「じい、ちゃん……!?」
魔法の筒諸共に斬られたブラスは、鮮血を噴き出しながら、力なくクロコダインの手から足元へと落ちた。
斬られたメラゾーマの余った炎が、そこでまだ燃えている。
ブラスが、斬られて逃げる体力も失ったブラスが、燃える。
「じいちゃあああああん!!!!」
「ダイ!?」
ポップもマァムも、反応できなかった。ポップに憑けたシャドー越しに見ているリュンナもだ。
誰にも予想外だった。
リュンナにとっては、ダイがデルパ前に魔法の筒を斬ったことが。
ダイとポップにとっては、ブラスが出てきたことが、だろうし。
マァムにとっては、ダイが鬼面道士をじいちゃんと呼び、助けようと走っていくことが、だったろう。
予想していたのは、クロコダインのみだったのか。
ブラスしか目に入らず無防備なダイを、獣王の剛拳がカウンター気味に迎え撃った。
少年は吹き飛び、壁を粉砕して、城外へと。その手にブラスの手を握るまま。
「そんな、ダイ……! 今のは!?」
マァムにとっては本当に意味不明な光景だったろう。
ポップが早口で言う。
「言ったろ、ダイは怪物島のデルムリン島で育ったって! 今のが育ての親のブラスじいさんだ! 野郎、島から攫ってきやがった……!」
城内に驚愕と、そして獣王への侮蔑の感情が満ちる気配。
戦士の誇りとの発言をマァムに論われ、卑劣な人質作戦を糾弾される――が、
「武勲のない武人など、張子の虎も同然! 何とでも言うがいい、誇りなど――とうに捨てたわァッ!」
獣王は開き直った。
「しかしダイだけは……! あのダイだけは、我が手で直接殺さねばならん!」
最早その執念のみが彼の原動力なのか。
城外へ吹き飛んだダイを追おうと、クロコダインは斧を拾い上げ、一歩を踏み出す。
その前に、ポップが立ち塞がった。
「何の真似だ小僧……!」
「マァム! ダイとじいさんを頼む!」
「そんな、ポップひとり置いてなんて……!」
マァムは渋るが、ポップは彼女を振り向きもせずに言った。
「見ただろ、あのダメージを!」剣圧と、炎と。「すぐに回復しなきゃ助からねえ……! ベホイミを使えるのはお前だけだ! マァム!」
「わ、――分かったわ……!」
マァムは王と護衛兵士たちをこの場から避難させつつ、外へ向かって行った。
クロコダインは重々しい声音で問う。
「もう一度聞くぞ……! 何の真似だ小僧ッ!」
「俺がここで――テメエを止める……! じいさんは放っておいたら死んじまうし、ダイはきっとじいさんを庇おうとして、まともに戦えねえ! 俺がやるしかねえんだ!」
震えながらも、決然と。
「ド汚え人質野郎が次はどんな卑怯な手で来るやら、怖くて仕方ねえけどよ……!」
「貴様ッ……!」
「だがじいさんが負傷したのは、考えようによっちゃ好都合かもな。あれならテメエらに操られても、ダイを襲えねえ。ダイはじいさんと戦わずに済む……!」
それはまるで、パーティーにおける魔法使いらしいクールな考え。
そこまで覚醒するとは。
「フンッ、そういうことならこちらも好都合! ポップとかいったか……。貴様の呪文攻撃がなければ、ダイに後れを取ることはなかった! 貴様もしっかりとこの場で仕留めてくれる……!」
「そうかよ……」
それこそポップにとっては好都合だろう。
クロコダインが自ら自分に足止めされてくれると言うのだから。
と――そこでポップは急に走って立ち位置を変えた。クロコダインとの距離は変えず、彼の側面に回り込む形。
寸前までポップのいたところには、悪魔の目玉の触手が伸びていた。
そして現在のポップは、目玉との間にクロコダインを挟む位置だ。
「これは……! ザボエラ!?」
「ヘヘッ、俺なんだか勘が冴えてんのかな!? 急にこっちに来たくなったんだよな……」
シャドーを介したテコ入れである。
この場にポップひとりしかいないのに、そのポップが拘束されては、最早勝ち目がない。
ポップがクロコダインと戦うならそれは大きな成長を呼ぶが、クロコダインがザボエラの助力で勝っても成長には繋がるまい。
悪魔の目玉が瞬きをすると、そこにザボエラが映っていた。
「クロコダイン、小僧がこっちに来るように立ち回るんじゃ!」
「黙れ! 貴様の指図は受けん!」
「確実な勝利が欲しくはないのか!?」
「要らんッッ!!!!」
獣王は一喝した。
背後のザボエラを振り向きもせず、それでも目玉の映像の中で、ザボエラは引っ繰り返っていた。
「吹けば飛ぶような貧弱な魔法使いが、身を張って獣王を足止めすると言うのだぞ! 仲間のために……! こんな卑怯な俺に対して、正々堂々と!
裏切れん……ッ! この男の勇気はッ!」
「クロコダイン……。ヘッ、嬉しいこと言ってくれるじゃねえかよ……!」
ポップが杖を構え、魔法力を高めていく。
クロコダインは残る左手にバトルアックスを構え、
「ぬおおッ!」
「おっと!」
当たれば両断を通り越して粉砕へ至るような、重い一撃を繰り出す。
が、右腕を失ったリハビリが済んでいないのか、予備動作が見え見えで振りも遅い。ポップがある程度の余裕を持って避けることができるほどだ。
「ちょこまかと……!」
「避けなきゃ死ぬんでね!」
間もなく痺れを切らしたのは、クロコダインの方だった。
「ならば喰らえ!」
焼けつく息で動きを止めようと、大きく息を吸い――
「今だ、ヒャダルコ!」
その口を氷に塞がれた。
「むぐッ……!?」
ブレスは口の中で渦を巻き、氷を融かしていくが――ポップに向けて放たれるまでには、あと数秒が必要だった。
そしてその数秒を待つ必要はない。
「メラゾーマ!!!」
口の氷を除去することに意識が向いた、その心の間隙を突いた上級火炎呪文。
猛火がまるで生きているように、獣王を焼き尽くそうと纏わりつく。
都合3発目のメラゾーマだ、さしもの獣王も膝をついた。
「やっ――」
だが「やった」と言う前に、ポップを斧が襲う。
距離はあった。だが投擲がそれを埋めた。
炎に巻かれ目測が不正確だったか、当たったのは刃ではなく柄だったものの、それでも充分に重い打撃だ。
肋骨が何本か折れた。ポップは殆ど声も出せずに倒れ、そのまま起き上がれない。
「うッ……! ……!」
「かああーーーッ!!」
そしてクロコダインは、空いた左手に気合を溜めて闘気弾を放ち、炎を吹き散らした。
息は荒く、焦げ臭い煙を纏って。
「もう、もう耐えられん……! あと一撃でも受ければ……! だが……まだ、あと一撃! まだ戦える……!」
「ど、どんだけ……頑丈な……!」
たかがメラゾーマ、されどメラゾーマである。
こうまで何発も耐久されては、魔法使いの立つ瀬がない。
しかし、それがこの世界なのだ。
ならば倒れるまで打ち込むしかない。
「くっ、……メラ――ゾ――」
「ぬおああああああああああああッッッ!!!!!!」
そしてクロコダインは、その左腕に全身の闘気を集中させ膨張、鎧の腕部分を内部から爆発させた。
その飛び散った破片の一部が、ポップの身を打つ。
「ぐえっ……!」
衝撃に、高めていたメラゾーマが散ってしまった。
魔法力の残量が心もとない。
「手加減はせんぞ、ポップ……! さあ、我が最大最強技で――消し飛べッ!」
「ここまで――か……!?」
避けられない体勢。
呪文で技を相殺するしかない、たとえメラ系がこの手の技の相殺に向いていなくても。
必死で魔法力を絞り出し、火炎を高め――間に合わない――
「獣王痛恨――」
「空裂斬」
光の闘気を宿した剣圧が獣王の左腕を――その闘気の流れの集中点を撃ち抜き、暴発させた。
腕が内から弾け飛ぶ。
ついでながら、悪魔の目玉もその肉片散弾で潰れた。
「ぐわあああああああああああああああ!!?!」
先日のマヒャドとストラッシュで右腕を既に失っている今、これで獣王は両腕を失ったのだ。
滝のような流血。
「誰だッ! 1対1の決闘にッ――」
「先に卑怯を働いといて、今更なに寝ぼけたこと言ってやがる? 既に話は聞かせてもらったんだぜ」
男の声だった。
低く力強い、戦士の声音。
「今のは先生の技! あ、あんたは……!?」
ポップが振り返れば、鋼鉄の装備に身を包んだ、桃色の髪の偉丈夫。
「よう! お前がポップか。さっきウチの娘から聞いたぜ、アバンの野郎のことは残念だった。赦せねえよな、魔王軍はよ……」
「き、貴様は――ロカ!!」
「おうよ。数日ぶりだなクロコダイン」
マァムの父、レイラの夫、勇者アバンの仲間。
戦士ロカ。