暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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80 勇者ダイ

 魔王ハドラー復活の生贄を求めてノドンの村を襲った魔物の群れ――これを討伐し、攫われた人々も全て助け出した。

 当時の第二王女に成り代わっていた魔物だか、魔物に憑かれた第二王女本人だかを打倒し、捕縛へと導いた。

 大魔王旗下の超竜軍団の侵略に対し敢然と立ち向かい、その剣とライデインで多くの竜を葬り、民を守っている。

 

 勇者王バランの偉業である。人間としての。

 (ドラゴン)の紋章の存在が、それを一手で覆す。

 

 リュンナが当初竜眼ありでも受け容れられていたのは、竜の神の啓示を受けた勇者という言い訳が通っていたから。

 だがライデインを使う『真の勇者』バランが現れたとき、その欺瞞は脆くも崩れ去った。

 本当に神の啓示を受けたなら、なぜライデインを使えないのか。なぜ『人間』のバランと違い、異形と化しているのか。納得される答えを用意できなかった。

 

 当初はバランがその人間離れした凄みから魔物扱いされていたことの反動もあり、今度はリュンナが魔物扱いとなった。

 

 リュンナの配下として受け容れられていた魔物たちは、それは明確に人間の下だからであり、人間でないモノが上や対等の立場に立つことを、人間たちは決して認めていなかったのだ。

 魔物だが、王女のペットだ。魔物なのに、王女に従っている。魔物の割に天晴な奴だ。――魔物を見下す認識は、そもそも何ひとつ変わっていなかったのだから。

 

 そうしてリュンナは魔物として処刑の運びとなり――しかしそのリュンナは魔物に成り代わった偽物ではなく本物だという説もあり――そのトラウマからアルキード人は、『人の額に何かが追加されている』ことに凄まじいアレルギーを持つことになった。

 それがたとえ、偉大なる勇者王バランの額であっても。

 それがたとえ、目とも呼べないような、生々しさのない、何となく顔の輪郭を模った程度の紋章であっても。

 

 だからリュンナが無数の鷹の目で見聞きする国民たちの様相は――バラン救助派が1割以下、バラン放置派が9割以上、それが現実。

 

 アルキード王城。

 ダイ一行は、困惑していた。

 

「なんで……」

 

 ダイたちは先ほど、商店街で竜種を相手に大立ち回りを演じたばかりだ。そこから聖騎士隊によって城へ連れられたのも、何人もが見ている。

 だが城に来た民衆は、誰もダイを捕まえようとはしていない。

 

「勇者なんだって? 頼む、リュンナさまを倒してくれ!」

「あなたたちが頼りです……!」

「ウチの武器を使わんか? タダで構わんぞ」

 

 と、むしろ応援のありさま。

 それは城に詰めていた聖騎士たちも同じだ。

 

「戦うなら一緒に行くぞ!」

「あの幻影の背景から、奴らの場所を探れるハズだ。調べておく」

「勇者さま! ライデインを見せてください!」

 

 いっそ好意的だ。異様なほどに。

 

「なんで……誰もおれたちを捕まえようとしないんだ……!?」

 

 ダイは愕然としていた。

 いや、ポップも、マァムも、レオナも。

 ヒュンケルのみが、予想通りだとでも言いたげに憮然としている。

 

 実際のところ、捕まえようとする者が皆無なワケではない。町でダイの紋章をハッキリと目の当たりにしてしまった者などだ。

 だがその数は少なく、ダイの『味方』に埋もれてしまっている。

 

 ともあれマホトーンの解けたソアラが、この国の歴史を説明した。

 リュンナとバランの歴史を。

 

「だからもう、バランはみんなにとっては『魔物』なのよ。それもずっと国民を騙していた、狡猾で卑劣な魔物。助けようとは思わない……。いえ、むしろ――」

 

 窓の遠く、民の張り上げる声が聞こえた。

 

「バランを殺してくれーっ!!」

「あの野郎、あのまま凍り死ぬなんて楽な死に方赦さねえ!!!」

「信じてたのに……!!! ちくしょう、ちくしょうーーー!!!」

 

 ダイはそれこそ凍り付く。

 

「こんな……! こんな……! おれの生まれた場所、なんだよね? それが……! 額に紋章があるだけで、ここまで……!!」

「ダイ……!!」

「ダイ君!」

 

 足元が崩れたようにフラつく彼を、左右からポップとレオナが支えた。

 

「おれ――ど、どうすればいいの? みんなに、おれを捕まえるように言う……? でもそれって、違うよね、おかしい……」

「おかしいのはこの国だ! どうかしてるぜ……!」

「そんなにおかしいかしら……」

 

 レオナがポツリと呟いた。

 集まる視線を感じたか、慌てて首を振る。

 

「いえ、そりゃ私だってこんなの良くないと思うわよ!? でも――人間は、弱いから。

 パプニカだって、不死騎団に内通して自分だけ助かろうとした人もいたわ。逃げる中で、隣の人を転ばせて、その人が殺されてるうちに自分だけ逃げたり……。腐肉を纏ってゾンビのフリをして、魔物の仕業に見せかけて盗賊行為を働いたり、っていうのもあったわね。

 全部聞いた話だけど……」

 

「そんなことあったのかよ……」

 

 ポップがゲッソリした顔。

 

「人間は気高くて素晴らしい生き物――確かに、そういう人もいるわ。ダイ君みたいに……。でもどうしようもなく弱くて、狡くて、身勝手な人たちもいるの。

 勇者として人間を守るなら、そういう人たちも守らなきゃいけない……。

 王家として国を導くなら、そういう人たちも導かなきゃいけないように……」

 

「姫さん……」

 

 それは彼女なりの、王族としての覚悟なのか。

 パプニカ不死騎団戦役は、原作とは違った流れを見せた。そこで、また違った現実を知る機会があったのだろう。

 

「でもレオナ……。ダイは、きっと紋章の力を使うことになるわ。もしそれを、あの幻術で映し出されたら……」

「そうね。ダイ君はこの国にいられなくなるでしょう。さっきの商店街の戦いの比じゃなく……決定的に。今は単に勇者としてリュンナに紹介されたから、まだ問題はないけど……」

 

 誰かがごくりと生唾を飲んだ。

 

「どうする、ダイ。俺は準備が整い次第、戦いに行くが」

 

 ヒュンケルが低い声で。

 

「どの道、リュンナさまは戦って捕えるしかないからな。ソアラ王妃には申し訳ないが……」

「ええ、分かるわヒュンケル。あなたには、バランのことは関係ないものね。

 でも私は捨て置けない。だから私も行くわ。この手であの人を取り戻す」

「母さん……!? 危ないよ!」

 

 ダイが制止する、が、ソアラはどこ吹く風。

 

「ふふ、大丈夫。こう見えて、あなたのお母さんは強いのよ。さっきはやられちゃったけれどね。もう油断しないわ」

 

 ふと、周りがざわめく気配。

 聖騎士たちの会話。

 母さん、という言葉。

 

「い、いいの? 母さん。お城の人たちに聞かれちゃってるけど……」

「もう構わないわ。戦いの結果がどうなろうと、バランはもう戻れない。あなたとの関係を隠す必要はなくなったのよ。

 ――本当にごめんなさい、あんな冷たいことを言ってしまって……!」

「わっ、わ……!」

 

 ソアラはぎゅっとダイを抱き締めた。

 今日会ったばかりの物憂げな美女に抱かれ、さしものダイも顔を赤くした。

 

「いいよ、母さん。確かに……悲しかったけど……おれ、じいちゃんいるし。

 それに、もういいんだろ? じゃあおれも、もういいよ」

「ディーノ……!!」

「い、いたい……!」

 

 慌てるダイ、しかし、無理やり引き剥がそうとはしなかった。

 

「しっかしディーノか……。そういやダイの名前って、揺り籠のネームプレートが削れてて、頭文字しか分からないからってブラスじいさんが付けたんだよな」

「そ、そうだよ……! せめて頭文字だけでもって思ったんだってさ」

「優しい方に拾われたのね。本当に……感謝してもし切れないわ。ダイ――力強くて、サッパリしていて、とてもいい名前……」

 

 ソアラの抱擁する力は、留まるところを知らなかった。

 

「うん、じいちゃんは、本当に……厳しいけど、おれのこと大切に思ってくれてるって、よく分かるって言うかさ。じいちゃんなら――こんなとき、どうするのかな……」

 

 ダイは目を閉じ、沈思黙考した。

 その内心を直接に覗くことまでは、鷹の目には難しい。

 

 溢れ出る感情の心気を拾えるのみだ。

 熱く、深く、濃く、重い。

 

 繋げて重ねる。

 見えてくる。

 きっとこうだ。

 

 ――いちばん大切なモノは何かを考えるんじゃ。ワシにとってはダイ、お前じゃよ。お前のためなら、ワシは何でもするじゃろう。

 

 ――おれの、いちばん大切な……モノは……。 

 

 やがてソアラの抱擁をそっと外すと、自らの足でしっかと立つ。

 

「おれは――リュンナと戦って、超竜軍団を倒して、父さんを取り戻す。

 それを、この国の人たちが気に入らないって言うなら……おれや父さんを怪物だって言って嫌うなら! この国を救って――そして去る……!」

 

 皆が、胸がいっぱいになった顔で彼を見た。

 ああ、わたしもそのひとりだよ。ダイくん。

 それでこそ勇者。

 

 それを引き出したくて、この状況を作った。

 救うべき人間の醜さを前にして、なおも勇者でいられるかどうか。

 あなたは、本物だ。大魔王に挑めるだけの素質がある。戦力として役に立つ。

 

「幻影の場所が判明しました! ベンガーナとの国境にある山中の砦です!」

 

 ならば来るがいい。

 

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