90 それから
それから幾らかの時が経った。
ダイはバランに竜の騎士の戦い方を教わり、バランはダイとの組手で全盛期の力を取り戻そうとしている。
ポップはマトリフに弟子入りした。加えて、メルルに懐かれて満更でもない様子。
マァムとヒュンケルはアバンの書で技を復習し基礎に磨きをかけ、またクロコダインにアバン流を教えもしていた。
バルトスは仮初の生命体故に自らの闘気を持たない欠点を克服しようと、ヒュンケルの闘気を借りる技を試している。
レオナは、『まだ言えないこと』――
そしてソアラは――常にリュンナと共にいる。
ベンガーナにも一緒に赴いた。バランとダイも、だったが。
リュンナが直接作った眷属は素材に還元して消し去れる――竜戦士も人間に戻せる――が、元々普通に生きていた竜を従えたモノは、直接排除しなくてはならない。
それが説得し立ち去ってもらうことであれ、殺すことであれ。
どちらにせよ、『竜眼姫』の闘気を全開にしての威圧が有効だった。
人質に取っていたベンガーナ王家は解放した。
リュンナは恥も外聞もなく土下座して謝罪に勤しんだ。そしてソアラやバランが説明するのだ――魔王軍に操られていたのだと。共に頭を下げながら。
操られていた当人はともかく、当代の王夫妻がそうまですれば、向こうも納得するしかなかったのだろうか。操られていたなら仕方ない、ということになった。もちろん、アルキードから復興支援も行われる。
アルキード全土の上空に投影した幻像では、操られていない真実が暴露されていたのだが――操られていたことにしたい、のか。その方が赦しやすいから。下手につついてリュンナに逆上されるのを恐れている気配。
ランカークス村はベンガーナの一部として超竜軍団が制圧していたのだが、どうもその前にポップの両親は逃げていたそうだ――ロン・ベルクの手引きで、隣のアルキード王国に。
そして王都で武器職人として生活していた。
もう遠い昔のことのようだが、ナバラが占った『ダイに
リュンナの振るう真魔剛竜剣を強度的に劣るドラゴンキラーで折ったことで、ロンはダイを気に入り、剣を作ってくれることになった。
甲斐があるというものだ。
この世界では、ダイが真魔剛竜剣と本気で戦うには、ああするのが手っ取り早かった。
材料は覇者の冠。
ベルベル、リバスト、ボラホーンの傷も癒えた。
特にリバストはしばらくは自殺しそうなほど落ち込んでいた。ザオラルを求められたときに動けなかったことが、よほど申し訳ないのだろう。炎魔塔の防衛を命じたリュンナの自業自得なのだが。
いつも自業自得だ。溜息が出る。
そもそも竜の血が効かないのに、その上あれだけの損傷で、ザオラルが効いた気はしないが。埋葬前に何とか試すタイミングはやってきたが、それも効きはしなかった。
キルバーン辺りが粛清に来るかと思ったが、どうもそういった気配がない。
ハドラーも音沙汰がない。蘇ったのかどうか、分からない。山に作った墓は、いつの間にか空っぽになっていたそうだが……。
リリルーラで会いに行こうにも、不思議な力で掻き消されてしまう。大魔宮の結界か何かか。リュンナは大魔宮に行ったことがないから、それで結界に他人判定されているのかも知れない。
リンガイア王国は妖魔士団と、カール王国は魔影軍団と戦い続けていたが、それもいつの間にか魔王軍側の勢いが弱まり、何となく終戦したらしい。
リンガイアはノヴァが、カールはホルキンス辺りが奮闘したそうだ。
援軍に行ってポイント稼ぎでもしようかと思ったが、その機会もなくなってしまった。いいことだが。
マジャスティスは結局施されなかった。
竜眼の力を失くしたリュンナなど、旧時代の遺物に過ぎない。今はまだこの力が必要だ、と判断された。
「あー……」
そして今はソアラの私室で、ベッドを占拠している。
「やっぱり元気が出ないかしら」
「わたしのせいでハドラーが……。本当に蘇るのかどうかも……」
本当に、それに尽きる。
これだけ掻き回した末に、原作知識などロクに当てにはならない。ハドラーが死んだ時点で、反抗防止呪法も切れてしまった。繋がりがないのだ。一切ない。
それがあまりにも寂しく、切ない。
原作では――と、それでも考えてしまう。
原作では、ロモス・パプニカを奪回され軍団長ふたりを敵に回し、バルジ島で負け、バラン離反を招いた――これで失点が3つ。ただしアバン打倒の功績で1点回復し、首が繋がった、という形。
この世界では、ロモス・パプニカを奪回され軍団長ひとりを敵に回し、地底魔城で負け、リュンナを人間に捕えられた――これで失点が3つ、だろうか。
アバン打倒の功績はリュンナからハドラーに献上されているが、これで1点回復するのか。
分からない。
「体でも動かしたら? 組手しましょうか」
「あー……」
そこで突き放さずに自分で相手をしてくれる気配のソアラは優しいが、体を動かして何になるのだろうか、という気持ちが先に立ってしまう。
もちろん、体は動かした方がいい。無の瞑想でどれだけ理想的な体の使い方を覚えても、それを実践するための筋力や反射を鍛えることは必要なのだ。
ハドラーを奪うためにも、更なる力を求めなくてはならない――のだが。
13年振りに空っぽの気分だ。
いや、あの時よりも酷い。
あの時はどん底で、今は、言わば底なし沼。
頭が重く、思考が鈍い。
体が重く、動きが鈍い。
冗談でも比喩でもなく、病気としての欝ではないか。そんな概念に逃げ込もうとする自分が、ひたすらに嫌だ……。そんなことあり得ないのに。
もう死んだ方がいい。死のう。実行するには体が重過ぎるが。死ぬ程度のことすら出来ないなら、生きている価値はない。死のう。実行するには体が重過ぎるが……。
そんな堂々巡りの思考を、何度繰り返しただろうか。
自分への悪意に、暗黒闘気の、ひいては魔氷気の質は深まるばかり。
これはこれで修行か。あは。
と、ソアラが問う。
「うーん。ねえ、『本』ではこの後どうなるのかしら」
原作知識については、生まれる前の夢の中で『本』を読んだ、とソアラには伝えてある。
さて、ともあれ、どうだったか……。
「『本』ではそもそも、ハドラーはこのタイミングで死なないんですよね……。ズタボロにはなりますけど。それでパワーアップ改造を受けて復活してくるんです」
「改造?」
「超魔生物って言って……無数の魔物の長所を移植して体を強化するんです」
ソアラにはピンと来ていないようだ。
然もありなん。ここだけSFじみている。
「ハドラーは復活してきてどうするの?」
「ダイくんに戦いを挑んで……あー、その前に、ダイくんが最強の剣を手に入れるんですよ。今ロンさんに作ってもらってるやつ。で、ハドラーもそれとは別で、最強の剣を手に入れてて」
「オリハルコンの剣ということ?」
オリハルコン――神の金属。
その割には脆いが、この世界で最強の武器と言えば、それでもオリハルコン製であろう。
「そうです。何だっけ、あー、ロモス王国の覇者の剣を」
「国宝じゃないの。またロモスが襲われるのかしら」
「いえ、剣自体は盗まれる感じですね……。武術大会の景品にされてるんですけど、それはすり替えられた偽物で――」
止まる。
「どうしたの」
「ちょっとロモス行ってきます!」
重い気分が一気に抜けた。
ベッドから跳ね起き、窓を開けてルーラ――しようとして、
「待ちなさい!」
ソアラの鋭い声で止まった。
「行先を告げてから、バランとダイを伴って、よ」
「そう、でしたね……」
双竜陣状態のダイとバランなら、リュンナを倒せる。
だからどこかに行く場合、必ずそのふたりを伴うこと。そういう条件で、拘束も監禁もされずにいる。
ダイもバランも自分たちの修行があり、常に監視はできないから、振り切って飛び出すことは物理的には可能だ。
だがそれをしたが最後、完全に決別してしまうことになるだろう。
対バーン戦力として計算に入れることが難しくなる、ということ。まだ未練がある。
勇者たちはそこまで把握しているワケではないが、あれ以来リュンナは特に悪さを働かずにいるためか、この甘い処置となっている。
ともあれソアラと共に、ダイとバランのもとに赴いた。
そしてロモスに行きたい旨を伝えると、もちろん、なぜロモス、となる。
「えー竜眼で……予知的なアレで。武術大会がね、あるんですけども」
「へえ! 武術大会!」
ダイがやる気を出した。
「魔王軍の攻撃がありそうなんですよ。そこに」
場に緊張感が走る。
バランが代表して問うた。
「どのような攻撃かは分かるのか?」
「確実なことは言えないんですけど……。たぶん、こう、選手を攫おうと……」
「強者を集めて手駒にでも変えるつもりか? 捨て置けんな。大会はいつだ?」
それが分からない。
そもそも大会が本当に開催されるのかどうかも。
何しろ竜眼予知ではなく、原作知識であるからして。
それを
「では確認に行こう」
リュンナ、ソアラ、バラン、ダイ、の4人でロモスに飛んだ。
ダイのルーラだ。
「あの」
着地してからリュンナが言う。
「何だ」
「王と王妃と王子が揃って国を空けていいんですか?」
「構わん。トップがいないだけで回らん組織は不完全だ」
この13年で、バランは王としての能力を身に付けたらしい。
つまり有能な人間を配置して、仕事を任せる能力を。
伊達に腑抜けていたワケではない、ということか。
ともあれロモスの町で、その辺の適当な人に話しかけた。
武術大会はやっているのかどうか、と。
「ああ、来週開催ですよ。楽しみですよね!」
「ありがとうございます」
更に場所を聞いて、現地の闘技場に行ってみた。
出場の事前申し込みを受け付けているようだ。当日の混雑防止か。
「それで、どうします? バラン」
「そうだな……」
思いのほか立派な闘技場を見上げながらバランは思案して――ダイの頭を撫でた。
「出場しろ。ダイ」
「いいの!?」
彼は見るからにワクワクしていた。
「お前は戦いの場から、我々は観客席から見張る。事が起きたらすぐに動く」
「うん!」
「我々……?」
リュンナは首を傾げた。
「私とお前だ」
「あっはい」
いや、願ったり叶ったりではあるのだが。
原作では、正体を現したザムザが、ハドラーについてチラッと話題に出すのだ。
それを聞きたい。聞いて、生存を確かめたい。
「ほかに予知できることはあるか?」
「……疑わないんですか?」
「なに?」
ついこの間まで魔王軍にいたリュンナである。
武術大会も事前に魔王軍の計画として知っていたモノで、これ自体が罠かも知れない――とは考えないのだろうか。
「お前はそういうことはしない」
「……はい」
その通りだ。
ハドラーのためになるならともかく。
「それで、予知は? 何かあるか?」
「あっ、えー、はい。そうですね……」
まだ少し鈍い頭を必死に働かせる。
「出現する敵に凄く有効な技がありますね。閃華裂光拳――拳聖ブロキーナの必殺技です」
「ブロキーナ……。噂を聞いたことがあるな。このロモスの山奥に住む、武術の神と呼ばれる男」
「はい」
原作ではマァムが覚えて来てくれるのだが、この世界ではマァムはパラディンだ。武闘家に転職していない。
しかし
閃華裂光拳があった方が安心できるのは確かだ。
「ブロキーナは武術大会に来るのか?」
「分かりません。来ないかも……」
ゴーストくんとしての出場は、マァムとチウの様子を影ながら見守るためだろう。
マァムが弟子になっていない以上、その線は望めないかも知れない。
「探すぞ。山奥か……」
探すことになった。
一方ダイは、どんな強い人が出るんだろう! とワクワクし、ソアラと予想話に花を咲かせていた。