それは原作では、バランがダイへの攻撃として利用した現象だった。共鳴を介して強烈な思念波を叩き込み、その津波で記憶を浚い消してしまう、という。
だからダイはその攻撃から逃れるため、紋章を額から右拳に移す奇跡を起こした。
この世界では違った。
ダイにとって紋章の共鳴とは、親子の絆を確認する行為だったのだ。
恐らく、だからダイは意識的に共鳴を起こし、バランと互いの力を高め合っている。それがこの、底なしに湧き上がる
「双竜陣――といったところですか!
紋章が額にあることで、思念波を互いに送り合うことが重要なのだろう。
だから右拳に紋章を移した原作ダイには、この道は開かれなかった。
いや、もともとこの世界には、リュンナがいる以外にも原作世界との差異はあった。
そういった差異のひとつに、双竜陣の可能性もまた含まれていたのかも知れない。
「長い
「父さん……! 父さんの想いが、流れ込んでくる……!! 分かる、分かるよ! おれを大事に想ってくれてるって、分かる……!!」
ふたりの攻撃は更に激しさを増す。
真魔剛竜剣でも打ち払い切れない、細かな傷が増えてくる。
満身創痍まで追い込まれて、傷だらけの体でこれなのだ。
万全の体で双竜陣の境地に至れば――勝ち得る。あのバーンにも!
「あっはははははははっ!!!」
やった。やった!
ふたりを打ち払い吹き飛ばし、反動で上空へ飛び上がって、ゼロストラッシュの構えに移った。
避けたり受け損ねたりすれば、砦ごと仲間たちは死ぬ。
これを打ち破って、完全に証明して!
「ギガデイン!!!」
バランが上級雷撃呪文を唱え――それがダイのドラゴンキラーに落ちた。
「いいか、ダイ。
一撃だ! 故に一撃で決めるのだ。隙は私が作る……!!」
「分かった!! 任せて!!」
ダイもまたストラッシュの構えへ。
互いに互いへと飛び込んでいき――その狭間にバランが入る。
「かああッ!!」
だが長い尾で胴体を貫き、貫手を届かせない。バランが落ちた。
そしてダイが来る。もはや尾を使えない間だ。
「ゼロストラッシュッ!!」
「ギガ――」
ストラッシュ同士をぶつけ合い相殺すれば、剣術で勝つのは辛うじてリュンナだ。
だがダイの剣は、唐突に跳ね上がり、ゼロストラッシュを身ごと避けた。
それはもうストラッシュの構えではなかった。上段振り下ろし――
「――ブレイク!!!」
ギガブレイク!
双竜陣で闘いの遺伝子をも共有したのか!
完全に意表を突かれた。
魔神斬り・急の要領でゼロストラッシュの太刀筋を変え迎撃するも、それではストラッシュとしては不完全――威力が足りない。
真魔剛竜剣は、半ばからへし折れて飛んだ。
ドラゴンキラーはそのまま進んでくる。
もう手がない。
竜眼で放っているマルチロックオン・ベタンを解いても、竜眼閃も間に合わない。
直撃する、と分かる。
死ぬほどのダメージを受けるだろう。
流石のダイとは言え、ようやく会えた父母や仲間をこうも痛めつけられた末なら、手加減せずに殺しに来るか。
それとも信じてくれているのか――凌げるハズだと。
ちょっと、無理だ。
最終的にはルーラで離脱撤退する予定だったが――そのほんの一瞬の魔法力の溜めも。
ハドラーは、超魔生物化はするかも知れないが、何とか生き延びられるのではないか。そう期待する。
極まった才人の先輩や、古の知識を持つ
そしてダイのギガブレイクは、命中した。
「ぐふっ、……!!!」
「――えっ」
リュンナを庇った、ハドラーに。
「がはあああああああああッッ!!!」
ハドラーは剣を介して臓腑に叩き込まれた雷撃により、内から弾け飛んで、上半身と下半身に分かれて散った。
「ハ、ハドラー!?」
「庇った、だと……!!」
竜の親子が驚愕する。
ハドラーの両脚がバラバラに落ちて、胸から上が、リュンナの腕の中にあった。
折れた真魔剛竜剣は、いつの間にか打ち捨てていた。
ベタンと魔氷気が止んだ。
砦屋上で、ダイの仲間たちが起き上がり始める。
火炎呪文を使えるポップとソアラ、
リュンナが落ちる。
ハドラーひとりが間に挟まった程度で防ぎ切れるギガブレイクではない。威力は彼を貫通し、剣圧がリュンナに届いていた。
翼の片方を失い、トベルーラの浮力ももうない。胸から腹にかけて、深く抉られている。
落ちて、座り込む。膝の上に彼。
血溜りが広がる。リュンナの赤い血と、ハドラーの蒼い血が混じる。
「ハドラーさま……?」
やっと声が出た。
蚊の鳴くような小さな声。
胸から上のみがそこにあるハドラーが、視線を巡らせ、リュンナの傷を見た。
嗤う。
「フッ……ククッ……」
「ハドラーさま、どうして……どうしてこんな……」
ハドラーはバーンの暗黒闘気で蘇れる。
リュンナが知っているから、ハドラーも承知している。
だがそれはバーンの胸三寸だ。
なのに。ならば。
「どうして……だと……?」
「だって、こんな……。違うじゃないですか。どうして……。おかしい……。逆ならともかく! そう、逆……逆でしょ!」
血を吐くように叫んだ。
「知らぬわ――そんなこと」
ハドラーは嗤っている。
それは、リュンナを? 自分を?
「俺の国はもうない」
「え……?」
これまでそんなこと、一度も言わなかった。
言及すれば、やめろと拒まれた。
「奴らの王は、この俺は、誰よりも偉大なのだと――奴らの欲しかったモノを……手に入れて、証明するほかに……もう何も……」
「そんな、まるで……やだ……そんな言い方!」
視界が歪む。
世界が歪む。
吐気がする。
寒気がする。
蘇る可能性はある。
本当に? 本当に可能性はあるか?
負け続けの彼を。わざわざ。
アバン打倒の手柄はハドラーのモノにしてある。
それで行けるか? 分からない。
こんなことなら、勇者たちの誰かを生贄にしておくべきだった。
適当にひとりハドラーに仕留めてもらって、功績を積んでおくべきだった。
そんなおぞましい考えが浮かぶほどに。
だが、まだ生きている。
魔族もまた強靭な体を持つモノだ。
「ベホマ……!」
効かない。
傷に
ならば。
「リバスト……! リバストッ!!」
来ない。
炎魔塔を守る戦いでの負傷により、そこから撤退はしたが、今は気絶しているようだ。
目が覚めたところで、そんなコンディションではザオラルは成功しない。
「たす、け、て……」
ダイたちの誰も、手を出しに来なかった。
今更追い打ちをかけるでもなく、かと言って、出来ることもなく。
「マァム……あれ、無理なのかよ……?」
「回復呪文は、ある程度の生命力が残ってる体にしか効かないのよ。あれではもう……」
マァムは力なく首を振った。
「あ、姉上……姉上なら……!」
「ごめんなさい。ザオラルは、私にも……」
ソアラは沈痛に目を伏せた。
「誰か……誰でもいい……。何でもするから……」
「何もするな」
ハドラーが、そっと、頬に、手を。
「何もしなくていい。思えば、部下は大勢いたが……『民』を持ったのは、久し振りだった。そうだ、俺の民……反抗防止呪法など、必要なかったのだ。リュンナ。だったら、堂々と……していろ……」
「ハドラーさま……」
「魔王ハドラーだ」
魔王の誇り。魔王の重み。
泣き笑う。
「だったらわたし、ハドラーって呼んじゃうけど」
あの頃みたいに。
魔王だった頃みたいに。
「……好きにしろ……」
「眷属にするのも!?」
「無駄だと思うがな」
無駄なものか。無駄なものか!
リュンナは渾身の暗黒闘気を集中し――集中、できない。
「あ、」
がくん、と。全身から力が抜ける感覚。
ギガブレイクのダメージは通っているのだ。ハドラーを間に挟んだとは言え、無防備に受けてしまったのは大きい。
ドラゴラムによる変身が解け、人の姿――裸身に銀髪が流れる。
赤と蒼に染まる。
そして魔に近い闘気による全力戦闘の反動は、闘気を使った本人に来るのだ。
自己回復できない。暗黒闘気が使えない。眷属化――できない。
「うそ……うそ……なんで、だって、ハドラー、……こんなの……」
「リュンナ……」
ハドラーが囁くように名を呼んだ。
続く言葉に、必死に耳を傾けた。
「……」
何もなかった。もう息は切れていた。