そして聖なる結界が形成され、ザボエラを閉じ込めた。
ザボエラは――
「ぐ、おおお……! この手の呪文は賢者しか使えんハズが!? 吐き気がする……!」
苦しんでいた。苦しんではいたが、その程度だった。
アバンのマホカトール結界に難なく出入りする妖魔司教である。小さい分だけ密度は上がっているとは言え、ポップ程度の結界に彼を祓う威力はなかった。
ザボエラは結界をすり抜けようと魔法力を込める。脱出に10秒はかからないだろう。
「ふん! なるほど意表を突かれたが、何の意味もないわ……! すぐに殺してやる!」
その間にポップがしたことは、第一に、魔法の聖水を飲むこと。
本来使えない呪文を、魔宝石を触媒にし、全魔法力を込めることで何とか成功させたのだ。パプニカ王家からの支援物資を、今こそ使うとき。
そして第二に、その回復した魔法力で、呪文を唱えること。
「ベギラマァー!!」
「バカめ! マホプラウス!」
閃熱の帯は吸収され――なかった。
ザボエラを飲み込む。
「あっ……? うぎゃああああ~~~!!!??」
結界の中で彼は焼かれてのたうち回り、その度に結界壁に頭を手足をぶつける鈍い音が響く。
「マホカトールはテメエを封じるためのモノじゃねえ……! 『杖』だ! その杖で魔力を増幅してるんだろ!? 魔力が下がれば、高度な呪文は使えねえと踏んだぜ!」
あまつさえ閃熱は特に杖を持つ腕に威力を集中、その腕を遂に焼き切って、杖をザボエラから引き剥がした。
破邪結界で機能が下がっていた杖とは言え、それを失ったザボエラは更に決定的に魔力が低下。結界をすり抜ける魔法のためには、更なる集中が必要となる。
つまり、結界からなかなか出られない。狭い結界の中、ベギラマから逃れられる場所はない。焼かれ、更に魔法への集中力が低下する。
まさかの反撃を受けた驚愕からも立ち直っていないのに、戦士勘のないザボエラに冷静な立ち回りはできなかった。
ポップの魔法力が切れ、ベギラマが途切れるまで、ザボエラはただ焼かれ続けたのだ。
「ぐ、うぐぐ……! に、人間の魔法使いごときが……バカな……!」
杖を握ったままの左腕を落とされ、這い蹲って焦げ臭さを漂わせながら、それでもザボエラは生きていた。
魔法の聖水は貴重なモノだ、ましてや戦時中のパプニカである。ポップにはもう予備はない。
「ヘッ! そうやって他人を見下してるから、足掬われんだよ……!」
「それでも――ヒョヘヘ、ワシの勝ちじゃ……! お前にもう魔法力はないが、ワシにはまだあるんじゃからな……!」
ザボエラはマホカトール結界から這い出ていく。まずは伸ばした右手のみが外に出て、そして、今はそれで充分だろう。
「焼け死ねィ! メラゾーマ!!」
「くっ……!!」
動かない脚を引き摺って、ポップは避けようとした。間に合うハズもない。
ポップひとりなら、だ。
「――獣王痛恨撃!!!!」
凝縮された竜巻めいた闘気流の渦が、ザボエラを後ろから襲った。
それはザボエラを掻き回し、吹き飛ばし、メラゾーマを散らし――その向こうのポップに届く頃には渦が弱まり突風程度に落ちる、調整された威力。
「うぐえッ!!」
ザボエラは天井に叩きつけられ、床にべしゃりと落ちた。
その度に骨の折れる乾いた音が混じる。
「こ、……この技は……!!」
「テメエはッ――!」
「俺だッ!!」
鰐めいた巨躯のリザードマン、『獣王』クロコダインが歩いてくる。再生された真空の斧と新品の鎧を装備した姿。両腕も復活している。
蘇生液の水槽から脱走したと聞いていたが、やはりここに現れるのか。
「ど、どういうつもりじゃあっ……!! クロコダインッ! 獲物を横取りしようというのか!?」
「いかにも」
クロコダインは真空の斧を振り上げ、
「――ただしポップの獲物をだ!!」
ザボエラに振り下ろした。
圧力の衝撃余波のみで床が砕け散る威力、その場にクレーターができる。
瓦礫から頭を庇ったポップが再び見る頃には、煙は晴れ、そこにはクロコダインしかいなかった。
ザボエラは影も形もない――落ちた腕や杖までも。
ただ蒼い血痕のみ。
「逃げたか……」
「ク、クロコダイン……! 生きてやがったのか!」
ポップは戸惑いながらも身構える。
立つこともできず魔法力もない今、しかしそれでも闘志を失っていない。
本当に強くなってしまったモノだ。眩しいほどに。
一方、クロコダインは斧を引く。そこに殺気は最早ない。
「魔王軍に蘇生されてな。ダンジョンを利用してお前たちを分断し、各個撃破すると聞いて――いても立ってもいられなかった」
「……?」
獣王の様子に、ポップは訝しみ、警戒を維持できない様子。
見ていれば、クロコダインは懐から道具袋を取り出し、ポップに投げてきた。
「薬草だ。使え」
「お、おう……」
ポップが薬草を食べる。素早い滋養強壮、自然治癒促進、免疫力向上などの効能があるのだ。
一方でクロコダインはその場に座った。手を伸ばしてもポップには届かない距離だ。攻撃する意思のないことの表れか。
「どうして……俺を……?」
「あのとき、お前はたったひとりで立ち向かってきた」
クロコダインは滑らかに語る。
「そこに『勇気』を見た。俺にはなかったモノだ。失わせてはならないと思った」
「アンタに勇気がないって……とてもそうは見えねえけど」
獣王の名に相応しいだけの威容と貫禄が、クロコダインには確かにある。
少なくともポップはそう感じている。
「俺にあるのは力だけなのだ。だから自分より弱い相手とは落ち着いて戦えるが、それはダメージを受ければすぐに揺らいでしまう、仮初の自信に過ぎなかった。真の自信とは、誇りとは、誰が相手でも揺るがないモノだろうにな……。
その点、お前の勇気は、誰が相手でも揺るがないのだろう。実際、さっきのザボエラ相手にもな……。本物だ」
ポップは苦笑した。
笑えるくらいには、気力が戻ってきたようだ。
「クロコダイン……。よしてくれよ。俺はただ、大切な人が死ぬのが怖いだけなんだ。自分が死ぬことより、俺が死んで仲間が泣くことが……嫌なだけなんだ……」
「それを勇気と呼ぶのではないのか?」
「……。かもな……」
しばしの沈黙。
ただ薬草を齧る音がもそもそと響く。
やがて。
「魔王軍――裏切っちまったのかよ」
「ああ。俺はお前のために戦いたい。俺に勇気を教えてくれたお前のために……! 人間など取るに足らん存在だと思っていた俺の目を覚まさせてくれた、お前のために。
そのためならば、今度こそ生命を失おうとも後悔はない!」
クロコダインは力強く言い切った。
晴れ晴れとした顔だ。両目に光がある。
「それに戦士の誇りとは、誰を倒すかより、何を守るからしいからな。勇者を守るのだ、これほど誇らしいことはあるまい」
「そうか……。そういうことなら、一緒にダイの奴を支えてやろうぜ! あいつは地上の希望だ」
「うん? グフフッ、そうだな……。そうしよう」
クロコダインの言った『勇者』は、ダイではなくポップのことなのだろう。
ところで百獣魔団長としてロモス人を殺してきたことは追及しなくていいのか、とリュンナとしては思うのだが、無粋だろうか。追及したところで、これからの戦功で補うという形に収まるだろうが。
加えてロカがロモスを守っていたため、恐らく原作の歴史よりも死者は少ないのではないか、とも考えられる。
それにしても良かった――クロコダインがしっかりと復活するよう、蘇生液の改良をしておいて。
バーン軍の侵攻開始までの間に、ザボエラと共同で研究していたのだ。結果的に、リュンナの竜の血を加工して混ぜることで、蘇生率の大幅な向上に繋げることができた。
ダイたちとの戦闘で失った両腕もこの通りだ。
――と、不意に轟音と震動がふたりを襲った。
「こ、この揺れは……!?」
「他の軍団長との戦いだろう。誰かが大技を……! 行くぞポップ!」
クロコダインはポップを肩に担ぐと、震源地へと走り出した。