第二王女にして勇者姫と化したリュンナが飼うと言っているのに、なおも危険だの考え直せだのとうるさい臣下たちに辟易していると、やがて思いついた。
アークデーモン戦の際に技の負荷で負った右手首の骨折、これは呪文治療でも魔法力不足でまだ治り切っていないのだが、そこをホイミスライムに指し示してみせる。
するとホイミスライムは気付いて、目を閉じて魔法力を集中し――
――ホイミ。
人間に分かる言語での発声はないものの、それは確かに呪文であった。
患部に当てた触手が光を放ち、癒しの作用を発揮する。
数秒の後、光が止むと、鬱陶しかった疼痛も消え、しっかりと骨が繋がった感じがある。
それを臣下たちにも示すよう、リュンナは右手を突き上げてグーパーしたり、ホイミスライムを両手で高い高いしたりしてみせた。
こうなると臣下たちも、流石に黙らざるを得ない。このホイミスライムは味方だと、明確に示されたのだ。
「なるほど……」
「隊長?」
ふと近衛隊長の女騎士が納得の声をこぼすと、近衛らが反応した。
「いや、リュンナさまは闘気という生命エネルギーのお力に開眼なさったと、先ほどお聞きしたのだが……それによる恩恵ではないかと思ってな」
「どういうことです! 隊長!」
この隊長、察しが良過ぎる。
そりゃ魔物を仲間にすれば、暗黒の力だとバレるのも当然かも知れないが……!
「つまりリュンナさまの圧倒的生命力の威光に惹かれ、自ら家臣になりに来たのだ! リュンナさまの偉大さは魔物にすら通じる!」
「おお!」
「そういうことでしたか!」
「凄い! 流石はリュンナさま」
この臣下ども、チョロ過ぎる。
ダイ大は割と純朴な人が多い印象がもともとあったが、それが更に深まった。
「えーっと、はい、まあ、だいたい隊長の言う通りのようですね」
「おおっ、やはり!」
生命力の威光=暗黒闘気の力によって、自ら仲間に加えてもらいに来たのは事実だ。実際、大筋は間違っていない。前提が決定的に間違っているだけで。
「それではこのホイミスライム――うーん、やっぱり名前が必要ですね。ホイミン、は安直過ぎますし……」
ホイミスライム本人も不満そうだ。
そこに隊長が割り込んできた。
「失礼ながらリュンナさま、まずはその者に装飾品を下賜なさっては如何でしょう」
「装飾品」
「はい。それにより、自分はほかのホイミスライムとは異なる特別な存在なのだ、いつでもリュンナさまのために生きるのだ、と自覚を促すのです」
騎士らしいことを述べる隊長だが、それは本音半分建前半分だろう。
隠された本音はきっとこう――我々含む余人の目には、ほかの邪悪なホイミスライムとの区別がつかないから、何とかしてほしい。
全くその通りだと思う。
せっかく仲間にしたのに、敵と間違えられて殺されても嫌だし、逆に敵か味方かと悩んだが敵だった、という事態も避けたい。
「そうですねえ、リボンか何か……うーん。あっ」
思いついたリュンナは、侍女を雑貨屋に走らせた。
店舗が無事だといいが……。ついにでお菓子も買ってきてもらって。
やがて侍女が帰ってくると、購入したモノを受け取り、ホイミスライムに装備させる。
しゃららん、と、涼しげな音が重なった。
「なるほど、鈴ですか」
鈴であった。本来は猫の首輪につけるもののようだが、それをリボンで触手に結びつけたのだ。予備の意味で、左右にふたつ。
「ええ。これなら視界の外でも、味方だと分かるでしょう?」
「ッ、お気付きでしたか……。差し出がましいことを申しました。お赦しください」
「構いません」
頭を下げる隊長に、鷹揚に頷いた。
ホイミスライムは踊るように鈴を鳴らして遊んでいる。嬉しそう。
さて、名前……。ホイミのみならず、ベホイミやベホマも使いこなせるようにと願いを込めて、「ベ」の字をつけたい。ベ……ベル……? 鈴。ふたつ。
「ベルベルと呼びましょう」
「存外可愛らしいお名前になさりましたね」
いや普通に可愛いでしょうが……?
「ぷるる? ぷるるん!」
ホイミスライム――ベルベルは笑顔でぷるぷるした。機嫌が良さそうだ。
人間の言葉を喋ることはできないが理解はしているらしく、その後、会話を重ねてみた。
するといろいろと判明した――ベルベルは女の子であるとか、もともと仲間だった魔物と戦うことへの葛藤は特にないとか、回復呪文のほかに物理戦闘もある程度いけそうだとか。
その夜はそのままプレーシの町の宿屋で、ベルベルを抱いて寝た。ぷるぷるの肌触りが心地よい。
殺し殺されの悪夢に魘されもしたが、夢の中のベルベルがホイミをかけてくれると落ち着いた。暗黒闘気の繋がりが、心をも繋いだのだろうか?
明けて翌日、ようやく本来の仕事である慰問に移った。
昨日のうちに町の衛兵から伝令を出し、王都にこの事件のことを報告させているので、そのうち経済的あるいは物質的な支援も届くだろう。が、今はまだ、心から応援することしかできない。
それでも王族に励まされれば気力が湧くものなのか、町民たちは笑顔で、あるいは感涙の顔で迎えてくれた。
「リュンナさまに救われたこの命、きっとお役に立ってみせましょう……! 僕は兵士になります!」
「おいおい、美味い魚を捕るのも重要だぜ! リュンナさま、この町にいる間はたっぷり食べてってくだせえ!」
「我々アルキード国民には、勇者姫がついてくださっている……! これほど心強いことがありましょうか! ありがたや……」
「お姉ちゃん魔物のモノスゴイのやっつけたってほんとー?」
「ほんとだよー! おれ見てたもん!」
「握手してください!」
ひとりひとり顔を見て、声をかけ、話を聞き、安心させ、怪我人には回復呪文をかけていく。
相手の人数が多いためベホイミでなくホイミ止まりではあるが、リュンナ自らの呪文治療は、多くが喜んでくれるという抜群の効果を発揮した。
子供相手には、王女の権威よりもホイミスライムの可愛さだ。子供にはちゃんと分かるのである。ぷるぷるぷにぷにつつかれて、ベルベル本人はちょっとウザそうだが、耐えてもらいたい。
また大人相手にも、ある程度はベルベルにホイミをかけさせた。もちろん人気取りのためだ――リュンナではなく、ベルベルの。
魔物は必ずしも邪悪な敵ではない、とは、ドラクエファンなら誰でも知っているだろう事実だが、その世界の内にいると気付けないこともあろう。
ベルベルの主人として、リュンナには彼女を人々に受け容れさせる義務があるのだ。
結果は上々。
ホイミスライムが単体では危険な魔物でないこともあり、何より先頭に立って誰よりも勇敢に戦ったリュンナ自身がそう言うなら、という信頼もあり、人々はおおむねベルベルを受け容れてくれた。
尽くした分だけ尽くされる。
戦って国に尽くしたリュンナの役得だろう。
そうして慰問は数日続く――予定だったのだが、更に翌日には、宮廷魔法使いのルーラによって父王が文字通りに飛んできた。
リュンナが魔王軍と激突したと聞き、いても立ってもいられなかったらしい。勝利報告だったハズだが、それはそれ、ということか。
結果、リュンナは父と共にルーラで帰還、近衛や侍女は数日をかけて普通に帰還、となった。