暗黒の勇者姫/竜眼姫   作:液体クラゲ

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94 魔影参謀ミストバーン

 ミストバーンが死んだかも知れない。

 だとすれば、今にも踊り出したいくらいだが……。

 

 メドローアを魔王軍が受けるのは、これが2度目だ。

 最初は先日のザムザ戦、生体牢獄(バイオプリズン)に内から穴を開けたときだが――バランに追い詰められていたザムザに、果たして冷静に観察してメドローアの性質を看破する余裕があっただろうか。

 今、ミストバーンにとってはあまりにも初見殺しだったハズ。

 

 凍れる時間(とき)の秘法がかかっている若バーンの肉体、それにダメージを与える唯一の例外。

 しかもミストが表に出ている状態では、究極の防御技フェニックスウィングも使えまい。咄嗟に気付いたとしても、避けるしかない。避ける余裕はあったか?

 

 ミストバーンが死の宣告と共に出撃させた鎧兵士の群れ、地上ではそれらとの戦いが始まっている中、リュンナはそこにクロコダインとバルトスを投下。

 自身も巨人に近付いていく。

 

「……」

 

 フラフラとおぼつかない足取りで、ミストバーンが鬼岩城の顔から姿を現した。

 生きている。

 

「……も……」

 

 だが決して無傷ではなかった。

 出てきたミストバーンには、右腕がなかったのだ。肩さえない。

 避けようとして、避け切れなかった――のだろう。

 

「もうしわけ……、ありえない……こんな……。バーンさま……」

 

 今ならトドメを刺せるのではないか。

 飛べる面々も同じことを考えたのだろう、次々とミストバーンに殺到していく。

 

「アバンストラッシュ!!!」

「ノーザン・グランブレードッ!!」

「ベギラゴンッ!!」

 

 だがその攻撃ではダメだ。

 ベギラゴンは言わずもがな、ストラッシュは竜闘気(ドラゴニックオーラ)で、グランブレードも中庸の闘気で繰り出されている。光の闘気であれば良かったが。

 案の定、爆煙が風に浚われても、ミストバーンは小揺るぎもしていない。

 

「ポップくん、メドローアを!」

 

 リュンナが追い付いた。

 

「そうか、アレなら効くのか……! よく分からねえけど分かったぜ!!」

 

 メラ系とヒャド系、ふたつの魔法力が再び灯される。

 

「おれたちは!?」

「敵は暗黒闘気の使い手です。光の技を!」

「どうやる?」

 

 ノヴァが戸惑った。

 闘気技は教えられる者が呪文より遥かに少ない。ここまで独学で来たのだろう。

 

「見てて!」ダイが剣を一度鞘に収めて瞬間的に瞑想し、「――空裂斬!」

 

 居合めいて放たれた光の闘気剣圧が、ミストバーンの脚を抉った。

 ガクリと膝をつく様子。

 

「なるほど。こうかな……。ノーザン――」

 

 ノヴァが構えを取り――そこを突如現れた大鎌が襲う。

 甲高い風切り音は、死神の笛による感覚攪乱攻撃の始まりだろう。

 が、リュンナが刃を摘まんで止めたことで、それは不発となる。

 

「そこまでだよ、リュンナ君……!」

「キルバーンさんじゃないですか。ごきげんよう」

「こ、こいつは……!?」

 

 ノヴァは一旦戸惑ったが、すぐに気を取り直した。

 

「いや、今はミストバーンだ! ノーザン・ステラブレードッ!!」

 

 光り輝く闘気剣(オーラブレード)を伸ばし、ミストバーンに突き立てる。飛ばして当てるのは難しいため、咄嗟に選んだ手法のようだ。

 実体のない闘気の塊は、ミストバーンを巻き込んで形成され、ガッチリと拘束していた。

 

「ミスト! いつまでボケッと――ううッ!?」

「げえーっ! キルバーン!!」

 

 死神の肩の上、一つ目ピエロ――ピロロが悲鳴を上げる。

 キルバーンはリュンナの手で氷漬けにされていた。

 

 血液が魔界のマグマだろうと何だろうと、それを凌駕する冷気の前では関係ないことだ。

 実際、キルバーンの中の黒の核晶(コア)は、マグマ血液の熱に晒されていても爆発しない。同じこと。

 

凍結封印呪文(ヒャドカトール)。慌てて出て来るからですよ。罠の用意もないのに……! 友達思いも考えモノですね」

「ハ、ハドラーのこと好きなんじゃないの!? 何で普通に裏切ってるんだよ~!!」

「好きだから、ですよ。あの人を奪うために」

 

 そういうことになっている。

 

 更に呪いの氷がピロロにさえ伸びようかという間際、彼は慌ててルーラで逃げ去った。人形を置き去りに。

 そして同時に――ダイに脚をやられ、ノヴァの新技で縫い止められているミストバーンに向けて、

 

「メドローア!!」

 

 2発目の消滅呪文が放たれた。

 極大の光の矢が迫る。

 

「うおおおおおおおおーーーー!!!!」

 

 ミストバーンが爆発的に暗黒闘気を放出、光の闘気を打ち破り、拘束を外した。

 そして跳躍してメドローアを避けるも、避け切れず右脚を喰われる。

 光の矢は鬼岩城の顔面を後頭部へと抜けていった。

 

「すまない、あと一瞬動きを止められていれば!」

 

 ノヴァのせいではない。

 キルバーンが現れなければ、リュンナも拘束に加われていたのだ。

 老バーン本人が来なかっただけマシだが――むしろなぜ来ない?

 

「悪い、メドローアはもう品切れだ! あとは頼む!」

 

 更にメドローアを撃つには、ほんの少しだけ魔法力が足りないようだ。ポップが後退する。

 一方ダイは既に、ミストバーンが避けた先に空裂斬を飛ばしていた。

 

「ぐううう……ッ!!」

 

 白衣の悪魔は、右の手足を失い、脚と胸を空裂斬に撃ち抜かれ、トベルーラで辛うじて浮く状態だった。

 

「赦さぬ、赦さぬぞ……絶対に……! バーンさまの、この私の! 何よりも……! 捻り殺してくれるッ!! 闘魔滅砕――」

「氷魔傀儡掌!」

 

 ダイ、ポップ、ノヴァ、リュンナ。4人もを一度に相手取ろうと暗黒闘気の網を伸ばしたミストバーンは、しかし彼ひとりを狙ったリュンナの傀儡掌で不発に追い込まれた。

 その傀儡掌もすぐに外されたが、その次の瞬間には、

 

「空裂斬!」

「ノーザン・ステラブレードッ!!」

 

 更なる光の技が再び襲いかかるありさま。

 漏れ出た暗黒闘気が煙のように霧散していく。

 

「か、か、かくなる……上は……!」

 

 ミストバーンは、震えて満足に動かぬ左手で自らの衣を掴み、引き裂くように開こうとする。

 その手から、氷が生じて全身を侵蝕していく。

 ミストバーンの闇の衣は、脱がさせない。

 

凍結封印呪文(ヒャドカトール)

「リュンナ……! 貴様ッ!!」

 

 氷漬けのキルバーンを虚空の穴に放り込んだリュンナが、既に肉薄していた。

 真正面から抱き締める形。

 

 メドローアが『全てを消滅させる』から時間が止まっていても関係ないように、ヒャドカトールも『上から氷の封印結界を被せる』から時間が止まっていても通用するのだ。

 

「危険だと思っていた……! 無力化しておくべきだとッ! バーンさまのご厚意で生かされているだけの分際でッ!!」

「凍てつく波動!!」

 

 リュンナの全身から凍てつく波動が迸る。

 ミストバーンにかかっている、全ての魔法の効き目が――なくなっていく。

 

「リュンナ、その技は……!?」

「メドローアや光の闘気しか効かない、何らかの防御呪法がかかってるんです! 今それを解除してます……! そうすれば何でも効きますよ!」

 

 凍れる時間(とき)の秘法とは言わない。

 今更隠す意味もないかも知れぬが、しかし、そこまで詳細に説明する必要もない。

 事実、ダイもポップもノヴァも、防御解除に備えてすぐに大技の準備に入った。

 

 ヒャドカトールで氷漬けにして物理的に動きを封じながら、凍てつく波動で無敵の理由を排除する。

 ふたつの行動を同時に行えるのは、竜眼による闘気の高度な生成及び操作能力があってこそ。

 

 勝てる。勝てる!

 ここでミストバーンを斃せば、もう真バーンは降臨できない!

 老バーンが相手なら、今のメンバーで充分に勝てる。ダイとバランの双竜陣でお釣りが来るだろう。

 バーンが消えれば――ハドラーが魔の頂点だ。

 

 この期に及んで老バーンが出て来ないのは不気味だが――感知が遅れているのか? とにかく今はやるしかない。

 そして凍れる時間(とき)の秘法が、遂に解かれた。

 

「やりました! 今で――」

 

 今です、と最後まで言うことは出来なかった。

 闘魔最終掌。ミストバーンの決死の反撃が、リュンナの胴をぶち抜いていた。

 暗黒闘気があらゆる物質の結合を解く――万物を塵と化すそれ。闇の衣で威力を半減してなお、貫通してきたのだ。

 

 リュンナ、と名を呼ぶ声が聞こえた。

 ダイとポップ。ノヴァは息を呑んでいる。

 そしてもうひとり――ハドラーの声が。

 

 次いで腕もまた粉微塵。

 ミストバーンはリュンナを引き剥がし、その場から煙のように消え去った。

 

 しまった。仕留め損ねた!

 ドラゴラムを使っていれば抑え切れただろうか。だが変身中の隙に逃げられでもしたら、と思うと躊躇してしまった。どの道無理だったということか。

 

 そしてハドラーが――あの超魔生物特有の三本角の兜を被ったハドラーが、そこにいた。

 リュンナに飛んできて、手を伸ばしている。

 掴もうとして、

 

「レムオル! バシルーラ!!」

 

 ポップの左右の手からの呪文が、リュンナに作用した。

 普段なら容易く無効化する程度のモノだが、ミストバーンからのダメージで闇の衣が不完全だった。

 咄嗟に鷹の目の視点をその場にひとつ残す、それが関の山。

 彼方へ飛ばされ――しかも透明化されているから、ハドラーはその行先が分からず、追うことが出来ないのだ。

 

「ポップ、貴様……!!」

 

 ハドラーがポップを睨む。

 ポップはごくりと喉を鳴らしながらも、毅然としていた。

 

「魔王軍に連れ戻させはしねえぜ。せっかくこっちで捕まえたんだ。これ以上、人間を苦しめる手伝いなんぞさせねえ……!!」

「リュンナがそれを望んでもか!」

「当たり前だろうが!! 侵略者の魔王軍に、正当性なんか欠片もねえんだからよ! 悪事がありゃ止めるし、ありそうなら防ぐだろ!」

 

 一方リュンナ本人は、パプニカ大礼拝堂、世界会議(サミット)が行われるその会議室に飛ばされていた。その頃には、もうレムオルも解けている。

 ルーラを唱えて戻ろうとして、

 

「マホトーン」

 

 バランに封じられた。

 ソアラは慌てて空裂斬で傷口の残留暗黒闘気を排除し、抱き締めてベホマをかけてくれるが、その抱き締める行為は同時に拘束でもあるのだ。

 アルキード城からバランを攫ったときと、ちょうど逆のありさま。

 

「反応……いいですね……。姉上」

「バランが状況を教えてくれてたの」

 

 紋章の共鳴か。

 双竜陣状態になるには遠いが、それで慣れたためか、この距離でもダイとテレパシーをする程度は出来るようだ。

 

「あなたを放さないわ。リュンナ」

 

 放してもらうには――まず腕を再生したい。が、ソアラは胴体の傷しか治してくれていない。凍てつく波動で腕の残留暗黒闘気を除去し、回復を促さなくては。

 しかしそのために集中しようとすると、ソアラが察知して抱き締める力を痛いくらい強くし、集中を阻害してくる。

 切離された腕を治せない。

 それでもベホマでその傷以外の体力は補給され、死は遠い。

 

 血を流しても、涙を流しても、暴れても叫んでも、本当に放してもらえなかった。

 ハドラー。すぐそこにいるのに。

 何も考えずに、ただ、抱き締めたいのに。

 

 戦略も戦術もなく、ただ、衝動のままに。

 


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