暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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64 妖魔司教ザボエラ その2

 スノードラゴンの頭にて微動だにせず直立するリュンナは、トベルーラで迫ってくるノヴァに目を向けた。

 リュンナの傍らには、同じくトベルーラのザボエラと、翼で飛ぶサタンパピーの群れ。

 

「ノヴァの奴めが来おったな……。ではリュンナ、あとはオヌシの仕事じゃ」

「ええ」

 

 バギの壁――真空によって空気の通りを遮断する無風結界を維持しながら、ザボエラはそのまま後方に留まった。

 逆にスノードラゴンは先行し、サタンパピーの群れは大半がそれに追従する形。一部はザボエラの護衛に残る。

 

 飛ぶノヴァは、既に剣を抜いていた。

 

「この『北の勇者』の首を狙ってきたか、魔王軍! 望み通りに相手をしてやる……!」

「超竜軍団長、『竜眼姫』リュンナ」

「ノヴァだ。ご存知の通りにな……!」

 

 名乗り合い、そして、リュンナは肉眼を閉じて竜眼を開いた。額、第三の目――縦に開いた眼窩、縦に割れた瞳孔。感知能力、闘気の生成及び操作能力が増大する。

 その異様に、さしものノヴァも気圧されたか。一瞬飛行速度が落ち、しかしすぐに気を取り直した。

 

「そんな虚仮脅しでっ! 喰らえマヒャドッ!!」

 

 まずは雑魚から片付けるつもりか、サタンパピーの群れを巻き込もうという広範囲の冷気を放ってきた。

 が、無駄だ。

 

「ヒャダイン」

 

 リュンナが唱えたのは、位階のひとつ落ちた冷気呪文。

 にも拘わらず、両者の氷の魔法力は互角の威勢を見せ、反発し合って相殺。冷たい爆発が巻き起こった。

 

「ううッ!? バカな……!」

 

 呪文の相殺現象による爆発は、それ自体には大した威力はない。サタンパピーの群れは分散して爆発を迂回、船に向かっていく。

 スノードラゴンも、トベルーラのリュンナをその場に残して船へ。

 

「くっ、待て……!」

 

 魔物どもを追おうと振り向きかけたノヴァが、咄嗟に首を逸らし頭を傾けた。

 そうしなければ――リュンナの素手真空斬り、鋭利な掌圧が、頭を上下ふたつに分けていただろう。頬が裂けるのみでは済まなかったハズ。

 剣を構え、睨みつけてくる。

 

「今の技――真空攻撃か? 貴様が風を止めているのか!」

「それは後ろの妖怪ジジイです」

「誰が妖怪ジジイじゃ。妖魔司教ザボエラ!! 覚えなくてもいいぞ……どうせここで死ぬんじゃからな。キッヒッヒ……!」

「その通りだ。ただし死ぬのは貴様らの方だけどな……!」

 

 ノヴァは速度を上げてザボエラへ斬りかかろうとし、しかしリュンナの吹雪の剣がその進行を遮った。

 衝突の金属音。

 

「この強度の手応え、伝説級の武器に相違あるまい。しかし我が闘気剣(オーラブレード)にッ!」

「魔氷気」

 

 ノヴァが物体剣を芯に闘気剣を形成。

 対抗して、暗黒闘気とヒャド系魔法力の合成――魔氷気を剣に纏った。オリハルコンさえ裸であれば打ち抜く威力も、こうして闘気で防げば問題はない。

 ノヴァは忌々しげに顔を歪める。

 

「ヒャド系呪文に闘気剣(オーラブレード)……! どうやらお互い似たタイプの戦士らしい!」

「かも知れませんね」

 

 魔氷気は更に吹雪の剣の秘められた冷気とすら混ざり、鍔迫り合いへと至ったノヴァの剣を侵蝕していく。

 金属は極低温の冷気により靱性を失い、急速に脆化。剣同士の接触点、力の集中するそこから蜘蛛の巣状に亀裂が広がった。

 

「ふん! 氷の闘気――というところか? 聞いたこともないが……。しかし、剣が壊れるから何だと言うんだ! 僕の闘気剣(オーラブレード)には些かの支障もない……ッ!」

 

 ノヴァは空中で後退して鍔迫り合いを外すと、闘気剣(オーラブレード)の出力を上げ、それでいて闘気の収束は緩めた。

 闘気による剣圧を飛ばす構えか。

 

「はァッ!」

 

 案の定、リュンナを薙ぎ払わん剣圧の暴威。

 しかも亀裂の入った物体剣はその一振りの負荷で砕け、無数の破片も剣圧と共に飛んでくる――刃の散弾。

 

「真空斬り」

 

 それを、一網打尽。

 ただ一振りの剣圧にて、左右に分けて除け切った。

 

「ぎょえええーーー!! リュンナ! ちゃんと防がんか!!!」

 

 ただしリュンナの斜め後方にいたザボエラは巻き込まれていた。

 非道にもサタンパピーの群れを盾にして、自分のみは無事に済んでいたが。

 しかし驚いて呪文の集中が乱れたか、バギによる無風結界が揺らいだ。風が少し蘇る。

 

 前線に出るタフネスがないのに、前線に出て来るから……。

 しかし無風結界を作れるほど器用なのは、ザボエラのみなのだ。仕方ない。

 

「よしっ! やはり奴を斃せば船は動くようだ……。リュンナだったか? 果たして守り切れるかな……!」

「本当に船は動きますか?」

「なに?」

 

 後方を指さしてやる。

 ノヴァは警戒して振り向かなかったが、しかし意識は向けたのだろう。

 その音、声を聞く。

 

「メラゾーマ!」

 

 サタンパピーどもが飛び回り火炎を放つ。

 

「火を消すんだ!」

「ヒャド! くっ、これじゃ焼け石に水……!」

「くそっ、ちょこまかと飛びやがって!」

「うわあああーっ」

 

 戦士団が苦戦する。

 そのありさま。

 

「くっ、皆を助けなくては! しかし……!」

 

 リュンナと戦えば、戦士団は全滅。

 だが戦士団を助けようと背を向ければ、ノヴァ自身がリュンナに斬られる。

 どうする?

 

 もっとも、以前憑けておいたシャドーで副官を操り、戦士団が致命的なダメージを受けないようには立ち回らせているが。

 それを知らないし気付かないノヴァは迷い、悩む。

 

「仲間を助けなくていいんですか?」

「いいワケがないッ! だが――貴様らを斃すのが先だッ!!」

 

 吹っ切ったか。どちらにせよ、迷って何もできないよりはマシだろう。

 ノヴァは先ほど後退した距離を再び詰め、リュンナに斬りかってきた。

 

「喰らえッ!!」

 

 鋭く重い剣の連撃を、刃を滑らせ受け流していく。

 その度に闘気剣(オーラブレード)は出力を上げ一撃の重さを増し、剣圧も吹き荒れる。

 それでもリュンナには届かぬが、周囲の大気は激しく掻き乱され、嵐の様相。

 

「おいリュンナ! 後ろに! 後ろにワシがいるんじゃぞ!!! うぎゃあー!!」

 

 ついでにザボエラにも流れ弾が飛ぶ。蒼い血が散った。

 

「そう言われても、わたし勇者アバンにやられた病み上がりですし……。ちょっと万全からは遠いって言いますか……」

 

 事実だ。いや、本当に。

 ザボエラもそれは承知しているのか、苦い顔で歯軋りはしても、怒りの矛先はリュンナではなくノヴァに向かう心気だった。

 

「もう我慢ならん……ッ! サタンパピーども、ワシにメラゾーマを撃てェッ!」

 

 リュンナとノヴァが切り結ぶ背景で、ザボエラが火炎を集束していく。

 一方、ノヴァは不敵に笑った。

 

「まさか病み上がりとはな……! そういうことなら好都合! 本調子になる前にノコノコやってきたことを後悔させてやるっ!!」

 

 剣を弾いて距離を取り、北の勇者は上空へと飛んだ。

 そして闘気剣(オーラブレード)の出力を最大に――闘気が巨大な十字状に光り輝く。

 そこからの、全力での急降下唐竹割り。

 

「ノーザン・グランブレードッッ!!!」

 

 実際、大した威力である。

 だが溜めが長く、動作も大きい。リュンナはその間に、既に溜めを終えていた。

 多大な魔氷気を集約した吹雪の剣を右逆手で握り、身を捻って大きく振り被り――そこから放つ薙ぎ払いで剣圧を飛ばす。

 

「ゼロストラッシュ!!」

「マホプラウス・メラゾーマッ!!」

 

 合わせてザボエラも、極大呪文めいた業火を放った。

 狡猾で合理的、作戦立案もできるのに――現場での戦術眼に劣るザボエラらしい一撃。

 

 リュンナが冷気使いなのは、彼も知っていること。ならば連携技として有効なのはヒャド系呪文であり、メラゾーマではない。

 もちろんこの場にヒャド系を使える彼の配下はいないから、マホプラウスは使えない――受けた呪文を吸収し、自分の威力を上乗せして放つ超呪文の威力でヒャド系を放つことは、できない。

 だがそれでもヒャド系を使うべきだったのだ。

 

 ゼロストラッシュ(アロー)の冷気と集束メラゾーマの熱気は、相乗どころか逆に相殺し、ノヴァの手前で爆発してしまった!

 なまじ集束メラゾーマが強力だから、ストラッシュに負けて散ることもなく、相殺のありさまなのだ。

 

「ちょっ――タイミングはズラしてくださいよ!!!」

「ワ、ワシのせい……!?」

 

 その爆発の煙を突き破って、グランブレードが降ってきた。

 慌ててカウンターを取ろうとし――間に合わない。

 

「――ッああああ!!!」

「勝った……!!」

 

 グランブレードを派手に受け、リュンナは鮮血を散らしながら吹き飛び――海に没した。

 

「な、な、な……! い、いくら病み上がりとは言え! あの『竜眼姫』リュンナが……! しかも、ワシの……ワシのせいで……!?」

 

 ザボエラが鼻水を垂らして狼狽える。

 それは仲間の足を引っ張ってしまった後悔ではなく、手柄を取りに来たハズなのに逆に失態を演じてしまったことの衝撃だろうが。

 

 ノヴァは肩で息をしながらも、不敵に笑んでザボエラを睨む。

 

「リュンナだったか……。可哀想にな、仲間が間抜けで。それで貴様はどうする……?」

「ぐ、ぐぐぐ……!」

 

 ザボエラは悩んだ。

 ノヴァは疲れてはいるが、ダメージは皆無だ。不幸な行き違いがあったとは言えリュンナを倒すような相手に、自分が勝てるワケがない。集束メラゾーマを直撃させればともかく、前衛のリュンナがいない今、溜めている間に斬られる可能性が高い。

 戦うのは危険な賭けだ。賭ける価値は大きいが……。

 そしてしかし、戦っている間にリュンナが死んだら困る。勇者を斃したが軍団長もひとり減りましたでは、功績が相殺されてしまう。しかもリュンナはハドラーの玩具だ、捨て置いて万が一があれば、どんなお咎めを受けるか……。

 

 ――といったところだろう。

 鷹の目で表情を見れば分かる。

 

「サタンパピーども、奴を足止めしろっ!!!」

 

 ザボエラは配下を捨て駒に、バギマで海を割ってリュンナを引き上げると、そのまま撤収した。

 

 彼は策士だが手柄に飢えており、意外と前線に出るタイプだ。しかし策や研究など机上での知性に優れている反動なのか、戦士としての勘には欠ける。

 だから、もしかしたらこうなるかも知れない、とは思っていた――が、本当になるとは。

 力の入らぬ身をぐったりと垂らしながら、リュンナは心中で嘆息した。

 もとからノヴァを仕留める気はなく、何かしら誤魔化すつもりだったとは言え……。

 

 戦士団の副官に憑けたシャドーで様子を窺ったところ、船を襲っていたサタンパピーやスノードラゴンはその後ノヴァに斃された。人間に死者はなく、船も修復が可能。

 彼らは無事リンガイアに帰りつくだろう。

 

 一方、ポップに憑けたシャドーもある。

 ダイたちの次の戦いだ。

 


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