ロカは生きていた――と、知っていた。
ハドラー討伐後からバランが来るまでにも、何度か会ったことがある。
なぜ生きているのかは不明だ。そもそも原作での死亡理由が不明なのだから。
だが原作の歴史とこの世界でのロカの差異は、魔王ハドラーの最終攻略に参加したかどうかがやはり大きいだろう。恐らくはそこが分岐点。
例えば地底魔城で重傷を負い、その後遺症で後に死ぬことになるハズだったとか。
ともかくロカは死亡フラグを知らぬ間に避け、ごく普通に今日まで生きていた。
ネイル村にいなかったのは、ほかの男手同様、王都を守るために駆り出されていたからだ。
そして今日も、戦っていた。
「町の魔物を半分くらいは片付けてきたぜ。お蔭で来るのが遅くなっちまった……。だがよく踏ん張ってくれた」
ロカがポップの頭を乱暴に撫で、前に出ていく。
「ウチの娘って……それにその髪……マァムの親父さん!?」
「おうよ。このクロコダインとは、王都に襲ってくる度にやり合ってんだがな……。なかなか決着がつかなくてよ。しかし今日こそ終わりにさせてもらうぜ」
鋼鉄の大剣を緩やかに構える姿は、強さよりも美しさをすら感じられる。
だが武において、美しいということは、それは裏に強さを秘めているのだ。
「ほざけッ! 不意打ちでいい気になりおって……!」
「テメエだって毎回不意打ちだろうが、いつもいつも急に軍団率いて襲ってきやがってよ。宣戦布告してきたことが一度でもあったか?
だいたい戦士の誇りだの何だの言うがよ、実態は自分が可愛いだけなんだよな。だから追い詰められたら簡単に卑怯な手に頼るし、そんな自分の汚さに耐えて卑怯を貫徹するってこともできねえ。
薄っぺらいんだよ。テメエは」
「う、……ううッ……!」
クロコダインが、押されている。
痛恨撃を潰した空裂斬以来、剣を振られてすらいないのに。
ロカが背後のポップを一瞥した。
「その点、こいつは見込みがありやがる。ポップ、さっきも言ったがよ、お前がひとりで持ち堪えたから、このロカおじさんが間に合ったんだぜ。お前は立派に、ウチの娘とダイの坊主を守った! あの鬼面道士も、王さまも、兵士も! 自分自身もだ!」
「ロ、ロカのおっさん……!」
「おじさんだっつってんだろうが! 丁寧に呼びやがれ!」
ロカひとりだけ、明るい空気で笑った。
「さあ立ちな、ポップ。戦士が前で戦い、魔法使いが後ろで支える。パーティーってのはそういうモンだろ」
「お、おう……! 俺だって守ってもらってばかりじゃないぜ!」
ポップが立ち上がり、再び魔法力を高める。
クロコダインは両腕を失った満身創痍だが、ロカは一切油断していないのだ。
「好き放題言ってくれる……! ならばここで貴様らを殺し、我が誇りを取り戻してくれるわッ!!」
「バーカ。戦士の誇りってのはよ、何を守ったかだ。誰を殺したかじゃねえ。
俺の最高のダチを殺しやがった魔王軍がよ――誇りだの何だの、御大層なことブチ抜かしてんじゃあねえぞッッッ!!!!」
ごめんなさい。
先輩を退場させたのはわたしです。
ともあれ、怒号と共に大剣を担ぎ構えるロカ――が、くるりと背を向けた。
「――と思ったが、俺はもう要らねえみてえだわ」
「なに!? ――はッ!」
マァムと――そして額に
クロコダインの注意がそちらに向いた瞬間、
「こいつが最後だ! メラゾーマ!」
ポップが火炎を放つ。
「うっ、うおおお……あああ!!!」
炎上するクロコダインは、闘気弾で敵諸共に炎を吹き飛ばそうするが、
「海鳴閃!」
前に出たマァムのハンマースピアが、それを斬り裂いて不発に。
声にならぬ絶望の声を漏らした獣王は、そして、
「じいちゃんを攫って、仲間を傷付けて……! 赦すことは――できないッ!
――アバンストラッシュッ!!!」
ダイに掻っ捌かれて、終わった。
「こんな! こんな! どうせ負けるなら――正々堂々――! せっかく、せっかく誇りを取り戻せると……! 俺は……!」
獣王の声は酷く震え、掠れていた。
泣いているのだろうか――涙も燃えて、分からない。
ストラッシュの余波で崩れた背後の壁の穴へと、炎上しながらよろめいて後退していく。
「すまない――」
最後に漏れたのは、謝罪だった。
「すまない、ポップ……ダイ……。俺が……俺が愚かだった――」
そして断末魔の叫びと共に落下し、あとに残るのは一瞬の静寂。
生き残った百獣魔団が、潮の引くように町から撤退していき、そして兵士や民が歓喜を叫んだ。
一度は避難させられた王も、護衛の兵士すら追い越して真っ先に戻ってくる。
本当は逃げたくもなかったのだ、この人は。
「見事じゃ! なんと見事にやってくれおった……! ありがとう、ロモスを救ってくれてありがとう……!」
ダイ、ポップ、マァム、ロカ。
ひとりひとり手を握って、王は喝采した。
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その後、改めて公式的に、王は勇者たちに感謝と賛辞を送った。
そして原作通りに、ダイは勇者を名乗ることを勧められ――緊張と共に受け容れた。島で「先生の分まで勇者をやる」と述べただけはある。
一方、ブラスとの微笑ましいやり取りはなかった。
マホカトールが使われていないからだ。鬼面道士は、ダイが島から持ち出していた魔法の筒に封印された状態。
自分で歩けないほど負傷した仲間を連れて逃げるなどの運用が、本来は想定されていたモノだ。
だから装備を貰ってお披露目をした際も、嬉しさにはどことなく陰りがあった。
眷属の憑依によって、ある意味で誰よりも近くで見ているからこそ、分かることかも知れないが。
「じゃあな、マァム。村や城は父さんに任せて、しっかり戦って来い!」
「うん、父さん。私頑張るわ……!」
「これからもよろしくね! マァム!」
ロカは同行しない。
獣王は斃れたとは言え、百獣魔団を構成する魔物そのものは多く残っているし、別の軍団が送り込まれてくる可能性もあるのだ。
守り手は必要である。
「なあ、ダイ。これからどうすんだ?」
「じいちゃんを島に送り返したら、パプニカに行くよ! 王女のレオナとは友達なんだ」
「それ、ちょっと遅らせることできねえか?」
ダイはキョトンとした――それから不満と疑問の表情。
世界中が魔王軍に襲われている今、知り合いから助けていくという優先順位は自然なこと。それを覆す何かがあるのか、といったところか。
「どこに行くって言うのさ」
「行くんじゃなくてよ、ここで修行すんだよ。ロカのおやっさん!」
「おう?」
国民へのお披露目から引っ込んだ後の王城内である。
帰ろうとしていたロカが、呼ばれて戻ってきた。
ポップはダイをズイッと彼に向けて押し出す。
「頼む! ダイに空裂斬を教えてやってくれ!」
「あ、そっか!」
「どういうこった? アバンから教わってねえのか」
ハドラーが襲ってきたため、アバンからは海波斬までしか教わっていないのだ。
ロカは納得の頷きを見せた。
「言われてみりゃ、クロコの野郎にやったストラッシュ――ありゃどこか歪だったな。パワーで押し切っちゃいたが、力の集中が甘かった。道理でな……。よし! そういうことなら、おじさんに任せな!」
「やったあ! ありがとう!」
ダイが飛び上がり、ロカは微笑ましげに見る。
ふとロカは小さく息をついた。
「懐かしいぜ……。リュンナ姫にも、アバンとふたりがかりで教えて差し上げたもんだ。暗黒闘気向けに調整するのが大変で、なかなか苦労したんだよなあ。
それでも数日で済むんだからマジで天才だよ、あの方は。まあ剣に関しちゃ俺ほどじゃねえが――」
「――何だって?」
「うん? おじさんが天才剣士だって話か?」
「ちげーよ! リュンナって――」
ポップが驚き、喰ってかかるにも似たありさま。
「お前ら会ったんだろ? ハドラーの部下になって、アバンをやっちまったとか」
「そうだけどそうじゃねえ! あいつ、もともと暗黒闘気の使い手だったのかよ!? 操られてたからじゃなく!?」
ロカは平然と説明する。
「ああ。なんか愛国心の裏返しだとか言ってたけどな。実際あの方は、『国のため』って常に考える高潔な方だったよ。
しかしホントに操られてんのかね……いや、違うと思いたいだけなのか。メチャクチャな目に遭ったからな……。正直、口にするのも嫌だ。もしお前らがアルキードに行くってなったら……そんときゃ覚悟決めて説明するけどよ……」
後半の言葉を、ポップは半ば聞いていなかった。
ぶつぶつと、思わず漏れたという風情の小声。
「先生が空の技で支配を解いたあとも暗黒闘気を使ってたから、やっぱ操られてんのかなって……考え始めてたけど……。違うんだ。あいつ正気で人間の敵をやってる……! そんな人間がいるのかよ……」
さて。
空裂斬の修行でロモスに滞在するなら、その間はこちらの監視に集中する必要はない。
別の場所でもやっておきたい工作がある。