暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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53 デルムリン島にて その2

 ダイに押されたハドラーが下がって、ハドラーがダイの集中を乱して持ち直し――結果、少し離れたところでふたりは戦っている。

 

「おれたちの島から出ていけえっ!」

「ふん! アバン当人ならまだしも、弟子如きが俺に敵うか!」

 

 すぐには決着がつきそうにない。

 ハドラーはメガンテを受けておらず万全に近く、ダイは時期の割に妙に強い。

 太刀筋にリュンナ流が混じっている。魔神斬り――確かに昔、空裂斬と交換で教え合ったが。

 

「先輩。わたしの剣、教えたんですね」

「ええ、リュンナ姫。あなたは……強い勇者ですから……」

 

 となると、無の瞑想も――か?

 死の感覚が不完全でもかなり利くことは、かつてのソアラや眷属たちのレベルアップが証明している。

 あるいは、まさかソアラのレベルすらある程度受け継がれている……?

 

 それで時期の割に強いのか。

 別段、油断しなければ問題にならないレベルだが……。

 アバンに集中するあまり、それ以外に対して気を抜き過ぎていたか。真バーンでさえそれでレオナに不覚を取ったのは、原作の話だが。

 

 アバンが立ち上がる。

 その後ろで、ブラスとゴメちゃんがポップを物陰に引き摺ろうとしていた。

 ポップも抜けた腰を何とか入れようとしながら叫ぶ。

 

「ど、ど、どういう関係なんだ先生……! 雰囲気的には古い友達って感じだけどよ! だとしたら年齢おかしいけど……。ともかく、そんな相手と戦えるんですか!?」

「戦います。彼女を取り戻さなくては……! しかし、その前に――」

 

 アバンは即答し――そして懐から取り出したのは、小さな神々しい宝石のついた首飾り。

 

「構いませんね? リュンナ姫」

「はい。わたしと先輩の仲ですから」

 

 リュンナは吹雪の剣を垂れ下げるように持つ。抜き身。

 しかしアバンは、躊躇うことなく背を向け、ポップへ向いた。

 

「ポップ……」

「そ、それは……! アバンのしるし!? 卒業の証……!」

 

 アバンのしるしはふたつ。

 アバンはひとつをポップの首にかけ、もうひとつを手に握らせた。

 

「あとでダイ君に渡してあげてください。修行が中断されてしまったのは残念ですが、君は必ず立派な勇者になれるハズだと……」

「やめてください先生! 自分で渡してくださいよ! それに俺、俺にまで……! こんな未熟なのに! もっと先生に教えてほしいのに……!」

 

 縋りつき泣き叫ぶポップを、アバンは宥め、励まし、諭す。

 

「安心してください、ポップ。リュンナ姫さえ正気に返れば、あとは彼女が何とかしてくれますから」

 

 人間を恨んでいる、という可能性は考えないのだろうか。

 いや、その上で、アバンの味方はするハズだと?

 間違いとは言い切れない。実際、相対していて、殺気はあっても恨みなどの心気は感じられないハズだ。ないから。

 

「それって、それじゃあ先生は死ぬ気じゃないですか! そんなの嫌だっ! 先生……!」

「ブラスさん、ゴメちゃん、彼を頼みます」

 

 鬼面道士とゴールデンメタルスライムが、ポップを引き摺り避難していった。

 アバンがリュンナに向き直る。

 

「お待たせしました」

「……」

 

 アストロンを使わなかった……。メガンテではない、のか。

 確かにメガンテでは、リュンナを正気に戻すどころか殺してしまう。

 ではいったい?

 

 アバンはヒビの入った剣を拾うと、静かに構えた。

 鋼鉄(はがね)の剣。

 

「先輩って、昔から武器に拘りませんでしたよね」

「最低限のモノさえ装備すれば、あとは地力が大事かなと……。猛省するところですね。まともに打ち合うこともできないとは」

 

 吹雪の剣の冷気は強烈だ。まして使い手が、ヒャド系呪文を得意とするリュンナなのだから。

 剣同士が触れれば、冷却脆化、砕かれるのみ――分かっているハズ。

 もちろん生身に受ければそのまま凍て死ぬのだから、剣で一手防ぐことはできる。

 そこで何を狙っている……?

 

「ところで、リュンナ姫。貴方にもひとつ言っておきたいことがあります」

「あとでじゃダメですか?」

「本当は真っ先に言わなきゃいけないことだったのですよ。あの日――」

 

 リュンナは構わず踏み込んだ。

 剣と剣が打ち合い、そしてアバンの剣のみが一方的に斬り砕かれる。

 無数の破片がアバンの身を刺し、裂き、爆発するように鮮血が散った。

 

「ぐうう……ッ! あの日、私は間に合わなかった……!」

 

 目の当たりにしたポップの悲鳴を背景に、アバンは怯まない。

 素手での大地斬に当たる技か、凄まじい力感を伴った拳打を繰り出してくる。

 当たればタダでは済むまい――当たらないが。

 

「あと数分ッ! ほんの少し……! 伝説の秘呪文マジャスティスの古文書を解読するのが、あとちょっとだけ早ければ! 貴方を失わず、火炙りにもさせずに済んだのです!」

 

 半歩の後退で拳の間を外し、その手首に剣を振り下ろす。

 だが振るわれた鞭めいて素早くその手は引き戻され、反動で逆の手が掌圧を繰り出す――海波斬に当たる技か。半歩下がりながらのこと。

 リュンナは掌圧に対し、暗黒闘気を込めた弧拳で打ち払った。

 そして、剣を持つ手は――

 

「謝って済むことではありません。しかし、リュンナ姫……本当にすみませんでした……! 今、その償いをッ! 貴方を止めてみせる!!」

「五月雨剣」

 

 自在に曲がる雷光の太刀筋、切先が描くジグザグの各頂点で、ひとつずつ真空斬りを放つ。

 ほぼ同時の連続、つるぎのさみだれ。

 一振り六斬――六芒星の斬。

 

「うわあああああ!」

 

 アバンは意識を集中して防御を固め、それでもなお骨肉を断たれていく。

 まるで竜巻に弄ばれるかのように手足を振り乱し、鮮血を撒き散らして。

 そしてボロ雑巾のようになって倒れ伏す。

 左腕が、離れて落ちた。

 

「せ、先生……っ! ち、ちくしょう……! こんな、いつまでも……震えてる場合じゃねえっ!!」

 

 その光景に、遂にポップが立ち上がった。

 

「ポップ!?」

「うおおおおお! メラゾーマァァッ!!」

 

 火炎迫る――しかし、吹雪の剣の冷気を乗せた真空斬りで打ち払った。

 未熟な魔法使いのメラゾーマなど、所詮この程度のモノ。

 アバンの命運は一瞬のみ延びたに過ぎない。

 

 その一瞬で、アバンは魔法を使った。

 リュンナが光に包まれる。

 

 足元に飛び散った鮮血が、血溜まり五か所――五芒星を描いていた。

 ヒビの入った剣を砕かせたのも、接近戦を挑んだのも、血を流すためだった。

 素手海波斬の掌圧も、五月雨剣を派手に受けた動きも、血の落ち方を調整して魔法陣を描くためだった。なんと器用な!

 残り少ない魔法力を、血に溶けた生命力で補うつもりか?

 

「ベリーベリーグッドですよポップ……! お蔭で間に合いました! この一瞬!」

 

 その集中の時間を稼いだのは、ポップだ。

 

 聖なる光に包まれたリュンナは、暗黒闘気が押さえ込まれ、身動きができない。

 数秒あれば打ち破れそうな気配だが――その数秒がない。

 

「邪なる意志よ……消え去れ……! マジャスティス!」

 

 血の五芒星の放つ光、莫大。

 その魔法力を竜眼が知る――マホカトールのような永続型ではなく、瞬発的な効果を発揮する呪文だ。それだけに破邪力そのものの強さはマホカトールよりも遥かに上。更に異常な進化を無効化する作用すらある。

 暗黒闘気ごと身を縛られ、常に開眼させておくことが可能になったハズの、額の竜眼さえも閉じてしまう。

 いや、閉じるどころか、竜眼による進化が、このままでは。

 

「やっ……やった! 決まったあ! すげえや先生!」

「貴方がいてくれたからですよ……! 流石は私の弟子です。さあ、そして仕上げに――」

 

 最後の気力を振り絞ったか、アバンは立ち上がっていた。

 そして左の腰に手刀を『溜める』構え。

 剣を鞘に収めるような、その静かな構えは。

 そこから繰り出されるのは――

 

「植えつけられた暗黒闘気の源は――そこです!」

 

 胸の中央やや右側、心臓の鏡の位置。

 架空の暗黒心臓が暗黒闘気を全身に送り出していると、アバンの心眼は見抜いたか。

 そして光の闘気の宿った掌圧――素手の空裂斬が、それを撃ち抜いた。

 

「あっ……」

 

 空の技とは言え、それなりの物理的破壊力はある。

 リュンナは喀血して座り込んだ。

 

 同時に血の五芒星の光も止んだが、リュンナの暗黒闘気は復活せず、竜眼も閉じたままだ。

 血まみれのアバンが、その前で片膝をつく。

 

「竜眼は――消し切れませんでしたか。しかし魔法力が回復したあとにもう一度やれば、それもいけそうな感触ではありました。

 そして私も、何とか死なずに済んだ……。ポップ、腕を取ってくれませんか?」

「はい、腕――ってそうだ先生、斬られて……! 大丈夫なんですかこれ!?」

 

 リュンナの五月雨剣を受け切れず、アバンの左腕は肘のところで落ちているのだ。

 ポップは恐る恐るそれを持ち上げた。

 

「大丈夫ですよ。断面をこっちにくっつけてもらって……そう、そうです」

 

 懐から取り出した小瓶は魔法の聖水か。多少の魔法力を回復するモノだ。

 アバンは一気に呷った。

 

「ふう……。ベホマ!」

 

 治癒の光が溢れ、断面が癒着する様子。

 左手の指がピクピクと震えた。

 

「くうー、痛い! しかし繋がった証拠です……。あとでもう何度かベホマの必要がありそうですが……。リュンナ姫も、少し乱暴にしてしまいましたね――」

 

 アバンが目を向けた先に、リュンナはいなかった。

 先に気付いたのは、傍らのポップだ。

 

「後ろだ先生―!」

 

 だが彼が叫んだ時には既に、アバンの背は吹雪の剣に貫かれ、串刺しにされていた。

 

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