串刺しの吹雪の剣は、傷口を凍結させるために出血は少ない。
だが凍るということは、動きを封じられる、死に近付くということ。
「ごっ……う、……! リュ、リュンナ姫……!!」
「先輩……」
リュンナはアバンの背後に立っていた。
邪悪な魔力で編まれたドラゴンローブは、空の技で胸当て部分が砕け破れ、白くなだらかな胸部が露。
「暗黒闘気による支配は、もう……! ならば、では、やはり……!」
背中からアバンに刺した剣を凍った傷口ごと捻じり、抉る。
声にならない悲鳴がこぼれた。
「てめえ、先生から離れやがれ!」
吹っ切れたポップは強い。破れかぶれの先ほどよりも、更に集中力が上がっている。杖に宿した火勢がまるで違う。
将来が楽しみだ。
もっとも、今は敵ではないが。
「メラゾ――」
身を捻り、足捌き、立ち位置を回してアバンを盾にする。
「うっ……!」
「ヒャダルコ」
アバン越しに放つ冷気呪文。
ポップはメラゾーマで身を守るが、それが精一杯のようだ。
大勇者もまた、血を流し過ぎている――体力も魔法力も空っぽ。もはや呻くのみ。
「確かにね、先輩、確かに――バーンに植え付けられた暗黒闘気の影響はありました。暴力的な衝動です。悪意の渦。人間を苦しめてやろうっていう……。それは、消えました」
「やはりあの時に、折れてしまったのですね。最早、人間そのものを……! 私ばかりは例外かと、期待していましたが……! 間に合わなかった私を恨んでいる、そんな雰囲気はなかった……」
折れた? それは少し違う。
善良過ぎて、そういう想像しか出来ないのだろうか。
抜け殻だったのだ。空っぽだった。
「アルキードがわたしを要らないと言った。ハドラーさまがわたしを拾った。それだけ、ただそれだけ、ほんのたったそれだけ。それで充分なんです。充分過ぎる」
うっそりと笑みながら述べる。
そう、それで充分だ。
「しかし、それで魔王軍に与するとは……!! アルキードや人間を滅ぼしても、貴方は救われるワケではないのですよ!!」
「救われてますよ。既にね」
ハドラーの手で。
彼のためなら何でもしたい。
だがバーンの暗黒闘気に冒されていた頃ならともかく、それが祓われた今となっては、ソアラやバラン、アバンをあまり悲しませたくない、とも思ってしまう。
だから耳元に口を近付け、アバンにしか聞こえぬ小声で続けた。
「何とか人死にが減るようにはしてみますよ。先輩もお元気で」
「リュンナ姫……!?」
「ヒャダイン!」
ポップを押さえていたヒャダルコを、そのひとつ上の位階の呪文へと変更。
彼は最早メラゾーマで防ぎ切ることができず、四肢胴体を氷の塊に覆われ、身動きが取れなくなった。手が動かねば呪文の狙いも定まらない。
そしてリュンナは吹雪の剣を鋭く振り上げる――と、アバンは剣からすっぽ抜け、上空へと投げ飛ばされた。
ベホマを腕の接合に使ってしまったアバンに、もはや体力的余裕はない。為す術はないのだ。
「さあ、わたしからの手向けです。この技で送ってあげましょう」
剣、右逆手、身を捻り大きく振り被る。
「その構えは……!」ポップが叫ぶ。氷を脱しようとモガきながら。「やめろ! やめろー! そんなのねえだろ、そんな、あり得ねえ、そんな酷いこと……! 嘘だ! 嘘だっ!!」
バーンに植え付けられた暗黒闘気ではない、リュンナ本来の素直な暗黒闘気が噴き上がってくる。
それは既に、愛国心ではない。
「クククッ、よく見ておけダイとやら! 愛しい師匠の最期だぞ!」
「アバン先生! 放せ、ハドラー……!! 放せえ!!」
愛国心ではないが――愛ではあった。
そして愛は、狂気だ。
「アバン――ストラッシュ!!!」
闇のアバンストラッシュが放たれる。それも容赦ない
跳躍にトベルーラを重ねたリュンナが、上空でアバンに剣を叩き込み――暗黒闘気の大爆発が巻き起こった。天を覆わんばかりの莫大な闇。
そのどす黒い煙の中から――落ちてきたのは割れた眼鏡で、下りてくるのは、リュンナのみだ。
「あ、ああ……! うわあああああ!」
「そんな……アバン先生……」
ダイはハドラーに組み伏せられたまま。
ポップは最早モガくことも忘れて、氷漬けのまま項垂れる。
「ワッハハハハハハ! よくやったぞリュンナ! まさか跡形も残さんとは……! 骸を手ずから火葬にしてやる心算が、まったく台無しではないか! これほど愉快な台無しもないがな!
かつてこの俺を倒した勇者同士が戦い、この結末とは! ククッ、ククハハハ……!」
「勇者……だって……!?」
ダイが地に手をつき、身を起こそうとする。
しかしハドラーの手がそれを赦さない。
「そうだ! リュンナは元アルキード王国の王女にして勇者! かつてアバンと共に俺を殺し――そして今では、俺の部下というワケだ。
可哀想になあ、俺を斃そうと人間の限界を超えたばかりに、国に捨てられるなどと……! 貴様も勇者を目指すなら気を付けた方がいいぞ、小僧。まあ……その前にここで死ぬがな!」
ハドラーは片手でダイを押さえたまま、もう片手の
「し……死ぬもんか……!」
「ダイ、逃げろー! クソッ、氷が解けねえ……!」
「クククッ、そう嫌がることもあるまい。死ねばあの世へ行けるんだ。大好きな先生が一足先に待ってるぞ!」
嗜虐心に満ちた笑みだった――が、そのセリフは不味い。
原作とは展開が違うが、確かそのセリフでダイが覚醒を……。
「そうだ、先生は……おれたちも、敵になっちゃったリュンナ姫さえも守るために……死ぬ気で戦って……!」
「こ、この力は……!?」
ダイが地に手をつき、身を起こしていく。
押さえているハドラーを押しのけて。
「だったらおれが!! おれが先生の分まで、勇者をやるんだあっ!!」
ダイが黄金の光に包まれた。
光の出どころが見えないほどに激しく。
そう考える間にも、ダイはハドラーを跳ね除けると、振り向きざまにパプニカのナイフで斬りつけ、更に後退させた。
「ハドラー!! お前を倒す!!!」
「ほざけガキがァーッ!!」
ダイはあくまでもハドラーを狙っていく。
リュンナのことは、それでも操られていると考えたのか。
純粋で、かつ未だ経験の少ない彼は、人間の悪意をよく知らないのかも知れない。
新たな勇者とかつての魔王との激突――
眺めていると、ポップが話しかけてきた。
「リュンナ――だったか……? てめえは加勢に行かなくていいのかよ」
「そんな力、さっきのストラッシュで使い果たしましたよ。マジャスティスと空裂斬のダメージもあります」
事実だ。いや、空裂斬は素手だったから、正確には別の技名なのだろうが。
それにしてもマジャスティスで竜眼が閉じてしまって、感覚能力が落ちているのが痛い。時間を置けば回復しそうだが、今、ダイの紋章が見えないのだ。崩れた洞窟の土煙、単純に素早さ。
ダイ=ディーノの重要な証拠だ、原作知識のみで軽々に判断はできない。
だが無理なモノは無理だ。
諦めて、氷漬けのポップに向き直った。
「あなたこそ、わたしとお喋りしてていいんです?」
「良くねえよ! テメエは先生を……! 先生をっ!」
涙を流し、声が裏返りすらする。
それを滑稽だとは思わない。
「でも……なんかまだ信じらんねえ。だって先生の友達だったんだろ!? じ、実は殺したフリで……どっかに逃がしたとかさ。なあ。なあ!?」
「……」
呆れの目を向けてやった。
「う、うう……! やっぱり先生は……!?」
打ちひしがれるのみなら用はない。
その途端だった。
「メ、ラ――ゾー、マァァァ!」
渾身の気合を込めた呪文の発声。
バカな、両腕ごと氷漬けにしたハズ。手が塞がっては、呪文は。
振り向けば、既に火炎が眼前に迫っていた。
「う、あああッ!」
弱り切った今、不意打ちのメラゾーマは効いた。
全身が炎上する――あの日を思い出す。
燃やされているのに、寒気が酷い。
涙も瞬く間に蒸発する中、必死に暗黒闘気とヒャド系魔法力を合成、魔氷気として呼び起こし放出した。
だが気力体力が残り少ない今、闘気が弱い。鎮火し切れない。
のたうち、暴れる。
「ヘッ! やりゃ出来るもんだな……俺も……! アバン先生の、弟子――あ、つつッ……!」
苦悶の中で見上げた姿――残り火に腕を焼かれるポップ。
氷に塞がれた手で、自爆覚悟でメラゾーマを暴発させて氷を脱したのか。
「もう一発……もう、一発……!」
彼は魔法力を高めていく。
この時期のポップは、勇気に欠けた『逃げ出し野郎』のハズだ。
実力もそこそこ程度で、特筆すべきことはなかったハズだ。
リュンナが成長させた。
アバンの腕を斬り落とすという凄惨過ぎる光景が、彼の恐怖を振り払ってしまったのだ。
氷漬けにして文字通りに手も足も出なくすることで、彼の覚悟を促してしまったのだ。
それを結果に繋ぐ実力の土台は、アバンが既に築いていた――バーンは知らなくてもハドラーの復活は10年以上前から知っていた彼が、来たるべきときに備えないワケがなかった。修行は原作の歴史よりも厳しかったに違いない。
このポップを捨て置くことはできない!
更に魔氷気を放出した。
「アバンストラーッシュ!!!!!」
「ぐはあああーーーーッッ!!!!」
ダイのストラッシュに、ハドラーが斬られ、吹き飛ばれる絶叫。
ここまでか。
「リリルーラ」
まず上空のハドラーの元へ飛び、
「おのれ、おのれ!! 必ず殺してやるぞ、ダイ……!!」
「ハドラーさま」
「リュンナ……!? くっ、貴様もか……!」
全身の半分ほどを火傷に冒されながら、彼を抱き締めた。
メラゾーマの火炎にまだ纏わりつかれているが、ハドラー相手なら問題はない。
撤収だ。
「ルーラ」
飛びながら胸に触れる――黒の
今の時期、今の状態なら、爆発しても生命を削って無理やり魔氷気を絞り出せばギリギリで止められそうに思うが、実際に試したくはなかった。
そう考えたら、急に恐ろしくなった。
鬼岩城に帰るルーラを途中で切り、トベルーラに移って、名も知れぬ山中に不時着していく。