ダイに押されたハドラーが下がって、ハドラーがダイの集中を乱して持ち直し――結果、少し離れたところでふたりは戦っている。
「おれたちの島から出ていけえっ!」
「ふん! アバン当人ならまだしも、弟子如きが俺に敵うか!」
すぐには決着がつきそうにない。
ハドラーはメガンテを受けておらず万全に近く、ダイは時期の割に妙に強い。
太刀筋にリュンナ流が混じっている。魔神斬り――確かに昔、空裂斬と交換で教え合ったが。
「先輩。わたしの剣、教えたんですね」
「ええ、リュンナ姫。あなたは……強い勇者ですから……」
となると、無の瞑想も――か?
死の感覚が不完全でもかなり利くことは、かつてのソアラや眷属たちのレベルアップが証明している。
あるいは、まさかソアラのレベルすらある程度受け継がれている……?
それで時期の割に強いのか。
別段、油断しなければ問題にならないレベルだが……。
アバンに集中するあまり、それ以外に対して気を抜き過ぎていたか。真バーンでさえそれでレオナに不覚を取ったのは、原作の話だが。
アバンが立ち上がる。
その後ろで、ブラスとゴメちゃんがポップを物陰に引き摺ろうとしていた。
ポップも抜けた腰を何とか入れようとしながら叫ぶ。
「ど、ど、どういう関係なんだ先生……! 雰囲気的には古い友達って感じだけどよ! だとしたら年齢おかしいけど……。ともかく、そんな相手と戦えるんですか!?」
「戦います。彼女を取り戻さなくては……! しかし、その前に――」
アバンは即答し――そして懐から取り出したのは、小さな神々しい宝石のついた首飾り。
「構いませんね? リュンナ姫」
「はい。わたしと先輩の仲ですから」
リュンナは吹雪の剣を垂れ下げるように持つ。抜き身。
しかしアバンは、躊躇うことなく背を向け、ポップへ向いた。
「ポップ……」
「そ、それは……! アバンのしるし!? 卒業の証……!」
アバンのしるしはふたつ。
アバンはひとつをポップの首にかけ、もうひとつを手に握らせた。
「あとでダイ君に渡してあげてください。修行が中断されてしまったのは残念ですが、君は必ず立派な勇者になれるハズだと……」
「やめてください先生! 自分で渡してくださいよ! それに俺、俺にまで……! こんな未熟なのに! もっと先生に教えてほしいのに……!」
縋りつき泣き叫ぶポップを、アバンは宥め、励まし、諭す。
「安心してください、ポップ。リュンナ姫さえ正気に返れば、あとは彼女が何とかしてくれますから」
人間を恨んでいる、という可能性は考えないのだろうか。
いや、その上で、アバンの味方はするハズだと?
間違いとは言い切れない。実際、相対していて、殺気はあっても恨みなどの心気は感じられないハズだ。ないから。
「それって、それじゃあ先生は死ぬ気じゃないですか! そんなの嫌だっ! 先生……!」
「ブラスさん、ゴメちゃん、彼を頼みます」
鬼面道士とゴールデンメタルスライムが、ポップを引き摺り避難していった。
アバンがリュンナに向き直る。
「お待たせしました」
「……」
アストロンを使わなかった……。メガンテではない、のか。
確かにメガンテでは、リュンナを正気に戻すどころか殺してしまう。
ではいったい?
アバンはヒビの入った剣を拾うと、静かに構えた。
「先輩って、昔から武器に拘りませんでしたよね」
「最低限のモノさえ装備すれば、あとは地力が大事かなと……。猛省するところですね。まともに打ち合うこともできないとは」
吹雪の剣の冷気は強烈だ。まして使い手が、ヒャド系呪文を得意とするリュンナなのだから。
剣同士が触れれば、冷却脆化、砕かれるのみ――分かっているハズ。
もちろん生身に受ければそのまま凍て死ぬのだから、剣で一手防ぐことはできる。
そこで何を狙っている……?
「ところで、リュンナ姫。貴方にもひとつ言っておきたいことがあります」
「あとでじゃダメですか?」
「本当は真っ先に言わなきゃいけないことだったのですよ。あの日――」
リュンナは構わず踏み込んだ。
剣と剣が打ち合い、そしてアバンの剣のみが一方的に斬り砕かれる。
無数の破片がアバンの身を刺し、裂き、爆発するように鮮血が散った。
「ぐうう……ッ! あの日、私は間に合わなかった……!」
目の当たりにしたポップの悲鳴を背景に、アバンは怯まない。
素手での大地斬に当たる技か、凄まじい力感を伴った拳打を繰り出してくる。
当たればタダでは済むまい――当たらないが。
「あと数分ッ! ほんの少し……! 伝説の秘呪文マジャスティスの古文書を解読するのが、あとちょっとだけ早ければ! 貴方を失わず、火炙りにもさせずに済んだのです!」
半歩の後退で拳の間を外し、その手首に剣を振り下ろす。
だが振るわれた鞭めいて素早くその手は引き戻され、反動で逆の手が掌圧を繰り出す――海波斬に当たる技か。半歩下がりながらのこと。
リュンナは掌圧に対し、暗黒闘気を込めた弧拳で打ち払った。
そして、剣を持つ手は――
「謝って済むことではありません。しかし、リュンナ姫……本当にすみませんでした……! 今、その償いをッ! 貴方を止めてみせる!!」
「五月雨剣」
自在に曲がる雷光の太刀筋、切先が描くジグザグの各頂点で、ひとつずつ真空斬りを放つ。
ほぼ同時の連続、つるぎのさみだれ。
一振り六斬――六芒星の斬。
「うわあああああ!」
アバンは意識を集中して防御を固め、それでもなお骨肉を断たれていく。
まるで竜巻に弄ばれるかのように手足を振り乱し、鮮血を撒き散らして。
そしてボロ雑巾のようになって倒れ伏す。
左腕が、離れて落ちた。
「せ、先生……っ! ち、ちくしょう……! こんな、いつまでも……震えてる場合じゃねえっ!!」
その光景に、遂にポップが立ち上がった。
「ポップ!?」
「うおおおおお! メラゾーマァァッ!!」
火炎迫る――しかし、吹雪の剣の冷気を乗せた真空斬りで打ち払った。
未熟な魔法使いのメラゾーマなど、所詮この程度のモノ。
アバンの命運は一瞬のみ延びたに過ぎない。
その一瞬で、アバンは魔法を使った。
リュンナが光に包まれる。
足元に飛び散った鮮血が、血溜まり五か所――五芒星を描いていた。
ヒビの入った剣を砕かせたのも、接近戦を挑んだのも、血を流すためだった。
素手海波斬の掌圧も、五月雨剣を派手に受けた動きも、血の落ち方を調整して魔法陣を描くためだった。なんと器用な!
残り少ない魔法力を、血に溶けた生命力で補うつもりか?
「ベリーベリーグッドですよポップ……! お蔭で間に合いました! この一瞬!」
その集中の時間を稼いだのは、ポップだ。
聖なる光に包まれたリュンナは、暗黒闘気が押さえ込まれ、身動きができない。
数秒あれば打ち破れそうな気配だが――その数秒がない。
「邪なる意志よ……消え去れ……! マジャスティス!」
血の五芒星の放つ光、莫大。
その魔法力を竜眼が知る――マホカトールのような永続型ではなく、瞬発的な効果を発揮する呪文だ。それだけに破邪力そのものの強さはマホカトールよりも遥かに上。更に異常な進化を無効化する作用すらある。
暗黒闘気ごと身を縛られ、常に開眼させておくことが可能になったハズの、額の竜眼さえも閉じてしまう。
いや、閉じるどころか、竜眼による進化が、このままでは。
「やっ……やった! 決まったあ! すげえや先生!」
「貴方がいてくれたからですよ……! 流石は私の弟子です。さあ、そして仕上げに――」
最後の気力を振り絞ったか、アバンは立ち上がっていた。
そして左の腰に手刀を『溜める』構え。
剣を鞘に収めるような、その静かな構えは。
そこから繰り出されるのは――
「植えつけられた暗黒闘気の源は――そこです!」
胸の中央やや右側、心臓の鏡の位置。
架空の暗黒心臓が暗黒闘気を全身に送り出していると、アバンの心眼は見抜いたか。
そして光の闘気の宿った掌圧――素手の空裂斬が、それを撃ち抜いた。
「あっ……」
空の技とは言え、それなりの物理的破壊力はある。
リュンナは喀血して座り込んだ。
同時に血の五芒星の光も止んだが、リュンナの暗黒闘気は復活せず、竜眼も閉じたままだ。
血まみれのアバンが、その前で片膝をつく。
「竜眼は――消し切れませんでしたか。しかし魔法力が回復したあとにもう一度やれば、それもいけそうな感触ではありました。
そして私も、何とか死なずに済んだ……。ポップ、腕を取ってくれませんか?」
「はい、腕――ってそうだ先生、斬られて……! 大丈夫なんですかこれ!?」
リュンナの五月雨剣を受け切れず、アバンの左腕は肘のところで落ちているのだ。
ポップは恐る恐るそれを持ち上げた。
「大丈夫ですよ。断面をこっちにくっつけてもらって……そう、そうです」
懐から取り出した小瓶は魔法の聖水か。多少の魔法力を回復するモノだ。
アバンは一気に呷った。
「ふう……。ベホマ!」
治癒の光が溢れ、断面が癒着する様子。
左手の指がピクピクと震えた。
「くうー、痛い! しかし繋がった証拠です……。あとでもう何度かベホマの必要がありそうですが……。リュンナ姫も、少し乱暴にしてしまいましたね――」
アバンが目を向けた先に、リュンナはいなかった。
先に気付いたのは、傍らのポップだ。
「後ろだ先生―!」
だが彼が叫んだ時には既に、アバンの背は吹雪の剣に貫かれ、串刺しにされていた。