クロコの兄貴の仇! などと叫んで攻めてきたガルダンディーなる鳥人とその乗騎のスカイドラゴンを一蹴し、追い払ったダイ一行は船旅を続け、やがてパプニカ王国近海に差し掛かった。
あなたそんなところにいたの……。
ともあれダイたちがそこで見たものは、何隻もの幽霊船。今にも沈みそうにボロボロなのに沈まず、不死の魔物どもが乗るそれ。海に面したパプニカ王都を、その海から攻撃している不死騎団の船の群れだった。
「な、なんということだ……!」
目の当たりにした船長は顔面蒼白。
一方でダイは猛る。
「助けなきゃ!」
「ダイ、待って! 船で近付いたら、船長や船員の人たちが危ないわ!」
「そっか……! じゃあボートを出してもらって――」
そこでポップが、仲間ふたりの肩を抱く。
「見えてるからルーラで行けるぜ! 掴まれ!」
クロコダインが王城を襲ったとき、ルーラで城まで飛べればもっと早く王を救出できたハズ――その認識がポップに習得を促したようだ。
ダイが空裂斬を修練する間に、ポップはルーラを修練していた。
船長にはロモスに引き返してもらいながら、3人はポップのルーラで幽霊船に乗り込んだ。
骸骨や幽霊などが襲ってくるが、しぶとくて通常の攻撃ではトドメを刺すに至りにくい以外には、大したレベルの敵ではない。
むしろダイにとっては、覚えたての空裂斬で次々に仕留めることのできるいいカモだった。動くハズのないモノを動かしている魔力の核を心眼で見付け出し、最低限の光の闘気で撃ち抜くのだ。
配備されていた大砲を奪い、更に別の幽霊船を撃って沈めるなどの攻撃も織り交ぜながら、彼らは敵勢力を殲滅していった。
幽霊船から港へと上がった敵も排除し、その末に――
「ダイ君!」
「レオナ! 無事で良かった!」
この国の王女と小さな勇者は、再会を果たした。
「貴方たちのお蔭よ。私だけでも逃がそうってことになって、船に乗る直前に、それが沈められちゃって……。こうなったら戦うしかないって覚悟を決めたはいいけど、多勢に無勢で。かなりギリギリだったわ」
かく言うレオナ自身こそ無傷なものの、護衛の賢者たちは実際に血を流していた。
もちろん、彼らは晴れ晴れと笑んでいる。大切な王女を守り切ったのだから。
だがその顔も、海の反対側を向いてすぐに険しい表情へ。
代表するようにレオナが述べる。
「でもまだ戦いは終わっていないわ。魔王軍はこのパプニカ王都を完全に包囲しているのよ。これまで幾つもの町が滅ぼされて――避難してきた人々が集まっている、この王都を。
最初からここで全てを決する戦略だったんでしょうね。今までは死者も少なかったけど、もう、そうもいかない……。どこにも逃げ場がない以上、死守するしかないわ。
ダイ君――」
「任せて! レオナ!」
ダイは問われる前から即答した。
「先生に習ったんだ。こういう『死んだのに生きてる』タイプの魔物は、親玉をやっつければ消滅するって! だから、不死騎団の軍団長をおれたちが倒す!」
「この国を救いましょう。ロモスでそうしたように……!」
「そのために来たんだしな。問題はどこにいるのかだけどよ」
一行は城で指揮を執る王に合流、負傷して前線から下がってきた兵士たちから話を聞く。
そうして軍団長と思しき存在の所在を知り、そこへ向かった。王都の北方面。
出会ったのは、酷薄な笑みを浮かべ槍を携えた、軽装の魔族の男だった。スカルゴンに騎乗している。
影の騎士や骸骨剣士の群れを蹴散らした先にて。
「おまえが不死騎団の軍団長か……!?」
「如何にも、骸どもを操っているのはこの俺だ。『魔槍戦士』ラーハルト……! そう言う貴様は勇者ダイだな?」
「そうだっ!」
ダイは怒りに燃えながらも、素直に叫ぶ。
「こんなこと、今すぐやめろ!」
「やめてどうする? 俺は人間を殺したいのだ」
その目には――多くの魔物や魔族が持つような、人間への侮蔑や殺戮の愉悦ではない、怒りや恨みの色が濃く浮かんでいた。
ダイ一行も思わずゾッとするほどだ。
「な、何でそこまで……!」
「勇者ダイ……。聞けば貴様、怪物島で鬼面道士に育てられたそうだな」
「そうだけど……。だったら何だって言うんだ!?」
問答の間、ラーハルトは動かない。一行がここに来るまではパプニカ兵士を殺戮していたが、余裕ぶっているのか、今は静止の状態。
この隙にと、ポップは雑魚アンデッドを焼き払い、マァムはまだ生きている兵士たちにベホイミをかけて回っていく。
ダイは、ラーハルトと相対して。
「俺は人間と魔族の混血でね。魔族の血を引いているからと、人間どもに迫害された――それだけなら、耐えられた。だが奴らは、同じ人間の母までをも! やがて母は弱り、病で……!
ダイ、貴様もそうなる。今はまだいいだろう……貴様はどこからか現れた都合のいい勇者に過ぎん。だがその出身が広く知られたとき、魔物の子として貴様は必ず迫害されるぞ。人間は人間以外の存在を赦さんからな……。可哀想にな、ダイ」
ダイは困惑した。
「そんなこと――ならないだろ! おれが会ってきたのは、みんないい人ばっかりだ! そりゃ中には、ちょっとイヤな奴もいたけど……! そいつらだっておれを迫害はして来なかった!」
偽勇者のことだろうか。
「それは羨ましいな。で――貴様の育て親はどうかな。いやそれだけじゃない、島の『友達』どもは? 人間に攻撃されたことはないのか?」
「うっ……!」
まさに偽勇者に、狂暴な魔物として討伐されかけた。
ロモス王も、最初はそれを信じ込んでいた。
魔物は、殺していい、殺すべき存在だ、と。
「それが人間というモノだ。奴らは愚かで、残酷で、生きている必要のないゴミだ」
「そんなことは……っ!」
「ならばなぜ、俺の母はあれほど苦しまねばならなかった? 食べるモノを売ってもらえず、いつもボロを着て、石を投げられ、弱った末に病に殺されるなど……!」
ダイは二の句を継げない。
人間の悪意に晒された経験が少な過ぎる。
「命を張ってまで、守る価値があるのか? ダイよ」
「で、でも……おれは勇者として――」
迷ったままに答えを出そうとして、ダイの心に隙ができた。
心の隙は、同時に体の隙だ。
ラーハルトの手元から閃光――閃光としか見えぬほどの素早い突きが走り、生じた真空刃がダイを貫いた。
「ぐあっ……!」
「ダイッ!! テメエ、不意打ちかよ!」
右上腕――腕が落ちかねないほどの深い傷を押さえて尻餅をつくダイに、ポップが駆け寄る。
ラーハルトは嘲笑を浴びせた。
「ずっと真正面にいた相手に攻撃されて、不意打ちも何もなかろう。油断した方が悪い。まあ、そうなるよう隙を誘導したのは俺だが……」
「クソッ……! マァム、来てくれ!」
「分かったわ!」
マァムもまたパプニカ兵を一通り助け終えて合流、ダイにベホイミをかける。
が、傷が深い。すぐには塞がらない。
ダイは血を流しながら、スカルゴンに乗ったラーハルトを睨みつける。
「誘導って……さっきの話は、嘘だったのか……っ!?」
「嘘ではない。全て本当のことだ。ゆえに人間を滅ぼすため、俺は大魔王さまに力をお貸ししているのだからな……。
そしてその障害となる勇者のレベルを、今の一撃で計らせてもらったが――どうやら、取るに足りないようだ。魔軍司令どのは、よくこんな雑魚に手傷など受けたものよ」
低く笑うラーハルトに、ポップが噛み付く。
「さっきから聞いてりゃ、好き放題言いやがって……! そりゃテメエのお袋は可哀想だよ。愛した息子が殺人鬼になっちまってな!」
「なに……?」
「実際に迫害してきた奴を殺すなら……それも良くねえけど、まだ分かる。でもこんな国ひとつ……! 関係ない人間まで巻き込んだら、もうテメエはただの『悪』じゃねえか! どんな事情があったって、悪いことは悪いことなんだよ!
今世界のどこかに別の魔族ハーフがいたら、ああ、きっと迫害されるだろうぜ……。魔族ハーフのテメエがとんでもないド悪党だから、きっとこいつもそうに違いねえってな!! テメエがそいつを迫害『させる』んだ!!」
「貴様ッ……!」
ラーハルトがいきり立つ。
怒りは身を強張らせ、動作からキレを奪う――激情に任せて繰り出した突きの真空刃は、マァムの盾に遮られた。
ロモスを救った褒美として、王から貰った鉄の盾だ。
原作ではダイが装備していたが、この世界では『パラディン』であるマァムのモノとなったらしい。腕に嵌めて固定でき、盾と両手武器を併用できる作り。
「ポップの言う通りよ、ダイ! ラーハルトは恨みのあまり、悪に心を飲まれてるわ……!」
「そうだ、遠慮するこたねえ! ぶっ飛ばしちまえ!」
「ポップ、マァム……! ありがとう、おれ、戦うよ! あいつは絶対に間違ってる!」
ダイが右腕の傷を押さえながらも立ち上がり――
「その通りだ……!」
「……」
ふたりの剣士が、不死者の群れを突破して現れた。
ひとりは長剣一本を携えた銀髪の若い男、鎧姿。
ひとりは双刀使いか、ローブとフードと仮面と手袋で全身を隠した姿。
「誰だか知らんが、なかなかの啖呵だった。協力して奴を仕留めるぞ!」
「あなたはいったい……!?」
「ヒュンケル……」
銀髪の剣士は、ただ、敵を睨みながら。
「ふたりの勇者に修行を受けた――正義の戦士だ!」