ダイ一行とバランは会議室で作戦を練り始めた。
ダイのことは、対外的には『邪悪な魔物かどうか、行動を共にして見極める』――としたようだ。ギリギリの線。
ソアラはひとり、私室にて。
「リュンナ」
虚空に言う。
「いるんでしょう?」
「はい」
正確にはいなかった――鷹の目で視点を飛ばしていたのみだ。だがつまり意識はそこにいて、今、リリルーラで姿を現した。
ドラゴンローブ、吹雪の剣。
流れる銀髪、深い赤の双眸、白い肌。
額に縦に開いた眼窩、縦に割れた瞳孔、竜眼。
13年前と殆ど変わらぬ、13歳の小柄な姿。
竜に生まれ変わった、人の姿だ。
「変わらないのね。あなたは」
リュンナの姿に一瞬驚きこそすれ、ソアラは微笑んで普通に受け容れた。
そういう人だ。昔から。
「お久し振りです。姉上」
「ええ、久し振り」
彼女は手振りで椅子を勧めてきた。座る。
「どうして分かったんです?」
「そんな気がしたから。あなたに見られている気がしたの」
「さようですか」
どういう感知力をしているのか。メルル以上か?
いや、そういう予知だの占いだのといった超常感知とは違うのかも知れない。
ただ単に、そう――家族だから。
「お茶でも飲むかしら」
「姉上が淹れてくださるなら」
「ふふ、待っていてね」
ソアラは隣のキッチンに消え、やがてお盆を持って戻ってきた。
心地良い香り。国産の高級茶の中では、単体ではそこそこの味――しかし小麦の素朴な甘みをメインにしたクッキーと合わせると、それを引き立てて殊更に美味いのだ。
案の定、お盆にはクッキーも乗っている。
リュンナは遠慮なくいただいた。
懐かしい味だ。アルキードの味。
姉上と楽しむ味。
自然と笑みが浮かんでくる。
ああ。
「ごめんなさい、姉上。ずっと留守にしていて。これからも、ですけど」
「ハドラーの部下をしていると聞いたわ。かつての魔王よね」
「はい」
淡々と頷いた。
「それはこの国を恨んで? それともあの子が言っていたように、ハドラーに操られているのかしら」
「どちらも『いいえ』です」
ソアラは僅かに目を瞬いて、不思議そうにする。
「どちらも?」
「はい」
「そう。――魔王軍では、どんなことを?」
どんなことを、と来たか。
魔王軍のすることなど、侵略以外にあるまいに。
「主に侵略です」だからそう答えた。「超竜軍団長『竜眼姫』リュンナ――それが今のわたしです。竜眼に因んで、ドラゴンの軍団を任されたんですよ。さっき謁見の間でも言われてましたけど」
「この国を攻めてる軍団ね」
「はい。あとベンガーナも。そっちはもう制圧しました」
ソアラは頬に手を当て、首を傾げた。
「制圧って、具体的には?」
「王家を全員人質に取って、国民を魔王軍のために強制労働させています。主に食料や武器の生産ですね。
あと人をエサにするタイプの魔物のエサになってもらったり……。呪文で治せる範囲で、ですけど。殺しちゃったらそれ以上利用できませんから」
「ふふ」
ソアラは笑った。
きょとんとして見る。
「笑いごとじゃないと思うんですけど」
「だって……。あなた何人殺したの?」
「ゼロです」
「ほら」
敵を殺さないことで、看護に手を割かせて戦力を圧迫し、恐怖の語り部を増やして士気を挫く。或いは捕まえて眷属に改造するが、それも相手が努力すれば生きて戻せるモノだ。
徹底的な『殺さない』戦略を貫いてきた。
「それは、ハドラーの命令で?」
「いいえ。侵略しろとしか言われてませんから、わたしの考えで」
「ならやっぱり、笑いごとね」
「……かも知れませんね」
お茶を飲む。カップで口元を隠す所作。
ソアラはますます楽しそう。
大丈夫か?
確かに軍団も含めて人は殺していないが、だからと言って、そこまで笑うことか。
「ハドラーはどう思ってるのかしら。あなたのやり方」
「文句は何ひとつ。ぶっちゃけ、魔王軍でいちばん戦果上げてるのわたしですし」
「まあ」
ロモス、パプニカは勇者ダイに救われた。同様に、オーザムは北の勇者ノヴァの手で。カールとリンガイアも持ち堪えている。
結果、『魔王軍に敗北した国』は現状ベンガーナのみで、それはリュンナの成果だ。
魔軍司令として、文句など言ってくるハズもない。
「ハドラーってどんな人なの? 私会ったことないのよ」
「そうですねえ……」
どんな人?
改めて考えてみると――。
「可愛い人です」
「可愛い人」
目をぱちくりされた。
それから身を乗り出してきた。
「どんな風に可愛いの?」
「尊大なのに小心者なところあるんですよ、あの人。ちょっと計算外のことがあるとすぐ狼狽えて、でもプライドが高くてそんな自分をなかなか認められなくて、周りに助けを求めることもできなくて。ビックリするとすぐ鼻水垂らすの。何度鼻かんであげようと思ったことか」
「あらまあ」
「あとあれね、照れ屋なのか朴念仁なのか、わたしがいくらモーションかけても『そういう冗談は嫌いだ~』って突っ撥ねるんです。ヤですよね、女の子の素直な気持ちを受け取れない人って」
「そうねえ」
「でもわたしが弱ってるときは、傍にいてくれるんですよ。ひとの看病なんか全然したことなくてヘマばっかりするんですけど、その気持ちが嬉しいって言いますか。いてくれるだけで安心するって言いますか。いや、ほんとヘマばっかりだったんですけどね、冗談抜きでね。『喰って治せ!!』ってめっちゃお肉用意したり。いや重いわ! と」
「ふふ、そうなの。大事に思われてるのね」
「だといいんですけどね~。だってアレじゃないですか? 強引に攫われてモノにされるって――もちろんお互いに愛があってこそですけど、乙女の最強憧れシチュのひとつで再会したんですよ。まあモノにされるって、傷物にされたワケじゃないですけど。残念なことに。ともかくね、そんなの好きになっちゃうじゃないですか」
「分かるわ。私もバランに駆け落ちを誘われたときは、正直ドキッとしたもの」
「でしょう? 純粋に『わたし』を求められたんですよ。肩書きでも役職でも立場でもなく。もちろんね、そういうのだって自分の一部ですよ。それは間違いない。でも『それこそが』自分かって言うと、そうじゃないワケで。『これがわたし!!!』って部分を求めてわたしを攫ったんです、あの人は」
「勇者ということ? それは肩書きではないのかしら」
「ちょっと違いますね。勇者という肩書きじゃなく、それに至る実績、『魔王ハドラーを倒した』ことの方です。そしてそれは、わたしがわたしである限り、避けられない激突でした。互いに自分の国を背負っていた以上はね……。だからそれは、わたしがわたしであることだったんです。あの人は、わたしを求めたんです。獲物としてですけど」
「獲物」
「『自分の仇』なワケじゃないですか。復讐としてね。でもわたしほら、そのとき国から拒まれて空っぽになってまして」
「それは……ごめんなさい……」
「いいえ、お蔭であの人のモノになれましたから。もっとモノになりますし、モノにしますけどね!! 聞いてくださいよ姉上~~~この間はね、こう頭を撫でられたんですよ、まあ撫でたって言っても殆ど手を乗せるだけみたいな触れ方で、実際単なる気まぐれなんでしょうけど、それでもああいうのは初めてで――」
「リュンナ」
「はい」
「あなた、操られていないし、国を恨んでもいないのね」
「はい」
喋り過ぎて喉が渇いた。お茶、クッキー、お茶。美味しい。
「私、てっきりアバンといい仲になるものだとばかり思っていたのよ」
「そんな時期もありましたっけね。まあ先輩はこの間わたしの手で退場してもらいましたけど」
「本当に?」
唇に右手人差指を当ててみせた。
くすり、ソアラが上品に笑う。
「先輩ってほら、ちょっと完全無欠なところあるじゃないですか。確かに先輩はいい人で、造形も良くて、強くて知性もあって、ユーモアもあって、優しくて、勇者で……。でも――可愛くないんです。あの人と違って」
「そう。そうかも知れないわね」
「あと故郷に女いるらしいですし」
「まあ」
13年振りだ。
にも拘わらず、どうしてこうも自然と会話が弾むのだろう。
ソアラが聞き上手なのか?
あるいは。
「あー……」
感慨深く、思う。
「どうしたの? リュンナ」
「いえ……。やっぱりわたし、姉上のこと、大好きなんだなあって」
こんなに好きだ。こんなに。
「だから、姉上。ごめんなさい」
こんなに好きなのに。
わたしは。