暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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74 超竜軍団猛攻!!!

 メルルは咄嗟に占い用の水晶玉を掴むと、

 

「わああああっ」

 

 震える声で叫びながら、地面に――ポップの影に叩き付けた。

 途端、影が起き上がる。比喩でも何でもなく、地面に横たわる影の中から、影の化物が立ち上がったのだ。

 デルムリン島以来、ずっと憑けていたシャドーが。

 

 別に水晶玉でダメージを受けたワケではないが、彼女の感知能力でバレた以上、もう誤魔化しは利くまい。

 大人しく姿を現すことにした。

 

「なっ、何なのそれ……!?」

「レオナ離れて!」

 

 急な展開に驚くレオナを、ダイが庇いながら下がらせる。

 

「これ……シャドー!? 魔影軍団なの!?」

「俺に憑いてくれれば、すぐに気付けたものを……!」

 

 マァムとヒュンケルは武器を構えた。

 そしてポップは、驚きのあまり尻餅をついていた。

 

「いやーバレちゃいましたね」

 

 このシャドーの自我は薄い。創造してからこちら、大半の時間をリュンナの目としてのみ過ごしてきたからだ。自分の思考というモノを持たない。

 その声も、言葉も、リュンナ自身のモノだ。

 

「その声……!! バカな!! そんな前から……!?」

「はい正解ですよ、ポップくん。お久し振りです」

「どういうことだよ、ポップ!? そいつは誰なんだ!?」

 

 ダイはデルムリン島ではハドラーと戦ってばかりで、リュンナとほとんど会話をしていない。気付けなくても無理もない。

 ポップは地を這って後退し、それからようやく立ち上がりながら述べる。

 

「リュンナだ……! こいつリュンナなんだよ! たぶんデルムリン島で俺に取り憑かせてやがったんだ! いつの間に……!」

「リュンナさま……! 本当にリュンナさまなのですか!?」

 

 ヒュンケルもまた、すぐに気付いていたようだ。

 ただ衝撃が大き過ぎて、数秒固まっていたが。

 

「はい、わたしです。リュンナですよ。大きくなりましたね、ヒュンケルくん」

「リュンナさま……。やはり、人間を深くお恨みに!? しかしそんなことをしても――」

「いえ別に、恨みとかそういうのは。ところで、そっちはいいんですか? わたしの名前なんか連呼して」

 

 リュンナの名は、この国では半ば禁忌となっている部分がある。

 小さな子供はともかく、周囲を行き交うある程度以上の歳の者は、皆恐々と、そして不審者を見るように一行を見た――それからシャドーに気付き、或いは叫び、或いは縮こまる。

 誰も皆、まるで一行がシャドーを引き入れたかのような視線。

 

 ポップに憑いていたのだから、ある意味で間違ってはいないのだが。

 どちらにせよ、一行としては歓迎できる状況ではないだろう。

 

「早く倒しちゃった方がいいんじゃないかしら……!」

 

 レオナが焦燥の顔で言う。正しい手だろう。

 だがヒュンケルは会話を続けたいらしく、まごまごしている。

 

「ごめんなさいね、わたしここじゃ歴史上の汚点ですから。それとも、わたしを処刑したことが汚点なのかな。まあいいや、近いウチに――」

「ベギラマ!」

 

 動いたのはポップだった。

 魔道士の杖の力で増幅した魔力で、先端の魔宝玉から閃熱を放つ。

 シャドーはあっと言う間に蒸発した。

 

「ポップ……!」

「文句は言わせねえぞヒュンケル! 昔はどうだったか知らねえけど、今のリュンナは敵なんだ。その辺の人にでも取り憑いて人質にされたら困るだろ!」

「それはそうだが……!」

 

 言い争いが始まりかけた――だがヒュンケルの口から溢れたのは、言葉ではなく鮮血だった。

 

「――ぐふっ!」

「えっ……」

 

 ヒュンケルが膝を突く。

 ドラゴンメイルに穴が開いていた。空中に鮮血が連なっている。まるで透明の剣に後ろから貫かれたかのように。

 ――ようなでは、ない。

 

「後ろだ! ヒュンケルの後ろにいやがる!」

「大地斬!!」

 

 ダイが虚空に鋼鉄の剣を振り下ろす――と、鈍い音と共に、それは一見何もない空中で止まった。

 彼の感覚ならば分かるだろうか。それは、闘気で強化した素手で受け止めたのだと。

 直後、ダイが吹き飛び、商店街の店先に突っ込んで、商品を撒き散らした。

 

「ダイ!?」

「ちょっと、大丈夫!?」

 

 ベホマを使えるレオナが、ヒュンケルを治療しようと近付く。

 マァムが慌てて止めようとした。

 

「ダメ! まだいる!」

 

 そう、透明な下手人はまだヒュンケルの背後にいる。

 今――透明な剣を引き抜いた。空中に連なる鮮血の移動で分かるだろうか。

 

「あっ――」

 

 そしてマァムの伸ばした手は間に合わず、不用意に前に出たレオナもまた腹を貫かれる。

 

「――ッ、……!!!」

 

 声も出せずに崩れ落ちた。顔は苦痛に苛まれるより、何が起こったか分からないという混乱の色が濃い。

 

「地雷閃!」

 

 マァムのハルベルトが唸りを上げる。

 透明の剣が受け、透明の使い手ごと吹き飛んだ。

 その威力の衝突衝撃が、剣に付着した血を、吹き飛ぶ軌跡に尾を引くように撒き散らす。

 ヒュンケルの血、レオナの血。充分な『素材』だ。

 

「ベホマ!」

 

 マァムは一瞬迷い――レオナを先に治療し始めた。

 レオナならある程度回復すれば自力でベホマができるし、戦士と賢者では、より体力に劣るのは後者のレオナである。妥当な判断だろう。

 一方、ポップはダイを助け起こし――彼の鋼鉄(はがね)の剣が、引き裂かれたようにへし折れているのを見た。

 

 今――透明なリュンナを止める者はいない。

 軽くリストカット、透明ではない赤い血を流す。

 続いてその身から噴き出す暗黒闘気も透明ではなく、どす黒い。闇が六芒星を描き、地面に撒かれた鮮血が暗い輝きを放つ。

 そして血が沸騰したように泡立ち、次々に膨張し――それぞれの『形』を成し、仮初の命を得るのだ。

 

 ヒュンケルの血からは――曲刀、盾、胴鎧、兜を装備した、翼ある竜人剣士。黄色い鱗、シュプリンガー。

 レオナの血からは、蝶のような翅を生やした小さな竜、フェアリードラゴン。

 更に自傷の血からは、黄金に輝く二足歩行の巨竜、グレイトドラゴン。

 

 その姿のみで既に、人々の悲鳴が弾けた。

 

「うわああああっ!!」

「ちょ、超竜軍団だ! ついにここまで……!」

「聖騎士隊を呼べ!」

 

 逃げ惑う人々に、グレイトドラゴンがマヒャドめいた凍てつく息を吐き出す――

 

「ベギラマー!!!」

 

 ポップの閃熱が相殺。

 ダイがその下をくぐるように駆け抜け、剣を構える。折れた剣の代わりに、その辺の店から拝借したモノだ。

 構えはストラッシュのそれ。

 

「ギシャアッ!!」

 

 だがそこに、シュプリンガーの海波斬。

 打ち払うために、ダイは構えを解くことを余儀なくされる。

 

 そしてフェアリードラゴンが不思議な踊りを踊ると、ポップが呻いた。

 

「クソッ、魔法力が……!」

 

 シュプリンガーがダイに斬りかかり、足止めをする。

 同時にグレイトドラゴンが長大な尾を振るうと、商店街の向かい合う建物が薙ぎ払われ、瓦礫が散った。

 建材の散弾が人々を打つ。悲鳴、怒号、流血。

 

 一方マァムは、レオナをある程度回復。レオナは自力回復に移り、マァムは更にヒュンケルの回復に移っていく。

 そしてヒュンケルもそこまで放置されていたワケではなく、ナバラとメルルの回復呪文を受けていた。

 肺に穴を開けて呼吸を封じたが、そろそろ立ち上がってくるか……?

 

「ブラッディースクライドッ!!」

 

 立ち上がるどころか、未だ座り込んだままながらに技を撃ってきた。

 フェアリードラゴンが翅を撃ち抜かれて墜落、踊りを封じられる。

 

「くっ! 狙いがズレたか……!」

 

 一撃で殺すことを狙っていたらしい。

 弟子ながら何とも恐ろしく育ったものだ。

 

「それにしてもどういうことなんだ!? いきなりこんなに敵が現れるなんて……! それにヒュンケルやレオナが刺されたのも……!」

 

 ダイがシュプリンガーと切り結びながら叫ぶ。

 シュプリンガーのルカナンが剣を脆化し、斬り飛ばした。

 勇者は呻き、また別の剣をその辺の店から拝借する。苦渋の顔。

 

「リュンナだろうよ! レムオルだ……! 透明呪文! ここに来てた! この場で魔物を作りやがった……!」

 

 ポップはグレイトドラゴンにベギラマを放ち、その鱗にあえなく弾かれていた。

 凍てつく息を吐いたから炎熱が効くと思ったか? 炎の息も吐くのだ、そいつは。

 証明するように、その口から激しい炎がポップへと迸る。ヒャダルコで防ぎながら、しかしベギラマほどの威力のないその呪文では防ぎ切れず、逸れた炎で人々が焼かれていく。

 

「リュンナさま……! いらっしゃるのですか! くっ、心眼でも見えない……!」

 

 ヒュンケルは今遂に立ち上がり、

 

 ――メダパニ。

 

 フェアリードラゴンの声なき呪文が、混乱に陥れる。目が虚ろに。

 彼には全てが敵に見えているのだろうか――しかし、グレイトドラゴンに迷うことなく突貫していった。

 確かに、その巨体が味方であるハズはない。クロコダインはこの場にいないのだから。

 

 もっとも巨体がグレイトドラゴンであることは分かっても、その具体的な動作の認識さえ混乱させられているようだ、剣が当たる気配がない。

 逆に爪の一撃を受け、人混みに吹き飛ばされる始末。

 

「ヒュンケル!! くそっ……!」

 

 だから、さあ、見せてあげたらいい。

 ダイ――あなたの力を。

 


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