「マァム!」
「ポップ! ――ってクロコダイン!?」
クロコダインに担がれたポップが合流したのはマァムだった。
彼女は警戒心より驚きが勝っているようで、ポカンとしている。
「大丈夫だ、味方になってくれたんだよ。俺もさっき助けられてさ。そっちは――」
マァムの周囲には、無数の鎧兵士の残骸が転がっていた。
空気もどこか瘴気めいて気分が悪い。これはスモーク系の残骸だろうか。
クロコダインが唸る。
「魔影軍団か。ならば戦っていたのは、魔影参謀ミストバーン」
「そういう名前だったのね……。全然喋らなくて戸惑ったわ」
「ああ、それなら間違いなくミストバーンだ」
とにかく無口な男なのだ。
「ミスト『バーン』って……。何だそれ、大魔王が確かバーンだろ? 何か関係があるのかよ」
「俺も詳しいことは知らん。バーンの影の代理人だなどと、噂があるのみだ」
「得体が知れないわね……」
原作知識では意外と激情家で熱い性格をしているのだが、リュンナ自身は未だ彼の声を聞いたことすらない。6大団長集結の巻でも、例の名台詞はなかった。
「で、そいつっぽい姿がないってことは……。やっつけたのか? マァム」
「いいえ、ひたすら手下をけしかけてきて……気が付いたらいなくなってたの」
「奴は読めんところがあるからな……」
むしろ大半が読めないだろう、普通に付き合っている限りでは。
原作知識を元にするなら、所詮魔王軍はバーンの壮大な戯れに過ぎず、ミストとしては威力偵察くらいの気持ちだったのだろう。どうせいつでも滅ぼせる、と。
或いは主の戯れだからこそ、『遊び相手』であるダイ一行を自ら削るのは憚られたのかも知れない。
ともあれ――
「ところで、ちょっと待てよ……。俺たち凄い揺れを感じてこっちに来たんだけど、なんかそれっぽい攻撃跡がないよな? ここ」
「それなら私も感じたわ。向こうよ」
「じゃあダイかヒュンケルがあっちに! 行こうぜ!」
「この際だ、マァムも俺に乗れ」
クロコダインは左右の肩にそれぞれポップとマァムを乗せると、鎧兵士の残骸を踏み潰して猛然と走り出した。
彼は巨体ゆえに歩幅が広く体力もあり、小回りでは人間の戦士に劣るものの、長距離を素早く移動するには向いているのだ。
不死騎団のアンデッドどもを蹴散らしながら進むと、再び轟音が聞こえてきた。
何かの燃える焦げ臭さもある――が、火薬や油の匂いはない。炎熱系の呪文だろう。
進む先に見えた光へと飛び込むと、そこは地底魔城の屋外闘技場であった。
かつて魔王ハドラーが捕えた人間を魔物と戦わせ、その死闘に酔い痴れたという場所。
そこにいたのは、
「ベギラゴンッッ!!!」
「アバンストラッシュ!!!」
魔軍司令ハドラーと、勇者ダイ。
両者が持ち得る最強の攻撃手段をぶつけ合う、まさにその瞬間だった。
ついでと言っては何だが、ハドラー親衛隊のアークデーモンどもの骸が周囲に転がるありさま。
デルムリン島での戦いと比べると、両者ともレベルは上がっている。ハドラーはバーンから新たな肉体をもらい、ダイはクロコダインやラーハルトとの戦いを経験して。
その上で
ダイの振るう剣圧が閃熱を割り、ハドラー本人をも穿つ。
それでもなお深手。ハドラーは胸から滂沱の血を流しながら、がっくりと膝をついた。
「バカな……! バカな、バカな! なぜ俺が、こんな、こんなガキに……!」
「観念しろハドラー! アバン先生の仇……!」
ダイは油断なく剣を構え直した。
そこへポップたちが寄っていく。
「おーい! ダイ!」
「ポップ、マァム! それにクロコダイン……!? 無事だったんだね!」
ここでクロコダインについては「なぜここに」と思うのみで、無事だったことは素直に喜んでいるのが、ダイのダイたるところだろう。
一方でハドラーは、あんぐりと口を開けて驚愕していた。
「ク、クロコダイン!? どういうことだ! その様子は――勇者どもの軍門に下ったというのかッ!?」
「俺を捨て置かず蘇生してくれたことには感謝している……。だが俺は考え直したのだ! 人間も捨てたモノではないと……!」
「う、裏切り者……!!!」
ハドラーが拳を振り下ろし、地に亀裂が走る。万全なら打ち砕けたろうに。
主に裏切られ、部下にも裏切られたのだ。
酷過ぎる。
「貴様はその忠誠心を見込んで……! この俺がッ! それを、それを……! それに、ザボエラとミストバーンは……! 奴らも失敗を!?」
魔軍司令がその赫怒を原動力に、再び立ち上がろうとする。
が、重傷と疲労がそれを赦さない。
クロコダインが真空の斧を、その肩から降りたマァムがハンマースピアを構える。
反対側の肩にいるポップは、既に魔法力が尽きているため動かないが。
「もう何も心配は要らんよ、魔軍司令どの。貴方はここで終わる……!」
「覚悟しろっ! ハドラー!」
ダイが剣を振り上げた。
「ライデイン!!」
晴天の霹靂。稲妻が剣に落ち、持ち主へと通電せずにそのまま剣に留まる奇怪。
剣を介して、雷の魔法力と
「ダイ!? 何だその技……!?」
「魔法剣! さっき思いついた!」
「さっき思いついたァ!?」
地底魔城に来るまでに聞いていた会話によると、ライデインは本来、鎧の魔槍を持つラーハルトへの対策として習得したそうだ。
しかしそれが今、ここで新たな必殺技として結実していた。
原作で言うヒュンケル編やフレイザード編に当たる今、やはりこの世は運命に導かれているのか……? だが、緩い運命だ。必ず覆せる。
「あ、ああ……あううう……!!」
ハドラーが漏らす絶望の声も、すぐに。
「ライデインストラッーーーッシュ!!!」
心技体を一致した上でライデインオーラを纏う剣の一撃は、それはまさしく凄まじい。
しかも今回は
「ブラッディースクライド!!!」
槍から放たれる螺旋状衝撃波の刺突を横合いから受け、軸をブラされた。
「ううッ!!」
「ダイッ……!?」
逸れたライデインオーラの剣圧が、ハドラーの向こうの観客席を吹き飛ばした。
更に自ら放った刺突を追うように踏み込んできた影が、槍の薙ぎ払いでダイを打つ。
ダイは威力に逆らわず受け流し、後退した。
「誰だっ!?」
「き、貴様……」
それはオークキング――青い毛皮の猪獣人だった。ただし腕が四本あり、両手用と思しき長槍を2本持つ。クロコダインにも匹敵せんばかりの巨躯。
猪はハドラーを背に庇い、彼に回復呪文をかけ始めた。
「ベホマ」
「リ……リバスト……!!」
ハドラーが呻く。
一方、クロコダインは警戒を強めた。
「リバストか……」
「知ってるのかよ、クロコダインのおっさん!」
ポップがおっさん呼ばわりをし始めた。
好き。
「超竜軍団長リュンナの配下だ。魔王軍そのものではなくリュンナ個人に忠誠を誓っていて、我々軍団長と同等の力を持つと聞く『竜騎衆』のひとり……」
「あんなのが、まだもっといるってのか……!? 不意打ちとは言えダイの必殺技を外したみたいな奴が!」
必殺技の連発にダイが疲労し、紋章の輝きが消えていく。
察知したポップに肩を叩かれて、クロコダインは少年勇者の前に出た。それを見てマァムも倣う。
一方、リバストも身構えてはいるものの、攻撃はしない。
「少々遅れたが……。我が姫は、自分も援軍を送ると言って聞かぬでな。こうして俺が遣わされた。戻るぞ、ハドラーどの」
「も、戻るだと……!! このままおめおめと、か!?」
「そうだ」
即答。
「我が姫はハドラーどのの死を望まぬ」
たとえすぐに蘇るとしても。
たとえそうして蘇った方が強くなるとしても。
あなたが死ぬのは、イヤだ。
「わ……分かった」
ハドラーが頷くと、リバストは彼を抱え、フッとその場から消えた。
リリルーラだ。鬼岩城へ。
ダイたちは、構えを解いた。
そして傷を確かめ回復を行いながら、情報を交換していく。
この闘技場がハドラーが見て愉しむためのモノである以上、ここから玉座の間は近いハズ。
そう考えて探ったところ、案の定、道を発見。
恐らくそこにラーハルトとヒュンケルがいるだろうと一行は進み――
「ブラッディースクライドッッ!!!」
ヒュンケルがバルトスを打ち砕く場面を、見た。