暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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92 妖魔学士ザムザ

 マトリフとはまた方向性が違うが、ブロキーナにもどこか浮世離れしたところがある。

 何しろ百獣魔団によるロモス侵攻中、彼はロモスや人間のためにはロクに戦っていないのだ。これは本人との会話で確かめた。何となれば、なるべく世界は若い世代が救うべきだ、と。

 

 老人が若者の出番を奪うのは、確かにあまりいいことではない。ともすれば老人が寿命で去った後、若者に経験が蓄積されておらず次の脅威で詰む、ということはあり得る。

 だがまず次の脅威まで辿り着けるかどうかの相手なのだ。それを口で説明はしたが、伝わった気がしない。

 

 伝わったなら、既に閃華裂光拳を使えるブロキーナ本人が何を置いても来てくれるハズ。それをソアラに頑張って教えるから出来るまで粘ってくれと言うのだから……。

 若い世代が死力を尽くし、その上で無理そうなら全霊で力を貸すスタンスだそうだが。

 

 ともあれ、つまり、閃華裂光拳なしでザムザに挑む必要があるのだ。

 普通に力押しで何とかなる気もするが、万が一そうでなかったら困る。

 

 そこで代わりと言っては何だが、ポップを呼んだ。

 するとメルルもくっついてきた。

 

 彼らは闘技場を見上げた。

 

「へえー、田舎の武術大会かと思ってたけど、結構本格的なんだな」

「ポップさん、失礼ですよ……」

 

 呼べたのはここまでだった。

 ほかは万一のため、アルキードの守りとして残る形。

 

 またロモス側にも予知のことは伝えていない。

 第一に、出せる証拠がない。第二に、魔王軍がここでの作戦を諦めて全く別の場所を襲うことにした場合、その情報を掴んで止められる保証がないからだ。

 

「受付は開始の1時間前までです。混まないうちに行きましょう」

 

 リュンナ、バラン、ダイ、ポップ、メルル。

 うち、受付に名を告げるのはダイのみ――

 そのダイがふと言った。

 

「ポップも出たら?」

「俺、魔法使いだけど……。武術大会だろ?」

「おや、魔法使いの方も幾名か参加なさりますよ」

 

 係員がにこやかに述べた。

 

「ふーん。じゃあ俺も出るか……?」

「ポップさんのカッコいいところが見たいです!」

「おっ、そう?」

 

 メルル、デートではないのだが。

 過日の決戦においては、幻像を見て、勝利のために我が身が凍てつくも厭わぬポップの勇気に心打たれたらしい彼女である。浮ついている。

 

 しかし敵がどこからどう来るか分からないなら、リングと観客席で半々に分かれるのは手だろう。

 ポップもそう考えたのか、参加を申し込んでいく。

 

「おれもポップの修行の成果を見たいしね。おれとポップで決勝になったりして!」

 

 ダイは楽しそうに述べ――まあ魔王軍が来ちゃうらしいけど、と言わんばかりに表情を曇らせた。

 

 メルルもそれを見て、感知を働かせようする仕草。しかし未だ引っかかりはないようだ。妖魔士団なら、呪法による気配隠蔽くらいはやってのける。

 ザムザ自身、今日はまだ会場に来ていないのかも知れない。

 

 ともあれ、ダイとポップの出場が決定し――予選を危なげなく勝ち抜き、決勝戦の8名に残ることとなった。

 8名とは――

 

「怪力無双の戦士ラーバ!

 万能鞭の名手スタングル!

 強大な呪文を誇る魔法使いフォブスター!

 百発百中の腕前を誇る狩人ヒルト!

 パワーに加えてレスリングテクニックにも長けたレスラー、ゴメス!

 旋風の如き剣の使い手、騎士バロリア!」

 

 司会役はそこで一旦言葉を切り、溜めた。

 

「そして! 皆さんも覚えておいででしょう、我が国を百獣魔団から救ってくれた英雄! 勇者ダイと魔法使いポップ! 本大会の優勝候補筆頭です!!」

 

 リング上で照れるふたりを、微笑ましげに眺めるリュンナ――の隣にバラン、更にその向こうにメルル。彼女は気分が悪そうだった。

 寒気がするのだろか、両腕で自分を抱くような所作。

 

「どうしたんです?」

「いえ、何か……良くない感じがするんです。でも出どころが掴めなくて……」

「来たか、魔王軍。どこだ……?」

 

 メルルが目を閉じ集中し、逆にバランが視線を巡らせる。

 リュンナも竜眼でリングを探る――実は最初からずっとそうなのだが、生体牢獄(バイオプリズン)の存在が透視できない。

 

 間もなく決勝戦の準備が開始された。

 8名がリング上に集い、主催者ザムザが現れて説明を述べる。

 

「あの人……!」メルルが青くなって震える。「とてもイヤな感じ。大きな悪意……!!」

「奴か! しかし見た目は人間だな。モシャスか?」

「ですね」

 

 ザムザを注視。竜眼には真の姿が見えている。

 

「リュンナ、モシャスを掻き消せ。正体を露見させてから仕留める」

 

 相談するうち、リング上では8個の宝玉がそれぞれの手に取られ、『GAME OVER』が出来上がっていた。

 ゴメスが怒りに任せて宝玉を握り砕く。

 

「こっ……こりゃあ何の冗談でえっ!!」

「冗談も何も、見た通りの意味さ。遊びはここで――」

 

 メルルを残し、観客席からリュンナとバランが飛び出した。

 

 リュンナの指から凍てつく波動が迸る。

 ザムザにかかっているモシャスの効き目がなくなった。

 魔族の姿――妖魔学士。

 

「なにッ……!」

「魔族だ!」

「魔族が化けてやがった!」

「逃げろー!」

 

 観客たちが混乱し、一斉に逃げ出す。

 それを確認しながら、バランは真魔剛竜剣を抜いてザムザに迫った。

 

「げえーっ、バラン……!!」

「消えろ、魔王軍!!」

 

 原作ではダイの拳打を防ぐほどの守備力を見せたザムザだが、流石に竜闘気(ドラゴニックオーラ)を伝わらせたオリハルコンの剣は無理だったか。しかも不意打ちだ。

 見事に一刀両断の結末。

 

 同時に――リュンナは下を見た。

 地中で膨張の気配。竜眼透視。

 生体牢獄(バイオプリズン)は種のような状態で仕込まれ、ザムザの合図で急成長するモノだったらしい。見落としてしまうほど小さかった種が、今。

 

 宝玉の用意されていたリング端の8か所から、それぞれ骨のような爪のようなモノが生え、伸び――それらは皮膜で繋がっていて、参加者を大きく包み込むように閉じた。

 それは一瞬だった。分かっていてもなお素早い。

 会場がどよめいた。

 

「ああっ、ポップさん……!!」

 

 ダイくんの心配もしてあげて……!

 ついでに、わたしの心配も。

 

 リュンナは閉じる牢獄から選手たちを救おうと飛び込み、傀儡掌の応用で全員を浮かせつつ運んでの脱出を図ったところ、牢獄の内壁に正面衝突した。

 もう一瞬早く気付くか、人数が少なければ、何とか間に合ったのだが……。

 浮かせも解けて、全員が落ちる。

 

「いてて……」

「リュンナ、大丈夫!?」

 

 ダイは相変わらずリュンナと呼んでくる。

 外見年齢が自分と変わらないのに叔母と呼ぶことに、抵抗があるのだろう。然もありなん。

 呼ばれる当人としては、全く気にならない。

 

「おばちゃんは大丈夫ですけど……ごめんなさい、間に合いませんでしたね……」

 

 三々五々、選手たちは立ち上がっていく。

 多くはまず状況を把握していく風情だが、勇者とその仲間は別だった。

 

「こういう攫い方かよ……! ダイ、壊すぞ!」

「うんっ!」

 

 ポップは掲げた炎熱のアーチを圧縮して放ち、ダイはそれを剣に受けて魔法剣化、竜闘気(ドラゴニックオーラ)と合成して威力を高めた。

 

「ベギラゴン――」

「――ストラーッシュ!!!」

 

 牢獄の内壁は剣を受けて――ゴムのように外まで大きく伸びたが、刃は食い込まず、最終的にボヨンと跳ね返した。宿した閃熱も吸収され受け流されている気配。

 

「何だこれ!? (ドラゴン)の騎士の技で貫けないのかよ!?」

「ギガブレイクなら行けるかも知れないけど、おれひとりじゃまだ……!」

 

 見たこともない必殺技と、しかしその結末に、選手たちは唖然としていた。

 

「キィ~ッヒッヒッヒ!」

 

 外からザムザの声が聞こえる。生きていたのか。

 しかも声がより巨体から発せられる低さに変化している。超魔生物に変身したらしい。一刀両断の傷もそれで再生回復したのだろうか。

 バランが立ち向かっていく気配。

 

「どうだバラン! 超魔生物の力は!! 神が創った究極の生物であるお前も捕まえて、更なる化物を生み出してやるぞ!」

「そんなことは不可能だ……! 貴様はここで死ぬ!」

「ふん、ついでにリュンナだ! 人間どもに捕まって、脅されていいように使われているらしいと聞いたが、本当だったとは。連れ帰ってやればハドラーさまが喜ぶだろう!」

 

 ハドラー。

 生きている。

 胸にばかり力が入って、それ以外から力が抜けて、全力疾走した直後みたいに、立っていられない。座り込んだ。

 

 ダイが心配してこちらに来る。

 ポップは吐き捨てるように言った。

 

「ハドラーの野郎、生き返りやがったのか……! まあ今はいい。ダイ、双竜陣は出来ねえのか?」

「うーん……あー、ダメみたい。思念波がこの檻に邪魔されちゃってる」

「そうか。じゃ、あれだな」

 

 ポップは左右の手に、メラ系とヒャド系の魔法力を同時に灯した。

 その構えは。

 

「師匠から教わったばっかの極大呪文だぜ。呪文の威力を受け流すんであって、魔法力そのものを吸収するんじゃねえなら、これが効くハズ……!!」

 

 そして火炎と冷気は合成されスパークし、光の弓矢と化した。

 

「メドローア!!!」

 

 天井が消えて、空が見える。

 そして生体牢獄(バイオプリズン)が再び閉じる前にと、選手たちを連れてルーラでリング脇に脱出した。

 

「っふう! 効いた効いた」

「すごい呪文だなあ……! ポップ!」

 

 ダイとポップは盛り上がりながら、様子を窺う。

 と、

 

「ギガブレイク!!!」

「ぎえッ、……!!」

 

 超魔ザムザが、バランの一撃に倒れるところだった。

 周囲には打撃や闘気弾による破壊の跡、そして広範囲に渡る凍結があった。

 超魔ザムザは呪文を使えまいし、バランもわざわざヒャド系を使う理由はなく、使ったとして外さないだろう。

 

「バカな、バカな! 最新の知恵ある竜であるリュンナの血すら……組み込んだのに……!」

 

 リュンナの血だった。超魔ザムザが吹雪を吐いたのか。

 以前ザボエラに、蘇生液の改良のために提供した血液がある。それの余り――いや、それこそが本命だったのかも知れない。

 

 実際、バランがこの戦闘でギガブレイクを使ったのは、これが初めてではない。生体牢獄(バイオプリズン)の中にいる頃から、一度はその叫びが聞こえていたのだ。

 バランは息を切らしていた。

 

 竜の生命力が、ザムザを耐久させていたのだろう。

 そしてその力は、ハドラーにも継がれるのだ。

 恐らく、元が小柄なリュンナよりも、更に効果的に。

 

 ザムザは変身こそ解けたものの、灰となる気配もないまま、ルーラで逃げ去った。

 


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