暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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87 竜の親子

 魔氷気が吹き荒れ、逆に大気はリュンナを中心に渦を巻いて収束していく。魔氷気が空間を冷やし、それが低気圧を生じているのだ。上昇気流が竜巻めいて駆け抜け、暗雲が天蓋を覆う。

 天変地異のありさま。それに比べれば、リュンナ当人に現れる変化は小さい。

 

 脱ぎ去ったドラゴンローブの下、手足が白銀の鱗に覆われていく。下着は弾け飛び、鱗がそこに生体鎧を構築した。

 銀髪が伸び、絡み合って複数の束を作ると、それが骨格となって背には皮膜の翼が、臀部の上には細長い尾が形成される。更に頭部の左右には角が。

 半竜半人。人竜。

 その溢れる生命力が、胸や脇腹の傷を塞いだ。流石に右腕が生えるには時間がかかるが。

 

 雨が降り始めた。

 それはすぐに(みぞれ)へと変わり、更に(ひょう)に変わる。

 

「りゅ――竜魔人……!?」

 

 バランが呻いた。

 その言葉の意味を知らずとも、そこに込められた戦慄を、誰もが感じただろう。

 

「ドラゴラムって言ったじゃないですか」

「だが、その姿は……!! (ドラゴン)の騎士の最強戦闘形態(マックスバトルフォーム)を、人の身で再現したというのか!?」

「竜の身です」

 

 そう、竜だ。

 人の姿をした竜から、人の形をした竜へ。

 竜の力の更なる解放。

 

「ハ――ハハハ……」

 

 ポップが笑った。

 

「し、しかしスゲエ格好だよな……! 腹とか太腿とか丸見えじゃねえかっ! 恥ずかしくねえのか――な……?」

 

 声はすぐに萎んでいった。

 誰も皆、分かっているからだ。その力の強大さが。全身をガタガタと震わせ――いや、しかしそれは、恐怖のためではない。

 

「て、言うかよ! なんか、寒い……! 寒いぞ!?」

「魔氷気だ……! とにかく動け! 体温を上げないと凍え死ぬぞ!!」

 

 叫んだのはバランだ。

 氷の暗黒闘気である魔氷気は、ただ放出するのみでも冷気となって広がる。それでも普段なら、そんな垂れ流しの魔氷気は、各自の闘気や魔法力で無意識のうちに耐えられる程度でしかない。

 だが今は、オーザムの地すら軽く凌駕する極寒のありさま。

 

 雨から(みぞれ)に変わった(ひょう)は、最早吹雪と化していた。

 それぞれが動こうとしても、いつの間にか身が凍てついているほどに。

 

竜闘気(ドラゴニックオーラ)!」

 

 それでもバランは、この世界における最強の闘気で身を守る。

 更にソアラを自分の闘気の内側へと抱き締めた。

 

「メラミ!」

 

 ダイは闘気に加えて、火炎呪文の魔法剣で吹雪に耐えた。

 ヒュンケルに至っては、鎧の魔剣のお蔭で冷気が効かない。

 

 だがバルトスは、既に全身が凍結し氷像と化していた。

 

「父さん!!」

「迂闊に触るな! 砕け散るかも知れん!」

「くっ……!」

 

 マァムは闘気盾(オーラシールド)で吹雪を防ぎ、ポップをも庇う。

 ポップはメラゾーマで自分とマァムの暖を取る。

 だがそこから動けない。

 

 クロコダインもそうだ。真空の斧で空気流の障壁を作り、内側に焼けつく息(ヒートブレス)を充満させても、それでなお防御が精一杯。動けぬ。

 

「ベタン」

 

 ポップ、マァム、クロコダインが――潰れた。

 

「なにッ!?」

「ぐわああああああーーーー!!!」

 

 広範囲ベタンにわざと大きなムラを作り、個人個人に狙いを定めて無駄を省いたマルチロックオン・ベタンだ。

 ダイ、バラン、ソアラ、ヒュンケルも狙ったのだが、こちらは闘気や鎧の呪文耐性で弾かれてしまった。

 

 マァムの闘気盾(オーラシールド)は拉げ、ポップのメラゾーマやクロコダインの防御も平たくなった――もはや魔氷気を防げず、凍てついていく。

 

「ポップ!!」

 

 ダイが駆け出し、メラミ魔法剣で氷を融かし助け起こそうとする。

 バランもソアラを守るために動けない。

 自由なのはヒュンケルのみか。

 

「おのれ、父さんを……!! 父さんをよくも!! 如何なリュンナさまと言えどッ!!」

 

 氷漬けのバルトスを前に自失していたヒュンケルが立ち直り、怒りの咆哮を上げた。

 光と闇、ふたつの闘気が渦を巻く。リュンナへの敬愛と憎悪――いずれも本音。

 渦は魔剣へと収束し、その勢いのままに螺旋の刺突剣圧と化してリュンナに迫る。

 

「ブラッディースクライドッ!!」

 

 リュンナはまるで弓を引くように左手を大きく引き絞る。

 この世界では、それは、リュンナが編み出した技だ。

 

「ブラッディースクライド」

 

 左手、指を揃えた貫手の形。螺旋の貫手が光と闇の渦に出会い――宿した魔氷気が、闘気を殺し尽くす。どんな熱い感情も、冷やして冷まして塗り潰してしまう。

 あとに残る剣圧の威力は、竜たるリュンナが遥かに上。

 

「うおおおおお……ッ!?!?」

 

 ヒュンケルは剣を握る右腕を中心に、全身を鎧ごとズタズタに引き裂かれた。鮮血を散らして吹き飛ぶ。

 

「終わりですか?」

 

 終わっていいワケがない。

 勇者には奇跡が起きるべきだ。

 新たな力に目覚めるべきだ。

 

 原作で描かれた範囲で、ダイのこれ以上の力は双竜紋と、その先にある竜魔人化しかなく、それはバランの死を前提としている。バランが健在なこの世界で、それは望めない――分かっている。

 それでも、それ以上を求めるのだ。

 この人竜リュンナですら、真バーンには勝てないだろうから。

 

 鎧に穴の開いたヒュンケルがマルチロックオン・ベタンに飲み込まれ、抵抗力を失い、凍えていく。

 最早まともに動けるのは、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を擁するダイとバランのみで、彼らはポップやソアラを守るために力を傾けている。それが精一杯。

 

 ここまでなのか?

 本当にこれ以上はないのか?

 

 このダイたちに、人竜リュンナと超魔ハドラーもしくは竜眼進化ハドラーを加えて――バーンに勝てるか? (ドラゴン)の血復活ラーハルトや昇格(プロモーション)ヒムが加わる保証もないのに?

 ゴメちゃんは離れたマトリフとレオナのところにいる。だから奇跡が起きないのか? たったそれだけのことで?

 

 先ほどのダイの剣戟は見事だった。あのダイなら、もっとやってくれると思った。

 ベギラゴンすら使えるようになったポップなら、もっとやってくれると思った。

 勝手に期待して、勝手に失望する――醜いな。

 

 終わりにしよう。

 

「ダ……イ……!」

「ポップ、しっかりしてよ! ポップ!」

「俺に、構うな……!! 戦え……!」

 

 ポップがベタンに潰されながら、魔氷気に凍えながら、それでも述べた。

 

「でもっ!」

「リュンナが倒れりゃ、みんな助かる……! それが俺たちを守ってくれるってことだ! 間違えるなよダイ……!! 見捨てろって言ってんじゃねえ。助けてくれって言ってんだ!」

「ポップ……!」

 

 ダイが――ポップを守っていたメラミ魔法剣を下げ、立ち上がった。

 

「う――が、あああ……!!」

 

 ポップは重圧に肉が裂け血を噴き、その血すらも凍っていく。

 マァムやクロコダインが、既にそうなっていたように。

 ダイは振り向かなかった。

 

「リュンナ……っ!! 勝負だっ!!」

「はい」

 

 微笑んで、迎えた。

 

「火炎大地斬っ!!」

 

 メラミ魔法剣を素手で受け止める。

 魔氷気の膜、闇の衣――魔法の部分を殺し、ただの大地斬に貶めて。

 

「くそっ!」

 

 それでもダイは剣を止めない。

 そして理解している。魔法剣ではない素の剣で斬りつければ、剣ごと凍るのだと。

 

「ベギラマ!!」

 

 だから何度でも閃熱を剣に宿して、より鋭く、より速く、より強く。

 素手で受けられない。左手の竜鱗が裂かれた。

 

 翼を広げて飛ぶ。トベルーラで追従してくる。

 トベルーラのみのダイと、加えて翼を持つリュンナでは、三次元機動の自由度がまるで違う。翻弄。

 

 ――隙。ブラッディースクライド。

 

「閃熱海波斬っ!!」

 

 弾かれた。

 弾けるのか! その体勢から!

 剣圧が本体に届く。生体鎧にヒビ。

 

 突っ込んでくる。懐。

 だが竜の尾が貫いた。

 

「がはっ……!!」

 

 喀血。墜落。

 バランとソアラの傍ら。

 ソアラは――守ってくれるバランを振り払い、極寒と重圧に身を晒した。

 

「ソアラ!!」

 

 彼女は応えず――ダイに空裂斬を撃って、傷に残留する魔氷気を排除、その上でベホマをかけた。

 そのままの姿で凍てついていく。

 

「バラン」

「ソアラ、私から離れては……!」

「戦って」

 

 バランが、踏みとどまる。

 

「ポップの言う通りだわ。ダイの友達……流石にいいことを言うわね。

 お願いよ、バラン。私たちを――」

 

 続きの言葉は紡がれない。

 もう凍ってしまった。

 

「立て、ダイ!」

「う、と、父さん……! 母さん……!!」

 

 バランがダイを助け起こした。

 

「もはや我々だけだ。(ドラゴン)の騎士の、底力を振り絞れ……ッ」

「うおおおおおおーー!!!」

 

 トベルーラ。竜の親子が来る。

 ダイはドラゴンキラーを構えて。真魔剛竜剣を失ったバランは素手で。

 真魔剛竜剣――どこに行ったと思う?

 

 リュンナは暗黒闘気で虚空に穴を開けるようにして、そこに手を入れた。引き摺り出す――神の金属で創られた、最強の剣を。

 

「お前、リュンナ……!! (ドラゴン)の騎士の剣をッ!!」

「これだけ解凍して奪っておきました」

 

 真魔剛竜剣で放つ真空斬りは、ただ一振りでふたりを纏めて斬り裂いた。

 

「うわあああっ!!」

「ぐおおおお……!!」

 

 砦の屋上に叩き落とされたバランは、左目の飾り――竜の牙(ドラゴン・ファング)を外して握り、手から血を流す。

 竜魔人と化す気か。

 

 それを見たダイは、具体的に何をする気かは知らぬだろうに、時間稼ぎを務めようと斬りかかってくる。

 だがバランの血は赤いまま、一向に蒼くならない。

 

「くっ!」

 

 そこまで錆び付いていたのか。

 ダイを失ってから腑抜けていたとは聞いたが。

 

「父さん!!」

 

 そんなブランクを吹き飛ばすように、ダイが叫ぶ。

 

「一緒に戦ってくれ!!!」

「――ああ!」

 

 喰らいついてくる。

 

 真魔剛竜剣は暴れ馬だ。御するのは難しいが、支配下に置けたときの破壊力は抜群。

 (ドラゴン)の騎士がふたりでも、圧倒できる。

 

 圧倒できる――ハズだ。

 

 斬り払い、斬りつけ、打ち払い、打ちのめしながら、疑念。

 なぜ倒れない? なぜ力尽きない?

 それだけ血を噴いて、それだけ肉を抉られて。

 その力はどこから湧いてくる?

 

 ダイを斬っても斬っても、その剣のキレが衰えない。

 バランを斬っても斬っても、その拳のキレが衰えない。

 むしろ瞬間ごとに強くなっていくありさま。

 

 ふたりの額で、(ドラゴン)の紋章が、何よりも強く輝いていた。

 ダイの紋章がより輝けば、バランの紋章が追うように輝きを増し、バランの紋章がより輝けば、ダイの紋章が負けじと更に輝きを増す。

 底のない、圧倒的な竜闘気(ドラゴニックオーラ)の海。

 

「――ああ」

 

 奇跡は、正義の勇者に、舞い降りた。

 


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