鎧袖一触だった。
グレイトドラゴンが尾で叩き崩した建物の中、瓦礫に阻まれて逃げることもできずにいる泣き声を聞いて――あまつさえそこに炎の息が向けられたとき、ダイはその額に竜の紋章を輝かせた。
自分を足止めしていたシュプリンガーを装備ごと大地斬で両断すると、ベギラマでフェアリードラゴンにトドメを刺しながらその閃熱を放った反動をも使い跳躍、グレイトドラゴンの炎の前に飛び出し、ヒャダインの魔法剣海波斬で炎を消滅。
ブレスが効かないと見て肉弾攻撃に移ったグレイトドラゴンに対し、薙ぎ払ってきた尾を掴んで振り回し地に叩きつけ、そうして動きを止めたところにアバンストラッシュ
素早く逃げた者たちは良かっただろう。
だが瓦礫や人混みに阻まれて逃げ遅れた者たちは、その光景を目の当たりにする破目になった。
「おばあさま! あの紋章はまさしく……!」
「うむ、これが伝説の
メルルとナバラは、恐れながらも感動の様子ですらあったが。
ダイは紋章を消し、剣を収めようとして――その辺の武器屋から勝手に拝借した剣であり、鞘を持っていないことに気付く。
だからその店の逃げ遅れた店主と思しき男に近付いていき、
「ごめんなさい、勝手に使わせてもらっちゃって――」
「ひいいっ!」
謝りながら代金を払おうとしたところ、店主は怯え、尻もちをついた。
「あの、剣……」
「く、来るな! やっ、やる、剣はやるから……! どっか行ってくれっ!」
ダイは困った顔で――剣を誰もいない方向に振るい、付着した血を払う。
ただそれだけの動作に、店主はもちろん、腰を抜かし逃げ損ねた客や、路上の瓦礫に阻まれている人々さえビクリと過剰に反応する。
それでいて、逃げる流れは止まっていた。まるで目を離したらやられる、というように、誰もが固唾を飲むありさま。
「ど、どうしたんだよ……! みんな……」
ダイは戸惑う。初めての経験だろう、無理もない。
それでも邪魔な瓦礫を腕力で放り捨て、建物に閉じ込められる形となっていた子供が脱出できるようにした。
しかし子供はダイを見て、余計に泣くばかりだ。
「これって……おれのことが怖い、のか……!?」
ヒュンケルを叩いて混乱を解いたマァムは不安そうだ。
逆にポップは憤っていた。
「くそっ、俺たちを狙ってきた竜とは言え、助けてもらっておいて……!」
「人間などそんなモノだ。俺は人間を守るが……そこに期待はしていない」
鎧を外して血を拭いながら、ヒュンケルは淡々と述べた。
特にアルキードの民となれば、彼にとってはある種の仇敵ですらあるだろう。
「ところでさっき……」レオナがナバラとメルルを振り返る。「貴方たち、ダイ君のこと
「
「
「そういえばさっきも言ってたけど」
「あれが!? ふざけるなよ……」
不意に、人々がざわめいた。
そこには恐怖の他に、匹敵する怒りがある。
「な、何だよ……。
戸惑うダイにナバラが答えようとして、人々の声に掻き消される。
「
「お、俺、見たぞ……! あいつの額、何か……目みたいなモノが……!」
「まさか竜眼!?」
「リュンナさまだ! リュンナさまの呪いなんだ!」
ポップが慌てて言い返す。
「ばっ、バカ野郎! ダイの紋章は目じゃねえ! 竜の顔だろが!」
人々は沸騰した。
「顔!?」
「額にもうひとつ顔があるの!?」
「竜眼どころの騒ぎじゃねえ……!!」
「魔物だ! 絶対魔物だ!」
「助けてえっ……!!」
人混みと瓦礫に阻まれてなお逃げようとして、人々は将棋倒しになり、人が人を押し、踏み、潰し、怪我人があっと言う間に増える。
原作ベンガーナよりも更に深刻な恐怖だ。
然もありなん。リュンナの呪いと言うなら、この現実そのものが呪いだろう。アレルギーなのだ。ダイの紋章は、そう、この国の民には竜眼の親戚にしか見えまい。
呪ってないけどさ。
「どくんだ! どきなさい!」
そんな人々を掻き分けて、聖騎士隊が現れる。揃いの鎧が眩しい。
元はリュンナの発想からパラディンを育成することが流行り、それが定着し部隊を編制するまでになったモノだ。
リュンナが魔物扱いの時期にさえ、それは運用され続けた。現代まで続いていたことに不思議はない。それだけ有用だということ。
聖騎士隊は竜どもの死骸を見て息を呑み、それからダイたちに視線を移した。
「我々はアルキード王国の誉れ高き聖騎士隊! 諸君の戦いは我々も見ていた……現場に辿り着くのは間に合わなかったが」
避難民が物理的に邪魔だったのだろう。
「その少年の額の輝き! 尋常のモノではなかった。魔物であれば、撃退せねばならん……!」
「ま、待ってよ! おれは人間です!」
ダイが慌てて首を振り、仲間たちが彼を庇う。
特にポップの剣幕は険しい。
「ダイはな、ドラゴンをもやっつける勇者なんだよ! 何で魔物になるんだ!」
「ロモスやパプニカの魔王軍だって、ダイがいたから追い払えたのよ!」
「て言うか、私がそのパプニカの王女なんだけど……」
マァムに続いたレオナの発言に、俄かにざわつく。
近隣国の王女ともなれば、聖騎士の中には顔を見たことがある者もいるのだろう。本物のようだ、という声も聞こえてくる。
代表として出てきた聖騎士が、レオナに跪いた。
「大変失礼をいたしました。お赦しください。
しかしお聞きいたしますが、それでは、あの額に現れたモノはいったい何だったのでしょうか!? 竜の眼だ、いや顔だ、と我が国の民衆も不安がっております。それでは魔物ではないかと」
「そ、それは……」
知らない、答えられない。
知っているのは――ナバラとメルルだ。視線を送った。
「あれは
聖騎士がいきり立つ。
「老婆よ。
「そういえば13年ほど前か……。そんな話も聞いたね。アルキードに
ナバラは遠くを見る目。
「
「ぬう……!」
「こんなところで話していても埒が明かない。バラン王に聞いてみちゃどうだね」
聖騎士たちは沈黙の後、小声で協議を始めた。
一方でそれはダイたちも。
「おれ、自分が何者なのか知らないんです。赤ん坊のころ島に流れ着いて……!」
「
レオナが核心に触れる問い。
「人かどうかは分かりません」
その答えに、ダイは愕然とした。
本当に自分は魔物なのか? 或いは、魔物ですらないのか。
その肩に、ポップが手を置く。
「もしここの王さまも
「い、行けるの……!?」
ダイの不安そうな顔に、ポップが聖騎士へ顎をしゃくった。
すると聖騎士の代表は相変わらず跪いたままに――
「パプニカの王女さまとそのご一行を、城にご招待したい」
と言い出した。
「お互いに興味深いお話ができるものと……」
「ええ、お招きに
「……うんっ!」
その様子に、民衆は噂した。
「
誰も皆、明るい顔をしている者はいなかった。
民衆も、聖騎士も、ダイたちも。
中でもメルルが、震えて自分を抱きながら述べる。
「まだ……います……!」
「マジかよ。でも、手は出して来ねえみたいだな……」
レムオルで透明になり、気配を消す忍び足を重ね、今もいる。
だがこれではバランには気付かれるだろう――城には鷹の目で入らせてもらおうか。