引き続き、訓練場の隅にて。
布の服姿のリュンナとソアラ、浮くホイミスライムのベルベル。
「姉上は、呪文は何が使えるんですっけ」
「護身用にメラとイオ……。それからホイミとベホイミ、キアリー、といったところね」
「あら賢者」
芯は強いが身はか弱い女の典型例のイメージもあったものの、この第一王女は意外と力があるのだ。侮れない。
「大したものじゃないわ。リュンナは攻撃呪文も中級まで使えるんでしょう?」
「はい、ヒャダルコとバギマを。でもイマイチ地味と言いますか……。ギラ系が欲しかったんですけどね。炎熱系自体に適性ないらしくって」
精々がショボいメラを使える程度である。
自分の呪文適性を知るにつれ、どんどん落胆していったものだ。勇者などと呼ばれようとも、
こうピカーッグワーッという派手な攻撃呪文のレパートリーがないことは、リュンナのミーハー根性にダメージを与えていた。いや、どうでもいいのだが。
一方、それを聞いたソアラは嬉しそうにしていた。
「なら、わたしが頑張ればいいわね。ギラもまだ発動はできないけれど、契約はできているのよ」
「羨ましいです……。目指せベギラマ」
「あら、ベギラゴンじゃなくていいの?」
クスクスと上品な笑みで、恐ろしいことを言ってくれる。
しかしそこまでを求める気はない。もし武器の適性がなく純粋に呪文使いになるとしても、あのポップですら極大呪文はメドローアひとつのみしか使えず終いなのだから。
それに、使えたとしても使い勝手が悪い面もある。
「極大呪文は両手が必要ですからね。ベギラマなら片手で撃てますから、剣と併用しやすく、バランスがいいんです」
「そう言われるとその通りね。流石はプレーシの町を救った勇者姫さんね?」
「本当にそうですよ。近衛の剣を借りたんですけど、わたしの体格じゃ両手持ちしないと落としそうで……。呪文使う度に、いちいち手を放して、握り直して、でしたもん。もうテンポが悪いったら。
そこ解決できたらもっと楽に戦えましたね」
冗談抜きの本音で語るリュンナである。
両手武器は純戦士向きであり、武器も魔法も使う勇者向きではないのだ。
少なくとも、呪文が基本的に『手から撃つモノ』であるこの世界では。
「これからはどうするの?」
「既に鍛冶師やらに頼んで、わたし用の装備を用意してもらっています。姉上のは修行がある程度進んだら、ですね。まだどんな武器に才能があるかも分かりませんし」
「呪文はともかく、武器は……銅の剣を持ってみたことはあるけれど」
蝶よ花よの雰囲気があるし、さもありなん。
しかし血筋的に考える限りでは、才能がないことはないハズだ。父王は鎧兜に身を固めて戦場を駆けたこともあると言うし、リュンナも剣を使うことができる。父と妹がこうならソアラ本人も、と考えるのは自然だろう。
「武器、武器か……。殺すのよね。敵を」
「……。はい」
「殺気……殺されるという『感じ』だけで、あんなに恐ろしいのに。それをするのよね……」
「はい……」
武器を持つと考えたことで、実感が追い付いてきたか。
そう、戦いは綺麗事では済まない。リュンナも初陣を終えたばかりとは言え、だからこそ、そこのところはよく理解していた。
殺し殺される、それは生半可ではないストレスを生じる。たとえどれだけの大義や使命感があってもだ。
勢いで自分も戦うと言ったところで、やはりソアラには無理なのか。
リュンナは当たり障りのない慰めの文句を考え始めた。
しかしソアラは、自らの手に視線を落とし、ぽつりと呟く。
「でも、今度は……必要なことだから……」
「今度は?」
まるで殺しをしたことがあるかのような。
それも不要な殺しだ。あるいは、不本意な。
彼女は遠くを見るような目をして、細い声で言った。
「スラリンを手にかけたのは、わたしだから」
凍る。
「魔王が現れて、スラリンも凶暴になってしまって……。わたしの傍から逃げ出したの。今思えば、少しでも理性が残っているうちに、わたしを傷付けまいと離れたんでしょう。
けれどわたしは、それを追いかけてしまった。ひとりで探すうちに森にまで入って……不意に後ろから襲われて……咄嗟に、メラを。
燃えて……融けていくのは、スライムで。あの子の声で鳴いてた。高いところに上がって下りられなくなったときとか、犬に吼えられたときとか……そういうときの、『助けて』って声で――泣いてたのよ」
「それは……。察するに余りありますね……」
リュンナは何と言って慰めようか考えて――何も浮かばなかったので、胡坐から立ち上がってソアラの後ろに回り、抱き締めて頭を撫でる。ベルベルも真似して撫でた。
ツラい想い出に負けまいとするその気丈な顔を見ることがツラくて、逃げた結果の体勢なのだが、ソアラは微かに笑う声をこぼしてくれる。
何だかんだ言って、自分はこの姉が好きなのかも知れない。複雑な気持ちだ。
「どうやって炎を消せばいいのかも分からなくて、ホイミは焼け石に水で……。ベホイミを覚えたのは、それからね。
ねえ、わたしは既に、いちばん大切だった友達をこの手にかけてしまっているのよ。もう何も失いたくないの。大切なものを捨てないためになら、きっと他の全てを捨てられるわ」
バランを捨てないために、国を捨てるんですね。分かります。やっぱりこれ矯正無理では……?
父王を説得して、バラン捕縛や処刑をやめてもらうのが現実的だろうか。次代に関しては、この第二王女がいれば最低限いいよね? と。かくなる上はぽこじゃか産んでくれる。いちばんいい男を頼む。
しかし最悪、バラン(全ギレ)に勝てるところまでレベルを上げておかないと安心はできないが。絶望。
「まあ、はい。えっと。戦うに当たって、迷いはない。ということですね? 姉上」
「ちょっと重い話になっちゃったわね、ごめんなさい。そういうことよ」
凄いことである。
何しろこの姉は、決断力や実行力に非常に長けている。やると言ったらやるし、言わなくてもやると決めたらやるのだ。やってしまう。
無の瞑想に至る実験修行を受けることも、バランに尽くすことも。
ならば良心を押して敵を殺すくらいのことも、確かにやってのけるだろう。
良くも悪くもそこは信頼しているため、では試してみよう、とはリュンナは思わなかった。試すまでもない。
この期に及んで「口では何とでも――」などと言い出すようでは、節穴もいいところであろう。
「そういうことなら……分かりました。いざというときには頼りにします。で、そのときに向けてですね、呪文だけじゃなく武器戦闘もできると大変ありがたいワケでして。
どんな武器が向いてるか、いろいろと試してみましょう。ベルベル」
ホイミスライムに呼びかけ、使いに出した。
その触手にいっぱいの武器を持ってきてもらうのだ。
それを待つ間、ソアラの疑問点に答えていく。
「剣ではダメなの? リュンナも使っているから、教わりやすいと思うのだけど」
「ダメってことはないですけども、何事も向き不向きがありますからね。苦手な武器に固執するのは悪かな、と。もし剣に才があるようなら構いません」
「あることを祈るわ」
言葉通りに、両手を組んで祈りを捧げ出した。そこまで……?
教わりやすさを本人は述べたものの、実際には単に『大好きな妹と同じ武器を使いたい』だけではないか、とも思える。
祈りを終えると、更なる質疑。
「そういえば、リュンナはどうして剣を選んだの? ほかに適性がなかったとは思えないけど」
「えっ、はい。そうですね……」
だってカッコいいから……。
と本音を口にしたところで、イメージダウンどころか微笑ましく思われるだけで、別段の損はしそうにない。
ただしそれはソアラ相手に限った話であり、少し離れて訓練中の兵士ら相手には、そうもいかないだろう。
リュンナは考えながら述べた。
「剣はね、えーっと、まず、ほら……ああ、持ち運びやすいじゃないですか。携帯性が高いんです。槍、斧、杖、弓……だいたい嵩張るでしょう?」
「そうね、普段から持って歩けるのは剣と杖くらいかしら。杖も片手は塞がってしまうわ」
鞘に入れて下げておく――何と便利なことか。
剣の特権のひとつである。
「もちろんナイフとかはもっと携帯性が上ですけど、そうすると今度は攻撃力が低いんですよね。携帯性と攻撃力! このバランスが最も取れてるのが剣なんです」
「そういえばさっきベギラマの話のときも、バランスがいいって言ってたわよね。バランスはとっても大事なのね」
勇者というバランス職の極みとなったリュンナである。当然のようにバランス信者と化していた。
ソアラも感化されていく。
「ねえリュンナ。ひょっとしてだけど、剣って守備力も高いんじゃないかしら」
「守備力ですか? そうですね……うーん……」思案し、「はい、ああ、その通りですね。長い剣身でガッと受け止める、スルッと受け流す。スパッと打ち払う……。槍は長すぎて受けにくいし、斧は先端が重いから勢いが必要で打ち払いにくい。
携帯性に攻守、総合的なバランスでは剣が最強ですね!」
拳を握って力説したところで、ベルベルが武器の多数突っ込まれた箱を抱えて戻ってきた。
「じゃあやっぱり、剣を使うわ」
結局剣なのか。