暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

59 / 112
59 獣王クロコダイン その2

「じい、ちゃん……!?」

 

 魔法の筒諸共に斬られたブラスは、鮮血を噴き出しながら、力なくクロコダインの手から足元へと落ちた。

 斬られたメラゾーマの余った炎が、そこでまだ燃えている。

 ブラスが、斬られて逃げる体力も失ったブラスが、燃える。

 

「じいちゃあああああん!!!!」

「ダイ!?」

 

 ポップもマァムも、反応できなかった。ポップに憑けたシャドー越しに見ているリュンナもだ。

 誰にも予想外だった。

 リュンナにとっては、ダイがデルパ前に魔法の筒を斬ったことが。

 ダイとポップにとっては、ブラスが出てきたことが、だろうし。

 マァムにとっては、ダイが鬼面道士をじいちゃんと呼び、助けようと走っていくことが、だったろう。

 

 予想していたのは、クロコダインのみだったのか。

 ブラスしか目に入らず無防備なダイを、獣王の剛拳がカウンター気味に迎え撃った。

 少年は吹き飛び、壁を粉砕して、城外へと。その手にブラスの手を握るまま。

 

「そんな、ダイ……! 今のは!?」

 

 マァムにとっては本当に意味不明な光景だったろう。

 ポップが早口で言う。

 

「言ったろ、ダイは怪物島のデルムリン島で育ったって! 今のが育ての親のブラスじいさんだ! 野郎、島から攫ってきやがった……!」

 

 城内に驚愕と、そして獣王への侮蔑の感情が満ちる気配。

 戦士の誇りとの発言をマァムに論われ、卑劣な人質作戦を糾弾される――が、

 

「武勲のない武人など、張子の虎も同然! 何とでも言うがいい、誇りなど――とうに捨てたわァッ!」

 

 獣王は開き直った。

 

「しかしダイだけは……! あのダイだけは、我が手で直接殺さねばならん!」

 

 最早その執念のみが彼の原動力なのか。

 城外へ吹き飛んだダイを追おうと、クロコダインは斧を拾い上げ、一歩を踏み出す。

 その前に、ポップが立ち塞がった。

 

「何の真似だ小僧……!」

「マァム! ダイとじいさんを頼む!」

「そんな、ポップひとり置いてなんて……!」

 

 マァムは渋るが、ポップは彼女を振り向きもせずに言った。

 

「見ただろ、あのダメージを!」剣圧と、炎と。「すぐに回復しなきゃ助からねえ……! ベホイミを使えるのはお前だけだ! マァム!」

「わ、――分かったわ……!」

 

 マァムは王と護衛兵士たちをこの場から避難させつつ、外へ向かって行った。

 クロコダインは重々しい声音で問う。

 

「もう一度聞くぞ……! 何の真似だ小僧ッ!」

「俺がここで――テメエを止める……! じいさんは放っておいたら死んじまうし、ダイはきっとじいさんを庇おうとして、まともに戦えねえ! 俺がやるしかねえんだ!」

 

 震えながらも、決然と。

 

「ド汚え人質野郎が次はどんな卑怯な手で来るやら、怖くて仕方ねえけどよ……!」

「貴様ッ……!」

「だがじいさんが負傷したのは、考えようによっちゃ好都合かもな。あれならテメエらに操られても、ダイを襲えねえ。ダイはじいさんと戦わずに済む……!」

 

 それはまるで、パーティーにおける魔法使いらしいクールな考え。

 そこまで覚醒するとは。

 

「フンッ、そういうことならこちらも好都合! ポップとかいったか……。貴様の呪文攻撃がなければ、ダイに後れを取ることはなかった! 貴様もしっかりとこの場で仕留めてくれる……!」

「そうかよ……」

 

 それこそポップにとっては好都合だろう。

 クロコダインが自ら自分に足止めされてくれると言うのだから。

 

 と――そこでポップは急に走って立ち位置を変えた。クロコダインとの距離は変えず、彼の側面に回り込む形。

 寸前までポップのいたところには、悪魔の目玉の触手が伸びていた。

 そして現在のポップは、目玉との間にクロコダインを挟む位置だ。

 

「これは……! ザボエラ!?」

「ヘヘッ、俺なんだか勘が冴えてんのかな!? 急にこっちに来たくなったんだよな……」

 

 シャドーを介したテコ入れである。

 この場にポップひとりしかいないのに、そのポップが拘束されては、最早勝ち目がない。

 ポップがクロコダインと戦うならそれは大きな成長を呼ぶが、クロコダインがザボエラの助力で勝っても成長には繋がるまい。

 

 悪魔の目玉が瞬きをすると、そこにザボエラが映っていた。

 

「クロコダイン、小僧がこっちに来るように立ち回るんじゃ!」

「黙れ! 貴様の指図は受けん!」

「確実な勝利が欲しくはないのか!?」

「要らんッッ!!!!」

 

 獣王は一喝した。

 背後のザボエラを振り向きもせず、それでも目玉の映像の中で、ザボエラは引っ繰り返っていた。

 

「吹けば飛ぶような貧弱な魔法使いが、身を張って獣王を足止めすると言うのだぞ! 仲間のために……! こんな卑怯な俺に対して、正々堂々と!

 裏切れん……ッ! この男の勇気はッ!」

「クロコダイン……。ヘッ、嬉しいこと言ってくれるじゃねえかよ……!」

 

 ポップが杖を構え、魔法力を高めていく。

 クロコダインは残る左手にバトルアックスを構え、

 

「ぬおおッ!」

「おっと!」

 

 当たれば両断を通り越して粉砕へ至るような、重い一撃を繰り出す。

 が、右腕を失ったリハビリが済んでいないのか、予備動作が見え見えで振りも遅い。ポップがある程度の余裕を持って避けることができるほどだ。

 

「ちょこまかと……!」

「避けなきゃ死ぬんでね!」

 

 間もなく痺れを切らしたのは、クロコダインの方だった。

 

「ならば喰らえ!」

 

 焼けつく息で動きを止めようと、大きく息を吸い――

 

「今だ、ヒャダルコ!」

 

 その口を氷に塞がれた。

 

「むぐッ……!?」

 

 ブレスは口の中で渦を巻き、氷を融かしていくが――ポップに向けて放たれるまでには、あと数秒が必要だった。

 そしてその数秒を待つ必要はない。

 

「メラゾーマ!!!」

 

 口の氷を除去することに意識が向いた、その心の間隙を突いた上級火炎呪文。

 猛火がまるで生きているように、獣王を焼き尽くそうと纏わりつく。

 都合3発目のメラゾーマだ、さしもの獣王も膝をついた。

 

「やっ――」

 

 だが「やった」と言う前に、ポップを斧が襲う。

 距離はあった。だが投擲がそれを埋めた。

 炎に巻かれ目測が不正確だったか、当たったのは刃ではなく柄だったものの、それでも充分に重い打撃だ。

 肋骨が何本か折れた。ポップは殆ど声も出せずに倒れ、そのまま起き上がれない。

 

「うッ……! ……!」

「かああーーーッ!!」

 

 そしてクロコダインは、空いた左手に気合を溜めて闘気弾を放ち、炎を吹き散らした。

 息は荒く、焦げ臭い煙を纏って。

 

「もう、もう耐えられん……! あと一撃でも受ければ……! だが……まだ、あと一撃! まだ戦える……!」

「ど、どんだけ……頑丈な……!」

 

 たかがメラゾーマ、されどメラゾーマである。

 こうまで何発も耐久されては、魔法使いの立つ瀬がない。

 しかし、それがこの世界なのだ。

 ならば倒れるまで打ち込むしかない。

 

「くっ、……メラ――ゾ――」

「ぬおああああああああああああッッッ!!!!!!」

 

 そしてクロコダインは、その左腕に全身の闘気を集中させ膨張、鎧の腕部分を内部から爆発させた。

 その飛び散った破片の一部が、ポップの身を打つ。

 

「ぐえっ……!」

 

 衝撃に、高めていたメラゾーマが散ってしまった。

 魔法力の残量が心もとない。

 

「手加減はせんぞ、ポップ……! さあ、我が最大最強技で――消し飛べッ!」

「ここまで――か……!?」

 

 避けられない体勢。

 呪文で技を相殺するしかない、たとえメラ系がこの手の技の相殺に向いていなくても。

 必死で魔法力を絞り出し、火炎を高め――間に合わない――

 

「獣王痛恨――」

「空裂斬」

 

 光の闘気を宿した剣圧が獣王の左腕を――その闘気の流れの集中点を撃ち抜き、暴発させた。

 腕が内から弾け飛ぶ。

 ついでながら、悪魔の目玉もその肉片散弾で潰れた。

 

「ぐわあああああああああああああああ!!?!」

 

 先日のマヒャドとストラッシュで右腕を既に失っている今、これで獣王は両腕を失ったのだ。

 滝のような流血。

 

「誰だッ! 1対1の決闘にッ――」

「先に卑怯を働いといて、今更なに寝ぼけたこと言ってやがる? 既に話は聞かせてもらったんだぜ」

 

 男の声だった。

 低く力強い、戦士の声音。

 

「今のは先生の技! あ、あんたは……!?」

 

 ポップが振り返れば、鋼鉄の装備に身を包んだ、桃色の髪の偉丈夫。

 

「よう! お前がポップか。さっきウチの娘から聞いたぜ、アバンの野郎のことは残念だった。赦せねえよな、魔王軍はよ……」

「き、貴様は――ロカ!!」

「おうよ。数日ぶりだなクロコダイン」

 

 マァムの父、レイラの夫、勇者アバンの仲間。

 戦士ロカ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。