ハドラーが砦を訪れた――
「この結果は……予想の内のひとつではあったが……」
「はい」
――困惑の顔で。
「まさか本当にこうなるとは……。王を人質にされて大半が動かんとは、な。いや、こうなるだろうと貴様は言っていたが」
「そういう国民性ですからね、もう」
額のアレルギーについて解説する。
「お前を処刑した後遺症……。そこまでか」
「別にどっちでも良かったんですけどね」
「うむ。国民に狙われて勇者にダメージが行くか、王を失って国にダメージが行くか……。どちらでも、魔王軍としては得だ」
魔王軍としては得。では、潜在反逆者としてはどうか。
勇者ダイにダメージが行けば、その弱みを突いて取り込み、手駒にし得る。
国にダメージが行けば――最低限、魔王軍としてのポイントは稼げる。王を失えば軍事力の統制が緩み、侵略がしやすくなるだろうから。
「ともあれ、あとは勇者ダイを討つのみ……!」
拳を握り述べる。
「ダイを叩く戦力は我々だけですか?」
「妖魔士団の担当するリンガイア王国も、魔影軍団の担当するカール王国も、抵抗が激しいからな……。今そこから軍団長を引き抜けば、これまでの戦果が水の泡になるほど徹底的に反撃されるだろう。
勇者ダイ討伐という一大事だが、ここは俺と貴様でやるしかない」
「承知しました」
リュンナは丁重に頷いた。
今のところは、おおむね理想的だ。
バーンが死にハドラーが生き残るには、ダイの成長はほぼ必須だろう。そのために強敵との死闘を強いつつ、戦場の不確定要素は小さい状況になった。
ほとんどをリュンナの『味方』が占めているからだ。
竜騎衆。
「ぼくたちは物の数じゃないってことかな、魔軍司令さま?」
ベルベルが膨れっ面で言った。
リバストとボラホーンも不満そうだ。
「リュンナのペットどもか……」
ハドラーはまるで、今気付いたとでも言わんばかりだった。
ずっとここにいるのだが。
「別に期待していないワケではないがな。精々役に立て」
「ふん! リュンナの役には立つけど、おまえなんか知らないもん!」
「我が姫の役には立つが、それ以外は知らぬ」
「お前ら、もう少し協調性を持つべきではないかとワシは思うが……」
ここに来てボラホーンが常識人とは。いや、元からこういう性格か?
ともあれ。
「実際、わたしとハドラーさまで結界呪法を使って迎え撃つ手筈だからね。それが主軸だから」
「分かってるけどさあ~」
ベルベルを撫で倒して何とか宥める。
「そういうワケで、ダイたちが来次第――今日か明日か、もっと後かは分かりませんけど。準備はよろしいですか、ハドラーさま」
「問題ない」
「上手くダイを仕留めたら、傷を癒しつつ暗黒闘気と呪法で操っちゃいましょう」
それも本音だ。
ここで負けるようなら、素質は素質止まりだったということ。
本物を、魅せて。
▼
そして数日後、ダイ一行は境の山を訪れた。
かつて魔王ハドラーが尖兵に軍勢を整えさせていた場所。勇者アバンや勇者姫リュンナが、異変を調査しに登った山。
そこに今、勇者ダイが。
現在では超竜軍団の前線基地となっているその山には、多数の竜種が生息していた――が、最早この程度は、勇者たちの敵ではなかった。
「海波斬!」
ダイの斬撃が、炎ごとドラゴンの首を断つ。
その剣はドラゴンキラー。従来のジャマダハル型ではなく、普通の刀剣型のそれである。城の聖騎士団長から貸し出され、鍛冶師のサイズ調整を受けたモノだ。
同様に鎧も調整してもらい、ドラゴンメイルを着ていた。
ポップはスノードラゴンを、魔道士の杖で増幅したベギラマで焼き払う。
マァムは前に出て、ドラゴンシールドでブレスを防ぐ。
ヒュンケルは空裂斬で竜の急所を撃ち抜き、一撃で昏倒させていく鮮やかさ。
ソアラに至っては竜と正面から切り結び、反撃の諸刃斬りで一方的に打ち勝つ始末。
レオナは回復呪文を担当しているが、未だ出番はない。
パーティーは以上6名――と数日前は想定していたが、まだいる。
クロコダインの斧の一撃が、大型竜を叩き潰す。
一方で小型の竜を、バルトスの6刀流が狩っていく。
鬼岩城の足跡を死の大地の手前まで追跡し、その後戻ってきて合流したふたりである。
そして最後にもうひとり――大魔道士マトリフ。
ホルキア大陸の外れに隠棲していたところを、ナバラとメルルの占いで居場所を特定――迎えに行こうとしたが、マトリフが自分で感知されたことに気付き、アルキードにルーラで飛んできたのだ。
「くだらん王家のために戦うのは御免だったがな……。昔の仲間のためとなりゃ仕方ない」
「ごめんなさいね、マトリフ。あなたは静かに暮らしたかったのでしょうに」
「ふん、ソアラ王妃におきましてはご機嫌麗しくねえようで……! 俺もだ。リュンナの奴、何をやってやがる……」
山を歩きながら『アバンの書』に目を通し、転びもよろけもしない器用さを見せながら。
彼はカールにも寄ったようだ。その図書館に寄贈されていた、かつてアバンが自らの手で著した書物を手に入れてきた。
「瞬間的な破邪力においてはマホカトールをも遥かに超える、古の秘呪文マジャスティス――か。俺にこれを使えと」
アバンの書、海の章に記されているのだろう。
ソアラが頷く。
「ええ。大魔道士に使えない呪文はないもの」
「デイン系以外ならな」
「最早アバン先生のいない今、貴方にしか出来ないことです」
作戦を発案したヒュンケルが述べる。
「マジャスティスで竜眼を消し去れば、リュンナさまは『人間』です。これで再び受け容れられる」
「……」
ポップがその会話を一瞥した。
本当に受け容れられるか? 彼女がそれを望むか? ――そんなところか。
それでも竜眼を抑えるのは倒すに有効だろうという計算か、作戦そのものには賛成しているようだ。
しかしマトリフは唸る。
「契約はできた。発動もできる。理屈の上ならな」
「どういうことです? マトリフさん」
ヒュンケルは鋭い表情。
「血の五芒星を描いて魔法力を増幅する必要がある。もちろん術者の俺自身の血じゃなきゃダメだ。だが血を流し過ぎれば、呪文を使う体力が残らない……」
「そこは私がベホマでサポートするわ」
レオナが名乗りを上げた。
「パプニカ王家としての責任もあるしね……」
「ふん」
原作通り、マトリフはパプニカで相談役の地位に就いたが、周囲の家臣に冷遇されて出奔した流れがあるようだ。
「まあベホマがあってもだ。どの道、そうデカい五芒星は描けない。そこにリュンナを誘い込む必要が――」
不意に大地が揺れた。地震。
「うわあっ!?」
「ダイ、トベルーラだ! 宙に浮け! 浮けない奴は掴まれ!」
ダイ、ポップ、ソアラ、マトリフといった浮遊できる面々は浮遊し、ほかの仲間はそれに掴まって揺れから逃れた。巨躯のクロコダインのみは普通に伏して耐えたが。
そうするうち、山の景色に異変が生じる。
向かう先の砦を左右に大きく離れて挟むような位置に、巨大な構造物が地から生えるようにして出現したのだ。
向かって左手側には、氷でできた塔。
向かって右手側には、炎を纏う岩でできた塔。
地震はそれらが出現する際に大地を裂いたことによるモノだと、誰もが知っただろう。
ふたつの塔を繋ぐように光の橋が架かり、光が広がって――結界が生じる。
ダイたちをも包み込む。
「こ、これは……っ!?」
「魔王軍の攻撃だ!」
「効果は――ひゃっ!?」
トベルーラで浮いていたソアラが落ちた。
次いでポップも落ち、マトリフは墜落ではなく着地に成功したが、やはり浮く力は失った様子。
「これって……?」
「メラ」
大魔道士が確認のために火炎呪文を唱える。
しかし何も起こらなかった。
「なるほど……まあ、つまりそういうことだな。敵対者の力を封じる結界呪法だ。恐らくあの氷の塔と炎の塔が起点! あの塔を破壊して結界を解かない限り、リュンナは倒せないだろう。それどころか、俺たちもここで襲われれば死ぬ。
まあダイを除いてだが……」
皆がダイを見る。
彼は未だに浮いていた。額には
「あの……おれ全然力が減ってる感じしないんだけど……」
「
よし、パーティーを三つに分けるぞ。
ダイはひとりでリュンナのところに行って戦え。上手くダメージを与えて追い込めば、結界も消えるだろう。
あとは半々に別れて、それぞれ塔を壊して自力で結界解除を試みる。ダイについていっても足手纏いになるだけだしな」
マトリフは冷静に述べた。
「塔を壊すって……壊せるのかよ?」
「結界を出て外側から攻撃すりゃいい。それなら力は元通りだろ」
「でも、危険じゃないですか!? おれもみんなと行動した方が……!」
「ダメだ」
言い募るダイを、やはりマトリフは止める。
冷淡なまでに。
「向こうはいつでも逃げられるんだぞ。待ち構えてくれてる今しか機会はねえ……! バランごと逃げられないように、お前が押さえなきゃならねえんだ」
「そ、そうか……! おれが父さんを……!」
方針は決まったか。
鷹の目を通して見ながら、リュンナは歓迎の笑みを浮かべた。