そのまま一同で、ダイ一行と不死騎団の戦いを眺めることになる――かとも思ったが、リュンナはそこで別の話題を出した。
ダイは不死騎団だとして、ノヴァはどうするのか。
「妖魔士団ではリンガイア戦士に敵わんことは証明済み。かと言って魔影軍団も、カール騎士が強力で手が放せん……」
「となると……」
「リュンナ。お前だな」
墓穴を掘った。
「既にアルキードとベンガーナを攻めてるんですけど」
「竜騎衆にでも任せろ。行け」
にべもない。
「まだわたし先輩のダメージから回復し切ってないんですけど」
「その上でかなりの強者だろう、お前は。ノヴァがダイほど強いワケでもあるまい」
その通りだが。
何とも部下遣いの荒いことである。
「お前しかおらんのだ。行ってくれ」
「はい」
ハドラーの命令だから、行くのは最初から決まっている。
「では、そのように――」
「待つんじゃ、リュンナ」
ザボエラ。
「リンガイア王国は、本来は我が妖魔士団の担当地域! 手柄を横取りされては堪らんわい。ハドラーさま、ワシも同行して構いませんな?」
「む……。まあいいだろう。ただ『援軍』を送る準備もしておけ、そして召集にはすぐさま応じるのだ」
「もちろん分かっておりますよ。ヒョエッヘッヘ……」
何だその笑い方は。
この妖怪ジジイは、よく鼻水を垂らすことも含めて清潔感がなく、品性もなく、どうもあまり好きになれないところがある。
魔王軍の侵攻開始前に顔を合わせた際に、「そんなにハドラーさまが好きならワシ特製の惚れ薬を――」などと持ちかけてきたことは記憶に新しい。
そんな冒涜的なことはしたくないと断ってもしつこくて、何とも困ったものだった。
「そういうことじゃて、よろしく頼むぞリュンナよ」
「仕方ないですね……」
本当は嫌なのだが、ハドラーの指示とあれば仕方がない。
そして任務をこなしつつ最終的に失敗するには、どうしたものか。いや、失敗の責任をザボエラに押し付けることができると考えれば、むしろ好都合かも知れない。
リュンナにノヴァを殺す気はない――ノヴァのみではない、人死にそのものを減らすつもりだ。
バーンに対抗するため、強者の芽をあまり摘みたくない。
とは言え、未だ完調ではないリュンナ程度に勝てないようなら、あまり期待は出来ない。再起不能くらいにはなってもらう。
ともあれ、ザボエラのルーラでリンガイア王国へと飛ぶ。
制圧した町をそのまま前線基地として利用しているらしい。下り立った先は、元は町長の屋敷だったのだろうと思われる場所。
共に執務室へと赴いた。
まずは部下たちに現状を説明、指示を出す。
妖魔士団をふたつに分け、一方にはダイ抹殺の援軍を編制させる。残る一方が、引き続きリンガイア攻略を担当する形。
「さて、リュンナにはどう動いてもらうかのお……」
「あなたの指揮なんですか」
「そりゃそうじゃろ、ワシの担当国じゃぞ。まあ安心せい、必勝の策を授けてやるわい。オヌシはその通りに戦えばいいんじゃ」
ザボエラは下品に顔を歪めて笑った。
「あなたの策でクロコダインが負けたって聞いたんですけど」
途端、老爺は忌々しげな表情。
「ありゃクロコダインの間抜けが指示に従わなかったからじゃ! ワシの言った通りにしておれば……!」
「まあ、そうですね」
飛んでくる唾から逃げつつ、表情をピクリとも変えずに相槌を打つ。
確かにザボエラの策は完璧だった――実行者の性格的に完遂不可能だという点を除けば。つまり、前提が破綻している。成功するハズがない。
ザボエラには策を考える頭はあっても、策に従わせる心がないのだ。
「参考までに、これまではどんな感じでリンガイアを攻めてたんです?」
「そうじゃな……。まず、野生の魔物を集める。魔王軍に組み込まれてはいないが、バーンさまのお力で狂暴化しておる奴らじゃ。これを町にけしかける。
そこへ我が妖魔士団の魔術師どもが颯爽と現れて助けに入る。アホな人間どもは味方と勘違いして内部へ引き入れてくれる……。人間に変装しやすい亜人タイプの魔物が多いのも、我が妖魔士団の特徴よ。
あとは町の権力者を暗殺して混乱を招くなり、井戸に毒を放るなり、城壁の門を内側から開けて雪崩れ込むなり……。好き放題というわけじゃ」
「なるほど」
「ほかにも魔法力を調整したメダパニで敵兵を洗脳して裏切らせる、というのもあるのう。その場では何ともなかったフリをして、町の中に帰ってから内応を始めるんじゃ。
ここで傑作なのはな、奴ら疑心暗鬼になって、呪文にかかってない奴まで味方同士で殺し始めるんじゃよ。何とも見物じゃぞ、ギョエッヘッヘ……!」
何とも卑怯で汚いが、合理的である。
こういうところは尊敬できる――妙なプライドや拘りを持たず、自軍のために最大限の成果を求める姿勢だ。
「よく分かりました。流石はザボエラさんです」
「安心しろと言ったワケが分かったか? では、今回は具体的にどうするか……。ノヴァめの現在地はどうじゃったかな」
配下の悪魔の目玉が語り出す。
曰く、ノヴァはオーザムを発ち、リンガイアに帰国する船旅の途中であると。
「なんじゃ、それなら船を沈めてしまえば――いや、良くないのう」
「生死確認が難しくなりますからね」
「うむ」
殺したと思ったが健在だった――これが最も厄介である。
何しろ殺したと思って自分は油断しているため、物凄い不意打ちを食らうことになってしまうのだ。
しかもノヴァはヒャド系の使い手で、低温には耐性があろう。
北の海に落ちて見失った結果、陸地まで漂流して生き延びてしまうかも知れない。
「じゃが船の上なら逃げ場がないのは確か。ルーラでは数人しか逃げられんし、まさか勇者を名乗る奴がそれを選びはせんじゃろう。
その上で、船を沈めるのはなるべく避けて……船を止めてしまうのがいいかのう。奴らは応戦せざるを得んし、死兵化も避けられる」
船底に穴が開けば、最早生きることを諦め、死なば諸共とばかりに思わぬ力を発揮して来るかも知れない。
だが船を再び動かせば逃げられるという希望をチラつかせれば、覚悟を妨げることができるだろう。
「我々妖魔士団は、肉体的には脆弱……。恐らくこの作戦も力技で跳ね返されてしまうじゃろうが……」ザボエラがリュンナを一瞥し、嫌らしく笑む。「オヌシがおれば話は別よ! 期待しておるぞ」
「期待に応えましょう。ところで船を止める方法は」
「確か帆船じゃったな……航路は……」
ザボエラは海図を広げた。
「出ていった港に帰るとすれば、航路はこうじゃな。となると、ここを通る――ここは海流が乏しいから、あとは風を止めてしまえばよい。バギ系呪文の持続的運用で可能じゃ。
船も沈まん程度に攻撃して、焦らせてくれよう。船を守るか? バギを止めて船を動かし逃げるか……? せいぜい迷って、どちらも取りこぼせばよいわ! キィ~ッヒッヒッヒ!」
この性格の悪さよ。頼りになる。頼りたくはないが。
「じゃあわたしは身ひとつで?」
「うーむ、いや、何かしら竜種を連れて行くんじゃ。よい威圧になるじゃろ」
「それもそうですね」
こうして敵の心理は読んで誘導できるのに、なぜ味方の心理を読んで上手く乗せることができないのだろうか。
「さて、飛行部隊に悪魔の目玉を持たせて、位置を正確に知らんとのう。襲うべき海域に辿り着くタイミング次第じゃが、恐らく明日か明後日には作戦が決行できるハズじゃ」
「しかし、意外と卑怯さのない策にしましたね」
ザボエラは心外そうな顔をした。
「オヌシ、ワシを卑怯者と勘違いしとりゃせんか? 卑怯な策は有効じゃし、嵌ると楽しいから使うが、最も大切なのは『成果を上げる』こと!
卑怯な策は回りくどいことも多い……。オヌシのような特別強大な戦力がおるなら、真正面からの力攻めの方が勝率が高いこともあるんじゃよ」
何だかんだ、未だにこの男を見誤っていたのだろう、
リュンナは反省し、頭を下げた。
「大変失礼しました。仰る通りだと思います」
「キヒヒ。じゃろ?」
更に細かいところを詰めて作戦会議は終わり、明後日――
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――オーザムからリンガイアへと帰っていく戦士団の船を、突如の無風が襲った。
「急に風が止んだ……?」
「お、おい! あれを見ろ!」
戦士たちが見る先には、空を飛ぶサタンパピーの群れ――そして何より、スノードラゴンの威容。
船に向かって飛んでいる。
「げえっ! ドラゴン!」
「何でこんなところに……!」
「団長だ……! ノヴァ団長を狙ってるんだ! この間、魔物の軍団長を斃しただろ! 報復に来たんだ!」
狼狽する戦士たちを、その当のノヴァが一喝した。
「落ち着けっ!! 竜種の1匹くらい、僕の敵じゃないさ。
それより、一緒にいるのはサタンパピーだろ? メラゾーマで船を焼かれたら厄介だ。近付く前に片付けてやる……!」
「若っ!」
ノヴァはトベルーラで飛び出してきた。
使えたのか――と思うが、ルーラの応用呪文だから別におかしくはない。特に、彼ほどの実力者であれば。
思えば原作でも、飛ぼうとするシーンはあった。重い疲労からか、飛ぶことは出来ていなかったが。
飛ぶスノードラゴンの頭に乗って、リュンナは思う。
マジャスティスと空の技で受けたダメージも、ある程度は抜けてきた。だからスノードラゴンも創造できたワケだが、この辺りで更にリハビリをさせてもらおう。
実戦だ。