暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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65 魔槍戦士ラーハルト その1

 クロコの兄貴の仇! などと叫んで攻めてきたガルダンディーなる鳥人とその乗騎のスカイドラゴンを一蹴し、追い払ったダイ一行は船旅を続け、やがてパプニカ王国近海に差し掛かった。

 

 あなたそんなところにいたの……。

 

 ともあれダイたちがそこで見たものは、何隻もの幽霊船。今にも沈みそうにボロボロなのに沈まず、不死の魔物どもが乗るそれ。海に面したパプニカ王都を、その海から攻撃している不死騎団の船の群れだった。

 

「な、なんということだ……!」

 

 目の当たりにした船長は顔面蒼白。

 一方でダイは猛る。

 

「助けなきゃ!」

「ダイ、待って! 船で近付いたら、船長や船員の人たちが危ないわ!」

「そっか……! じゃあボートを出してもらって――」

 

 そこでポップが、仲間ふたりの肩を抱く。

 

「見えてるからルーラで行けるぜ! 掴まれ!」

 

 クロコダインが王城を襲ったとき、ルーラで城まで飛べればもっと早く王を救出できたハズ――その認識がポップに習得を促したようだ。

 ダイが空裂斬を修練する間に、ポップはルーラを修練していた。

 

 船長にはロモスに引き返してもらいながら、3人はポップのルーラで幽霊船に乗り込んだ。

 骸骨や幽霊などが襲ってくるが、しぶとくて通常の攻撃ではトドメを刺すに至りにくい以外には、大したレベルの敵ではない。

 むしろダイにとっては、覚えたての空裂斬で次々に仕留めることのできるいいカモだった。動くハズのないモノを動かしている魔力の核を心眼で見付け出し、最低限の光の闘気で撃ち抜くのだ。

 

 配備されていた大砲を奪い、更に別の幽霊船を撃って沈めるなどの攻撃も織り交ぜながら、彼らは敵勢力を殲滅していった。

 幽霊船から港へと上がった敵も排除し、その末に――

 

「ダイ君!」

「レオナ! 無事で良かった!」

 

 この国の王女と小さな勇者は、再会を果たした。

 

「貴方たちのお蔭よ。私だけでも逃がそうってことになって、船に乗る直前に、それが沈められちゃって……。こうなったら戦うしかないって覚悟を決めたはいいけど、多勢に無勢で。かなりギリギリだったわ」

 

 かく言うレオナ自身こそ無傷なものの、護衛の賢者たちは実際に血を流していた。

 もちろん、彼らは晴れ晴れと笑んでいる。大切な王女を守り切ったのだから。

 だがその顔も、海の反対側を向いてすぐに険しい表情へ。

 代表するようにレオナが述べる。

 

「でもまだ戦いは終わっていないわ。魔王軍はこのパプニカ王都を完全に包囲しているのよ。これまで幾つもの町が滅ぼされて――避難してきた人々が集まっている、この王都を。

 最初からここで全てを決する戦略だったんでしょうね。今までは死者も少なかったけど、もう、そうもいかない……。どこにも逃げ場がない以上、死守するしかないわ。

 ダイ君――」

 

「任せて! レオナ!」

 

 ダイは問われる前から即答した。

 

「先生に習ったんだ。こういう『死んだのに生きてる』タイプの魔物は、親玉をやっつければ消滅するって! だから、不死騎団の軍団長をおれたちが倒す!」

「この国を救いましょう。ロモスでそうしたように……!」

「そのために来たんだしな。問題はどこにいるのかだけどよ」

 

 一行は城で指揮を執る王に合流、負傷して前線から下がってきた兵士たちから話を聞く。

 そうして軍団長と思しき存在の所在を知り、そこへ向かった。王都の北方面。

 

 出会ったのは、酷薄な笑みを浮かべ槍を携えた、軽装の魔族の男だった。スカルゴンに騎乗している。

 影の騎士や骸骨剣士の群れを蹴散らした先にて。

 

「おまえが不死騎団の軍団長か……!?」

「如何にも、骸どもを操っているのはこの俺だ。『魔槍戦士』ラーハルト……! そう言う貴様は勇者ダイだな?」

「そうだっ!」

 

 ダイは怒りに燃えながらも、素直に叫ぶ。

 

「こんなこと、今すぐやめろ!」

「やめてどうする? 俺は人間を殺したいのだ」

 

 その目には――多くの魔物や魔族が持つような、人間への侮蔑や殺戮の愉悦ではない、怒りや恨みの色が濃く浮かんでいた。

 ダイ一行も思わずゾッとするほどだ。

 

「な、何でそこまで……!」

「勇者ダイ……。聞けば貴様、怪物島で鬼面道士に育てられたそうだな」

「そうだけど……。だったら何だって言うんだ!?」

 

 問答の間、ラーハルトは動かない。一行がここに来るまではパプニカ兵士を殺戮していたが、余裕ぶっているのか、今は静止の状態。

 この隙にと、ポップは雑魚アンデッドを焼き払い、マァムはまだ生きている兵士たちにベホイミをかけて回っていく。

 ダイは、ラーハルトと相対して。

 

「俺は人間と魔族の混血でね。魔族の血を引いているからと、人間どもに迫害された――それだけなら、耐えられた。だが奴らは、同じ人間の母までをも! やがて母は弱り、病で……!

 ダイ、貴様もそうなる。今はまだいいだろう……貴様はどこからか現れた都合のいい勇者に過ぎん。だがその出身が広く知られたとき、魔物の子として貴様は必ず迫害されるぞ。人間は人間以外の存在を赦さんからな……。可哀想にな、ダイ」

 

 ダイは困惑した。

 

「そんなこと――ならないだろ! おれが会ってきたのは、みんないい人ばっかりだ! そりゃ中には、ちょっとイヤな奴もいたけど……! そいつらだっておれを迫害はして来なかった!」

 

 偽勇者のことだろうか。

 

「それは羨ましいな。で――貴様の育て親はどうかな。いやそれだけじゃない、島の『友達』どもは? 人間に攻撃されたことはないのか?」

「うっ……!」

 

 まさに偽勇者に、狂暴な魔物として討伐されかけた。

 ロモス王も、最初はそれを信じ込んでいた。

 魔物は、殺していい、殺すべき存在だ、と。

 

「それが人間というモノだ。奴らは愚かで、残酷で、生きている必要のないゴミだ」

「そんなことは……っ!」

「ならばなぜ、俺の母はあれほど苦しまねばならなかった? 食べるモノを売ってもらえず、いつもボロを着て、石を投げられ、弱った末に病に殺されるなど……!」

 

 ダイは二の句を継げない。

 人間の悪意に晒された経験が少な過ぎる。

 

「命を張ってまで、守る価値があるのか? ダイよ」

「で、でも……おれは勇者として――」

 

 迷ったままに答えを出そうとして、ダイの心に隙ができた。

 心の隙は、同時に体の隙だ。

 ラーハルトの手元から閃光――閃光としか見えぬほどの素早い突きが走り、生じた真空刃がダイを貫いた。

 

「ぐあっ……!」

「ダイッ!! テメエ、不意打ちかよ!」

 

 右上腕――腕が落ちかねないほどの深い傷を押さえて尻餅をつくダイに、ポップが駆け寄る。

 ラーハルトは嘲笑を浴びせた。

 

「ずっと真正面にいた相手に攻撃されて、不意打ちも何もなかろう。油断した方が悪い。まあ、そうなるよう隙を誘導したのは俺だが……」

「クソッ……! マァム、来てくれ!」

「分かったわ!」

 

 マァムもまたパプニカ兵を一通り助け終えて合流、ダイにベホイミをかける。

 が、傷が深い。すぐには塞がらない。

 ダイは血を流しながら、スカルゴンに乗ったラーハルトを睨みつける。

 

「誘導って……さっきの話は、嘘だったのか……っ!?」

「嘘ではない。全て本当のことだ。ゆえに人間を滅ぼすため、俺は大魔王さまに力をお貸ししているのだからな……。

 そしてその障害となる勇者のレベルを、今の一撃で計らせてもらったが――どうやら、取るに足りないようだ。魔軍司令どのは、よくこんな雑魚に手傷など受けたものよ」

 

 低く笑うラーハルトに、ポップが噛み付く。

 

「さっきから聞いてりゃ、好き放題言いやがって……! そりゃテメエのお袋は可哀想だよ。愛した息子が殺人鬼になっちまってな!」

 

「なに……?」

 

「実際に迫害してきた奴を殺すなら……それも良くねえけど、まだ分かる。でもこんな国ひとつ……! 関係ない人間まで巻き込んだら、もうテメエはただの『悪』じゃねえか! どんな事情があったって、悪いことは悪いことなんだよ!

 今世界のどこかに別の魔族ハーフがいたら、ああ、きっと迫害されるだろうぜ……。魔族ハーフのテメエがとんでもないド悪党だから、きっとこいつもそうに違いねえってな!! テメエがそいつを迫害『させる』んだ!!」

 

「貴様ッ……!」

 

 ラーハルトがいきり立つ。

 怒りは身を強張らせ、動作からキレを奪う――激情に任せて繰り出した突きの真空刃は、マァムの盾に遮られた。

 

 ロモスを救った褒美として、王から貰った鉄の盾だ。

 原作ではダイが装備していたが、この世界では『パラディン』であるマァムのモノとなったらしい。腕に嵌めて固定でき、盾と両手武器を併用できる作り。

 

「ポップの言う通りよ、ダイ! ラーハルトは恨みのあまり、悪に心を飲まれてるわ……!」

「そうだ、遠慮するこたねえ! ぶっ飛ばしちまえ!」

「ポップ、マァム……! ありがとう、おれ、戦うよ! あいつは絶対に間違ってる!」

 

 ダイが右腕の傷を押さえながらも立ち上がり――

 

「その通りだ……!」

「……」

 

 ふたりの剣士が、不死者の群れを突破して現れた。

 ひとりは長剣一本を携えた銀髪の若い男、鎧姿。

 ひとりは双刀使いか、ローブとフードと仮面と手袋で全身を隠した姿。

 

「誰だか知らんが、なかなかの啖呵だった。協力して奴を仕留めるぞ!」

「あなたはいったい……!?」

「ヒュンケル……」

 

 銀髪の剣士は、ただ、敵を睨みながら。

 

「ふたりの勇者に修行を受けた――正義の戦士だ!」

 


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