ダイ、ポップ、マァム、ヒュンケル――地底魔城に乗り込むのは、4名のアバンの使徒たちである。
パプニカ王家も戦力を提供しようとはしたのだが、レベル不足で断念となった。
無駄な犠牲を増やすワケにはいかない。それよりも、王都防衛戦の負傷者を癒す方が建設的だろう。
ラーハルトの傷が癒える前に攻め込むため、巧遅よりも拙速を採った彼らは、翌日にはもう地底魔城へと乗り込み――内部で分断された。
不死の魔物たちを蹴散らしながら、かつてここに住んでいたというヒュンケルの案内で玉座のある地獄の間を目指していたのだが、いつの間にか仲間同士はぐれていたのだ。
最初はヒュンケルが曲がった角をダイたちも追って曲がると、そこにヒュンケルがいなかった。
ふと気付くと、シンガリを務めていたマァムがいなかった。
事ここに至って、ならば二度とはぐれぬよう手を繋ごうとポップが手を向けた先にいたのは、ダイではなく骸骨だった。
「ちくしょう、いったいどうなってやがんだ……!? 何かの魔法で幻惑されてるのか――って考えてみると、実際さっきから同じ場所を延々回ってるような気も……。
っつーか、魔物が出なくなったけど……これって確か……」
アバンの教え曰く、ダンジョンで急に敵が出なくなったら――それは雑魚の供を不要とする強力な個が待ち構えている可能性が高い、と。
ポップは警戒を強め、一歩一歩慎重に周囲を窺いながら歩いていく。
どれほど経ったろうか。ぺたり、ぺたりと、ごく軽い足音が前方から響いてきた。
「まったくハドラーさまもお人が悪い……」
その声は、嗄れた老爺の雰囲気。
「罰としてひとりで正面から戦えとはのう。そしてその相手が――キッヒッヒ、魔法使い1匹とは! 魔法に頼るしかないくせに、その魔法の力において完全にワシの下位互換! こりゃあ~カモじゃて……!! 汚名返上の機会ッ!」
「テメエは……!」
闇からぬうっと現れたその顔に、ポップは見覚えがあったろう。
ロモス城での戦いで悪魔の目玉に映っていた、クロコダインに指示を出して突っ撥ねられていた、年老いた小柄な魔族。
彼は名乗った。
「妖魔士団長――妖魔司教ザボエラ!!! 幻惑の魔香気によって、お前たちを分断したのもこのワシよ……! 変化の少ないダンジョンの景色の中、ほんの少し方向感覚を狂わせてやることでのう。
ならばあとは1匹ずつ消していくだけ……。今頃はお前の仲間たちも、ほかの軍団長やハドラーさまに襲われているワケじゃ」
「何だって……!?」
ただ迷わされているのみではなかった。ここに来て、まさかの総攻撃とは……。ポップは驚愕と戦慄に襲われた。憑けたシャドー越しに、リアルタイムにその感覚が伝わってくる。
原作ではバーンはヒュンケルを気に入って彼に勅命を与えたが、この世界ではヒュンケルは魔王軍にいない。逆にしっかりと全軍でダイを討つように命じてきたようだ。
ザボエラは下品に笑った。
「ギョヘヘヘ、そう悲観するでないわ。お前の相手は正真正銘ワシのみじゃからな。配下の魔物を引き連れとる他と違って、一番生き残る目が高いんじゃあないかのう。
ほれ、どうじゃ。そう聞けば勇気が出てきたか?」
いつもの杖を片手に持ち、もう片手で「かかって来い」のジェスチャーをする妖魔司教は、余裕たっぷりだった。
ポップはぐっと歯を食い縛り、逸る気持ちを一旦抑えた。
いくら何でも余裕過ぎる。何か罠があるハズだ。伏兵? 幻惑の魔香気だとか言っていた――目の前にいるのも実は幻覚? 落とし穴や吊り天井など、この地底魔城そのものの仕掛けか?
もちろん、悩んでいても始まらない。
せっかく相手が余裕をかましているのだ、先制攻撃するべきだ。
それもこの際いきなり最強の手札を出して、相手の出端を挫くのがいい。
「ああ……。お望み通りやってやるぜ!」
ポップは全身に、立ち上る炎の渦を纏った。
渦は左手に収束――それを右拳で打ち抜くようにして放つ!
閃熱呪文――
「ベギラマッ!!」
「おおっ……!?」
数ある攻撃呪文系統の中でも、伝説の呪文であるデイン系を除けば、最強はギラ系である。
その高速の光熱を避けられる者は少なく、その攻撃力に耐えられる者も少ない。
メラ系やイオ系と違い、撃って終わりではなく『照射し続ける』ことができるのも大きい。ただでさえ高い威力を、更に長時間浴びせることができるのだ。
ベギラマは位階こそ中級だが、イオラやメラゾーマなどといった他系統の中級上級とは一線を画す――それこそ使い手次第では、極大呪文にも迫る威力を持つ。
さしものザボエラも、ポップのベギラマには驚いたか。
驚きに固まった表情のまま、棒立ちで閃熱を受け――
「マホプラウス」
閃熱はザボエラを一切傷付けることなく、その身に纏わせられた。
「なっ……!? えっ?!」
ポップは咄嗟に出力を高めて照射を続けたが、すぐに無駄だと悟って呪文を切る。
しかしそれで、ザボエラの纏うベギラマのエネルギーは消えず、そのまま。
「哀れなお前に教えてやろう。これは
その意味が分かるか? ワシに――呪文攻撃は効かんということがなッ!!」
「ラーハルトの鎧に続いて……!! こんなんばっかりかよッ! やべえッ……!」
ポップは慌てて背を向けて逃げ出した。
ザボエラの言った通りなら、今から2発分が重なったベギラマが飛んでくるからだ。
だが――背を向ける間際に見たザボエラの構えは、ベギラマではなかった。
ザボエラは、両手を繋ぐ炎のアーチを頭上に掲げていた。正確には、片方は手ではなく杖だが。
その杖の先端ともう片手を頭上で合わせ、炎熱を圧縮し――
「そして見せてやろう。魔法力に限ってならばハドラーさますら超える――このワシの極大呪文をッ!!」
両手で支える形となった杖を振り下ろすと、その先端から莫大な光が迸った。
「ベギラゴンッッ!!!!」
吸収したポップのベギラマの威力もそこに乗っている以上、ポップの呪文では相殺できない。ベギラマで相殺できるのは、同じベギラマ分の威力のみだ。ベギラゴンそのものの威力は素通りしてくる。
だからポップは防ぐ選択肢を捨て、大急ぎで地底魔城の通路を駆け抜け、十字路を曲がって逃げた。
逃げたつもりだった。
閃熱は十字路の左右の道にも膨れ広がり、その余波のみでポップの脚を焼いた。
「ぎゃっ――あがあああああああ!!?!?」
走るどころか立つ力すら失い、激しく転ぶ。
直撃よりはマシだが――ただ少し寿命が延びたのみ。
うつ伏せ状態から振り向けば、地底魔城の通路がごっそりと削り取られたように『広がって』いた。
焼かれた脚を見る。黒焦げだ。
仮にこの場を切り抜け仲間と合流できたとして――マァムのベホイミで、これは治るのか?
まあ無理だ、ベホマ案件だろう。リュンナは経験的にそう思う。
「キィ~ッヒッヒッヒ! 逃げ足の速いことじゃ……。外してしまったわい。しかし――2度目はない。のう、……何じゃったか……。名前は忘れたが」
「ポップだよ、ボケ老人……!」
「おお、おお、好きなだけ囀るがよいわ。それしか能がないんじゃからなあ~」
足音なく、声のみが近付いてくる。
トベルーラだろう。自分で焼いた高音の床を歩くのを避けたか。
一方のポップは、先日ルーラを覚えたばかりで、トベルーラはまだ使えない。
逃げられない、ということだ。
十字路の角の向こうから、ザボエラが姿を現した。
「さて、あとはトドメを刺すだけじゃが……。先に撃たせてやろう」
「なに……!?」
「マホプラウスも完全無欠ではない。ワシ自身が使えぬ呪文は吸収できん……。そら、先に撃たせてやる。ワシの使えぬ呪文を、自分が使えると思うならのう!!」
ザボエラの意図は明白だ。
そもそもポップに使えてザボエラに使えない呪文などほぼない。破れかぶれの攻撃を吸収し、増大した威力で確実なトドメを刺す気だろう。
もうひとつ、甚振って弄ぶ、というのもあるだろうが。
ポップは――
「ひっ……! い、いやだ、来るな! 来るんじゃねえ~!!」
錯乱した様子で、這って逃げ始めた。
「ヒョヘヘ、もう心が折れたか? 人間は身も心も脆いのう~。ほれほれ」
ザボエラはじりじりと近付き、その度にポップは下がる。
それを楽しそうにゆっくりと追いかけるザボエラだったが、すぐに飽きたようだ。その手に火炎を宿し――
「やれやれ、先に撃ちたくないなら仕方ない。普通に殺してやるわい」
「いや! 先に撃たせてもらう――」
ポップの目は、直前の醜態が嘘のように、死んではいなかった。
同時にザボエラの足元が五芒星の光が立ち上る。
「なッ……!? いつの間に!?」
ベギラゴンを受けて激しく転倒した際に、手にするマジカルブースターの魔宝石が砕けていたのだ。その破片を繋ぎ、五芒星を描いた。
恐れたフリで下がったのは、その位置までザボエラに来てもらうためだ。
賭けだったが――それを咄嗟に思いつき、咄嗟に実行できる、この度胸よ。
ポップに使えてザボエラには使えない、数少ない例外の呪文を。
「邪なる威力よ……退け……!! マホカトール!!」
光は更に激しさを増し、ザボエラを包む。