炎魔塔を守るのは、ハドラーとリバストだ。
「――バルトス」
そして現れた一行の中でハドラーの目に真っ先についたのは、地獄の騎士だった。
「ハドラー……」
「ククッ、もうハドラーさまとは呼んでくれんのか。やはり失敗作よな……。貴様も俺のもとに生まれたことを後悔していよう」
「いいや」
褐色の骨の姿を晒したバルトスは、笑みすら浮かべて述べた。
「お蔭で息子と巡り合うことができたのだ。感謝している。貴様はワシに望まぬ非道を強いた残虐な魔王だったが――同時に、ワシの父でもある」
「ふん……」
ハドラーは――頭上を通って両手を繋ぐ、炎熱のアーチを掲げた。
極大呪文の構え。
「ならば『父親超え』でもしてみるか……? 不可能だろうがなァッ!!」
「くっ、海波斬!」
「海波斬ッ!!」
バルトスと、そしてヒュンケルの斬撃がハドラーを止めようと襲い、前に出たリバストに弾かれる。
4本腕のオークキングは、デーモンスピアを2本も携えていた。
「我が姫の命令だ。この『陸戦騎』リバスト、好きにはさせぬ!」
「私が退くようにお願いしてもダメかしら」
「ダメだな。姉君」
ソアラが寂しげに、嬉しげに笑んだ。
「纏めて灰になれッ! ベギラゴンッ!!」
リバストが射線からどき、ハドラーが極大の閃熱を放った。
ドラゴンメイル、ドラゴンシールドといった炎に強い防具、或いは呪文に強い魔法の鎧――そういった装備があってなお、ベギラゴンの威力は絶大。
海波斬を放った直後にヒュンケルとバルトスでは、更に相殺を狙うのは難しい瞬間。
「雑魚め……ッ!!」
ハドラーは嗤い――
ソアラが炎熱のアーチを掲げているのを見た。
「バカなッ……!! できるハズがないッ!!」
「――ベギラゴン!!」
極大の閃熱同士が、激突した。
まるで雷鳴めいた轟音を響かせながら、閃熱が押し合う。互角か。
「あり得ん、あり得んぞッ!! 人間風情がベギラゴンを使うなどとは……ッ!?」
「リュンナはギラ系を使えないから……! 代わりに私が覚えたの」
「う、ううう……ッ!!」
姉上、腑抜けていたんじゃないんですか……?
まさかベギラゴンまで覚えていようとは。
ベギラゴンの撃ち合いを覚悟していたソアラと、魔族の専売特許だと思っていたハドラー。その意志力の差が、そのまま閃熱の威力の差となって表れる。
「ヒュンケル、バルトス! リバストを!」
「承知!」
「御意に……!」
ソアラがハドラーを押さえている隙に、戦士たちがオークキングのパラディンを押さえる形。
だがそのリバストも、黙ってやられるワケではない。
「ザラキ!」
死の言葉の渦をヒュンケルに放ち――
「ワシには効かんな!!」
バルトスが庇う。
もともと死んだモノが動いている彼に、死の呪力は効かないのだ。
「くっ、素早い……!!」
それでもリバストがザラキを選んだのは、確実にヒュンケルに当てる自信があったからだが、骨しかない体の身軽さや素早さが、計算を超えていたということ。
バルトスはそのまま近付き、斬撃の嵐、6刀流。リバストも2本槍で打ち払うが、文字通りに手数が足りないありさま。
「ブラッディースクライドッ!!」
そこにザラキから逃れたヒュンケルの、螺旋状の刺突剣圧が飛ぶ。
猪の肩が抉れ弾けた。
「ベホマ! くっ、ダメか……!!」
剣圧には暗黒闘気が乗っていたのだ。回復呪文が阻害される。
同じく暗黒闘気の眷属であるリバストはそれを解除できるが、バルトスの剣を防御するのに忙しく、集中力が足りない。
いわんや肩をやられ、2本の左腕の動きが鈍くなった今は。
そうしている間にも、ベギラゴンのせめぎ合いは続く。
ハドラーは一時の衝撃から持ち直し、自分寄りの位置でとは言え何とか押さえ防ぐことに成功していた。
それどころか、少しずつ押し返していく。
「このハドラーを舐めるなァッ!! 人間がああー!!」
ソアラのみなら、それで終わっていた。
レオナがいた。
「ベギラマ!!」
「なにッ――」
ソアラのベギラゴンに、更なる閃熱が上乗せされた形。
これもハドラーの想定外だった。パプニカ不死騎団戦役でも、アルキード王都における竜との戦いでも、レオナにベギラマを使うほどの魔力は確認されていなかった。
この数日で成長したのだ。
それを可能としたのが――リュンナが編み出し、アバンが取り入れ、弟子のダイたちへと受け継がれ、そこからレオナへも伝えられた技術、死を想う『無の瞑想』によるモノだと、ハドラーは察した。
それを察せる程度には、リュンナと時間を過ごしてきたから――だったら嬉しいな、と、鷹の目で見ながらリュンナは思う。
「ククッ、厄介な奴だ……!」
だからハドラーが笑ったのは、目の前のソアラやレオナ相手に限ったことではないのかも知れない。
レオナのベギラマを取り込み、ソアラのベギラゴンは肥大化。太陽めいた黄金の輝きをすら宿し、ハドラーのベギラゴンごと魔軍司令本体を飲み込む――その刹那。
ハドラーは呪文を切って自由にした手で、マントの内から剣を取り出した。重厚に過ぎる鞘を備えた、物々しい剣だった。
「
そして唱えた合言葉に反応して、鞘が展開膨張――ハドラーの身を包み、禍々しい全身鎧となって結実する。
直後に3人分の閃熱エネルギーを身に受け、しかし、ハドラーは柳に風とばかりに平然と立っていた。
「そ、それは……!?」
「かつてバーンさまから賜った『鎧の魔剣』! 部下にでもやれと言われたが、リュンナはもともと呪文が効かんし、死蔵していたモノだ。今回引っ張り出してきた。存外役に立つモノだ……」
それがどういったモノか、すぐに理解したのは、まずレオナだった。
「呪文が効かない……! 不死騎団長が使ったっていう、鎧の魔槍の仲間ってところみたいね」
「厄介な……! ソアラ王妃、交代を!」
次いでヒュンケルが、担当する敵を入れ替えようとする。
元から呪文の使えぬヒュンケルとバルトスならば、ハドラーの呪文耐性は関係ないからだ。
だがハドラー自らソアラに踏み込んでいき、格闘戦に移行。
この近い間合で下手に意識を逸らせば、その瞬間に殴り殺されるだろう。
「父さん、レオナ姫、任せた!」
「ああ、息子よ!」
「私もあっちってワケね……!」
ヒュンケルはリバストから離れ、ハドラーの背に向かっていく。
そのヒュンケルの背をリバストは狙ったが、バルトスの6刀流とレオナのベギラマに阻まれる。こちらには呪文が普通に効くのだ。
逆にザラキに関しては、戦士のヒュンケルより賢者のレオナの方が耐性がある。
「ブラッディースクライドッ!!」
鎧は斬撃には強いが、板金に覆われていない部分をピンポイントに狙う刺突には比較的弱いと言えよう。
螺旋状の刺突剣圧がハドラーを背後から襲う。が、ハドラーはその途端、ソアラに組みつき反転した――ソアラを盾にする体勢。
「しまった!」
「いいえ――これでいいわ」
ブラッディースクライドは、この世界ではリュンナの編み出した技だ。
ソアラもまた妹の技として気に入り、会得していたらしい。
胸に触れる剣圧に対し、体内の闘気に全く同じ螺旋回転を描かせることで受け流す――そんな芸当ができるほどに。
そして受け流す先は当然、背にピッタリとついたハドラーの腹。
あの、姉上、それわたしちょっと出来る気がしないんですけど。
「うおおおう……ッ!?」
想定外の衝撃に、ハドラーは堪らずソアラを置いて吹き飛んだ。くの字。
さしもの鎧にも穴が開く。いわんや、ハドラー自身の胴にも。
「空裂斬!」
その傷にヒュンケルが光の闘気を打ち込んだ。
筆舌に尽くし難い激痛と共に体内の暗黒闘気を掻き乱され、ハドラーの動きが止まる。麻痺。
そこにソアラが、再び炎熱のアーチを。
「穴の開いたその鎧で耐えられるかしら。このくらい凌げなくては――」
姉上、その続きは何ですか?
妹を任せられないわ、とでも言うつもりですか!?
「ベギラゴン!!」
「うごあああああーーー!!!!」
麻痺していたハドラーには相殺も防御もできない。
太陽の閃熱が包み、弾け、炎の嵐。
すぐに悲鳴は途切れ、光が晴れると、そこには両膝をついた鎧姿――
「カラね」
「逃げたか……」
鎧の背中が開いている。
麻痺が切れるまで自前の耐性で堪えた後、重い鎧を脱ぎ捨てて素早さを補うことで、何とか脱出したようだ。
呪文を通さない鎧を纏えば、当然装備者自身も呪文を使うことは難しい――ハドラーには向かなかったか。剣も使わないし。練習はしたのに……。
その頃にはリバストも更なる痛手を負っていた。不利を悟って離脱に至る。
最終的に、炎魔塔はブラッディースクライドで破壊された。