暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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67 リュンナ、かつてと今

 パプニカ王城内に与えられた居室で、アバンの使徒は一堂に会していた。

 最初に重々しく口を開いたのはヒュンケルだ。

 

「俺の父さん――バルトスは、『地獄の騎士』だ」

 

 魔王ハドラーの門番をしていたバルトスが、赤子のヒュンケルを拾い育てたのだ、と。

 そしてハドラーが斃れても(生きていたようだが)、リュンナの暗黒闘気で永らえているのだと。

 

「道理で攻撃を受けても血が出なくて、骨だけ飛び散るハズだぜ」

「魔物に育てられたなんて……! おれと同じだね! ブラスじいちゃんは鬼面道士なんだ」

 

 このご時世、ヒュンケルとしては、覚悟して開示したことだろう。しかしそれは、とりあえず仲間内のみとは言え、あっさりと受け容れられた。

 

「しかし、リュンナか……。ここでも名前が出るなんて……」

 

 むしろポップはそこに引っかかっていた。

 途端、ヒュンケルが身を乗り出してくる。肩を掴み揺さ振らん勢い。

 

「リュンナさまにお会いしたのか!? いつ、どこでだ!?」

「うわわっ!」

「す、すまん……!」

 

 呼吸を整え、落ち着きを取り戻す間。

 

「少し前に……デルムリン島でよ……」

 

 パプニカ王家からの依頼でダイに勇者の修行をつけるため、アバンと弟子のポップはデルムリン島に向かった。

 そこで魔王改め魔軍司令ハドラーの襲撃を受け、彼は助っ人としてリュンナを召喚。彼女はハドラーに操られ、アバンを殺した――と。

 

 憑けたシャドー越しに見聞きしているリュンナとしては、本当にごめんね、と肩を竦めるところである。

 彼らより大切なモノがあるのだ。

 

「先生を――リュンナさまが!? おのれハドラー!!」

「……」

 

 ポップは黙った。彼は疑っている――リュンナが正気であると。

 だがそれを話してどうなるのか、とも考えたのだろう。

 

「リュンナって……どんな奴なんだ……?」

 

 代わりにそう問うた。

 ヒュンケルは少し考え……

 

「リュンナさまは――そうだな、よく月に喩えられていた。その美貌と、安らかな夜を思わせる護国の暗黒闘気に(なぞら)えてな。

 俺にとっても……彼女と共に生まれて初めて見たあの月夜の美しさは、今なお忘れられん」

 

 遠くを見る目だった。

 遥か遠い過去を。

 

「立場としては、アルキード王国の第二王女であり、先生と共に魔王ハドラーを討伐した勇者のひとりだ。

 その後は父さんが彼女の騎士となったことで、俺もついでに剣を教えていただけることになり――卒業に至ると、次はアバン先生に師事して共に旅をしたので、その間のことはよくは知らない。しかし……」

 

 ヒュンケルは一度言葉を切り、用意された茶で喉を潤した。

 それは覚悟を行う意識の集中でもあったろう。

 

「彼女は父王の手により、処刑される運びになった。阻止はされたが……」

「それだ! ロカのおやっさんから大筋は聞いたけど、あの人、嫌な話だから言いたくねえっつって、ホントに言わねえんだよ。詳しく教えてくれ!」

 

 ポップが食いついた

 

「お前たちの会ったリュンナさまは、額に第三の目がなかったか?」

「ああ、あったな。不気味だった……」

 

 その素直な感想に、ヒュンケルが沈痛に目を伏せた。

 

「あれは彼女が修行で後天的に得たモノだという。だがそれを理由に魔物扱いされてしまったんだ。

 リュンナさまは抵抗せず火炙りにされ――幸いと言っていいのか、死ぬ前にハドラーに攫われた。それから10年以上……。俺も先生も、彼女を探していたのだが……」

「10年……? えっ、おれと同じくらいの歳に見えたけど……」

 

 ダイがきょとんとする。

 彼は12歳。リュンナは――外見的には13歳だ。

 ヒュンケルもきょとんとした。だがすぐに表情を引き締める。

 

「ハドラーによる何らかの呪法かも知れんな。リュンナさまの身も心も好きに操るなど……! 早くお助けしなければ! たとえあの方が、どれだけ人間を憎んでいたとしても――これ以上、罪を背負わせるワケには行かない」

 

 ふと東の方角を彼を見た。

 

「だが今はラーハルトだ。不死騎団長! 手傷は与えたが、放っておけば回復して再び攻めてくるだろう。その前に叩く!」

「バルトスさんも助けないとね!」

「……ありがとう」

 

 そして彼らは――

 

「しかし、魔物扱いで処刑か。俺、隣の国のことなのに、聞いたことなかったな」

 

「もう13年も昔のことだからな……。処刑後すぐにアバン先生がリュンナさまの潔白を説明し、それを当時の王は信じず……彼は間もなく体調を崩して、処刑反対派だったバラン王に代替わりしたのだが……」

 

「そこで何か悶着が?」

 

「いや、バラン王がリュンナさまの潔白を布告しても、国民は多くが信じなかったのだ。ハドラーに攫われたのが、裏で魔物と繋がっていた証拠だ、と言う者もいた。結局リュンナさま本人がいらっしゃらない以上、何も証明できなかった……。

 本物のリュンナさまがどこかにいると信じる者、リュンナさまを処刑してしまったと悔やむ者、恐れる者。状況は混沌として……。

 以来、アルキードはリュンナさまの話を広めぬようにし、他国も言及をやめた。バラン王に気を遣ってな……。今では自ら興味を持って調べなければ、知ることの出来ない情報になっているようだ」

 

「なるほどねえ……」

 

 眠くなってきた。

 おやすみ。

 

 

 

 

 リュンナが目を覚ますと、傍らにハドラーの姿があった。

 腕を組み、むっつりと口を引き結んで、ベッドの上のリュンナを見下ろす形。

 きょとんとして、思わず見詰め合ってしまった。

 そして数秒。

 

「……おはようございます。ハドラーさま」

「今は夜だ」

 

 確かに、窓の外が暗い。

 

「こんばんは。ハドラーさま」

「言い直せという意味ではない」

 

 では体勢の問題だろうか。ベッドに寝たままではなく、しっかり跪けと。

 身を起こそうと力を入れると、痛みが走り――そしてハドラーに肩を押さえて止められた。

 

「無理に起きるな」

「……はい」

 

 しばしの沈黙。

 次に破ったのは、ハドラー。

 

「ザボエラには罰を与えておく」

「勘弁してあげてください」

 

 リュンナが彼を放置せず、上手く誘導していれば防げたことだ。

 罪悪感に襲われた。

 

「信賞必罰だ」

「……はい」

 

 そう言われると仕方ない。

 ここは魔王軍なのだから。

 

「ごめんなさい」

「何を謝る」

「負けました」

「いい。病み上がりに期待し、あまつさえザボエラを離さなかった俺が愚かだった」

 

 淡々とハドラーが言う。

 顔も仏頂面だ。

 けれど。

 

「痛むか」

「動くと」

「動くな」

 

 ノヴァのグランブレードに袈裟懸けにされた傷は、粗方塞がっているように感じる。

 しかし如何な回復呪文でも、深い傷は治りにくい。しっかりと休息を取る必要が出る場合もある。

 例えば、今がそうだ。

 今――気遣われた、のだろうか。

 

「何か欲しいモノはあるか。喉が渇いたとか、腹が空いたとか」

 

 どう考えても気遣われている。相変わらず表情も態度も硬いが。

 リュンナは竜眼も含めて、目をぱちくりさせた。

 

 そして改めて、自分の状態をよく認識する。

 確かに渇きも飢えもある。斬られて血を失ったし、再生には栄養が要る。

 だが何より――

 

「トイレ行きたいです……」

「!?」

「正直漏れそうです」

「ま、待て……! それはどうすればいいのだ!?」

 

 おっ、やっと表情が崩れてくれた。リュンナは笑った。

 そうそう、ハドラーはそうやって鼻水を垂らしているのが似合うよ。可愛い。

 キリッとしてるのも、もちろん好きだけど。

 

 それにしても狼狽え過ぎだろう。想定が甘い。

 もともと寒い場所にいたし、その上で何時間も寝ていれば、誰だって催すモノだろう。実際に何時間寝たのかは分からないが。

 

 北の海でノヴァと戦い、意図的に敗れ、ザボエラに回収され――

 リンガイアのザボエラ基地でサタンパピーのベホイミを受けたが、呪文の位階が足りないのか治りが遅く――

 そうこうするウチに悪魔の目玉を通してハドラーから報告を求められたザボエラは、誤魔化そうとしたのを見抜かれ叱責され、ハドラー親衛隊のアークデーモンによってふたりとも鬼岩城に連れ戻され――

 ベホマスライムの呪文治療を受け、蘇生液に浸けられ――

 その間ずっと動く体力がなくて暇だったので、自己回復を促しながら、憑依シャドーを通してポップの様子を見ていたのだが、やがて眠気に負けて――

 目覚めたのが、つい先ほどだ。

 

「ええい、こうなれば誰かを呼んで……」

「間に合いそうにないんですけど」

「ならどうしろと!?」

「ハドラーさまが連れてってください」

「立てるのか?」

「無理です……」

 

 真面目に無理だ。

 グランブレードにカウンターを取ろうとしたのが不味かったらしい。少しでも防御を試みていれば、こうまでの直撃はなかっただろうに。

 痛みに耐えて動こうにも、まず上手く力が入らない。

 

「くっ……! 仕方ない!」

 

 ハドラーは布団を引き剥がすと、包帯まみれのリュンナを横抱きに抱え上げた。

 姿勢や力のかかり方が変わり、胸から腹に痛みが走る。

 

「つっ……」

「我慢しろ」

「抱き方下手ぁ……」

「うるさい……!」

 

 人を抱くことに慣れていないのだろう。むしろ抱く機会はあったのだろうか。

 左右の腕の支える位置も、高さも、バランスが非常に悪い。胴体が自然と丸まってしまい、傷が圧迫されて苦しい。

 ついでに下腹部も圧迫される。

 

「あっ……」

「えっ」

 

 魔王軍の威厳を穢すなといつも言っているだろう、と叱られてしまった。

 重傷者相手に理不尽だ。自分もよく鼻水垂らすくせに。

 

 ――けれど何だかんだ言って優しくて。

 泣きながら笑った。

 きっと、悪い記憶にはならない。

 


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