氷炎の両魔塔が崩れ去り、結界呪法は潰えた。
そんなことは、リュンナにもダイにも関係はない。この呪法は術者には効かないし、
故に結界の有無に一切影響されることなく、ダイはただ一方的に打ちのめされていた。
息は荒く、血溜まりを作り、それでも立つありさま。
かつて全盛期のバランと渡り合ったリュンナが、それに劣るダイに負ける要素はない。まして当時より強くなっているのに。
ダイの力が『正面戦闘の力』に特化している、というのも原因のひとつだが。
搦め手や騙し討ちがない、特殊な力もない。
「ど、どうし……たんだよ。攻めて来ない、のか……?」
距離を置いて向かい合う形。
ダイが掠れた声で問う。血まみれ。
「疲れたかと思いまして」
「まだまだ、やれるぞ……」
対するリュンナは無傷、泰然。
何度打ち合い、斬られず、斬ったことか。
多くのヒントを与えた。こんな技もある、こんな戦い方もある。じゃあ、どうする?
答えを掴むのはダイ自身だ。これからの成長で。
しかしそろそろ、打ち止めだろうか。
砦内部に逃げ戻ったベルベルが呪法装置を起動し、屋上のリュンナとダイの様子を天空に映し出していることにも、気付いた様子がない。
長剣型ドラゴンキラーを振るう――あら鋭い。
力を『入れる』のではなく『出す』体の使い方。
いちいち意識せずとも、全ての一撃が大地斬の境地。
大地斬相当の技である魔神斬り・序でなくば、逸らすのは難しかった。
人間、メチャクチャ疲れると、いちばん楽な動きをしようとするモノなんです。つまり、いちばん自然な動きをね……。
アバンの声が聞こえてくるかのよう。
自然な動き、つまり、最も合理的な動きだ。強い。
「どうしてそうまでして戦うんです?」
誰に対してもそこが気になってしまうのは、自らが凡人の故だろうか。
凡人ではないダイは、即答した。
「おれは、勇者だから……っ!」
「勇者だから、どれだけ酷い人間でも?」
「そうだっ! 勇者は絶対に見捨てない!!」
ダイの剣速が上がってくる。
力を『込める』のではなく『通す』体の使い方。
いちいち意識せずとも、全ての一撃が大地斬であり海波斬でもある境地。
殺気による防御動作の誘導、そしてわざと隙を見せる心気での攻撃動作の誘導を交える魔神斬り・破でなくば、受け流すのは難しかった。
地の技の次に海の技が来るのは、テキトーじゃあありませんよ。力があってこそ速さが生まれるのです。速さとは、力をどう使うかということですから。
先輩。アバン先輩。
だからそれは、合理を超えた更なる高みの追求。
「どうして勇者なんです。アバン先輩に憧れたから?」
「その前から!!」
「どうして?」
「大切なモノを守りたい気持ちに、『大切なモノを守りたい』以上の理由なんて――要るかあっ!!」
ダイの心が研ぎ澄まされていく。
力を『ぶつける』のではなく、『突き刺す』心身の使い方。
いちいち意識せずとも、全ての一撃が大地斬であり、海波斬であり、空裂斬でもある――それすなわち、全ての一撃がアバンストラッシュである境地!
持ち手こそ順手だが、決まった型こそないが、その在り方がストラッシュだった。
「あは」
魔神斬り・急。減速なしに鋭角自在、雷光描く太刀筋。
それですら、もう、打ち払うのが難しい。剣から伝わる衝撃で手が痺れる。じわじわと追い詰められていく。
あと13手で、詰む。
「会ったことも見たこともない人の方が多いでしょうに、勇者として地上全てを守るんですか? 本当にそれは大切なんですか?」
ただし詰みに持ち込まれるのはダイの方だ。
最早呪文で小細工をする余裕もなく剣戟に集中しているが、それでも使える技がある。まだ使っていない技が。
正面から不意を打ってくれる。
「これから会うかも知れないだろっ!」
「だからって全員に会うワケじゃないでしょ?」
「でも、おれが会った人も、別の誰かに会ってるんだ。出会って、話して、喧嘩したり、笑ったり――それで、『おれが会ったその人』になった! その別の誰かにおれが会うことがなくたって、おれには必要な人だっ!」
「それは」
あと7手。
「その別の誰かが出会った、また別の誰かも……その人が会った、もっと別の誰かも! みんな! 魔王軍が無闇に傷付けていい人なんか、ひとりもいないっ!!」
「それは――」
「ポップも、マァムも、ヒュンケルも……。ほかのみんなも! おれの知らない出会いがあって、そうして仲間になったんだ!」
5手。
「わたしね、ダイくん。わたし、自分の国以外、どうなってもいいと思って勇者やってたんです。魔王ハドラーの時代ね」
4手。
「でも、違ったんですね……。わたしはアルキードの勇者だったけど……ダイくん――」
3手。
「あなたやアバン先輩みたいな、本物の勇者じゃなかった」
2手。
「そして今も」
1手。
――竜眼閃!
竜眼から放つ、魔氷気の閃光、一条。紋章閃の親戚と言える。
決して相手を見逃さぬ竜眼の視線が、そのまま照準に、そのまま威力になる技。
視線で人を殺せたら――を現実にするようなモノ。見ると当たるが同時。
故に必中、故に必殺。
最後の一撃のために大きく剣を振り被るダイの、そのがら空きになった胸を――
「アバン流」
その声は、やけにゆっくりと聞こえた。
時間が粘つくほどに遅くなる感覚。
死の、手前の感覚。
「雷光斬!」
振り被っている最中だったハズの剣が、もう、眼前に来ている。
一切の減速のない自在鋭角、雷光の太刀筋。
そうだった。
わたしの剣も、教えてたんですよね。先輩。
しかも、こんな練度にまで……。
ダイのドラゴンキラーが、竜眼閃を弾き、そのままリュンナの胸を真一文字に斬り裂いた。
この戦いで竜眼姫が受けた、最初のダメージがこれだ。
胸骨を断ち、肺を断ち、心臓――はギリギリ避けた。
「ぐふ、っ……!!」
たたらを踏む。
鮮血の華、大輪。
ダイもまた息切れし、追撃はないのが救いか。
「痛い……」
胸を押さえて、呻く。
胸が痛い。奥深くが、痛い。
「もし、13年前に……今のダイくんと会えてたら……。きっと、あんなことには……ならなかった。
わたし、わたしは、この国に拒まれて……魔物扱いで……。王女として、尽くされたから、尽くしていたのに……もういいって、捨てられて……。ハドラーさまが拾ってくれたんですよ。それは、嬉しかったんです。でも。ああ」
ダイは油断なく剣を構えながら、それでも攻撃して来ない。
その立ち姿は悠然。全身傷のない部分がないほど血まみれなのに、反撃を始めてからの方がいっそ調子が良さそうだ。
「一国に捨てられたからって、地上全部を捨てるなんて――やっちゃいけなかった……。アルキードだって、周りの国に支えられて……周りの国は、また別の国に支えられて……みんなで生きてるんだから。
わたしは地上全てに支えられていて、地上全てに尽くさなきゃいけなかったんだ」
「尽くさなきゃ――『いけない』っていうのは、ちょっと違う気がするけどね。おれは、尽くしたい。この地上が……好きだから……」
「好きだから?」
ダイは頷いた。
何の躊躇いも、衒いもない。
素直に、純粋に。
「そうだね。好き――わたしも……ハドラーが好きだから」
「リュンナッ、……!」
内臓の再生が終わった。竜たる身の圧倒的生命力。これまでも何度も傷を負い、その度に強くなってきたのだ。
次にもう一撃を受けたら、体力的に危険だが……。
だから吹雪の剣を右逆手で持ち、全霊の魔氷気を集中、身を捻り大きく振り被った。
「おばちゃん頑張っちゃうよお、ダイくん……!」
「やり過ぎた、って思ったけど……そうでもなかったみたい……!?」
ダイが苦く笑った。
「ライデイン!」
そして剣に雷を落とし、右逆手、身を捻り大きく振り被った。
「ねえ、リュンナ……さっきはごめん。ハドラーに操られてるんじゃないんだね」
「はい、素面なんですよ。おばちゃんは」
「そっか」
ダイは納得したようだった。
「どんなところが好きなの?」
「可愛いところ。放っておけないところも」
「おれも……リュンナを放っておけない……!!」
だから、激突する。
「――ゼロストラッシュッ!!」
「ライデインストラーーーッシュッ!!!」