ミストバーンが死んだかも知れない。
だとすれば、今にも踊り出したいくらいだが……。
メドローアを魔王軍が受けるのは、これが2度目だ。
最初は先日のザムザ戦、
今、ミストバーンにとってはあまりにも初見殺しだったハズ。
凍れる
しかもミストが表に出ている状態では、究極の防御技フェニックスウィングも使えまい。咄嗟に気付いたとしても、避けるしかない。避ける余裕はあったか?
ミストバーンが死の宣告と共に出撃させた鎧兵士の群れ、地上ではそれらとの戦いが始まっている中、リュンナはそこにクロコダインとバルトスを投下。
自身も巨人に近付いていく。
「……」
フラフラとおぼつかない足取りで、ミストバーンが鬼岩城の顔から姿を現した。
生きている。
「……も……」
だが決して無傷ではなかった。
出てきたミストバーンには、右腕がなかったのだ。肩さえない。
避けようとして、避け切れなかった――のだろう。
「もうしわけ……、ありえない……こんな……。バーンさま……」
今ならトドメを刺せるのではないか。
飛べる面々も同じことを考えたのだろう、次々とミストバーンに殺到していく。
「アバンストラッシュ!!!」
「ノーザン・グランブレードッ!!」
「ベギラゴンッ!!」
だがその攻撃ではダメだ。
ベギラゴンは言わずもがな、ストラッシュは
案の定、爆煙が風に浚われても、ミストバーンは小揺るぎもしていない。
「ポップくん、メドローアを!」
リュンナが追い付いた。
「そうか、アレなら効くのか……! よく分からねえけど分かったぜ!!」
メラ系とヒャド系、ふたつの魔法力が再び灯される。
「おれたちは!?」
「敵は暗黒闘気の使い手です。光の技を!」
「どうやる?」
ノヴァが戸惑った。
闘気技は教えられる者が呪文より遥かに少ない。ここまで独学で来たのだろう。
「見てて!」ダイが剣を一度鞘に収めて瞬間的に瞑想し、「――空裂斬!」
居合めいて放たれた光の闘気剣圧が、ミストバーンの脚を抉った。
ガクリと膝をつく様子。
「なるほど。こうかな……。ノーザン――」
ノヴァが構えを取り――そこを突如現れた大鎌が襲う。
甲高い風切り音は、死神の笛による感覚攪乱攻撃の始まりだろう。
が、リュンナが刃を摘まんで止めたことで、それは不発となる。
「そこまでだよ、リュンナ君……!」
「キルバーンさんじゃないですか。ごきげんよう」
「こ、こいつは……!?」
ノヴァは一旦戸惑ったが、すぐに気を取り直した。
「いや、今はミストバーンだ! ノーザン・ステラブレードッ!!」
光り輝く
実体のない闘気の塊は、ミストバーンを巻き込んで形成され、ガッチリと拘束していた。
「ミスト! いつまでボケッと――ううッ!?」
「げえーっ! キルバーン!!」
死神の肩の上、一つ目ピエロ――ピロロが悲鳴を上げる。
キルバーンはリュンナの手で氷漬けにされていた。
血液が魔界のマグマだろうと何だろうと、それを凌駕する冷気の前では関係ないことだ。
実際、キルバーンの中の黒の
「
「ハ、ハドラーのこと好きなんじゃないの!? 何で普通に裏切ってるんだよ~!!」
「好きだから、ですよ。あの人を奪うために」
そういうことになっている。
更に呪いの氷がピロロにさえ伸びようかという間際、彼は慌ててルーラで逃げ去った。人形を置き去りに。
そして同時に――ダイに脚をやられ、ノヴァの新技で縫い止められているミストバーンに向けて、
「メドローア!!」
2発目の消滅呪文が放たれた。
極大の光の矢が迫る。
「うおおおおおおおおーーーー!!!!」
ミストバーンが爆発的に暗黒闘気を放出、光の闘気を打ち破り、拘束を外した。
そして跳躍してメドローアを避けるも、避け切れず右脚を喰われる。
光の矢は鬼岩城の顔面を後頭部へと抜けていった。
「すまない、あと一瞬動きを止められていれば!」
ノヴァのせいではない。
キルバーンが現れなければ、リュンナも拘束に加われていたのだ。
老バーン本人が来なかっただけマシだが――むしろなぜ来ない?
「悪い、メドローアはもう品切れだ! あとは頼む!」
更にメドローアを撃つには、ほんの少しだけ魔法力が足りないようだ。ポップが後退する。
一方ダイは既に、ミストバーンが避けた先に空裂斬を飛ばしていた。
「ぐううう……ッ!!」
白衣の悪魔は、右の手足を失い、脚と胸を空裂斬に撃ち抜かれ、トベルーラで辛うじて浮く状態だった。
「赦さぬ、赦さぬぞ……絶対に……! バーンさまの、この私の! 何よりも……! 捻り殺してくれるッ!! 闘魔滅砕――」
「氷魔傀儡掌!」
ダイ、ポップ、ノヴァ、リュンナ。4人もを一度に相手取ろうと暗黒闘気の網を伸ばしたミストバーンは、しかし彼ひとりを狙ったリュンナの傀儡掌で不発に追い込まれた。
その傀儡掌もすぐに外されたが、その次の瞬間には、
「空裂斬!」
「ノーザン・ステラブレードッ!!」
更なる光の技が再び襲いかかるありさま。
漏れ出た暗黒闘気が煙のように霧散していく。
「か、か、かくなる……上は……!」
ミストバーンは、震えて満足に動かぬ左手で自らの衣を掴み、引き裂くように開こうとする。
その手から、氷が生じて全身を侵蝕していく。
ミストバーンの闇の衣は、脱がさせない。
「
「リュンナ……! 貴様ッ!!」
氷漬けのキルバーンを虚空の穴に放り込んだリュンナが、既に肉薄していた。
真正面から抱き締める形。
メドローアが『全てを消滅させる』から時間が止まっていても関係ないように、ヒャドカトールも『上から氷の封印結界を被せる』から時間が止まっていても通用するのだ。
「危険だと思っていた……! 無力化しておくべきだとッ! バーンさまのご厚意で生かされているだけの分際でッ!!」
「凍てつく波動!!」
リュンナの全身から凍てつく波動が迸る。
ミストバーンにかかっている、全ての魔法の効き目が――なくなっていく。
「リュンナ、その技は……!?」
「メドローアや光の闘気しか効かない、何らかの防御呪法がかかってるんです! 今それを解除してます……! そうすれば何でも効きますよ!」
凍れる
今更隠す意味もないかも知れぬが、しかし、そこまで詳細に説明する必要もない。
事実、ダイもポップもノヴァも、防御解除に備えてすぐに大技の準備に入った。
ヒャドカトールで氷漬けにして物理的に動きを封じながら、凍てつく波動で無敵の理由を排除する。
ふたつの行動を同時に行えるのは、竜眼による闘気の高度な生成及び操作能力があってこそ。
勝てる。勝てる!
ここでミストバーンを斃せば、もう真バーンは降臨できない!
老バーンが相手なら、今のメンバーで充分に勝てる。ダイとバランの双竜陣でお釣りが来るだろう。
バーンが消えれば――ハドラーが魔の頂点だ。
この期に及んで老バーンが出て来ないのは不気味だが――感知が遅れているのか? とにかく今はやるしかない。
そして凍れる
「やりました! 今で――」
今です、と最後まで言うことは出来なかった。
闘魔最終掌。ミストバーンの決死の反撃が、リュンナの胴をぶち抜いていた。
暗黒闘気があらゆる物質の結合を解く――万物を塵と化すそれ。闇の衣で威力を半減してなお、貫通してきたのだ。
リュンナ、と名を呼ぶ声が聞こえた。
ダイとポップ。ノヴァは息を呑んでいる。
そしてもうひとり――ハドラーの声が。
次いで腕もまた粉微塵。
ミストバーンはリュンナを引き剥がし、その場から煙のように消え去った。
しまった。仕留め損ねた!
ドラゴラムを使っていれば抑え切れただろうか。だが変身中の隙に逃げられでもしたら、と思うと躊躇してしまった。どの道無理だったということか。
そしてハドラーが――あの超魔生物特有の三本角の兜を被ったハドラーが、そこにいた。
リュンナに飛んできて、手を伸ばしている。
掴もうとして、
「レムオル! バシルーラ!!」
ポップの左右の手からの呪文が、リュンナに作用した。
普段なら容易く無効化する程度のモノだが、ミストバーンからのダメージで闇の衣が不完全だった。
咄嗟に鷹の目の視点をその場にひとつ残す、それが関の山。
彼方へ飛ばされ――しかも透明化されているから、ハドラーはその行先が分からず、追うことが出来ないのだ。
「ポップ、貴様……!!」
ハドラーがポップを睨む。
ポップはごくりと喉を鳴らしながらも、毅然としていた。
「魔王軍に連れ戻させはしねえぜ。せっかくこっちで捕まえたんだ。これ以上、人間を苦しめる手伝いなんぞさせねえ……!!」
「リュンナがそれを望んでもか!」
「当たり前だろうが!! 侵略者の魔王軍に、正当性なんか欠片もねえんだからよ! 悪事がありゃ止めるし、ありそうなら防ぐだろ!」
一方リュンナ本人は、パプニカ大礼拝堂、
ルーラを唱えて戻ろうとして、
「マホトーン」
バランに封じられた。
ソアラは慌てて空裂斬で傷口の残留暗黒闘気を排除し、抱き締めてベホマをかけてくれるが、その抱き締める行為は同時に拘束でもあるのだ。
アルキード城からバランを攫ったときと、ちょうど逆のありさま。
「反応……いいですね……。姉上」
「バランが状況を教えてくれてたの」
紋章の共鳴か。
双竜陣状態になるには遠いが、それで慣れたためか、この距離でもダイとテレパシーをする程度は出来るようだ。
「あなたを放さないわ。リュンナ」
放してもらうには――まず腕を再生したい。が、ソアラは胴体の傷しか治してくれていない。凍てつく波動で腕の残留暗黒闘気を除去し、回復を促さなくては。
しかしそのために集中しようとすると、ソアラが察知して抱き締める力を痛いくらい強くし、集中を阻害してくる。
切離された腕を治せない。
それでもベホマでその傷以外の体力は補給され、死は遠い。
血を流しても、涙を流しても、暴れても叫んでも、本当に放してもらえなかった。
ハドラー。すぐそこにいるのに。
何も考えずに、ただ、抱き締めたいのに。
戦略も戦術もなく、ただ、衝動のままに。