一行が城に入って半刻も経たぬうちに、王並びに王妃との面会が行われる運びとなった。
これには報告に行ったり来たりした聖騎士たちも驚きの表情だった。
しかも謁見の間には警備の聖騎士を入れず、王夫妻とダイ一行のみが入ることを赦されるという。王からの命令だ。ナバラとメルルも、纏めて一行に数えられていたが……。
「くれぐれも粗相のないように」
聖騎士に言い含められながら謁見の間へ。
玉座には黒髪に髭の偉丈夫、その傍らには黒髪の物憂げな美女。
扉が閉められた。
「あ、あの……初めまして……」
ダイはおずおずと頭を下げながら挨拶をした。
王は応えず、口元を引き結び――それをも超えて、歯を食い縛って、
「――かああッ!!」
気合の声と共に、ヒィィィン――と、輝く音。
王の額に、
「あ、あれは……! ダイと同じ!?」
「おれの紋章も勝手に……!」
謁見の間が、共鳴するふたつの紋章の輝きに染まり――間もなく、光は止んだ。
「今――確信できた。ソアラ……」
「ええ、あなた……」
肩で息をしながら紋章を消し去った王は、王妃と頷き合い、立ち上がって歩いてくる。
王を足労させるとは無礼だと、そんなことを言えるほど冷静な者はひとりもいなかった。
目の前で止まる。
「ダイ――といったかな」
「は、はい……」
見上げるダイは、寸前よりよほど落ち着いていた。
紋章の共鳴が、敵意のなさを実感させたのだろうか。
その紋章も、今ダイのそれも消えゆくところだが。
「私の名はバラン。彼女はソアラ」傍らの王妃も併せて紹介する。「我々が――お前の両親だ」
「えっ……!?」
だが流石に、その事実には驚愕したか。
とは言えダイ自身はポカンとしている色が濃く、騒ぐのは残りの面々だ。
「ダイ、お前王子さまだったのかよ!?」
「良かったじゃない、ご両親が見付かるなんて!」
「でもどこか……不穏な雰囲気じゃないかしら……」
喜ぶマァムとは裏腹、レオナがその機微に気付く。
実際、バランとソアラの顔に笑みはない。まるで申し訳なそうに俯くばかりだ。
ダイもまた不安を覚えたか、バランに掴みかからんばかり。
「ど――どうして……! どうしておれはデルムリン島に!?」
「そうか、そこに流れ着いて生き延びたのだな。魔物だらけの島と聞くが……」
「じいちゃんが……鬼面道士のブラスじいちゃんが育ててくれたから……!」
「よいお方に拾われたようだ。……すまない」
バランは片膝をつき、目線を合わせる。
「どうして謝るの……?」
「我々が……お前を、手放してしまったからだ」
手放した。
船が沈んでデルムリン島に漂着したのは偶然か運命だが、そもそも船に乗せたのは彼らの意思なのか。
「城下町で魔物扱いされたそうだな」
「う、うん……。おれの紋章が、そんなの人間じゃないって……。これ、
ダイは焦ったように叫ぶ。
魔物扱いをされたこと自体よりも、魔物だからと『恐れられ拒絶された』ことに傷付いたのだろう。
「遥か昔、人間と魔族と竜、三つの種族の神々が創り上げた究極の生物だ。天地魔界のバランスを崩す野心を持った者が現れたとき、それを討つことが役目」
「つまり――勇者ってこと?」
「フッ……」
バランが、初めて笑った。見上げればソアラもだ。
ダイは目を白黒させた。
「ごめんなさい。初めて聞いたときの私と、同じ感想だったから……」
ソアラは笑む口元を両手で隠し――だがその手はすぐに、寧ろ溢れる涙を隠すモノとなった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「母さん……?」
「
バランが述べる。
「
だから……だから我々は……! 愚かな選択を……!」
震える声。
「王家の遠い親戚が、ロモスの貴族にいるの。死産と偽って存在を隠して――そこに預けるつもりだったのよ。長じたらアバンにも庇護を頼もうと……。でも貴方を乗せた船が……沈んだと聞いて……」
「生きていてくれてありがとう、ディーノ。いや、ダイか……」
バランは緩く首を振った。
ディーノ。手放したからこそ、せめてもの繋がりにと、しっかりと名をつけたのか。
「ダイ。本当に、お前が生きていて良かった。だが……この国は、お前を受け容れられない……! すまない! すまない……」
バランですら、涙に声を詰まらせるありさま。
「おれは……父さんや母さんと暮らせない、の?」
「そうだ。それに、今は我々だけだからいいが……余人のいる場で、我々をそう呼んではならない」
「……」
父や母と呼ぶことすらできないとは。
ダイにはどれだけショックなことだろうか。
とは言え、死んだと思っていた息子が突然現れて、いきなり受け容れる体勢や心構えが整っている方がおかしい。
恐らく、ここからはフォローの言が始まるのでは……。
「お、おい……!
が、その前にポップが前に出た。
「そりゃないんじゃねえのか!? ダイの、ダイの家族なんだろ!?」
「お前は」
「ポップ! 魔法使いで、アバン先生の弟子で、ダイの親友だ!」
言葉と同時に、ダイの肩を抱き、グイッと引き寄せた。
「ポップ……!」
「いい友達を持ったな、ダイ。大事にしてやるといい……」
バランが立ち上がる。
「ま、待てよ! どうしてダイを受け容れてやれねえんだ! 自分だって
「ちょっとポップ君、せめてもう少し言葉遣い――」
「すまねえ、今は黙っててくれ姫さん! 俺は怒ってるんだぜ!」
レオナの制止すら振り切り、ポップが掴みかかる。
バランはいっそ冷たいくらいの声を出した。
「私は国民に紋章を見せたことがない。そうと分かる形ではな。何か光っている――というくらいならともかく」
「……!」
「手遅れだ、ということだ。人間に受け容れられるには、同じ人間だと認識されるしかない。そして人間は、額に目だの紋章だのが出たりはしないのだ……」
「か、家族より……! 自分の子供より! 国の方が大事なのかよっ!」
遂にポップが殴りかかる。
バランは甘んじて頬に受けた――小揺るぎもしなかったが。
「友に国を頼まれた」
「そ、そりゃあ友達は大事だろうけどよ……!」
「私が追い詰めてしまったのだ。せめて信頼できる養子を取って国を託すまで、その約束は――」
ソアラが首を振った。
「違うわ、バラン。リュンナのことはあなたが悪いわけじゃ……」
「違わん。私が倒してしまったばかりに、拘束から逃げる力も残らず……。そして私は、結局、あの日も……!」
「そんなの、私だって……。リュンナ……」
確かに処刑の日、バランもソアラも助けに来なかった。
それでいいと思ったし、今でもそう思っている。恨みはない。
むしろ感謝すらある。今日までこうして国を守ってくれて、ありがとう。
「リュンナ……。ここでもリュンナかよ! そりゃ故郷なら当然だけどよ……!」
「ここでも――とは?」
王夫妻が疑問を顔に浮かべた。
ダイが答える。
「リュンナ姫は魔王軍に操られてるんだ! 魔軍司令ハドラーって奴に! さっきも町で……」
「ハドラーだと……。そうか、13年前にあいつを攫った……。そんなことになっていたとは……」
俄かに緊張感が高まる空気。
「勇者王バランよ」ヒュンケルが口を開いた。「リュンナさまを助け出すためのお力添えをお願いできますまいか」
「ヒュンケル!?」
「今はそんな場合じゃ……」
詰め寄られるが、本人はどこ吹く風。
「いや、こんな場合だからこそだ。ポップの話では、竜眼を消せる呪文があるのだろう?」
「あ、ああ。先生が古文書とかから習得したっていう破邪呪文マジャスティス……でも先生はもう……」
「先生のパーティーにはもうひとり、大魔道士マトリフという偉大な呪文使いがいたのだ。彼を探し出せれば、或いはリュンナさまの竜眼を消せるだろう。するとどうなる?」
一同を見回して。
「ど、どうなるってんだ……!?」
「そのさまを民衆に見せてやるのだ。竜眼は消せるのだ、と。あとは同じ呪文で、ダイの
「なるほど……?」
殆どの面々はおおむね納得の顔をしているが、ポップは怪訝の表情。
「それ、マホカトールでダイのを消してみせるんじゃダメなのか……?」
そう、別にわたしの部分は必要ない――鷹の目で眺めながら、リュンナは思う。
だがヒュンケルは平然と即答した。
「説得力が違うだろう。この国はリュンナさまを魔物と信じて恐れ、遂には処刑にまで至った――その前提を、今度こそ明確に覆してみせるのだ。ダイに関しても説得力が大きく変わるハズ。つまり成功率の高さがだ」
「う、うーん……そう言われると、そうか……」
「そこで――バラン王」
ヒュンケルが跪いた。
「どうかこの策にお力添えを。策が成るためには、リュンナさまを捕縛しなくてはなりません。地上にほぼ並ぶ者なき強者であるあのお方をです。
それを可能とするには、恐らくは同じく圧倒的な強者であろう
「むう……」
バランは唸った。
確かに成功すれば、誰もが幸せになれるだろう。少なくとも、彼らの視点では。
失敗しても、戦闘で味方に死者が出ない限りはマイナスも生じない。
「念のために聞くが――あいつは魔王軍でどのような位置にいるのだ」
「超竜軍団長です」
「……ッ!」
超竜軍団。アルキードを攻撃している軍団だ。
つまり、どの道いずれはリュンナとの戦いを避けられない――それはバランを決断せしめるに充分な要素だったのだろう。
「分かった。協力しよう」
バランが重々しく頷いた。
一方でソアラは、明後日の方向を見ていた――いや、それは彼らにとってのであって――つまり、『こちら』を。
――姉上。