暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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79 勇者王バラン

 咲いた鮮血は、バランのものだった。

 部屋に飛び込んでくるなりソアラを突き飛ばして、代わりに身に受けることになったのだ。

 

「ぐ、ううう……ッ!!」

「バラン!? リュンナ、どうして……」

 

 部屋の奥側で、バランはソアラの上にのしかかる形で倒れている。

 その背から脇腹にかけて、深く抉られ斬り裂かれていた。

 

「どうしてって――このためですよ。バランを斬るためです。部屋の外で隠れてるのは分かってましたからね。(ドラゴン)の騎士は正面戦闘の権化――隠形(おんぎょう)の技量はさほどでもない。我が竜眼からは逃れられません」

 

 分かっていた。

 会話は聞かれていないが、殺気を感知されたのだということも。

 

「リュンナ、貴様……! 私が間に合わぬ可能性もあったのだぞ……!」

「ないですよ、そんなの。おふたりの愛と力を、わたしは侮っていません」

 

 バランが傷に震えながら、辛うじて立ち上がっていく。

 ソアラがベホマをかける――

 

「マホトーン」

 

 封じた。

 

「!! ……ッ!」

 

 声そのものが出まい。

 助けも呼べない。

 それを補うよう、バランが雄叫びを上げようと大きく息を吸い込んだ。

 

「ベタン」

 

 収束された重圧が、その呼吸ごと彼を押し潰した。

 再び這い蹲る。

 空気すら重くて、ロクに呼吸も出来まい。

 

「う、お……! おおおあ……!」

 

 必死の気合の声すら掠れて。

 紋章はどうした? ああ、出すのに時間がかかっている。先ほどもそうだった。

 この13年、ずっと封じてきたのだろう。錆びつき過ぎだ。

 

「――ッ!!」

 

 ソアラが剣を抜いて斬りかかってくるが、吹雪の剣で打ち払う――冷気が彼女の剣を脆化、粉砕。

 諸刃斬りを狙っていたのでしょう? 受けた部位を完全に破壊されては、その技はできない。

 間を外されたソアラは、姿勢を崩して激しく転倒した。

 

 その頃になってようやく、バランが(ドラゴン)の紋章を出す。

 ベタンを破られる前に――

 

「氷魔傀儡掌」

 

 氷の暗黒闘気――魔氷気の糸が、その心身を縛る。

 心身を、だ。身のみではない。

 

「バカな、竜闘気(ドラゴニックオーラ)が――出ない!?」

 

 凍てつく波動は魔法力を精神的に冷やして『自殺させる』技だが、それを相手の闘気に対してもかけ続けるのがこの技だ。

 全盛期ならともかく、今のバランにこの技を弾くだけの強い精神力はない。

 

 転んだソアラの背を――丹田の上を踏みつけ、動きを掣肘しながら。彼女が動こうとするのと逆方向へと、踏み方で丹田をズラしてやることで、動きを封じる技術。

 弱点を見抜いて撃ち抜く、空裂斬の親戚だ。

 こうなっては最早、肉体や闘気の技は繰り出せない役立たず。そして呪文はマホトーン済み。

 詰みである。

 

「リュンナ、そこまで……我々が憎かったのか……。だが、ソアラは……ソアラだけは! お前の姉だろう……!!」

「前半はともかく……。後半はもちろん、はい。傷ひとつ付けていませんね?」

 

 マホトーンと空の踏みで封じたのみだ。

 斬ったバランと違って。

 

「バラン王……!」

「父さん! 母さん!」

「無事か!?」

 

 ダイ一行が駆けつけてくる声、足音。あと数秒か。

 メルル辺りに感知されたのだろう。

 

 急がねば。

 リュンナは傀儡掌を構成する魔氷気の糸越しに、呪文を唱えた。

 

「ヒャドカトール」

 

 ヒャド系の力を利用した結界呪文。

 バランの身をあっと言う間に分厚い氷が包み込む――その氷そのものがひとつの封印結界なのだ。

 原作フレイザードがレオナに使ったアレを再現した独自呪文である。

 

 如何な(ドラゴン)の騎士とは言え、長いブランクの末に竜闘気(ドラゴニックオーラ)も封じられれば、こんなものだ。

 その光景を、

 

「父さん……! 父さんっ!!! 母さんまで……っ!!」

 

 今、ダイたちが目撃した。

 

「リュンナあああああああ!!!」

 

 ダイが素手で殴りかかってくるが、

 

「ベタン」

 

 部屋の扉前に這い蹲らせた。

 一歩入ろうとすれば、その超重力場に巻き込まれるのだ。後続も二の足を踏む一瞬。

 収束し範囲を狭めたベタンは、強い。

 

「父さんを……! 母さんを、放せッ!! うわああああああ!!!」

 

 ダイが紋章を出した。バランよりずっとスムースだ。

 ベタンが破られ、衝撃がソアラの私室に吹き荒れる。

 仲間たちも部屋に入ってくる。

 

「氷魔傀儡掌」

 

 そのダイの動きを止め、後続の仲間たちをも(つか)えさせる。

 ダイは竜闘気(ドラゴニックオーラ)の力ですぐに拘束を破ったが、その頃には既に、リュンナは凍ったバランごとリリルーラで離脱したあとだった。

 

 空間跳躍の出現先はベルベルの傍ら。

 超竜軍団の対アルキード前線基地、境の山の砦である。

 

「リュンナ! ――んあ、それって」

「バラン」

「わあ」

 

 蒼い肌の魔族の少女の姿をしたベルベルは、触手めいた金髪の束を揺らして笑いながら、冗談半分に怒った。

 

「ひとりで親玉取ってくるなんて! ぼくも連れてってくれたら良かったのに~」

 

 リバストとボラホーンもいる。

 腕が4本ある巨躯の猪獣人、それすら超える巨躯のトドマン。

 

「流石は我が姫。地上に敵なしよ」

「幾度となくドラゴンどもを追い散らした実力者を、傷ひとつなく……! これがリュンナさまのお力!」

 

 このヨイショどもめ。

 素でやっているから苦笑するしかない。

 

「バランの方に凄くブランクあっただけ、なんだけどね……。まあ何でもいい」

 

 リュンナはバランを抱えたまま、砦の屋上へ。

 背景に竜種が蔓延るアジトの様相。

 

「極大マヌーサを準備して」

「おっけ~」

 

 ベルベルが結界装置に魔法力を送り、起動する。

 かつてこの砦は魔王ハドラーの配下が使っていた――その頃に砦を包み隠す結界を司っていた装置だ。

 巨大な幻影を映し出すことができる。当時より格段に広範囲に。

 

「準備よしっ! 3~2~1~ゼロ!」

 

 途端、アルキード王国上空に、空を覆うような影が現れた。

 リュンナの姿が、空に巨大に映し出されているのだ。

 そしてその声もまた、王国全土に届く。

 

「えー、アルキード王国の皆さん、初めまして、或いはお久し振りです。魔王軍、超竜軍団長、『竜眼姫』リュンナです。以前の肩書きは――述べるまでもないですね?」

 

 リュンナの背景には、砦周辺の竜種が多数映り込んでいる。その威容。

 

「今回は特別なお客さまをお招きしています。さて、誰でしょう――」

 

 次いで映像は広がり、リュンナの傍ら、凍り付いたバランもが映り込む。

 背中から貫通されたあと脇腹へと払われたと見える、深い、あまりにも深い傷が、生々しいままに凍て止まっている。

 

「はい! なんと勇者王バラン! 拍手~~」

 

 ベルベルとリバストとボラホーンによる拍手の音が、ぱらぱらと入った。

 

「こんなに凍ってしまって、いったいどれだけ生命が持つのか? 1か月くらいかな……。1週間かも。1日ってことはないと思いますけどね。

 もちろん皆さん、偉大なるバラン王を助けたいと思います。そこで交換条件を考えました」

 

 息を吸い、ハッキリと。

 

「勇者ダイ一行を捕まえてください」

 

 幻影に、ダイ一行の肖像が映り込んでいく。

 リュンナの記憶にあるイメージの投影だ。

 

「この人たちですよ。こっちから順番に、勇者ダイ、魔法使いポップ、パラディンのマァムに、戦士ヒュンケル。パプニカ王女レオナ。それから、あとでこの国に来るかも知れない獣王クロコダインと、地獄の騎士バルトス」

 

 取るに足らぬ戦闘力しかないレオナも、今この場にいないクロコダインとバルトスも。

 

「動けないように捕まえてくれたら、こっちから預かりに行きますからね。どこに連れて行くか、とかは考えなくていいです。とにかく捕まえてください。

 あ、殺しちゃダメですよ。それはこっちの仕事です」

 

 両腕でバッテンを作るジェスチャー。

 次いでその腕を解き、バランを撫でる。

 

「期限は特に定めません、バランが死ぬまでです。あーあ、胴体こんなに斬られて、本当にどれだけ持つのか知らないですけど」

 

 バランの足元から頭までを、ゆっくりと幻術は映していく。

 その額にて輝きごと凍り付いている、(ドラゴン)の紋章をも。

 額に、竜の顔が、あるのだ。

 

「あは」

 

 笑う。

 

 この国に恨みはない。滅ぼしたいとは思わない。

 だが愛もない。踏み躙って利用することに躊躇はない。

 

「まあともかくね、バランを助けたかったら――この国の王を失いたくなかったら、ダイ一行を捕まえてください。それだけです。ではまた……。ごきげんよう」

 

 そこでベルベルが魔法力の供給を断ち、幻影の装置を止める。

 空の幻影は消えた。

 

「あー。あー……」

 

 砦の屋上で深呼吸。

 そっと噛み締めるように。

 

「さあ……。どうします? ダイくん。おばちゃんが遊んであげますよ」

 

 砦の玉座に座り、膝にベルベルを乗せて抱き、リバストとボラホーンを侍らせる。

 そして鷹の目を全力発動。無数の視点を国中に飛ばした。

 自身の戦闘力はほぼ封じられてしまうような技だが、今は問題ない。

 

 民の声を聞く。無数。

 バランを助けよう、ダイ一行を捕まえよう――という勢力は、ごく一部に過ぎなかった。むしろ大半は、それを妨害する動き。

 だろうね。

 


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