暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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88 王 その2

 (ドラゴン)の紋章の共鳴だ。

 それは原作では、バランがダイへの攻撃として利用した現象だった。共鳴を介して強烈な思念波を叩き込み、その津波で記憶を浚い消してしまう、という。

 だからダイはその攻撃から逃れるため、紋章を額から右拳に移す奇跡を起こした。

 

 この世界では違った。

 ダイにとって紋章の共鳴とは、親子の絆を確認する行為だったのだ。

 恐らく、だからダイは意識的に共鳴を起こし、バランと互いの力を高め合っている。それがこの、底なしに湧き上がる竜闘気(ドラゴニックオーラ)の正体。

 

「双竜陣――といったところですか! (ドラゴン)の騎士がふたり揃うと、こんなことが起きるとは……!!」

 

 紋章が額にあることで、思念波を互いに送り合うことが重要なのだろう。

 だから右拳に紋章を移した原作ダイには、この道は開かれなかった。

 

 いや、もともとこの世界には、リュンナがいる以外にも原作世界との差異はあった。

 怪物(モンスター)ではなく魔物だ、とか。キラーマシーンではなくキラーマシンだ、とか。ほんの些細なこと。

 そういった差異のひとつに、双竜陣の可能性もまた含まれていたのかも知れない。

 

「長い(ドラゴン)の騎士の歴史の中で、こんな戦いができたのは我々だけだ……!! ダイ、お前を誇りに思うぞッ!」

「父さん……! 父さんの想いが、流れ込んでくる……!! 分かる、分かるよ! おれを大事に想ってくれてるって、分かる……!!」

 

 ふたりの攻撃は更に激しさを増す。

 真魔剛竜剣でも打ち払い切れない、細かな傷が増えてくる。

 

 満身創痍まで追い込まれて、傷だらけの体でこれなのだ。

 万全の体で双竜陣の境地に至れば――勝ち得る。あのバーンにも!

 

「あっはははははははっ!!!」

 

 やった。やった!

 

 ふたりを打ち払い吹き飛ばし、反動で上空へ飛び上がって、ゼロストラッシュの構えに移った。

 避けたり受け損ねたりすれば、砦ごと仲間たちは死ぬ。

 これを打ち破って、完全に証明して!

 

「ギガデイン!!!」

 

 バランが上級雷撃呪文を唱え――それがダイのドラゴンキラーに落ちた。

 

「いいか、ダイ。(ドラゴン)の騎士が全力で戦うとき、並の武具ではそのパワーに耐え切れずに燃え尽きてしまう。その剣も例外ではないだろう……。だが一撃は持つハズ。

 一撃だ! 故に一撃で決めるのだ。隙は私が作る……!!」

「分かった!! 任せて!!」

 

 ダイもまたストラッシュの構えへ。

 互いに互いへと飛び込んでいき――その狭間にバランが入る。

 

「かああッ!!」

 

 竜闘気(ドラゴニックオーラ)を最大限に乗せた貫手。

 だが長い尾で胴体を貫き、貫手を届かせない。バランが落ちた。

 そしてダイが来る。もはや尾を使えない間だ。

 

「ゼロストラッシュッ!!」

「ギガ――」

 

 ストラッシュ同士をぶつけ合い相殺すれば、剣術で勝つのは辛うじてリュンナだ。

 だがダイの剣は、唐突に跳ね上がり、ゼロストラッシュを身ごと避けた。

 それはもうストラッシュの構えではなかった。上段振り下ろし――

 

「――ブレイク!!!」

 

 ギガブレイク!

 双竜陣で闘いの遺伝子をも共有したのか!

 

 完全に意表を突かれた。

 魔神斬り・急の要領でゼロストラッシュの太刀筋を変え迎撃するも、それではストラッシュとしては不完全――威力が足りない。

 真魔剛竜剣は、半ばからへし折れて飛んだ。

 

 ドラゴンキラーはそのまま進んでくる。

 もう手がない。

 竜眼で放っているマルチロックオン・ベタンを解いても、竜眼閃も間に合わない。

 

 直撃する、と分かる。

 死ぬほどのダメージを受けるだろう。

 流石のダイとは言え、ようやく会えた父母や仲間をこうも痛めつけられた末なら、手加減せずに殺しに来るか。

 それとも信じてくれているのか――凌げるハズだと。

 

 ちょっと、無理だ。

 最終的にはルーラで離脱撤退する予定だったが――そのほんの一瞬の魔法力の溜めも。

 

 ハドラーは、超魔生物化はするかも知れないが、何とか生き延びられるのではないか。そう期待する。

 極まった才人の先輩や、古の知識を持つ(ドラゴン)の騎士がいてくれれば……。

 

 そしてダイのギガブレイクは、命中した。

 

「ぐふっ、……!!!」

「――えっ」

 

 リュンナを庇った、ハドラーに。

 

「がはあああああああああッッ!!!」

 

 ハドラーは剣を介して臓腑に叩き込まれた雷撃により、内から弾け飛んで、上半身と下半身に分かれて散った。

 

「ハ、ハドラー!?」

「庇った、だと……!!」

 

 竜の親子が驚愕する。

 

 ハドラーの両脚がバラバラに落ちて、胸から上が、リュンナの腕の中にあった。

 折れた真魔剛竜剣は、いつの間にか打ち捨てていた。

 

 ベタンと魔氷気が止んだ。

 砦屋上で、ダイの仲間たちが起き上がり始める。

 火炎呪文を使えるポップとソアラ、焼けつく息(ヒートブレス)を吐けるクロコダインが、まず自分を、そして仲間たちを解凍していく。

 

 リュンナが落ちる。

 ハドラーひとりが間に挟まった程度で防ぎ切れるギガブレイクではない。威力は彼を貫通し、剣圧がリュンナに届いていた。

 翼の片方を失い、トベルーラの浮力ももうない。胸から腹にかけて、深く抉られている。

 

 落ちて、座り込む。膝の上に彼。

 血溜りが広がる。リュンナの赤い血と、ハドラーの蒼い血が混じる。

 

「ハドラーさま……?」

 

 やっと声が出た。

 蚊の鳴くような小さな声。

 

 胸から上のみがそこにあるハドラーが、視線を巡らせ、リュンナの傷を見た。

 嗤う。

 

「フッ……ククッ……」

「ハドラーさま、どうして……どうしてこんな……」

 

 ハドラーはバーンの暗黒闘気で蘇れる。

 リュンナが知っているから、ハドラーも承知している。

 だがそれはバーンの胸三寸だ。

 なのに。ならば。

 

「どうして……だと……?」

「だって、こんな……。違うじゃないですか。どうして……。おかしい……。逆ならともかく! そう、逆……逆でしょ!」

 

 血を吐くように叫んだ。

 

「知らぬわ――そんなこと」

 

 ハドラーは嗤っている。

 それは、リュンナを? 自分を?

 

「俺の国はもうない」

「え……?」

 

 これまでそんなこと、一度も言わなかった。

 言及すれば、やめろと拒まれた。

 

「奴らの王は、この俺は、誰よりも偉大なのだと――奴らの欲しかったモノを……手に入れて、証明するほかに……もう何も……」

「そんな、まるで……やだ……そんな言い方!」

 

 視界が歪む。

 世界が歪む。

 吐気がする。

 寒気がする。

 

 蘇る可能性はある。

 本当に? 本当に可能性はあるか?

 負け続けの彼を。わざわざ。

 

 アバン打倒の手柄はハドラーのモノにしてある。

 それで行けるか? 分からない。

 

 こんなことなら、勇者たちの誰かを生贄にしておくべきだった。

 適当にひとりハドラーに仕留めてもらって、功績を積んでおくべきだった。

 そんなおぞましい考えが浮かぶほどに。

 

 だが、まだ生きている。

 魔族もまた強靭な体を持つモノだ。

 

「ベホマ……!」

 

 効かない。

 傷に竜闘気(ドラゴニックオーラ)が残留しているワケでもない。それは稀な現象だ。

 ならば。

 

「リバスト……! リバストッ!!」

 

 来ない。

 炎魔塔を守る戦いでの負傷により、そこから撤退はしたが、今は気絶しているようだ。

 目が覚めたところで、そんなコンディションではザオラルは成功しない。

 

「たす、け、て……」

 

 ダイたちの誰も、手を出しに来なかった。

 今更追い打ちをかけるでもなく、かと言って、出来ることもなく。

 

「マァム……あれ、無理なのかよ……?」

「回復呪文は、ある程度の生命力が残ってる体にしか効かないのよ。あれではもう……」

 

 マァムは力なく首を振った。

 

「あ、姉上……姉上なら……!」

「ごめんなさい。ザオラルは、私にも……」

 

 ソアラは沈痛に目を伏せた。

 

「誰か……誰でもいい……。何でもするから……」

「何もするな」

 

 ハドラーが、そっと、頬に、手を。

 

「何もしなくていい。思えば、部下は大勢いたが……『民』を持ったのは、久し振りだった。そうだ、俺の民……反抗防止呪法など、必要なかったのだ。リュンナ。だったら、堂々と……していろ……」

「ハドラーさま……」

「魔王ハドラーだ」

 

 魔王の誇り。魔王の重み。

 泣き笑う。

 

「だったらわたし、ハドラーって呼んじゃうけど」

 

 あの頃みたいに。

 魔王だった頃みたいに。

 

「……好きにしろ……」

「眷属にするのも!?」

「無駄だと思うがな」

 

 無駄なものか。無駄なものか!

 リュンナは渾身の暗黒闘気を集中し――集中、できない。

 

「あ、」

 

 がくん、と。全身から力が抜ける感覚。

 ギガブレイクのダメージは通っているのだ。ハドラーを間に挟んだとは言え、無防備に受けてしまったのは大きい。

 ドラゴラムによる変身が解け、人の姿――裸身に銀髪が流れる。

 赤と蒼に染まる。

 

 そして魔に近い闘気による全力戦闘の反動は、闘気を使った本人に来るのだ。

 自己回復できない。暗黒闘気が使えない。眷属化――できない。

 

「うそ……うそ……なんで、だって、ハドラー、……こんなの……」

「リュンナ……」

 

 ハドラーが囁くように名を呼んだ。

 続く言葉に、必死に耳を傾けた。

 

「……」

 

 何もなかった。もう息は切れていた。

 


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