暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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55 リュンナとハドラー

 ルーラで鬼岩城に帰る――途中でルーラを切ってトベルーラに切り替え、名も知れぬ深い山中に不時着した。

 

「どうした!? 魔法力切れか……!?」

「どっちかって言うと体力切れです……」

 

 マジャスティスと空の技のダメージが重い。

 竜の生命力で肉体は再生し始めているが、力が戻るには時間がまるで足りない感触。

 

 場所としてはテラン付近――国力がなさ過ぎて侵略対象から外れているテランに、悪魔の目玉は配備されていない。

 鬼眼の感知能力は、竜眼と比べれば低い。遠く死の大地にいるバーン本人に、ここなら見られない。

 

 今が初めてだ――鬼岩城の外で、誰にも見られず、ふたりきりになれたのは。

 

「ごめんなさい、少し、休ませていただいても?」

「構わん……」

 

 彼を支え、落としそうになりながら、木陰に座らせる。

 そして自分も傍らに。

 

 ハドラーの胸には、紋章ダイのストラッシュの傷。両腕もない。

 原作よりも傷が深い。

 

 胸の奥に――見えた。見えてしまった。

 説明のために胸を抉る必要はなかったようだ。

 肉眼で見ると、なんとおぞましい。

 

「ハドラーさま……」

 

 震える手で指さす。

 ハドラーは眉根を寄せながら自分の胸を見下ろすが、その奥など見えない。

 吹雪の剣を抜き、よく磨かれた剣身を鏡代わりに見せた。

 胸に、黒の核晶(コア)が埋まっているのを。

 

「なん……だ? これは……?」

 

 ハドラーは困惑の声音。

 名を聞けば知っていても、実物を見たことはないのだろう。

 

「大きな魔法力を感じます。それを、爆発力に変えるアイテムのように、見えます」

「竜眼は閉じているようだが……感知できるのか?」

「辛うじて」

 

 嘘だ。

 以前見た情報を語ったのみ。

 

「爆弾、ということか? そんなモノが……お、俺の中に……!?」

「ということは、ご自分で仕込んだモノじゃないんですね?」

 

 ハドラーは呆然の顔で首肯した。

 全てはリュンナの先走りで、この世界では原作と違い自決用に彼が望んだ――という線はなかったようだ。

 

「こ、この色……輝き……。まさか悪名高き黒の核晶(コア)では……!! いやまさか……だが……」

「ご存知ですか」

 

 黒の核晶(コア)の解説が語られた。

 黒魔晶という魔法力を無尽蔵に吸収する鉱石を呪術で加工して作る爆弾で、その威力は、ともすれば大陸ひとつを丸ごと吹き飛ばす、と。

 

「こんなことが出来るのは……こんなモノを用意して入れられるのは……バ、バーンさま……」

 

 ハドラーは震えた。

 そして胸の傷に腕を突っ込み、核晶(コア)を掻き出そうとした。

 ロクに届いていないが、それでもリュンナは止める。

 

「ダメです! もしこちらが気付いたことに向こうが気付いたら、粛清されてしまいます」

 

 自分で仕込んだ核晶(コア)がハドラーの体内にあるかないか、という程度のことは、バーンも近くで見れば分かるハズ。

 それは以前竜眼で見た際に感じたこと。

 

「た、確かに。だが……!」

「大丈夫」

 

 ハドラーの手をどかし、リュンナは自分の手を入れた。

 

「わたしの気は魔氷気。核晶(コア)を凍結停止できるハズです。バーンが直接魔法力を送り込めば……分かりませんけど……」

「それは気付かれないのか?」

「と思います」

「なら、やれ」

 

 魔氷気で黒の核晶(コア)を凍結しつつ、ハドラー自身の肉体には悪影響を与えない――繊細さが要求される作業だった。

 施術を受けながら、ハドラーは述べる。

 

「俺は……バーンさまに勝てん。あの方の超魔力は絶大だ」

「力を蓄えましょう」

「勝てると言うのか?」

「勝ちます」

 

 見上げた。決然。

 ハドラーは小さく笑んで――それをなかったことにするかのように、鼻を鳴らした。

 

「お前に教えられるとはな……。そうだ、俺は、勝たねば……。だがそれまでは、忠実な魔軍司令と竜眼姫を演じるのだ。勇者ダイも斃す! どの道、地上征服には邪魔だ」

「ともすれば協力も出来るかと思いますけど」

 

 敵の敵は味方で。

 

「軍団長どもをぶつけていく。それで斃れるようならそれまでよ。当てにはできんわ」

「はい」

 

 ここで反対するほどの意見ではない。

 

 ともあれ、魔氷気での凍結処置は終わった。

 これで魔法や火炎を受けても、不意に誘爆はしないハズだ。

 

「ご苦労。――俺たちは何も気付かなかった。いいな?」

「はい。……ごめんなさい、ハドラーさま」

 

 ハドラーは沈黙。

 

「本当は、分かってました。鬼岩城で目覚めた日から」

「そうか」

 

 頬を殴られた。途中までしかない腕で。肘の辺り。

 痛い。

 涙が出て来る。

 

「俺を侮ったな? 知った上で隠し通す腹芸の出来る男ではない、と……」

「……はい」

 

 頬を撫でられた。

 張られた側だから痛い。

 しかし傷付いた腕でそんなことをすれば、自分も痛かろうに。

 涙が落ちた。

 

「鬼岩城では、誰に聞かれるか分からん……。それは打ち明けられんわ。だとしても、もっと早くこの場を設けることは出来たハズ」

「怖かったんです。失敗することが……わたしは、また……」

 

 それがハドラーがダイと戦って、胸を抉られて、もし誘爆していたらと――急に不安が膨らんで。

 不安に負けて言えず、今、不安に負けて言ったのだ。

 

 昔から――あまりにも惰弱な、そのままだ。

 何も変わっていない。

 

「ごめんなさい……」

「俺に任せろ」

 

 太い腕に包まれた。

 ストラッシュに切断されて途中までしかない腕なのに、こうも安心感があるのか。

 

「お前は堕ちた王女で、俺は……俺は魔王だ……」

 

 だから、とも、しかし、とも、言葉は続かなかった。それで終わりだった。

 それで充分だということだ。

 あとは、更なる秘密をいくつか共有するくらいで。

 

 しかし、おかしい。

 愛だと思っていた。尽くされ、尽くす、その気持ちを。

 ならば、この胸のうるささは? なぜ顔が熱い? かつて愛したアルキードに対して、こうはならなかった。

 アバンに対してが近いが、あれは大勇者に認められる照れや誇らしさだろう。

 

 これは違う。

 これは。

 

 

 

 

 ――鬼岩城。

 ハドラーは原作通りに、傷を癒しながら、バーンからアバン抹殺を労われた。

 実際にアバンを下したのはリュンナだが、「わたしの手柄はハドラーさまの手柄です」と進言し、そういうことになった結果。

 

 実際、どちらが戦おうともアバンには勝てただろう。

 彼は原作と違い自分の修行を怠っていなかったようだが、レベルの限界というモノがある。一方ハドラーも、気が向いたときに行ったリュンナとの修行により、原作の同時期よりある程度レベルアップしていた。

 

 しかしこれからは、気が向いたときには、などとは言っていられないだろう。

 魔族はもともと寿命が長く自然にレベルアップもしやすいせいか、修行という行為に慣れていないらしく、ハドラーなどは瞑想中に寝てしまって可愛かったのだが……。

 より厳しくして行かねばなるまい。アバンの使徒の成長に追いつけなくなる。

 

「ハドラーさま」

「うむ……」

 

 治療を終え椅子から立ったハドラーに、あの竜王のようなローブを着せる。背丈の違いが大きいため、トベルーラで浮きながら。

 終わると、その場から共に歩き去っていく。

 

 リュンナ自身は既に、肉体ダメージに関しては、竜の生命力と自前のベホマで回復済み。

 衣服も魔力で修復されている。

 

 ハドラーが口を開いた。

 

「どう思うリュンナ。あのダイとかいう小僧……!」

「どうとは」

「かつての勇者ふたりのうち、ひとりは最早俺の部下、ひとりは死んだ。だがあのダイが新たな勇者となるなら……叩き潰さねばならん! まだヒヨコのウチに……!」

 

 偉大なる我が魔王軍と共に?

 あのシーン、いきなり説明的になって面白かったよね。

 気が抜ける。

 

「確かに、強かったですね。流石はアバンの使徒」

「アバンの使徒――その通りだ、死してなお厄介とは、あの勇者め……!」

 

 この世界ではリュンナがいるせいなのか、あのシーンはなく――この方向は司令室か。

 

「彼らはデルムリン島を発つでしょう。最も近いのはロモス王国ですね」

「うむ。悪魔の目玉を重点的に配置しておこう。他に可能性があるのは、次に近いアルキードやパプニカ辺りか?」

「特にアルキードは、わたしの出身国だとハドラーさまが話題に出しましたからね……。印象は強いでしょうね」

 

 アルキード王国は健在である。リュンナの成果だ。誇らしい。

 もっとも、そのアルキード攻略を担当しているのは、リュンナ率いる超竜軍団なのだが。

 勇者王バランに対抗できる軍団は他にない。

 

「貴様はアバンめの仇だしな。ダイはどうも、この俺が全て悪いと思っているようだが」

「別に操られてないんですけどね」

 

 操られている――なんと都合のいい想定だろうか。

 諸悪の根源を殴り飛ばしさえすれば全てが助かる、だなんて。

 

「本当に――か?」

「はい?」

「本当に操られていないのか? アバンが貴様に放った空の技……。暗黒闘気や呪法の核を撃ち抜き無力化する技だろう。あの時まではバーンさまに操られていたんじゃないのか」

 

 その通りだ。

 別に絶対的な支配ではなく、何となく暴力性や悪意を増幅される程度のモノだが。

 

 急に不安になったのだろうか。

 あんなことがあった後だ。

 

「だからこそですよ。先輩は確実にバーンの呪いを撃ち抜きました。もう同じモノは残ってません」

「うむ。それはそうと、バーン『さま』、だ」

 

 ハドラーは静かに訂正を求めてきた。

 だがリュンナはどこ吹く風。

 

「臣下の臣下は臣下じゃないですから」

「何だ、それは?」

「古い時代の騎士の慣習ですよ。主従関係は直接的なモノで、間接的には成立しないんです。わたしの主はあくまでもハドラーさまであって、それ以外のひとは関係ありません」

「ここは魔王軍であって騎士団ではないぞ」

「そうですね?」

 

 笑って誤魔化した。

 ハドラーが嘆息する。

 

「まあいい。誰かに聞かれない限りはな……。ところで、どうだ、体調は。もしダイが貴様の担当であるアルキードに出現したとして、対処できるか?」

 

 ハドラーに体調を気遣われるとは何とも、長生きはするモノである。

 ともあれ感傷に浸りつつも即答していく。

 

「無理ですね。回復に暫くいただきたいです。

 効果が一瞬な代わりに出力でマホカトールを遥かに超える破邪呪文マジャスティス、それに邪悪な魔力を撃ち抜く空の技……。まあ酷い攻撃を受けましたから。体が治っても、力までは……。あまつさえメラゾーマで焼かれましたし。トラウマですよ。

 時間さえ置けば回復できるだけ、むしろわたしの強さの証です。褒めてください」

「そうか」

 

 褒めてもらえなかった。悲しい。

 軽く肩を竦めた。別にいつも通りだ。

 

「ただ、わたしが弱ると眷属も弱りますから、侵攻もしばらく滞ります。申し訳ないですけど」

「それは仕方ない。それに、今最重要なのはダイの抹殺……! 奴の個人的な力もそうだが、勇者を旗印にして世界中の強者が団結すること、これが厄介だ。逆に強者が個々でいるうちは、時間をかけて磨り潰せばいいだけだからな」

 

 そのための魔王軍、なのだろう。少なくともハドラーの想定では。

 世界を同時多発的に襲うことで、各地を自衛に徹させ、連携をさせない。

 

「そう、ダイさえ斃せば地上征服は目前……! で、そのダイだが……(ドラゴン)の騎士だ。紋章が見えた」

「やはりですか」

 

 この目で確認は出来なかったが、原作知識で合っていたらしい。

 あれは(ドラゴン)の騎士で、つまりディーノだ。

 

 アルキードの勇者王バランが(ドラゴン)の騎士であることは、魔王軍には既に割れている。

 そしてダイが(ドラゴン)の騎士であれば、バランの血縁者と確定する。その相手が性格上ソアラしか考えられない以上、それは同時に、リュンナの血縁者でもあるということ。

 

「淡々としているな……。あれだけ国に虐げられて、全く復讐心の湧かないお前のことだ。甥を見て里心でもつくかと思ったが……」

「まあ多少は……。かと言って、ハドラーさまを裏切るには程遠い感情です」

「そうか」

 

 厳つい顔が、ほんの少し緩んだ。

 魔王軍の司令官と部下として、違和感のない会話だろうか。

 

「そうそう、ハドラーさま。反抗防止の呪法がマジャスティスで解けちゃいましたんで、かけ直してください」

「うむ。しかし貴様もおかしな奴だ……。そういう呪法を自分から提案するとは……」

 

 呆れの目を向けられたが、それは仕方のないことだ。

 そもそもリュンナの方が強い以上、そうでもしなければ安心して部下にできないだろうに。

 反抗を考えると力が抜けて動けなくなるというモノで、眷属にも波及するかなり強力な呪法である。

 発動したことは一度もない。これからもないだろう。

 

 その後は司令室で悪魔の目玉の監視網を手配し、私室に帰って呪法儀式を行った。

 六芒星の陣を描き、血を流し、混ぜ、そして言葉で誓う。

 

「俺は貴様の生命を助け、復活の手配をし、居場所を与えた。貴様に尽くしている」

「はい」

「故にリュンナよ、俺に尽くせ」

「はい。ハドラーさま」

 

 尽くされたい。尽くしてくれなくてもいい。

 抱き締められたい。抱き締めてくれなくてもいい。

 わたしを逃がさないで欲しい。手を放してしまってもいい。

 

 それでも、わたしは、あなたを求めるから。

 これは、恋だ。

 

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