57 魔の森のマァム
得意のメラゾーマで、果敢にも挑んできたポップ。
直接的或いは間接的に、リュンナが彼を成長させてしまったのだ。
半端な成長が逆に凶事を呼び込むこともある――監視が必要だ。
そう考え、ポップにはシャドーを憑けておいた。
メラゾーマに燃やされながらも魔氷気を放出し、自分の影と混ぜてその場で創造。ダイのストラッシュで吹き飛ばされるハドラーへと注意が向いた、まさにそのタイミングで。
たとえ竜眼が閉じていようとも、そのくらいは出来る程度には、リュンナの能力は成長していた。
そしてアバンほどの実力者であるか、メルル級の感知能力などがあれば気付かれるだろうが、今のポップならその心配は要らないようだ。
暗黒闘気の繋がりで憑依シャドーの感覚を乗っ取ると、ポップや周囲の様子を一方的に窺うことができた。
場所は鬱蒼と茂った森林――魔の森か。
傍らにはダイと、幼女。毒のスライム(バブルスライムか?)に噛まれた母親を救うため、毒消し草を求めて森に入り、迷ってしまったらしい。
そこに桃色の髪の、気の強そうな少女が現れた。マァムだろう。
「ミーナ!」
「マァムおねえちゃん!」
ミーナがマァムに飛びつく。
ダイとポップは顔を見合わせた。
ところで、魔弾銃の披露がない――リカントはポップのメラゾーマでしっかりと焦げカスになっていた。詰めが甘くないのだ。立ち上がらない。
「走ってくる途中で様子が見えたけど、やるじゃない、貴方たち。この魔の森の魔物を一方的にやっつけるなんて……!」
「魔の森!?」
魔の森の説明が入った。
魔王軍の百獣魔団が棲みついた上、もともと迷路のような森であることから、魔の森と呼ばれるようになったと。
「そんな迷いやすい森だったのか……! じゃあおれの地図が悪かったんじゃないよね! なあポップ」
「いや地図は悪かっただろ! 普通に考えて!」
「ええ~っ」
ダイとポップのやり取りにミーナが笑う。
マァムの態度も柔らかい。ポップがやらかしていないからだ。
もっとも視線はチラチラと胸に行っているし、マァムもそれに気付いているが――触るまでしないなら赦すといったところか。
「ロモスの王宮に辿り着く頃には、もう陽が落ちてしまうでしょうね。今日は村に泊まっていったら? ミーナを助けてくれたお礼もしたいし」
「ホント!? 助かるよ!」
「だな! ここはお世話になっておこうぜ」
悪魔の目玉がダイ一行を発見するのは、確かここでマァムと喧嘩別れしたあとだったハズ。今村に行かれては不味いか……?
最終的な到達点をどうするかは考えても、細かい過程については考えが浅かった。今更のように思案に沈む。
その間にも時間は過ぎていく。
「しかしよ、マァムだっけ、アンタはひとりでこの森をウロついて大丈夫なのかよ?」
村へ向かいながら、ふとポップが疑問を呈した。
マァムの強さはまだ披露されていないし、妥当な思考だろう。
「あら、心配してくれるの? ありがとう、でも大丈夫よ。私こう見えて、あの勇者アバンの弟子なんだから!」
「先生の!?」
「先生を知っているの!?」
アバンの使徒バレも早い。
彼らは互いにアバンのしるしを見せ合った。
先ほどよりグッと距離の縮まった気配。
しかしアバンは既に――と意識したか、逆にダイとポップは委縮する。
「懐かしいわね、アバン先生……。もう4、5年前? それからもちょくちょく会いに来てくれたけど……。
貴方たちが卒業したってことは、先生はまた新しい弟子を探しに旅立ったのかしら。それとも魔王軍を相手に?」
「えっ!? あ、うん! そうなんだよ、先生は先生で、別に戦うって……!」
「そ、そう……」
ダイが事実を隠蔽する。
そのあまりの慌てように、傍らで不安そうな顔をするポップ――これで騙される人は少ないだろう。原作のレイラは、あれは察しながらも『騙されてあげた』のではないか。
しかし歳若いマァムに、そこまでの洞察と機転を求めるのは酷か。
怪訝そうにしながら、一方で追及することが怖いのか、そのまま黙り込んでしまう。
重い空気。
払拭しようと、ポップが声を上げる。
「な、なあ、マァムは先生からどんなことを習ったんだ!? 俺は主に魔法使いの修行をしたんだけどよ! 戦士か?」
背負われたハンマースピアを一瞥しながら。
マァムは一瞬驚いて、しかしすぐに平静を取り戻す。
「ええ、戦士の修行もしたわよ。父さんが、俺の血を継いでるんだから立派な戦士になれるハズだ~って張り切っちゃって……。でも僧侶の才能もあったから、そっちの修行も受けたの」
「へえ~、凄いなあ! ふたつの修行を同時にこなすなんて……!」
「いやダイ、お前は勇者なんだからもっと凄いだろ……」
「へへっ、そうかな」
「勇者!? 凄いじゃない!」
ワイワイ盛り上がる。空気は取り戻された。
「でも僧侶と戦士かあ。何て言うか、中身が全然逆で大変じゃない?」
「そりゃあ大変よ! でもね、仲間を守って戦い抜くのにこれほど向いた職業はないわ。パラディンって言うんですって」
「ああー、先生から聞いたことある」
パラディン。
リュンナは思い出す。祖国において自身の側近であった女騎士――近衛第三部隊を取り纏める立場であることから、隊長と呼んでいた彼女を。
彼女は元僧侶の戦士で、そういった重装備による白兵戦と僧侶呪文を兼ねる存在を、リュンナが後年のゲームに
それをきっかけに、かの国ではパラディンの育成が流行った。アバンもそれを知り、自流派に概念を取り入れたということか。
「本当は鎧や盾を使うらしいんだけど……」マァムの装備は原作と変わりない様子。「ネイル村は小さいし、そういう装備は手に入らなくって」
パラディンの装備は、しっかり揃えようとすると特にお金がかかるし、そもそも上等な品物がないこともある。まず戦士自体がそうだ。
ただそれも闘気による自己強化で補えるし、それでも攻撃呪文は使えないために魔弾
「装備か~。確かに俺たち、装備が貧弱だよな」
「そうだね……。レオナから貰ったナイフはともかく」
少年たちが嘆く。
強力な装備は憧れであり、また実用面でも切実に必要だ。
「そこはちょっと力にはなれないわね……。ロモスの都でも、このご時世じゃ品不足でしょうし……」
武器防具など、真っ先に兵隊に召し上げられてしまうモノだろう。
仕方のないことだ。
「まあその分、おれたち自身が強くなればいいよね! 今のところはさ。今日はもう遅いから――マァム、明日訓練に付き合ってよ」
「ええ、もちろん」
「俺も参加するかな~」
疲れたミーナがマァムの背で眠るころ、進む先に、多くの人の気配を捉えた。ネイル村が近い。
悪魔の目玉は、既にダイ一行の姿を捉えていた。シャドーの感覚網に、幾度にも渡る引っかかり。
ハドラーに進言し、ロモスへの配置を多めにした結果か。
これで今頃は、「獣王クロコダインよ……」「おお、魔軍司令どのか! これは無礼をした」などとやっているのだろうか。
流石にハドラーにまでシャドーは憑けられないから、リュンナはそのシーンを想像だけしておいた。
ネイル村ではダイとポップは歓迎され、ミーナの親から感謝され、同じ師匠の弟子同士まだまだ積もる話もあるだろうとマァム宅に宿泊することになり――
夜。
「オオオオーーーーン!」
獣王の咆哮が、響き渡る。
「これは……! 魔物が群れを成してお城を襲うときの……!」
「何だって!?」
「この辺の魔物の親玉が来るってことかよ……!」
3人のアバンの使徒たちは家屋を飛び出し、叫び声の方へ走る――と、村の外れに辿り着く頃、それと鉢合わせることになった。
二足歩行のワニめいた巨体は、それに相応しい重厚な片手斧と鎧を装備している。
眼前に立てば、その威圧感はまさに圧倒的。
「我が名は獣王クロコダイン! 魔軍司令ハドラーさまが指揮する6つの軍団のひとつ、百獣魔団の軍団長だ! ダイ! ハドラーさまの勅命により、お前を討つ!」