――氷炎結界呪法。
氷魔塔と炎魔塔を立て、その間の空間に作用し、敵対者の力を著しく減じる呪法である。
別段、フレイザードが蘇ったワケではない。
同じ
現実に結界呪法を実行したのは、リュンナとハドラーである。
すなわちリュンナが氷魔塔を、ハドラーが炎魔塔を。
それぞれの得意属性の塔を分担して立て、それらの力が、最終的に竜眼に作用して結界を形成している。
そもそもフレイザードが生まれたのは、ハドラー単体では氷魔塔を立てられずに使うことのできないこの呪法を実現するため――という理由もあるそうだ。
リュンナも最近やっと出来るようになった。
ともあれ、結界は成った。
国中に撒いた鷹の目の視点は既に回収し、今発動しているのはダイたちと氷炎それぞれの魔塔を見る三つのみ。ここまで減らせば、本体の戦闘力には影響はほぼない。
案の定、彼らはパーティーを分ける様子。
もちろんそれを見越して、氷炎両魔塔には護衛を置いてある。道中の超竜軍団も厄介だろう。
存分に経験値を稼いでほしい。
最終的に――
「――それがハドラーさまのためですからね……」
全てはそこに帰結する。
あまりにも自分勝手に、身勝手に。
それでも。
黒の
そこで殺されない力を。
そもそもハドラーの肉体そのものがバーンの暗黒闘気に依存しているのだから、やはり摘出のみでは意味がない。それこそ裏切り者として処分されてしまう。
これはダイを鍛える戦いであると同時に、リュンナを鍛える戦いでもあるのだ。
「リュンナあああああ!!!」
砦屋上、リュンナの傍らには氷漬けのバラン。
そこにダイが飛んできた。トベルーラ。
さあ、気持ちを切り替えていかないと。
「父さんを返せ!」
長剣型のドラゴンキラーを振るい、容赦なく斬りかかってくる。
吹雪の剣で受け止めた。
「そんなに返してほしいですか? あなたを捨てた父ですよ。憎くはないの?」
吹雪の剣の冷気が魔氷気と混じり、ドラゴンキラーを冷却脆化――いや、
鍔迫り合い。
「そりゃちょっとは怒ってるよ! でも――だからこそ、それをちゃんと伝えなきゃいけないんだっ! 言葉で! 心で! それをおまえに邪魔される筋合いなんて、ないっ!!」
押し込んでくる。力が強い。
よくぞその小柄で。ひとのことは言えないが。
「ダイ、あなたはソアラ姉上の子。わたしは叔母で、あなたは甥なんですけどね。それでも斬るんです?」
「家族が悪いことしてるなら、なおさらおれが止めなきゃいけないだろっ!!」
「これはしたり」
脱力、後ろに倒れる力に巻き込む――巴投げ。
ダイは床に叩き付けられる前に空中で身を翻し、閃熱を撃ち放ってきた。
「ベギラマ!」
「闇の衣――」
魔氷気の膜を身に纏う。
触れた呪文を支える想像力を冷やして自殺させる、凍てつく波動の原理――それを強烈に作用させて呪文を無効化、残りカスの魔法力も吸い取ってしまう。
「効かない!?」
「ヒャダルコ」
吸い取った魔法力で冷気呪文を放つ。極寒の吹雪。
ダイは咄嗟に海波斬で斬り裂くが、それでも余波に包まれ――何らのダメージもなかろう。
「お、おれにも効かない……! 母さんから聞いた通りか!」
「お互い、闘気の作用で呪文は効かない……。剣で来なさい、ダイくん。おばちゃんが遊んであげますから」
「その見た目でおばちゃんって言われてもな……!?」
ダイは12歳、リュンナは外見13歳、ましていずれも小柄な方だ。
しかし繰り広げられる剣戟は熾烈かつ鮮烈。
ダイは大地斬の重い一撃と海波斬の素早い一撃で緩急をつけ、リュンナの呼吸を乱そうとしながら、隙を見せればそこに空裂斬すら飛ばしてくる。
リュンナはそれを受け流し打ち払うことで相手の拍子を崩し、次の攻撃を都合のいい方向に誘導、そうしてできた隙を狙っていく魔神斬りの極み。
ひとまず及第点か。
「そうだ、ずっと不思議だった……! どうして歳を取ってないんだ!?」
「おばちゃんは最早『竜』なんですよ、ダイくん。処刑で火炙りにされた体は、もうきっとベホマでも追い付かなかった。だから大魔王は材料を与え、わたしはそれで新しい竜の体を作った――」
「どの辺が竜なんだよ! どう見ても人間じゃないか! そりゃ額のそれはあるけど……!!」
ごもっとも。
しかし。
「中身が違うんですよ。人間、大切なのは中身だということです。人間じゃねーですけどさ。そう、つまり、結局処刑は正しかった――だからわたしは、アルキードを恨んでないんです」
「恨んでない……! 母さんも言ってたけど、ホントに、」
その戸惑いが隙となった。
剣同士を噛み合わせるように止め、空いた胴に膝を叩き込む。
「ぐ、っ……!!」
そのまま蹴り飛ばして距離を開けた。
仕切り直しの気配。
13年前のバランに比べれば、剣術も精神も未熟だ。
なんと御しやすいことか。
まして今のリュンナは、当時より強くなっているのだ。
「だったらどうして!!」
「ハドラーさまのためです」
問いに、あまりにも端的に。
「あの人に救われました。だから今度は、わたしが救って差し上げたい」
「くそっ、やっぱり操られてるのか!!」
よほどハドラーの人望を信じられないらしい。
思わず笑ってしまった。
「ま、気持ちは分かりますけどね……」
「みんなが来るまで、持ち堪えるしかない……っ!!」
一触即発の空気――
「レムオル」
リュンナの姿が、消える。
「それって……透明になる――、!」
言い切る前に、背後に回って刺突。
ダイは殺気で感じ取ったか、身を捻り、剣を鎧で滑らせて回避した。
素晴らしい反応だ。
「アバカム」
「鍵を開ける呪文……っ!?」
疑問に思ったでしょう?
そうして一瞬でも思考に囚われることが隙になる。突きが薙ぎへと変化、その首を狙った。
「ううッ!」
ドラゴンキラーで受け止められた。やはり反応がいい。
彼は受けた衝撃で半歩下がり――そこで余計なモノを踏んで転ぶ。
「うわっ!? ――な、何で……!!」
ドラゴンメイルが脱げて、部品ごとに散らばって落ちているのだ。それを踏んだ。
「アバカムですよ。留め金やベルトなんかを『開錠』しました」
真空斬り、最早鎧下の布の服しか着ていない胴体へ剣圧。
「じゅ、呪文は効かないハズじゃ……!!?」
「
魔法使いが杖越しに呪文を撃つように、リュンナは剣越しに呪文を撃った。それだけのことだ。闘気のバリアの内側で。
戦闘面での感知能力は高いようだから、余計になったレムオルを解除する。
次の呪文は――これだ。
「竜眼からマヒャド――」
額の竜眼が、莫大な冷気を灯した。球体状の発射待機状態。
「両手でバギクロス――」
両腕をクロスさせ、それを解くように振り下ろす。
極大の十字真空刃が、マヒャドの冷気を巻き込みながら。
「――氷刃乱舞、マヒアロス」
真空刃の圧力と冷気が無数の氷刃を生み、嵐の如く叩き付ける。
合体魔法――元来は『この世界』にはなかった発想だ。
しかし『呪文とは何か』を悟ったリュンナには、理論上は16年前から既に可能なことだった。それでも会得するにはかなりの時を要したが。
ダイは
「ぐあっ、あああああ!!? な、なんで――ッ」
「だってそれ、物理攻撃ですもの」
その氷刃は空気が凍った氷で、それをバギクロスの力で強烈に飛ばしている。要は『その場で石を拾って投石している』のとある意味で同じなのだ。
凍らせたのはマヒャドの力だから命中と同時に空気に戻るが、それ自体が爆発的な体積の膨張を伴うため、結局はダメージになるという寸法。
「魔法なのに、魔法じゃない、なんて……!!」
ダイは伏して這い蹲り、立ち上がろうとする。
「世の中、完全な呪文耐性を持ってるからって、完全に呪文を防げるとは限らないんです。勉強になりましたね?」
「負、け、る、……かぁぁっ!!」
阻害するように剣圧を飛ばしてやると、トベルーラで浮き上がることで避け、然る後に下り立った。上手い。
「父さん……待ってて。必ず、おれが……!!」
「あは」
やっぱり勇者は、眩しい。
さて、ほかの戦場はどうか……。
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