リンガイア王国将軍の息子にして、戦士団団長を務めるノヴァは、弱冠16歳である。
それはあからさまな身内人事であり、ノヴァはお飾りに過ぎない――初見の者の多くはそう思うかも知れない。
だが彼は『北の勇者』とも呼ばれるほどの、超一流の実力者だ。立場はその実力の裏打ちあってこそであり、彼の戦いを一目見れば、誰もが納得するのではないか。
少なくとも、強さに関してのみならば。
そんなノヴァは今、戦士団の幾つかの部隊を引き連れ、オーザム王国へと遠征に向かっていた。
オーザムは魔王軍6大軍団のひとつである氷炎魔団に包囲されており――原作ではこの救援は僅かでも間に合った様子がまるでなく、更に母国リンガイアをも遠征中に滅ぼされてしまう。
が、この世界でリンガイアを攻めているのは、超竜軍団ではなく妖魔士団だ。数々の呪文と卑怯な戦術は確かに脅威だが、強固な城塞と屈強な戦士たちの手で、リンガイアはしっかりと守られている。
ノヴァは後ろを気にせずに戦えるということだ。
ただし、このままではオーザム滅亡には間に合わない。
だからリュンナは眷属シャドーを通して指示を飛ばし、超竜軍団を動かした。
リンガイア・オーザム間の海と、この世界の超竜軍団のテリトリーとの間には、幸い、テラン王国しかない――ほかの軍団が駐留していないのだ。悪魔の目玉にバレることなく工作できる。
具体的にはスノードラゴンとスカイドラゴンを派遣。
まず雪の竜が冷たい息で霧を作って身を隠し、その上で氷と炎のブレスを同時に、遠征軍の船に吹き付ける。
ブレスの温度は相殺されて普通の突風となり、帆船の速度をぐんぐん上げるのだ。
ただの力技だが、全ては霧に隠され、たまたま都合のいい風が吹いたようにしか見えない。
もともとこの辺りの海上は霧が多いこともあり、疑う者は少ないだろう。
疑われたところで、そう不都合もない。
なるべく人死にを少なくしてみる――そうアバンに告げたのだから。
ノヴァ率いる戦士部隊が氷炎魔団を撃退することを、ここは期待しておく。
フレイザードにどこまで通用するかは分からないものの、原作通りなら、残る全ての軍団長に間もなく集結指示が下る。そのタイミング次第では、ノヴァも助かるハズ。
オリハルコン兵にすら傷を与える実力者だから、逆にフレイザードを斃してしまっても驚きはすまい。
念のため、ノヴァにもシャドーを憑けておくか?
マジャスティスと空の技のダメージがまだ残っているとは言え、それでも多少は回復してきた。そのくらいの余力はある。
そうと決まれば夜を待ち、ドラゴンにリアルタイムで指示を出すために同行させていたシャドーを船へ。ドラゴンたちは既に帰路についている。
夜闇に紛れて、眠っているノヴァにシャドーが近付き取り憑いた。
「む……むぐぐ……」
寝苦しそうだ。無意識に憑依を察知されたか。
暗黒闘気の塊であるシャドーにとって、闘気の高度な使い手であるノヴァは天敵なのかも知れない。たとえその闘気が、光でも闇でもない中庸でも。
ノヴァを諦め、もう少しレベルの低そうな戦士団員に乗り換えた。こちらはどうやら気付かれない。
明けて翌日。
もう数日かかるハズだった航路を大幅に短縮した戦士部隊は、迅速に下船し、オーザムの町を目指した。
オーザムの地は極寒ながら、筋肉による基礎代謝の高さなのか、屈強な戦士たちは寒さをモノともせず、列を乱さず進んでいく。
するとやがて、フレイムやブリザードの群れと遭遇し始める。
しかし戦士たちはブレス攻撃を頑丈な鉄の盾で防ぎつつ堅実に攻め、ノヴァに至っては剣技や呪文で無双のありさま。
「こんなモノか……。僕の敵ではないな」
「ご油断召されるな、若。ブリザードには稀にザラキを使う個体もいるのですぞ」
「若と呼ぶな。団長と呼べ」
シャドーが憑いたのは、ノヴァの副官のような立場の男だった。
その男の注意喚起を、若き戦士団長は一蹴する。
「僕の闘気量があれば、ザラキだって通じんさ。それにしても、魔物たちはここで何を……?」
特に何もない――そう見える場所だ。
しかし調査してみると、巨大な氷の檻を作る呪法の罠が仕掛けられていることが判明した。起動には大きな魔法力が必要なため、軍団長が使うことが想定されていたのだろう。
「町から逃げ出したオーザム民を捕える罠ではないでしょうか」
「なるほどな……。逃げ道があると見せかけて、希望を踏み躙る――残虐な魔王軍め! 破壊してから進むぞ!」
義憤に燃えるノヴァらは呪法の核を破壊すると、更に進軍を速めていった。
そして遂に――
「うん? 何だ、テメエらは……?」
氷の右半身と炎の左半身がひとつとなった怪物――フレイザードに、戦士団は追いついたのだ。
オーザムの町を一望できる、万年雪の丘の上だった。
見たところ、町は無事な様子である。
入念に追い詰める準備をして、最後に一気呵成に決めるのが氷炎魔団の作戦だったのだろう。その最後の手前に、ノヴァが間に合ったのだ。
「僕はノヴァ。人呼んで『北の勇者』ッ! リンガイア王国からの救援さ。この国は僕が救う!」
「勇者! 勇者だと!」
フレイザードの形相が歓喜に歪んだ。
「ならテメエの首級を上げれば大金星! フカシじゃねえ本物であることを祈るぜ!」
「ふん、すぐに思い知ることになるさ。本物の力をな……! みんな、雑魚は任せた!」
「はっ!」「団長もご武運を!」「お気をつけて!」
戦士団は周囲のフレイムやブリザードの群れを押さえていく。
戦場の中央には、対峙するノヴァとフレイザード。
「さて始めようか……。寒いだろうから温めてやるぜ! クカカカカーッ!」
フレイザードの炎のブレスを、ノヴァは剣で打ち払った。
海波斬というほどのキレではないが、充分に重い剣圧が乗っているのだ。
「おっと、暑いのは苦手か? じゃあ涼しくしてやるか! シャアアー!」
「単調な攻撃を!」
続いては凍てつく息。
これも同様に打ち払い――
「そこだッ!」
更にフレイザード本体の氷拳をも受けた剣は、粉々に砕け散った。
急激な温度差が、剣の強度を奪ってしまった結果。
「ヒャッハッハ! そうらこれで終い――ううッ!?」
更に追撃を繰り出そうとしたフレイザードの炎の拳は、腕ごと斬り落とされていた。
「
「野郎、舐めた真似を……!」
「違うな。君が僕を舐めたッ! その代償は――高くつくッ!」
ノヴァは更に剣を振るい、フレイザードは堪らず後退。
しかし避け切れず、腹の岩石が削られ身が傾く。
「つ、強い……!」
「やっと理解したか。もう遅いけどな!」
ノヴァは高く跳躍、上空で闘気を爆発的に高める。
最大出力となった
「トドメだッ!」
「マ――ヒャ――ド――!」
フレイザードは炎の腕を再生するよりも、残った氷の手で反撃することを選択した。
5本の指全てに膨大な冷気が宿る。
「ノーザン・グランブレードッ!!」
「
ごめん……。リュンナは心中でフレイザードに謝った。以前ジョークでその技名をつけてしまって、本当にごめん……。
本人が気に入っているらしいのが救いだ。
要はヒャド系版の
そしてヒャド系を得意とするノヴァとは言え、この圧倒的冷気の前には耐性が心もとない。
グランブレードで斬り裂いた冷気の余波のみでも、身が凍てつく様子。ただでさえ極寒の地なのだ。
とは言え見えてはいたため、闘気を纏って防御はできている。
一方でフレイザードも、抜けてきた剣圧を炎半身で受け止めた――既に傷付いている側を犠牲にして、氷半身を健在なまま保とうとしたのだ。
左の肩や胸までが斬り崩される中、それでも禁呪法生命体の彼に生命の危険はない。
「くっ!」
ノヴァが着地と共に膝をつき、フレイザードが再生に勤しむ、一瞬の間。
体温が戻るまで剣を振れないことを自覚したか、ノヴァは呪文を放った。
「マヒャド!」
ヒャド系に特化したノヴァのマヒャドは、先ほどのフレイザードの吹雪に迫るほどの威力を持つ。
それをフレイザードは、氷半身で吸収していく。
「ギャハハハハッ! できればメラ系が欲しかったがな……! どっちにせよご馳走よ!」
「そうか。毒入りだけどな」
「なにッ……」
ノヴァのマヒャドが止まらない。
フレイザードの左半身が膨張し――それは彼の核の制御を振り切ったのか、デタラメな形に成長しながら、周囲の凍土と一体化し始めた。
「バカなッ! これはァ~ッ!! う、動けねえ……!?」
「君が純粋に『氷の化物』なら、こんな戦法効かなかったろうにな……。氷と炎! バランスが崩れてしまっただろ?
そして僕の体温も回復したぞ……」
ノヴァは全身に闘気を纏い、冷気ダメージから復帰していた。
そのまま跳躍し、再びの十字の輝き。
フレイザードは、弾丸爆花散で対抗しようとした――が、氷半身がガッチリと固まり過ぎている。岩石単位で分離することができない。
つまり氷炎爆花散も使えず、起死回生の合図もできない。そもそも部下のフレイムもブリザードも、戦士団と互角に戦っていて、結界呪法用の塔を作る余裕はないのだが。
「あ、あああ――」
「これで本当にトドメだッ! ノーザン・グランブレードッ!!」
「ウギャアアア~~~~~!!!!」
もはや必殺剣を防ぐ手は、フレイザードにはなかったか。粉砕の憂き目。
ただしリュンナは別だ。副官に憑けたシャドーが、自然の吹雪に紛れさせる形で密かにヒャダルコを唱えていた。
その冷気と風圧が、ノヴァの手元をほんの少しだけブレさせ――フレイザードの
放射状に伸びる多数の太いトゲの塊、といった形状のその2色の岩石は、結果的に必殺剣を受けた爆発のどさくさで吹き飛び、転がり、無傷のまま配下のフレイムに拾われた。
「フレイザードさまがやられた!」
「逃げろ!」
「退却だ~!」
それは敗走であり、大将を復活させるための転進でもあるのだ。
ノヴァはただ勝利に酔い痴れ、またひとつ強くなり――そしてオーザムが救われたのは事実であった。
――これでいいんだろ? リュンナさまよ。
そんな声が聞こえた気がした。
上出来だ、とリュンナは思った。ハドラーの炎の力と、リュンナの氷の力を継いだ禁呪法の子は、とても忠実だった。
人死にを減らしつつ、強者を増やす。魔王軍の仕事をこなしながら。
フレイザードが復活するときには、もっとレベルを上げてやれる。その頃にはハドラーもリュンナも、強くなっているハズだから。
そして人死にを減らしたいのは、尽くすも尽くされるもない、ただ、リュンナ自身の。