しかし、どうでもいい。
バルトスも、ヒュンケルも、ラーハルトも、今はどうだっていい。
ダイもポップもマァムもクロコダインも、好きにしてくれていい。
ハドラーは鬼岩城の玉座に座していた。
この場所には、魔族特有の再生能力を増幅する作用がある――デルムリン島での戦いを終えた後に両腕を生やしたあれだ。
リバストによって鬼岩城に帰った彼は、ベホマを続けようとする猪の手を振り払ってここまで来たらしい。
「ハドラーさま」
「リュンナ……! もう動き回れるのか」
既に手厚い治療を受けたあとのリュンナより、今まさに戦いから帰ったばかりの自分の方が重傷だろうに。
胸の奥が喜びに震えるのを感じた。
それと同時に――今のハドラーはそんなに弱っているのか、という悲しみを。
「はい、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
腰を折って頭を下げた。
頭を上げ、近付いていく。
拒むように、ハドラーは言う。
「何をしに来た」
「治癒のお手伝いを」
ハドラーの傷は大小さまざま、特に大きいのはストラッシュで受けた胸の傷だ。いつかのデルムリン島で受けたそれよりも、更に深い。
そして治癒が遅い。
玉座の再生機能は正常に稼働しているのに、こうして見ていて、遅々として傷が塞がらない。
「要らん。既に貴様のペットからベホマを受けたわ」
「足りません」
そう、足りていない。竜眼で見て分かる。
暗黒闘気と同じく
ダイの闘気が、ハドラーの傷に滞っている。
だからリュンナは指を差し向けた。
リュンナの指から凍てつく波動が迸る。
ハドラーの傷から残留闘気が消え去った。
すると目に見えるほどの速さで、治癒が進んでいく。
ホッとした。
「ぬ……」
ハドラーは顔を歪め、治癒に身を任せる。
何か言いたそうな、言いたくなさそうな、複雑な顔。
そうして間もなく治癒が完了し、ハドラーは席を立つ。
戦闘で破損したマントに代わり、同じデザインの新しいモノが傍らに既に用意されていた――リュンナは甲斐甲斐しく、それを彼に纏わせた。
「お疲れさまでした。ハドラーさま」
「皮肉か」
「まさか」
まさかだ。心からの労いである。
アバンの使徒の成長は速過ぎる――ほんの少しの戦いで、本当に見違えるほどに。
あまつさえリュンナの存在が直接的・間接的に作用し、原作の同時期より全体的にレベルが上がっているのだ。
そこに喰らいついていくのは、とても大変だったろう。
「しかし、考え直してはもらえたでしょうか」
「あの話か……。だがそれでは、俺が貴様の部下ではないか! 冗談ではない」
バーンは死に、ハドラーは生き残る。それがベスト。
そのために超魔ハドラーの戦闘力は欲しいが、寿命を縮めてほしくはない。
そこで代替案として、竜眼の力で彼を進化させることを考えたのだ。ベルベルやリバストにそうしたように。
断られてしまったが。
「わたしの力はあなたの力。あなたの心が、わたしの心です。部下などと」
「俺の心に従うと言うのなら、その話は二度とするな!」
「……はい」
運命は変えられても、人の心を変えることの方がずっと難しい。
俯き――視界の外から、頭に手を乗せられた。ハッと顔を上げる。
ハドラー。
彼はすぐに手を放して、舌打ちしながら目を逸らしてしまった。
「……見たか」
「何をでしょう」
「ダイの力をだ」
「はい」
リュンナは眷属の感覚を共有できると、ハドラーは知っている。特に竜騎衆ほどの側近眷属となれば、暗黒闘気の繋がりはより強い。リバストの見たモノは、リュンナの見たモノなのだ。
紋章を輝かせライデインストラッシュを繰り出すダイの姿を、そこからハドラーを救ったリバストは見ていた。
「凄まじい力だ。打倒するか、取り込むか……。どちらだとしても、本当に可能なのか?」
「彼の精神性は勇者として理想的です。取り込みは難しいかも知れません」
取り込めようが取り込めまいが、どの道、成長したらバーンとは戦ってもらう。
リュンナとしては何れでも構わない。
「まるで打倒なら出来るような口ぶりだな」
「はい」
ハドラーが歩き出す。
玉座の後ろにあるバーンのシンボルに、魔法力の残り香がある。報告は既に終えたのだろう。
ならば向かう先は私室か、司令室か。
傍らの傍らを歩いていく。
「ふん……。俺を一蹴した奴に、お前は勝てるのか」
その言葉には、悲しみと絶望の色が湛えられている気がした。
しかし謝ることは、なおも侮辱だろう。
リュンナは目を伏せた。
「取り込むとしても、上下関係を決めるために一度は打倒する必要はありますし」
「具体的にはどうする」
「ダイにはちょっとした地獄を味わってもらいましょう。人間からの拒絶……悪意……。頼りにならない実の両親。ウチに靡くようにね」
ハドラーは肩を竦めた。
具体的ではないな、と思ったのかも知れない。
「上手く行くか?」
「行かなくても、勇者への精神ダメージにはなるでしょう」
「フッ……」
遂に声を出して笑った。
訝しんで見上げる。
「見通しが甘いですかね?」
「何のために取り込む? 魔王軍の勝利と栄光のためか? 人間への復讐のためか?」
質問に質問で返されてしまった。
しかもよく分からないことを。
首を捻る。
「ハドラーさまのためですよ。全てはね」
ハドラーのため。
ハドラーのためと思う、己のため。
「そうか」
何だか機嫌が良さそうだ。
やがて司令室に辿り着くと、既にザボエラとミストバーンがいて、悪魔の目玉が映す地底魔城の光景を眺めていた。
ハドラーが重々しい声を出す。
「貴様ら……。まさかひとりも仕留められんとは」
「そう仰るハドラーさまこそ……!!」
正論を言い募ろうとしたザボエラは、一睨みで黙らされた。
ミストバーンは我関せずのありさまで、悪魔の目玉が壁に光景を投影している大画面にばかり目を向けていた。
無口どころか完全に無視だ。
しかしハドラーは慣れ切っているのか、特にそれを咎める様子はない。
画面の中でダイが言う。
「おれは、おれは自分の両親って知らないけど……! おまえは知ってるんだろ! 母さんは人間だったんだろ!? なのに人間を憎むって、そんなのおかしいじゃないかっ!! おまえの母さんだって人間なのに!!」
「母を……あんな薄汚いゴミどもと一緒にするな……!」
ラーハルトは既に倒れていた。満身創痍。
「一緒にするも何も、どっちも同じ人間だっ!! ただ、人間にもいい奴と悪い奴がいて、それはちゃんと見極めなきゃいけないんだ」
「いい人間などいないッ!!」
「おまえの母さんは悪い人間だったのか!? 違うだろ!」
「うっ、……ぐうう……!!!」
どれだけ悔しげに歯軋りしたところで、事実は変わらない。
ラーハルトが最早復讐心ですらない個人的な怨恨で、全く無関係の人間を大量に巻き込み傷付けた、ただの悪党だという事実は。
ちょうど、原作バランのように。
あるいは、今のわたしのようにか? 怨恨でこそないが。
「だが俺は……俺は母の仇を……!」
「今度はおまえが誰かの母さんの仇になってるんだぞ! もうやめようよ!」
ふと、ヒュンケルがダイの肩に手を置く。
「無駄だ。この男は既に魔道に堕ちている。リュンナさまから教わった暗黒の技を、悪事に用いてきた……!」
ラーハルトに暗黒闘気を植え付けたのはミストバーンだが、その扱いを教えることはリュンナも手伝ったのだ。
主に武器に乗せて攻撃の瞬間に爆発させる技術や、眷属を作り操る技術だとかを。
「そして我が父バルトスをも操った! 俺は父さんと約束していた――魔物として操られてしまうことがあれば、そのときは……俺が止めると……!!」
握り拳に、血が滲んでいる。
バルトスのことは、ずっと放置していた。確かにリュンナの眷属だが、ベルベルやリバストとは立場が違う。人間の子を持つ彼は、魔王軍で人間を傷付けることを良しとはしないだろうから。
ヒュンケルもそうだ。せっかく闇堕ちせずに済んだのだから、そのまま光の道を進んでほしい。その方が本人も心安らかだろう。
「引導を――渡さねばならんッ!!」
ヒュンケルの全身から暗黒闘気が噴き出した。
……あれっ?
「俺だって人間は憎いッ!! アルキード王国はリュンナさまを……散々守られておきながら……!! だがそのために、かの国を滅ぼしたり、ましてや人間全体を巻き込んだりしようなどとは思わん。それはどうしようもなく悪ゆえに……。リュンナさまとて、本当はそうお考えのハズだ!
お前はその一線を越えたんだ、ラーハルト。同じリュンナさまから教わった技で……今、楽にしてやる……!」
右手で持った剣を引き、左手を切先に沿わせ照準を合わせる構え。
この世界では、槍使いのリバストと協力してリュンナが編み出した技なのだ。
「ヒュンケル……っ!」
「止めてやるなよ、ダイ。本当に……どうしようもねえ奴ってのは、この世にいるんだ! そして何かの事情がひとつ違うだけで、誰だってそうなる可能性がある……! 俺もあの時デルムリン島で吹っ切れなきゃ、ずっと勇気を持てずに逃げっ放しだっただろうしな……」
ポップが目を伏せて述べる。
原作ではクロコダイン戦で成長していたし、言うほど卑下する必要はないと思うが。
ともあれダイは、納得できない表情を浮かべながらも、理解を示していた。止めない。
暗黒闘気を噴き出すヒュンケルは、更に光の闘気をも同時に纏う。
光と闇が螺旋状に入り混じり――
「ブラッディースクライドッッ!!!」
螺旋はそのまま刺突剣圧と化し、ラーハルトを貫いた。
光と闇の爆発が、全てを飲み込むように巻き起こる。