暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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52 デルムリン島にて その1

「知ればきっと後悔するぞ。貴様は相変わらず俺が魔王だと思っているらしいからな……」

 

 そしてハドラーは不敵に笑んだ。

 眼前には、ベギラマを防ぎ切れず膝をつくアバン。

 彼の弟子だという少年やその他は、洞窟の外に逃げていた。

 

 その圧倒的な力、存在感。もはやハドラーの独壇場だ。

 彼は陶酔するように大仰に両腕を広げ、自らの立場を語る。

 大魔王バーンの力で復活し、その軍を任されたことを。

 

「今の俺はバーンさまの全軍を束ねる総司令官……! 魔軍司令ハドラーだ!!」

「なんということだ……!」

 

 ハドラーはアバンを上回り、そのハドラーすら上回る巨悪が存在する――なるほど、絶望するには充分だろう。

 だがアバンは立ち上がった。それこそが勇者の精神。

 

「ならば私は、尚更ここで倒れるワケにはいかない……! 弟子たちを強く育て、必ずバーンの野望を打ち砕くために……!

 ハドラー! お前はここで倒す!」

 

 ああ。

 相変わらずですね?

 

「流石は勇者アバンよ……! 少しの衰えも見えぬわ。これは俺も負けてしまうかも知れん」

 

 微塵もそんなことを思っていない顔で、ハドラーはおどけてみせる。

 当然、アバンは怪訝。

 

「助っ人を呼ばせてもらおう。なあ、アバン……。頼もしい助っ人をだ」

「それは――魔法の筒!?」

 

 ハドラーの手にしたその筒は、特定の呪文に反応し、生物を大きさに関係なく閉じ込め、或いは解放する魔法のアイテム。

 

「デルパッ!」

 

 煙が爆ぜ、すぐに晴れる。

 そうして現れたのは、流れるような銀髪、深い赤の双眸、額に第三の眼を持つ小柄な少女。

 竜の顔を模す胸当てのついたドラゴンローブを纏い、腰には吹雪の剣を下げている。

 

 アバンが、震えた。

 この登場のためだけに魔法の筒に入れられた甲斐がある。

 あは。

 

「――リュ、リュンナ姫……!」

「はい、先輩。お久し振りです」

 

 ごく薄く微笑んだ。

 装備はともかく、背格好、外見年齢は最後に会った頃とおよそ変わっていない。

 13年前と同じ――13歳の小柄な身。

 異なるのは肉眼と竜眼が同時に開いていることと、その内に秘めた膨大な暗黒闘気の禍々しさ。

 

 アバンは絶句し、ハドラーを一瞥。

 魔軍司令は心底から愉快げに肩を揺らしていた。

 

「無事――では、なかったのですね……。ハドラーに何かされたのですか?」

「残念ながら、手は出されてないですね」

「おい! 俺はその手の冗談は嫌いだ」

「これはしたり」

 

 上司からの叱責に、リュンナは肩を竦めた。

 

「リュンナ――姫? アバン先生の知り合いなの? ポップ知ってる?」

「いや、知らねえ……。でも知り合いだとしてもだぜ、ハドラーが助っ人って言って呼んだんだ! 見た目子供だけど、強いに違いねえ。

 ど、どうすんだよ……ただでさえハドラーがヤバいのに、1対2なんて……!」

 

 アバンの後方、洞窟のすぐ外で、弟子たちが言う。

 ダイとポップ。

 やはりダイはここにいた。アバンがデルムリン島で発見された時点で、そうだろうとは思っていたが。

 

 アルキード王国は滅びていない――が、秘密裏に調査した結果によると、ソアラは第一子ディーノを死産し、以後出産していないという。

 死産だったハズのディーノがダイとなってここにいるなら、それは運命の悪戯か、それとも誰かの策謀なのか?

 或いはディーノではない全くの別人が漂着し、ダイと名付けられる偶然があったのか……。

 確かめる必要がありそうだ。

 いや、十中八九ディーノなのだろうが。面影がある。

 

「おれも戦えば2対2だ!」

「ダメだって! やめろダイ! 先生の足手纏いになっちまうだろ……!」

 

 ポップがダイにしがみつき、必死に押さえる。

 その光景に、アバンは振り向かなかった。

 

「クククッ……。どうしたアバン。懐かしのリュンナ姫に会えて嬉しいだろう? 存分に殺し合うといい……!

 やれッ! リュンナ!」

「はい」

 

 吹雪の剣を抜き放った。

 アバンも慌てて構える――その剣へと一気に踏み込んで鍔迫り合い。

 

「先輩――先輩っていうのも変ですね、勇者の先輩って意味だったんですから」

「構いませんよ、先輩で……!」

 

 吹雪の剣の宿す冷気が、アバンの剣を蝕む。

 相変わらずの鋼鉄(はがね)の剣――武器に拘らないアバンらしいが、ハドラーの復活を知っていた以上は、もっと上質な武器を用意しておくべきだっただろう。

 冷気に蝕まれた剣は靱性を失い脆化、接触点からヒビが入っていく。

 

「う……ッ! これは!」

 

 咄嗟にアバンが剣を引くが、合わせて剣を鋭く押し込むことで、使い手ごと洞窟の外にまで吹き飛ばした。

 弟子たちの横を通り過ぎて転がっていく。

 

「先生!」

「アバン先生!」

 

 ふたりは咄嗟に師へと駆け寄り、

 

「ダメです、危ない!」

「弟子諸共灰になれ……! イオナズンッ!!」

 

 ハドラーの極大爆裂呪文が、彼を纏めて飲み込もうと奔った。

 寸前まで射線にいたリュンナは、既に避けて道を空けている。

 

 逆にアバンが弟子たちを避難させるのは、もはや間に合わない。

 彼は前に出て、イオナズンの相殺を試みる。

 

「アバンストラッシュ!!」

 

 だが剣には、リュンナが入れたヒビ。

 だから彼は剣を捨て、素手でストラッシュを放っていた。

 

 手刀が剣閃を放ち、イオナズンを割る――万全の剣を使えば、それで防ぎ切れたばかりか、ハドラー本体にも強烈な剣圧を届かせたに違いない。

 だが手刀では剣の威力に及ばず、イオナズンの相殺は不完全。爆熱がアバンを中心に吹き荒れ、ハドラーに届いた掌圧も浅い傷を刻んだのみ。

 

 裸の胸部を斜めに裂いた傷を撫でながら、魔軍司令は笑む。

 

「ククッ、やはり恐ろしい男よ、アバン。素手でこうまでの威力を届けてくるとは。だがこの俺と――忠実なる部下! その力の前には、さしもの貴様も膝をつくしかないようだな?」

 

「ぐッ、うう……!!」

「先生!」

「先生……!」

 

 爆熱から弟子を庇ったアバンは、既に満身創痍だった。

 ダイとポップがドラゴラムの話を出す――原作通り、魔法力も元から消耗していたらしい。

 原作より強くなっている感触はあるが、そう大きな差でもないようだ。リュンナの存在を覆すほどでは。

 

 ハドラーとリュンナが、甚振るようにゆっくりと歩み寄っていく――

 アバンの前に、ダイが立ちはだかった。

 

「何のつもりだ? 小僧……。大人しくしておれば、見逃してやってもいいものを」

「これ以上先生に手を出すな!」

「あがが……! やめ、やめろってダイ~! 逃げろ~!」

 

 かく言うポップ自身はアバンの背で腰を抜かしており、逃げることはできそうにない。

 アバンもまた、すぐには立ち上がれないようだ。

 

「くっ! ハドラーを倒す、リュンナ姫を正気に戻す……! せめて、どちらかだけでも……!」

 

 正気……? まるで洗脳されているかのような。

 あ、されてるか。バーンの暗黒闘気を与えられていた。

 伴って暴力的な衝動は、確かにある。悪意の渦。アバンはそれを感じているのだろう。だからそれさえ剥がせば、と思っているようだ。

 

「ふん! どちらも貴様らには無理よ。諦めて、仲良くあの世へ行くがいい……!!」

 

 迫るハドラーに、ダイが猛る。

 

「無理なんかじゃないっ! 勇者は絶対に諦めない……! 先生の分まで――おれが戦うっ!」

「面白い! やってみるか!?」

 

 ハドラーはその手に炎を宿した。

 傍らで、リュンナは静かに剣を構えている。

 

「ダイ君……!」

「先生、任せて。おれ――なんか、行ける気がする!」

 

 ダイが本当にディーノなのかどうか――紋章を見るのが最良の判別だろう。

 そのためにはやはり、アバンに死んでもらうのがいいか?

 

 先輩を殺すのは――ちょっと、ヤだな。

 でもやろう。ハドラーさまにやれって言われたし。

 ダイの向こうのアバンへと踏み込もうとして――

 

「世界中の人たちを傷付けて……。先生の友達まで操って! おれは赦さない……! ハドラー!! ――アバンストラッシュ!!!!」

 

 ――パプニカのナイフによるダイのストラッシュが、ハドラーの胸を穿っていた。

 

「ぐっ、バカな……!?」

 

 速過ぎる!

 油断はしていたが、それでもリュンナが目で追うしかない素早さの持ち主など、数えるほどしかいないハズ。ましてやダイが当て嵌まるとは。

 しかもその額に、(ドラゴン)の紋章は輝いていなかった。紋章なしでこのレベルとは。

 

 疑問に思う間に、ダイとハドラーは激しい格闘戦を繰り広げていた。

 片やパプニカのナイフ、片や地獄の爪(ヘルズ・クロー)

 呪文も海波斬で斬り捨て互角。

 

 だがどこか、アバン流のみでない、リュンナ流の気配も感じる。

 これは先輩が余計に修行をつけたな。

 

「リュンナァー!! アバンを始末しろォ!!」

「させるか!」

「貴様の相手はこのハドラーだ!!」

 

 ハドラーの指示に、ダイの集中力が散る。

 逆にダイが押され始めた。流石に未熟か。

 

「リュンナ姫……!」

「先輩」

 

 リュンナは、アバンを。

 


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