ブロキーナの居場所はロモスの山奥である――ロモスに山がどれだけあると思っているのか。
ひとまず町でブロキーナに関する噂を集め、それを元に探すべき範囲をある程度絞った上で、鷹の目で無数の視点を飛ばして探索する。結局、最後は力技だ。
数個程度ならばともかく無数の視点を飛ばせば、集中力をそちらに費やす以上、本体はロクに動けなくなる。
宿屋でソアラに甲斐甲斐しく世話をされながら、探索に身を入れた。
結果としては1日で見付かった。
鷹の目の視点に向けてピースするブロキーナが見える。
傍らには大ねずみのチウが。
「老師……。なにやってるんですか?」
「ちょっと挨拶をね~」
「誰もいないのに……」
チウは不思議そうにしていた。
不思議そうにしたいのはこちらだ。あのメルルでさえ、リュンナ本体の存在は感じても、鷹の目の視点までは見落としている様子だった。
気付けたのは、長年の付き合いと絆のあるソアラのみだったというのに。
ともあれ、見付けたなら話は早い。見えているその光景へ、ルーラで飛んでいくのみだ。
ソアラ、バラン、ダイを伴い、ロモスの山奥、ブロキーナとチウのところへ。
静かな着地。
「うわっ! な、なんか来た~!」
「驚かせてごめんなさい。ブロキーナ老師にお話がありまして」
尻もちをつくチウに謝り、それからブロキーナに視線を移す――いない。
ソアラが首を捻った。
「いないわね?」
「あれっ、老師!? さっきまでいたのに……」
チウもきょろきょろと慌て出す。
これは悪戯か、それとも試練なのか……?
竜眼は全てを見通す。遮蔽物も隠形も関係ない。
ゆえに――気配を消したブロキーナが、斜め後ろからリュンナに拳を繰り出してきていることは分かっている。避ければソアラに当てる気であることも。
リュンナの裏拳が、バランの貫手が、ブロキーナに迫る――寸止め。
ブロキーナもまた、リュンナへの拳を寸止めしていた。
一方、ダイは反射的に剣を抜こうとしていたが、間に合わず。
ソアラは逆にリュンナを庇おうと動いていたが、これも不発。
「あぶな――って、まさか、この人が……!?」
「老師!?」
一番驚いているのはチウだった。
ブロキーナは寸止めの姿勢から拳を引き――
「ぜえ……ぜえ……」
息切れした。
寸止めの裏拳を動かし、ごくソフトに頬を打っても、避ける体力はもうないようだ。ぺちん。
「久々にフルパワーで動いたよ……。恐ろしい子たちが来たもんだね」
「初めまして、ブロキーナさん。リュンナといいます。恐ろしいはこっちのセリフですよ、どういうレベルの身のこなしですか」
ほんのごく一瞬とは言え、この竜眼を相手に背後に回り込んでみせるとは。規格外の素早さと気配隠蔽の技量がなくては、これはできない。
凄まじい実力者だ。
「伊達に武術の神とか呼ばれてはいないよ……。弟子入り希望かな?」
「1週間以内に奥義を教えてもらえるなら」
「舐め過ぎだね?」
はい。
「――と言いたいところだが、逆に、わしの修行受ける必要ある? 4人が4人とも、既にどれだけの高みに至っているのか……」
ブロキーナはチウの手を借りて歩き、丁度いい切り株に座った。
どっこいしょ。
しかしその隙だらけの姿が、どこまで本当なのか……。
「必要なのは格闘技術ではなく、奥義なんです。『閃華裂光拳』」
「む……」
遮光眼鏡の奥で、眼光が鋭く煌めく気配。
「人前で使ったことはないのだが」
「予知能力で」
「ふーむ。一笑に付すには……ちょっと……アレだね」
事実として実力を見せ、また閃華裂光拳も間違いなく実在する技なのだろう。ブロキーナは深刻な顔を作った。
「しかし聞いたことがあるかも知れんが、わしは『おへそぷにぷに病』に冒されておる。奥義を伝授することはとてもできんのじゃ。ごほっ、ごほっ」
おへそぷにぷに病でなぜ咳を……?
「では、ロモスの武術大会に出てもらえませんか」
「武術大会……?」
町で貰ったチラシを渡した。
「そういえば予知と言ってたね。閃華裂光拳が必要になる事態が、この大会で起こる――と?」
「はい」
「老師、僕にも見せてください!」
チウが武術大会のチラシを覗き込む。
「おお、国中から猛者が? ふふふっ、これは僕の実力を世に知らしめるチャンス! 老師、参加してもいいですか?」
「うーん」
「ダメなんですか……」
「いやー……」
必ずしもダメというワケではなさそうだが、悩んでいる様子。
原作ではマァムがお目付け役をしていた。それがいないからか?
「ねえ、ブロキーナさん」
ふと、ソアラが。
「何かな、お嬢さん」
「ソアラと申します。やっぱり弟子に取ってもらえませんか? 閃華裂光拳だけじゃない――私だけの力が必要なの」
「姉上?」
いきなり何を言い出すのか。
ソアラは既に、地上において最上位クラスの実力者なのに。
バランとダイは――逆に半ば納得の顔をしているが。
「私は中途半端なのよ。何でもできるけれど、何にもできない。
バランやダイ、リュンナのように、特別な闘気は持っていない。ヒュンケルのように光と闇の両方を持つワケでもない。普通の、光の闘気だけ……。
マトリフやポップのように、両手で別々の呪文を使うこともできない。
マァムの盾やクロコダインの耐久力のように、味方を庇うことも得意じゃない。
バルトスのように、人間にはできない動きももちろんできない。
私だけのモノなんて、何もない……!」
途中からはもう、血を吐くかのような声音だった。
そこまで思い詰めていたのか。
「ブロキーナさん。さっき私たち、ここで修行を受ける必要はないと思う、のようなことを言いましたよね」
「言ったね」
「本当にそうですか? 私も修行を受ける必要はありませんか」
遮光眼鏡の奥で、ブロキーナの目が改めてソアラを観察する気配。
そして間もなく述べる。
「さっき……わしがお前さんたちを狙ったとき――」
気配を消して攻撃してきたときだ。
「リュンナだったか、君と……そちらの――」
「バランだ」
「リュンナとバランは、わしを迎撃しようとしたね。そっちの」
「ダイです!」
「ダイもだ。間に合ってはなかったが」
ダイが眉を下げた。
「そしてソアラ。君は……リュンナを庇おうとしたね」
それも間に合ってはいなかったが、確かにそうだった。
ソアラが動き出した頃には、ブロキーナはもう止まっていた。
「武術的には、それは未熟の証かも知れない……。だが美しい『献身』の心を見た。だから、君ならまあ……いーのかもね。もしかしたら。奥義を教えても……」
「では」
ソアラが身を乗り出すような前傾。
普段の彼女ならば、自分以外を弟子にと推しそうなイメージがある――が、しかし今、彼女は自ら立候補した。
その覚悟を推し測れる。
「良かろう、ソアラ、お前を弟子に取ろう。指先ちりちり病の発作もしばらく起きそうにないし」
おへそぷにぷに病ではなかったのか。
「ありがとうございます!」
「わしのことは老師と呼ぶように」
「はい、老師」
ソアラは希望に満ちた笑みを浮かべていた。
彼女の才と覚悟があれば、それこそ本当に数日で閃華裂光拳を習得しかねない、とすら思えるほどに。
「そういうことなら……頼りにしますよ、姉上」
「頑張って! 母さん!」
「しっかりな」
「ええ、任せて。必ずみんなの力になるわ」
眩しさすら感じる。
目を逸らしたくないほどに、眩しい。
「武術大会までにもし奥義を会得できたら、ソアラは参加するとして……そのときはチウ、お前も出てい~よ」
「本当ですか!? 何でソアラさんの奥義会得が僕の参加と関係あるのかはまるで分かりませんけど、分かりました!
ソアラさん……兄弟子としていろいろ教えてあげますよ。ふっふっふ」
「よろしくお願いね、チウ」
小さな子にそうするように、ソアラはチウを撫でた。
いや、小さな子なのだが。
ともあれ、かくしてソアラをブロキーナのもとに残し、リュンナらは一度アルキードに帰った。
その後、自分なりに閃華裂光拳を再現できないかと試してみた――原作知識で原理は分かっているのだ。ホイミ系魔法力を、拳打の命中の瞬間に合わせて一気に爆発させる、と。
が、どうやら武神流特有の打ち方が必要なのか、上手くいかなかった。
そして武術大会の日が訪れ――ソアラは来なかった。チウも、ブロキーナも。
代わりに手紙が届いた。
曰く――流石に1週間で閃華裂光拳は無理だったが、今日中には何とかするから粘ってくれと。
「えぇ……」