく。
「う……ッ! これは!」
咄嗟にアバンが剣を引くが、合わせて剣を鋭く押し込むことで、使い手ごと洞窟の外にまで吹き飛ばした。
弟子たちの横を通り過ぎて転がっていく。
「先生!」
「アバン先生!」
ふたりは咄嗟に師へと駆け寄り、
「ダメです、危ない!」
「弟子諸共灰になれ……! イオナズンッ!!」
ハドラーの極大爆裂呪文が、彼を纏めて飲み込もうと奔った。
寸前まで射線にいたリュンナは、既に避けて道を空けている。
逆にアバンが弟子たちを避難させるのは、もはや間に合わない。
彼は前に出て、イオナズンの相殺を試みる。
「アバンストラッシュ!!」
だが剣には、リュンナが入れたヒビ。
だから彼は剣を捨て、素手でストラッシュを放っていた。
手刀が剣閃を放ち、イオナズンを割る――万全の剣を使えば、それで防ぎ切れたばかりか、ハドラー本体にも強烈な剣圧を届かせたに違いない。
だが手刀では剣の威力に及ばず、イオナズンの相殺は不完全。爆熱がアバンを中心に吹き荒れ、ハドラーに届いた掌圧も浅い傷を刻んだのみ。
裸の胸部を斜めに裂いた傷を撫でながら、魔軍司令は笑む。
「ククッ、やはり恐ろしい男よ、アバン。素手でこうまでの威力を届けてくるとは。だがこの俺と――忠実なる部下! その力の前には、さしもの貴様も膝をつくしかないようだな?」
「ぐッ、うう……!!」
「先生!」
「先生……!」
爆熱から弟子を庇ったアバンは、既に満身創痍だった。
ダイとポップがドラゴラムの話を出す――原作通り、魔法力も元から消耗していたらしい。
原作より強くなっている感触はあるが、そう大きな差でもないようだ。リュンナの存在を覆すほどでは。
ハドラーとリュンナが、甚振るようにゆっくりと歩み寄っていく――
アバンの前に、ダイが立ちはだかった。
「何のつもりだ? 小僧……。大人しくしておれば、見逃してやってもいいものを」
「これ以上先生に手を出すな!」
「あがが……! やめ、やめろってダイ~! 逃げろ~!」
かく言うポップ自身はアバンの背で腰を抜かしており、逃げることはできそうにない。
アバンもまた、すぐには立ち上がれないようだ。
「くっ! ハドラーを倒す、リュンナ姫を正気に戻す……! せめて、どちらかだけでも……!」
正気……? まるで洗脳されているかのような。
あ、されてるか。バーンの暗黒闘気を与えられていた。
伴って暴力的な衝動は、確かにある。悪意の渦。アバンはそれを感じているのだろう。だからそれさえ剥がせば、と思っているようだ。
「ふん! どちらも貴様らには無理よ。諦めて、仲良くあの世へ行くがいい……!!」
迫るハドラーに、ダイが猛る。
「無理なんかじゃないっ! 勇者は絶対に諦めない……! 先生の分まで――おれが戦うっ!」
「面白い! やってみるか!?」
ハドラーはその手に炎を宿した。
傍らで、リュンナは静かに剣を構えている。
「ダイ君……!」
「先生、任せて。おれ――なんか、行ける気がする!」
ダイが本当にディーノなのかどうか――紋章を見るのが最良の判別だろう。
そのためにはやはり、アバンに死んでもらうのがいいか?
先輩を殺すのは――ちょっと、ヤだな。
でもやろう。ハドラーさまにやれって言われたし。
ダイの向こうのアバンへと踏み込もうとして――
「世界中の人たちを傷付けて……。先生の友達まで操って! おれは赦さない……! ハドラー!! ――アバンストラッシュ!!!!」
――パプニカのナイフによるダイのストラッシュが、ハドラーの胸を穿っていた。
「ぐっ、バカな……!?」
速過ぎる!
油断はしていたが、それでもリュンナが目で追うしかない素早さの持ち主など、数えるほどしかいないハズ。ましてやダイが当て嵌まるとは。
しかもその額に、
疑問に思う間に、ダイとハドラーは激しい格闘戦を繰り広げていた。
片やパプニカのナイフ、片や
呪文も海波斬で斬り捨て互角。
だがどこか、アバン流のみでない、リュンナ流の気配も感じる。
これは先輩が余計に修行をつけたな。
「リュンナァー!! アバンを始末しろォ!!」
「させるか!」
「貴様の相手はこのハドラーだ!!」
ハドラーの指示に、ダイの集中力が散る。
逆にダイが押され始めた。流石に未熟か。
「リュンナ姫……!」
「先輩」
リュンナは、アバンを。